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1章 雨白島 1話

 誘われるように美奈は甲板へ出た。外は心地よい海風が肌を撫で、柔らかな波の音が耳に届く。これから向かう場所はつい先日までいた場所とは違うのだと美奈は実感する。大きく息を吸い込み、そのまま止める。わずか数秒の時間だが、逃げたくなる自分を叱咤するには十分だった。それでも不安を残しながら、目を細めて前を見据える。

 本国の船に乗ること1時間、ようやくみえてきたのは天慧国一の貿易の島・雨白島である。東と西をつなぐ白虎門で行われる取引より、貿易においては雨白島は多大な権力を持つ。

「お嬢ちゃん船酔いかい?」

「あ、いえ。海は初めてなのでちょっと風にあたってみたかったんです」

 運転室から船長が顔を出し美奈に声をかけた。美奈は少し困ったように笑いながら答える。天慧国では領地の大半を陸地が占めるため、船に乗ることはもちろん海を見た事のある者はほとんど居ない。そんな中、年中海に囲まれて暮らす雨白島の島民や出入りをする者の殆どは商人である。観光などで立ち入る人間もいるにはいるのだが、年間で数える程度である。

「そうかい。しかし、若いのに雨白島の観光とは珍しいね」

 船長の言葉を聞き、美奈は少し悩ましい顔をした後、困ったように笑った。その表情に船長は驚き、再度声を掛けようとした時、美奈が口を開いた。

「観光ではないんです。休養を取るように恩師に言われて、雨白島を紹介されました。……それから、友達の身体を治す方法も探せたらと思っています」

 船長は美奈の答えに少し考え、厳しい顔をした。

「雨白島は商人の島だ。まあ温厚な奴が多いから休養にはいいかもしれねぇ。だが、治療に関してはあまり期待しない方がいい。島に医者は2人しかいない。君の求めるようなものはないと思うがね」

 雨白島をよく知る船長の言葉に美奈は眦を下げる。

「わかっています。でも商人の島だからこそ、大陸には入ってこない情報も入ってくるといいますし、それに」

 美奈は雨白島をまっすぐ見つめた。雨白島には雨雲がかかり、今にも降り出しそうな空模様だった。

「雨白島には、どんな怪我も病も治す雨が降った伝説があると聞きまして」



【タイムラグ・チューニング】

一章 雨白島(ウノハクトウ) 1話



 雨白島の港は多くの船が停泊し商人たちが取引をしているため、大変賑わっている。美奈が雨白島に降り立つと雨が降り始めた。美奈は特に驚くこともなく空を見上げていると黒い傘が視界に入った。船長が傘を差し出したのだ。

「荷物には見あたらないから傘は持っていないんだろう。これを持っていきなさい。それから、この島にはゴロツキも多いから気を付けるんだよ」

 美奈は船長から傘を受け取ると丁寧にお礼を伝えた。町に向かって歩きだそうとするとこちらに向かってキャスケット帽を被った男の子が走って来た。男の子は船長の前で止まると大きな布袋を広げた。

「お疲れ様です魚谷船長! 久遠さんから仕入れ頼まれて来ました!」

「ティーノお前……。久遠にいい加減自分で取りに来いって伝えとけ」

 船長は帰港早々の来客にため息をつく。美奈はこの時初めて船長の名前が魚谷ということを知った。一方でティーノと呼ばれた少年は船長の言葉にカラカラと笑う。

「無理ですよー。久遠さん人混み嫌いだもん。こんな賑わう港に自ら来るわけないですよ」

 船長はティーノの言葉に頭を掻きながらため息をつく。その姿をみてまたティーノはカラカラと笑った。

「でも近い内に(こっち)に来ますよ。ミカルさんがそろそろお使い頼むみたいですし」

「……船に乗りに来いとは言ってねぇ」

 美奈は船長とティーノの会話を聞きながら、少年でも商売の手伝いをしていることに驚いていた。そしてふと、ティーノが傘をさしていないことに気づく。傘を持つ手をすっと伸ばして黒い傘の中にティーノを入れる。傘の中に入ったティーノは驚いて美奈を見るとパチパチと目を瞬かせた。帽子から覗く髪は金色で肌は白く、子供らしい真ん丸な目は緑色で、それらは天恵国より西の国の民族に多く見られる特徴だった。

