8.粂田、ヤサを作り、魚を釣りあげ、それを焼く
月夜はいちだんと輝きをましてきた。
そのころには粂田も完全に夜目が利いてきたので、島に上陸した直後より視界が開けていた。
釣竿をかつぎ、片手に清酒の一升瓶をさげ、砂地を練り歩いた。
邪魔になる卒塔婆は手でどけ、埒が明かなくなると蹴りつけてなぎ倒し、島の中心部に向かった。
ひと晩だけとはいえ、居心地よくするために拠点をもうけ、手を加えるべきだ。
手ごろな空間を確保すると、釣竿と一升瓶を放置し、かたっぱしから卒塔婆を抜いてまわった。
片手に抱えきれなくなるたび拠点に集め、それが大きな山となるまでひと汗かいた。
次に集めた材料を、真上から見て長方形になるよう、囲うようにしてをすき間なく刺していった。ちょうど人一人がうずくまって入り、場合によっては寝そべられるほどの広さである。
入り口だけはふさがず、屋根まで卒塔婆でととのえた。入り口からは東側の海が見渡せたので、ここから朝日がのぼるのを拝むことができるだろう。
ぶじ拝むことができたら試合終了というわけだ。
「さて、卒塔婆製マイホームの完成だ。島にある素材を有効活用した一品だな」と、両手についた砂を払いながら独りごちた。「謝花のじいさんが見たら、卒倒するかもな。罰当たりすぎると」
粂田は腕時計を見た。二十三時半に近い。
泣瀬周辺には漁船の灯りなど、いっさい見当たらない。
強靭なアセトアルデヒドの分解作用もあって、酔いは醒めつつあったので、じかに一升瓶から流しこんで景気づけた。瞬間的に酩酊感がよみがえった。
すでに島の外観を見た直後の、背筋が凍りつくような思いは消えていた。
もともと粂田は恐怖には鈍感だった。
学生時代から海外ホラー映画のレンタルDVDを観つづけ、マニア顔負けの知識をもっており――いっとうお気に入りの監督は、ゾンビ映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロ。それと、なにはなくともジョン・カーペンター――、いまだかつて、怖いがために途中で投げ出した経験はない。
ありがちだが、世のなかでもっとも怖いものは超自然現象ではなく、つまるところ狂気を抱えた生きた人間だと粂田は持論を持っていた。
やくざの構成員だったころは、そんな手合を見てきたし、多かれ少なかれかかわりもしてきた。
酒が入れば怖いもの知らずだった。
気をよくすると釣竿をかつぎ、島の南側へもどった。かなりの数の卒塔婆が抜かれたので、移動しやすく、快適な空間になっていた。
なだらかな斜面をくだった。先ほど漁船がついた湾状の磯に向かった。
雪駄履きなので足もとが悪すぎた。
かと言って、起伏の烈しい凹凸だらけの地面を裸足で歩くわけにもいかない。
湾につくと、短縮されていたロッドを伸ばし、つかまえたカニを砕いて針にかけ、オーバースローのフォームから潮と潮がぶつかるところめがけて遠投した。
幸いにして干潮から一時間ばかり経っていた。素人でもヒットする頃合だった。
針を沈めすぎると、根がかりする恐れがあるので浅めに泳がせた。
替えの道具はないのでだいじにしないといけない。
適当に糸を動かしてサビいた。
が、なかなか釣れるものではない。
短気なくせに、釣りに不向きな粂田は二十分ほど経ったころ我慢しきれなくなった。
いったんリールを巻き取り、離れたところで放尿した。
そのあと、ためしに浅瀬に手を突っこみ、沈んでいる石をいくつか持ちあげてみた。
なんてことはない。骨などありはしない。
岡添が粂田を気弱にさせようと、でっちあげたにすぎないのではないか。
だとすれば子鯨が座礁した伝説だって、即興で作りあげた怪談話かとも思えてきた。もっとも、即興にしては微に入り細を穿った内容だったが。
ふたたび釣竿を手にし、さらに十五分ばかりサビいて粘っていると、ようやく当たりがきた。
暗礁にもぐりこまれるまえに、勢いよくリールを巻きあげた。
黒々としたチヌがかかっていた。
四〇センチ近くあり、猛烈に暴れた。
すぐにナイフでエラ蓋から脊髄を断ち切っておとなしくさせた。逆さにして浅瀬に漬け、しばらく放血させる。
そのあとナイフの刃を立てて、荒っぽい手つきで魚の両面のウロコをかき取り、腹を割いて内臓も抜いた。
独特な生臭さに顔をしかめた。
とはいえ、最初に釣れただけに思い入れは捨てきれず、その獲物をみやげに山頂の拠点へ帰った。
