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一章 雨白島 6話

ふわり

 音にするならそうなりそうな感覚を感じながら美奈は目が覚めた。ぼんやりする意識に対して思考はハッキリしている。目に映る天井に覚えはなく、どことなく埃っぽい匂いが鼻腔に届いた。ここはどこか考えながら瞬きを繰り返していると視界の左側から人影が覗いた。

「気が付きましたね。起きれそうですか?」

 柔らかい声に頷いて体を起こした。体がどことなく浮いているような違和感を感じながらも座ると周りを見渡した。狭い室内にどうにか置かれたようなベッド、辛うじてカバンが置けそうな大きさのサイドテーブルがあり、人一人通れそうな通路がどうにか確保されている。サイドテーブルの下には美奈の荷物が詰められるように置かれている。目の前の看護師は美奈の目の前で手を振って見せた。

「痛いところや、吐き気などの症状はありますか?」

「……ない、です」

「良かった。でもまだ少しぼんやりしてますね。もう少し寝ますか?」

「……いえ、眠くは、ないです」

 美奈が若干朦朧としながらもハッキリ答えると看護師は扉の方に向かった。美奈のいる場所からは見えなかったが台車が置いてある様で、そこにあったコップに水を注いで渡してくれた。

「飲めますか?」

「はい。ありがとうございます」

 美奈はゆっくりと口に含むと喉に冷たい水が伝っていく。思っていたより喉が乾いていたようでコップは空になった。

「なにか欲しいものはありますか?」

「いえ……大丈夫です」

「そうですか。私は少し席を外すのでゆっくり休んでください。トイレはドアを出てすぐ左にありますよ」

 そう言うと看護師は台車を押して部屋を出る。美奈は未だにぼんやりする意識を叱咤して考える。先程はうまく言葉が出なかったが、先ずここがどこか分からない。しかし先程の看護師の対応を見る限り邪険にされているわけでは無さそうだ。それにしても、なぜ自分はこの場所にいるのか。美奈は時間をかけてようやくその疑問にたどり着いた。

「(確か、雨白島にきて、ティーノくんと出会って、中央広場を案内してもらって、移住手続きをして、手紙の手ががりになるならって町長さんの家を教えて貰って、行ってみたら道を間違えて行き止まりで、それで……)」

 そこまで思い出すとその後の出来事を全て思い出し、血の気が引いた。

「私……私……!!」

 焦った美奈が立ち上がろうと足をベッドから下ろすと、ドアがガチャリと音を立てた。



一章 雨白島 6話



 ドアが開いて入ってきたのは宗一郎だった。宗一郎は前に会った時と変わらず柔らかく笑っている。

「ご気分はいかがですか? 野蛮な輩に襲われたとか……怪我が無くて何よりです。僕の配慮が足りず危険な目にあわせてしまい、誠に申し訳ありません」

「いえ、そんなことは……じゃなくて! 今はそうじゃなくて!」

 美奈は深々と頭を下げ謝罪する宗一郎に返事をしようとしたところでもっと重要なことが気になり思わず声を上げた。

「私を助けてくれた人はどうなったんですか? ティーノくんも、あのあと……!」

 慌ててまくし立て、思わず立ち上がろうと体が浮く美奈の肩を宗一郎はぽんと優しく叩く。そして不安げな美奈の目を見て安心させるようにまた笑って見せた。

「その人ならちゃんと処置を受けています。ティーノも先程、手術が終わって命に別状はないと連絡がありました。ですのでまずは落ち着いてください」

 宗一郎の言葉を聞いて美奈は少し安心して、浮かせていた体を落ち着けた。胸をなでおろし大きな息をついた。

「良かった……、えっと、あの人、あの……」

 美奈が言いよどむと宗一郎が口を開く。

「赤茶の長髪に髪色と同じアーモンド型の目、長袖の白シャツに黒のハーフパンツとショートブーツの、赤い傘を持った小生意気な商人ならまだ隣の部屋で寝ていますよ」

「え……?」

 宗一郎の言った特徴を思い返してみるも、気を失う少し前の記憶は酷く曖昧だった。そんな中でどうにか言葉を発しようとするも、やはり上手くまとまらない。美奈はしばらく悩んでようやく口を開く。

