1.いざ、新生活(2)
まだ朝早いというのに、電車はもう満員だった。
東京に来てからは荷解き作業に追われ結局どこも出掛けていないので、まともな外出は久々だ。
電車の中では皆一様に思い思いのことをしながらスマートフォンや携帯ゲーム機を操作している。押して押されて揺れる電車の中で、先月までの嵐のような出来事を思い出す。
全く勝手な人だった。
「どうして俺の趣味に付き合ってくれないの?」
仕事の納期に追われながらパソコン画面にかじりつく私に言い放った一言だった。
伴侶に選んだ男性は、人のことなど気にしない人だった。
地元ながらキャリアを歩んでいた私に対し正社員勤務を禁じ、なるべく自宅で仕事するよう言いつけてきた。と思ったら今度は趣味のサーフィンや麻雀に付き合わなければ機嫌を損ねる。出掛けるにも常に連れて行かれ、仕事があるからと断ると壁に穴を開け癇癪を起した。
まるで私は、彼に振り回されるおもちゃのようだった。
小さな出来事が重なり喧嘩になったある日、家を飛び出した彼は自分の実家へ。彼の理不尽な言い訳を聞いた義父母が彼に激怒し、慰謝料を含めて私に離婚届を渡してきた。
離婚届を提出し終わったと思いきや、今度は彼――もとい元夫からのストーカー行為。執拗なメール、張り込み、夜中の訪問。
おもちゃを失くした元夫と元「おもちゃ」の追いかけっこは約半年続いた。
元夫は元義両親たちによって遠くの地へ送還された。
私は、その知らせを聞いてから逃げるように東京に出てきた。
東京に出てきた『ウラ向きの理由』は、あまり思い出したいとは思わない。
だからこそ周囲には「情報の中心地で仕事をしたい」という『オモテ向きの理由』を話す。それが一番平和に丸く収まることを、私はこの数ヶ月でよく学んだ。
押して押されながらも電車は駅から駅へとこまめに停車していく。
目的の駅で下車し改札をくぐると、目の前に大きなビルがいくつも現れた。
「今日から、お世話になります」
そう小さく呟いて、派遣先の会社が入っているビルへ向かった。