うやうやしく獲物を卒塔婆小屋の屋根に置いた。
入り口のまえで浅い穴を掘り、そこに手ごろな石を組んで、かまどをこしらえた。
卒塔婆を真っ二つにへし折り、薪がわりに投入したあと、枯れ草を着火剤とし、ジッポーで火をつけた。
適度に酸素が入るよう、卒塔婆のあいだにすき間を作り、炎がまんべんなく行きわたるようにした。
あつらえ向きの平たい、かまぼこ板状の石を見つけてくると、かまどの真上にそえた。
石が熱されているころを見計らって、食卓塩で味つけしたチヌを置いた。
しばらくすると、香ばしそうな蒸気がたちのぼった。
魚が焼けるあいだ、粂田は一升瓶に口をつけ、燃料を補給した。
完全に焼けあがるまで時間がかかりそうなので、かまどのまえを離れ、しばらく散歩することにした。
風はかすかに吹いていた。卒塔婆同士がぶつかる音がカタカタと鳴っていたが、もう平気になっている。
恐れがなくなると、観察眼が鋭くなった。
というのも、無数の卒塔婆に囲まれる形で、小さな祠がいたるところに配置されているのが気になってきたのだ。
石を組んだだけのものや、一枚岩をくり抜いて作られたものもあった。
少ないながら、木製で切妻屋根を備えて古びた紙垂をたらし、金属の観音扉に閉ざされた立派なものまで鎮座しているのはどういうことなのか。
ためらいもせず、そのひとつを開けてみた。
内側には木彫りの地蔵が入っていた。
それぞれ花立が一対あり、榊が供えられていたが、茶色く枯れ、だらしなくしおれていた。かすかに線香のツンとした匂いがする。
粂田は気が大きくなっていたにちがいない。
足蹴にして、祠を粗末にした。
ちょっとまえまで堅気からはずれた商売に身をやつし、成り行きとはいえ、芝崎組長の姐と不倫関係に落ちた男が言えた義理はないが、かつてこんなふる舞いをしたことはしたことはなかった。
ところがいま、岡添たちから鎌をかけられて島に置いてきぼりを食らい、いまさら嘲笑われていたことに気づいた。
島には卒塔婆が立ち並ぶいわくこそあれ――まさか、こんな手間をかけて擬装する暇人もいるまい――、なにかが出るなんて話は、はじめから嘘っぱちだったのだ。
きっと漁師になりたいと志願した新参者を、ひと晩ふるえあがらそうとハッタリかまされたに決まっている。
いや、ことによると、明朝七時に迎えにくるというのも怪しいのではないか。
期待をもたせ、たっぷり焦らされたりしたら――。
浅はかなことに、粂田は携帯電話の類を持っていなかった。これでは助けを呼ぶことさえできない。持っていたとしても、梅野が言ったように電波が届かないだろうが……。
吹けば飛ぶような漁村の田舎者に対する腹立ちと、自身への不甲斐なさで気分がささくれ立ってきた。酒も入ったせいもあって感情的になっていた。
澄まし顔でたたずむ祠のなかの仏像をつかむと、乱暴に海へ投げ捨てる。
それを皮切りに、次々と祠を蹴りつけ破壊してまわった。
粂田の祖母はナイジェリア人だった。
父の仕事の都合でアメリカのフロリダで暮らし、粂田が十二のときに日本に渡ってきた。日本語をおぼえ、学校になじむのに気をとられ、仏教神道の文化への敬い畏れなど欠けていた。だから榊を供えた神仏にシンボリックなものを読み取れなかったし、威光なども感じるはずもなかった。ましてや卒塔婆の群れは、生理的に気持ちのいいものではないのはわかるにせよ、この状況ではたんなる障害物としか映らなかった。
そのうち無骨な石組みの、いかにも年代の古そうな祠を見つけると、力まかせに破壊しようとした。
錆びた鉄の扉がぴしゃりと閉じられていたので、腹立ちまぎれに開けてやった。
すでに引っこ抜いた卒塔婆で小屋をこしらえ、焚き木がわりに燃やし、焼き魚を調理中なのだ。仏罰がくだってもおかしくないのに、いまだやりたい放題だ。そもそも神や仏などの概念は、このデジタル万能の世界では死に体も同然ではないか。ある意味、それを実証するため、おれは度胸試しと称して島に渡ってきたのだ。
古臭い頑迷な思考停止状態の奴らの鼻を明かすためなら、ひと晩夜更かしするのも苦痛ではない。ましてや賭けに勝てば、良かれ悪しかれ、不帰浜の住人として溶けこむことができる。たやすい試練のようにも思えた。
ところが、その祠に手をかけたのが元凶だった。――それが、めくるめく悪夢のはじまりを告げる呼び水となろうとは、このとき夢にも思わなかった。