「赤い傘の、優しい男の子……」

 美奈がようやく振り絞った言葉に宗一郎は目を丸くした。宗一郎の様子を見て美奈は慌てて言葉を並べる。

「あ、ご、ごめんなさい。私混乱してて、あの時顔もよく見えなくって、覚えてないんです! ただ持ってた赤い傘と、なんかかっこよくて綺麗な人だったなーとしか思い出せなくて、それで……」

 その調子で言い募っていると美奈は肩を落とした。眉も下がり目も半分伏せられている。

「ごめんなさい、助けてもらったのに顔も覚えてないなんて、私最低ですね」

 一連の流れを見ていた宗一郎はしばらく美奈を眺めた後、耐えきれなくなって吹き出した。それに気づいた美奈は視線を上げ、心配そうな目で宗一郎を見る。

「ふっ、くくっ……あはは! 面白い方ですね、あははは!」

 宗一郎は笑いすぎて出てきた涙を拭い、美奈に向き直った。

「あー、失礼しました。あまりに素直な方だったので、可愛いなと思いまして。普段天邪鬼ないとこの相手ばかりしてると、あなたみたいな反応はとても新鮮なもので」

 美奈は可愛いと言われたことに恥ずかしく思い顔を赤く染める。どことなく子供のように扱われていることは分かったが、先程取り乱した手前何も言い返せなかった。宗一郎は改めて美奈と向き合った。

「僕もまくし立てるように言ったものですから、混乱させてしまいましたね。さあ、その赤い傘の持ち主なら隣の部屋ですよ。もうそろそろ起きるでしょうから一緒に行きましょうか」

 宗一郎は立ち上がると美奈に手を伸ばした。美奈も靴を履いてカバンを持つと差し出された手を取って立ち上がる。宗一郎に手を引かれて部屋から出た。長い廊下にはよく似たドアが並んでいて、ドア上のプレートには仮眠室と書かれていた。

 すぐ右隣のドアへ移動するとそちらもやはり仮眠室らしい。宗一郎はノックを3回してドアを開ける。ドア越しに美奈からも人の姿が見えた。部屋に入ると先程宗一郎から聞いた通りの人物、久遠が眠っている。近づくと美奈は小首を傾げた。

「……え? 女の子?」

 美奈の様子を見て宗一郎はまた笑った。相変わらず不思議そうに美奈はベッドに寝ている久遠をまじまじと見た。顔を見ると、先程助けてくれた人と同一人物だとはっきりとわかった。部屋の隅に赤い傘も立てかけられている。先程思い出した時は男の子だと思ったのだが、混乱していて思い違えたのかと考えた。同時に女の子を男の子と間違えたことを申し訳なく思い、先ほどの言葉を聞かれなくてよかったと胸を撫で下ろした。

 宗一郎が久遠の腕を持ち上げ何かを確認したあと、体を揺さぶった。

「久遠、そろそろ起きるんだ」

 宗一郎が何度か揺すっていると久遠は呻いた。そしてゆっくりとまぶたが開き、ぼんやりとした目で周りを見渡した。宗一郎は久遠にデコピンをして口を開く。

「少しは楽になったか?」

「……うん、ちょっと、楽になった……」

 そうして久遠は宗一郎を見た後、隣にいた美奈を視界に入れた。しばらくぼんやりとした目で見つめていると今度は美奈が口を開く。

「あの、さっきは助けていただいてありがとうございました。お身体、大丈夫ですか?」

 しばらく答えずに美奈を見ていた久遠だがゆっくり腕を伸ばすと美奈の手首を掴んだ。美奈が不思議そうに久遠の手を眺めていると黙っていた久遠が口を小さく動かしている。声が上手く拾えず、美奈が耳を久遠の口元に近づけた。

「見つけた、見つけた……よかった、やっと見つけた、あー……」

 ボソボソと呟いていた久遠は1度固唾を飲むと美奈の顔をしっかりと見た。美奈はなおも不思議そうにしている。

「君だよね? 魚谷船長の船に乗ってきた、ベージュの胸までの髪にたれ目、焦げ茶色のコートを羽織って革製の鞄を持っている女の子って! あーよかった! やっと会えた!!」