ティーノは何やら観察されていることを感じつつも気にする様子はなく、美奈を不思議そうに見ていた。

「あ、ごめんなさい。雨が強くなってきたから風邪ひいたらいけないと思って」

 ほとんど無意識で取っていた行動に言葉を添える。少年もしばらくぽかんとしていたが嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「ありがとうお姉ちゃん。でも平気だよ。このくらいの雨なら雨白島民は傘をささないんだ。なんてったって神様の恵みだからね」

 ティーノの言葉に今度は美奈が目を瞬かせる。ティーノは得意気に笑い、声高らかに話す。

「お姉ちゃん本土の人でしょ。この島にはね、島民を救った雨の話があるんだ! だからこの島民にとって雨は神からの恵みで、傘は必要ないんだ!」

「ティーノ、久遠の依頼分だ。しっかり持ってないと零すぞ」

 得意げに話したティーノの後ろに大きな木箱を担いだ船長が戻ってきていた。ティーノがあわてて布袋を持ち直すと木箱の中身を流し込まれる。小さな袋に入れられた素材たちがすべて布袋に収まるとティーノはポケットから硬貨の入った袋と手帳を船長に差し出した。

「久遠さんからです。あとサインお願いします」

「納品物の確認はいいのかよ」

「船長さんの仕入れは間違いないからそのまま持って帰ってこいって言われてるんです」

 船長が大きなため息をついて手帳にサインをする。ティーノは手帳を受け取るとポケットに戻し、今度は美奈に向き直った。

「僕、ティーノ! 久遠さんって商人のお手伝いをしてるんだ。お姉ちゃんは?」

「私は美奈。恩師の紹介でしばらく雨白島に住むことになったの。よろしくね」

「よろしく!」

 ティーノは美奈の手を握って大きくふった。美奈も新天地への不安が少し解けて表情が和らぐ。

「あの、私まだこの島のことがわからなくて。お役所があれば先に行きたいんだけど、どっちに行けばいいのかな」

「それじゃあ中央広場だね。僕が案内してあげる!」

「え、そんな悪いよ」

「いーの! ほら、行こう!」

 ティーノは布袋を背負うと美奈の手を握り直して走りだした。船長が2人を見送っていると入れ替わるように黒いローブを羽織りフードを被った人物の姿が近づいてきた。船長はその姿にまた大きなため息をついた。

 その人物は船長の前まで着くとフードを外した。長い赤茶の美髪が雨風に乱される。

「ご無沙汰だね、魚谷船長。いつも仕入れをありがとう」

「そう思うならたまには自分で取りに来やがれ、久遠」

「……力仕事、向かないんだよね」

 久遠と呼ばれた人物は居心地悪そうに目をさまよわせている。背後に他人の気配がすると突然に振り返ったり、近くを人が通ると大げさに避けたりと忙しがない。その様子を見て船長がまた大きなため息をつく。

「さっきティーノが近いうちに来ると言っていたが、まさか今から本土に行くのか?」

「ちがうよ、今日は別件」

 久遠が船長の後ろにようやく落ち着けると船長を見上げる。

「なんか師匠に、船長の船に乗ってくる人を連れてこいっていわれたんだ。で、その人どこ?」

 久遠の要件に船長は頭を抑えてまたため息をつく。そして先ほどティーノが美奈を連れて走っていった方角を指した。

「島の事もわからないから先に役場に行くそうだ。ついさっき、ティーノが案内にいった」

 久遠の顔が真っ青になったのが視界に入ったが、船長は気に止めないことに決めたらしい。そのまま言葉を続けた。

「今日は最初からお前が来るべきだったな。もちろん助けないぞ。中央広場まで探しにいけ。ベージュの胸までの髪にたれ目、背はお前より頭一個分高い女の子だ。焦げ茶色のコートを羽織って革製のカバンを持っている。ここまでわかればすぐ見つかるだろう」

「……、頭一個分……」

 久遠の顔色は相変わらず良くならない上に、船長からの一言を忌々しげに繰り返した。探しに行くことを渋る久遠に船長は最後の一押しをかけた。

「ミカル氏のお仕置きよりはマシだろう」

 久遠はしばらく逡巡した後、フードを被り直しゆっくり歩き始めた。その後ろ姿をみて、また何度ついたか分からないため息をついた。

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