幸せのカレー(短編)
僕はグルリとオタマで、大きな大きな寸胴をかき回した。うん、だいぶ煮えてきたのかな?
もうすぐ出張から帰る君のため、僕はせっせとカレーを作る。手に入ったお肉はたくさんあって、まだまだ残っているけれど、最初はやっぱり君の大好きなカレーにしようと決めたのさ。
市販のルウを割ってオタマに乗せていく。
ううん、手抜きじゃないよ? 本当はスパイスから自作も出来たけれど、君が普段食べ慣れた味の方が良いかなと思ったんだ。
グツグツグツリ……オタマの中の固形物が蕩けるたびに、カレーの食欲を唆る匂いが漂い出す。
正直、さっきまでの僕は怒っていた。分からず屋な君に、これ以上無いくらいに激しく強く。
でも、きっとこのカレーを食べてくれれば、君だってわかってくれるはずだ。僕がどれだけ君を愛し大切にしているかをね。
その瞬間の、君が驚き涙し僕に抱きつく姿を想像して、思わず頬が緩む。幸せはもうすぐ手に入るんだ。
さて……見た目はもう完全にカレーだけど、ここにちょっと隠し味。少〜しだけ、お醤油を入れてコクを出すのさ。
え〜っと……醤油、醤油……あれ、どこかなぁ……ああっ、あったあった。
冷蔵庫を漁って、ようやく醤油の小瓶を見つける。たまたま右手の影になっていたようだ。手を退かして醤油を取り出す。ん〜……もう少し整理しないとなぁ……まあ、君とカレーを食べてからでいいか。
よしっと、これでもうほぼ完成。後は君が帰るまでコトコト煮込むだけだね。
そうだ、その前に味見、味見っと。僕は小皿にカレーを入れようと、グイとオタマでかき混ぜた。
ーーカチャリーー
あれ、今の音なんだ? あ、アチャー……彼女との結婚指輪じゃないか! いつの間にカレーに入ってたんだ? 僕は慌てて指輪を掬うと、水道で綺麗に洗う。
う〜ん……指輪入ってたけど、煮込んでるから衛生面ではセーフ、だよなぁ。今更作り直しっていうのももったいないし……よし、内緒にしちゃおう!
綺麗になった結婚指輪を、左手の小指にはめて僕は笑う。指輪もあるべき場所に収まって嬉しそうだ。カレーの中に結婚指輪……これが本当の隠し味……なんてね。
ーーガチャーー
「ただいまー! あなたー?」
どうやら君が帰ってきたようだ。もうすぐリビングに顔を出す君を、僕は鍋の中のカレと一緒に笑顔で待つ。