 先程までの様子と一転して急かすように自分の特徴を並べる久遠に、美奈は小さく頷いた。

「えっと、はい、多分そうです。魚谷船長って、体の大きい船乗りさんですよね?」

「島内あちこちうろつかないでよぉ! 探すの大変だしティーノ怪我しててすごく焦ったんだよ?!」

「……えっと、ごめんなさい? あ、そうだティーノくん! 彼は無事なんですよね!?」

「ジャズ姉妹に任せて死ぬわけないよぉ!!」

 美奈は必死の形相の久遠に謝ったあと、思わず自身も取り乱した。そんな二人の様子を見て宗一郎はまた笑い始める。その反応を美奈は不思議そうに、久遠は不機嫌そうに見た。異なる二つの視線に刺されながら宗一郎は笑いながら謝る。

「あー、すまんすまん。久遠がそんな取り乱し方をするのも、初対面の人と手を掴んだまま話すのも、滅多に見れないと思って。珍しく頑張ったんだと思うとおかしくてなぁ」

 宗一郎の言葉に久遠は自分の状態に気づくと美奈の手を掴んでいた手をバッと放した。久遠の慌てた姿に美奈も困惑していると久遠はもごもごと何か言いたげな様子でチラチラと視線をさまよわせていた。流石に可愛そうだと思ったのか宗一郎が助け舟を出す。

「その子は久遠。この島を拠点に活動する商人です。腕や目利きは確かなんですが、少し人見知りが過ぎる所がありまして。あなたの案内をするために探しに来た、使いですよ」

 宗一郎の言葉を受けて美奈はハッとした。ようやく気持ちが落ち着いたらしい久遠は1度唾を飲み込んで、ブーツを履いて立ち上がる。白手袋に包まれた右手を美奈に差し出した。表情はわかりやすく硬かった。

「初めまして、久遠と申します。雨白島の、ティーノの言葉を借りるなら超人見知りの商人です。師匠の命であなたを迎えに来ました。どうぞ宜しく、浪川美奈さん」

 久遠の自己紹介に美奈も小さく深呼吸をして差し出された手を柔らかく握り返す。意識的に笑って見せたが緊張でやや強ばったのが分かる。しかし務めて明るい声を出した。

「地域援助型魔導師ギルド、精霊楽団 智朱(チシュウ)支部から来ました、浪川美奈です。こちらこそよろしくお願いします」

 美奈の言葉に久遠は小さく頷くとそろりと手を引いた。そして部屋に置かれていた鞄と赤い傘を手に取ると宗一郎に振り返る。

「じゃあ宗兄さん、師匠の所に行ってくるね。ありがとう」

「どういたしまして。また事情聴取とかで連絡行くかもしれないから、それは頼んだよ」

「うん、わかった」

 久遠は宗一郎とのやりとりを終えて今度は美奈を振り返る。美奈が不思議そうに首を傾げるとおもむろに口を開いた。

「それじゃあ、行きましょうか」

「えっと、どこに?」

 美奈の疑問に久遠は革の鞄を指した。

「その鞄の中にある、宛名のない手紙の宛先に」

 カツン、と、久遠のショートブーツが小気味のいい音を立てて踵を返す。凛とした姿勢で歩を進める久遠を美奈は小走りで追いかけた。迷いなく駐屯地の外に二人が出た時、雨雲は流れ去り太陽が沈むところだった。遠くに見える海に光が反射して朱は美しく広がっている。

「わぁ、綺麗!」

 初めて見る景色に感嘆を漏らす美奈の様子に久遠は笑みをこぼした。

「……そうだ。まだ寝てるでしょうけど、先にティーノのお見舞いに寄りましょうか」

「はい! 是非!」

 美奈の承諾の返事を聞いて、久遠は歩先を東に向ける。道中に閉まりかけた屋台の主に声を掛け、骨付鳥を6本購入した。屋台の主は久遠に何か話しかけていたが、久遠はあとを急ぐと伝えて話を切り上げる。そうして購入した骨付鳥の一本を美奈に手渡す。

「どうぞ。島に来てからまだ何も食べてないでしょう。しばらく歩きますから、食べながら向かいましょう」

「あ、ありがとうございます! えっと、お金……」

「気にしなくていいですよ」

「じゃあ、いただきます」

 美奈は久遠から受け取るも食べることを躊躇っている。それを見かねた久遠は自分も袋から骨付鳥を一本取り出し分厚い肉を小さく齧った。それを見ると美奈のお腹の虫がなり、恥ずかしくなりながらも美奈も肉を頬張った。鶏肉の旨みとジューシーな油が口一杯に広がる。

「……! おいしい!!」

「良かった。それじゃあ改めて、行きましょうか」

 久遠と美奈は歩幅を揃えて中央広場を後にした。

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