2.とびらを開けて(3)
相手の返事は、意外にも早くやってきた。
なんでも仕事が忙しいそうで、明日の夜にでも取りに来たいそうだ。
「郵便物転送の手配はつい先ほど完了しました、ご迷惑をおかけしました」とも書かれていた。
とても丁寧な文面でほっこりすると同時に、相手は一体なにがあってここから引っ越したのだろうと気にならないわけにはいかなかった。
そして、日曜日20時。ロビーで部屋番号の呼び出しがあったことを告げるインターフォンが鳴る。
「はい」
『あの、お手数をおかけしてすみません、郵便物を受け取りに来ました』
「どうぞ」
ロビーの施錠解除ボタンを押す。モニターには、帽子を深く被った男性の姿が映っていた。ロビーとの通話が途切れてから1分とかからないうちに、玄関のチャイムが2回鳴らされる。
「こんばんは…、」
「夜分遅くにすみません」
帽子を被った男性を中に招き入れると、ガチャリと音を立てて玄関のドアが閉まる。
「こちらが郵便物になります」
「すみません、ありがとうございます」
玄関のドアが閉まったのを確認してから帽子を取ってお辞儀をし、ふと顔をあげた安永さんを見て、私は目を疑った。
そこには、…そこにはあの、私がずっと応援している【CO!OR】の【ながぽん】がいた。
なぜ?なんで【ながぽん】がここに?
カチンコチンに固まる私を見て、≪彼≫がこちらをじっと覗きこむ。吸い込まれそうな漆黒の瞳を前にして、私は思わず歓喜の悲鳴を上げそうになった。
「ええと…どうかしましたか?」
「いっ、いえ!なんでもないです、ごめんなさい」
上擦った声が、なおさら【どうかしている】ことを目立たせてしまった気もしなくはない。
郵便物の宛名をひとつひとつ確認して、何かのメモと照らし合わせてから、≪彼≫はうんうんと大きく頷いた。
「いち、にい、さん…うん、これで不足していた書類が揃いました。野上さん、本当にありがとうございま、」
ひいい!い、いま、【ながぽん】が私の名字を!!
と思っていたのもつかの間だった。
ニコニコ顔の≪彼≫の顔が、はっと真剣な表情に変わり、次第に青ざめていく。
玄関の外からは、コツコツとあのヒール音が響いていた。
アイドルうんぬんどころではないただならぬ雰囲気を感じ、そして過去のトラウマが蘇り、私も背筋が冷たくなっていく。
「…中に、入りますか?」
「すみません…お邪魔します」
リビングに行くよう促してみると、≪彼≫はとても小さく弱弱しい声で返事をして、靴を脱いで私の後に続いた。
やっと出てきました。長い!