2.「兄さん、それにしてもカリフラワーみたいなヘアースタイルだな」
「ま、遠慮せず、どんどん空けなよ、兄さん。今夜は血ヘド吐くまでやったろうじゃねえか、ええ? そうとも、記録に挑戦だ」と、粂田の右隣りに座る岡添が身をのり出して言った。顔の右半面が焚火で照らされ、脂っこく輝いている一方、左は闇と同化している。バーベキューコンロで炙られたスルメイカを用心ぶかく手にし、むしった。「まんざら飲めないわけでもあるめえ。どうだ、イカもいい塩梅で焼けてるぞ。おれはゲソが好きだな。複雑な食感がたまらない」
粂田は缶ビールを一気にあおり、空にした。口の端からしずくが垂れるにまかせた。
「勝手にやってるさ。おれのピッチにあわせたら、あんたら、もういい年なんだ。身がもたないぜ」
「オホッ……。こりゃまた、言ってくれるね。こちとら、まだ若いもんには負けんつもりだよ」と、梅野が椅子がわりにしたコンテナの上であぐらをかきながら快活に笑った。ペチリと足の裏を叩いた。「ハマチ、どんどん食ってくれよ。食べるのが供養になるってもんだ。どうよ、この艶、香り、味。だって、おれが愛情たっぷりに育てたんだもの。不帰浜きっての傑作品なんだから」
「たしかに絶品だな、ウメのハマチは」と、謝花はボソリと言い、醤油もつけず一切れ食べ、静かに口を動かした。
「そらそうよ。ここに至るまで、苦労の連続だったんだもん」
岡添はビールをちびりとやり、
「兄さん、それにしてもカリフラワーみたいなヘアースタイルだな。不帰浜にもパンチパーマ当ててる奴がいるが、さすがにアフロはいない」
「てっきり実写版サザエさんのつもりかと思ったよ。……こんなこと言ったら怒る?」
粂田はそう評されるのに慣れていた。好きでこの髪型にしているのだ。
「高校時代からアフロ一筋だ。これがしっくりくる。インパクトあるから、良くも悪くも、人の記憶に残るだろ」
「まあ、おれたちゃ、髪型がどうのこうので左右される商売じゃない。自分を出したいって個性だから、悪いことじゃねえ。じっさい、他人の船とはちがう装備や装飾をしたり、ほかとはちがう漁法で、独自の漁場を探したりする。いけないことじゃない」
「どうも、ワンマンアーミーは煙たがられるらしいな」
「漁業組合員同士は仲良くしないとな。はみ出し者では困る」
梅野は肩を揺らして笑った。
「けど、ときにはおれみたいに出し抜かないと儲からないのよ、これが。人とはちがうことを売りにしないとね」
「ウメは悪知恵が働くわりに、憎めないからな。得な人柄だわな」と、岡添は言い、イカをむしって口に入れ、粂田を見た。「少なくともおまえさんが漁師になりたいのなら、よけいな波風は立てるべきではあるまいよ。転校生はなにかとイジメの標的になりがちだ。郷に入っては郷にしたがえ。おれだったら、しばらくはおとなしくしておく。個性を出すにせよ、二、三年あとからでもよかろう」
「ここは閉鎖的だからね。それでも、不帰浜の連中はまだマシ。おとなりの掠里なんか、よそ者が入ってきたとしても、眼もあわせやしないから」
「ずいぶん押しつけがましいんだな。言っておくが、むやみに敵を作るつもりはない。これでもあんたらの言い分は飲むつもりだ」と、粂田は新たな缶ビールを開けながら言った。「けど、必要以上に干渉されたくもないな。仕事はまじめにこなすつもりだが、すべてをさらけ出し、あんたらの色に染めなきゃなんねえいわれはない」
「すべてさらけ出せって言ってんじゃない。ただ、ルールだけは知らなきゃならん」と、謝花が焚火を見つめながら言った。眼の奥で炎が揺れていた。強烈な日差しのもとで労働を重ねてきたしたたかさが、その横顔に刻まれていた。
「組織に組みこまれず、不帰浜の風土を受け容れる気はないと」岡添は禿げた頭をごしごし撫でた。「ワンマンアーミーが悪いわけじゃねえさ。むしろ漁師は一匹狼が多い。はっきり言や、ここ不帰浜も例外ではなく、協調性に欠ける人間ばかりだ。スキあらば他人を出し抜こうとしてる。なにも、ここのやり方に従えって押しつけるわけじゃあない」
粂田は唾を吐き、片方の脚で立膝をついた。
「さっさと核心を突いたらどうなんだ。こちとら、まわりくどいやり方は好きじゃないんでね。試されるのはもっとな」半身を屈めたまま岡添をにらみつけ、眼をそらさず射抜いた。黒い肉食獣が跳びかかる寸前のように、下からにらみあげる。
謝花が湯呑をコンテナにおいて、うんざりした様子で、
「短気を起こすな、俊郎」と、とりなした。
「なるほど」岡添が野球のグラブそこのけの大きな手を広げ、降参ポーズをした。「おまえさんの怒りの沸点はやや低いと見える。それで前の仕事を解雇されたわけか。漁師は血の気が多いから、ここでもひと悶着ありそうだな」
「いざこざを起こしたわけじゃねえぜ。単にバーの経営が傾いてあおりを食った、と思いたいがね。時勢が悪かっただけさ」と言い、ビールをひと息に空にし、缶を握りつぶした。
「ま、ま、ま……ここは愉快に行きましょうよ。人間、誰しも長所短所があるのであって、短所ばっかりツンツンしてもね」
とりなし顔の梅野の仲裁で岡添はうなずき、
「おれも言いすぎたかな。悪かった。謝る。なにせ狭い集落で、疑りぶかい漁師も少なくない。新入りを加えるとなると、出自を知りたくなるってもんだ。……おっと。出自ったって、なにもおまえさんがハーフだとかクォーターだとかで、人種差別してるわけじゃねえぜ。謝花じいの血筋ってことも本当だろう。役場に行って、個人を証明する書類を取ってこいと言うつもりはねえさ。おれが気にかけてるのは、長年都会に揉まれてきたって点だ。となると、いろいろ汚れちまってるだろうしな。こすっからい処世術にも長けてるだろう。すれっからしの人間を鋳型にはめこむことによって、なんらかの支障をきたさないかと、おれは心配してるわけさ」
「世俗にまみれてるのが、そんなに怖がられるのか。こいつは驚きだ。どんだけ尻の穴が小せえんだ」とたんに粂田の怒りが萎え、あきれて失笑しそうになった。表情に侮蔑の色が広がった。
「小心者か。そうじゃない。だけど恐れてる――それは当たってるかもしれん」と、岡添はなんの感情もまじえず我慢強く言った。「そうとも、恐れてるんだ、よそ者を。不帰浜はちっぽけで貧しく、陰気臭くって、閉鎖的で未来がない。まるで陸に打ちあげられた魚といっしょだ。遠からず、この漁村は腐ってダメになる。ダメになるってのは、高齢化が進み、年寄りは死に絶え、共同体として維持できなくなり、いずれ離散するってことだ。だからといって、いますぐ、おいそれとここを見捨てることなんてできやしない。自分たちが生まれ育った故郷だからだ。たとえ取り柄のない場所だとしても」
梅野は漁港を眺めながらため息をついた。
「そんな取り柄のない故郷でも、住めば都。おれたちゃこれでも、平穏無事に暮らしてきた。そこへかき乱す人間ってな、たいていはよそ者だ。だからチェックせずにはいられないってわけ。つまりそういうこと」
「脅威は、たいてい外から入ってくる。つまり部外者だ」と、岡添は言ったあと、声を落とし、苦々しげに続けた。「じつは過去に何度か、外部から新入りを招き入れた。もちろん、うまく溶けこんで戦力になった人間だっている。一方で、手がつけられないほど地金をさらけ出した奴がいた。だから反省を踏まえ、面談は辛口になるってもんだ」
粂田は手をかざした。
「誓って言うが、かき乱すつもりは毛ほどもない。不可抗力を除いてだが」
まさかこれほど粂田の懐まで踏み込んできて、ナイフの切っ先を突きつけてくるとは思わなかった。
すんなりと漁師に加えてくれると思っていたので、こうも警戒されるとは驚きだった。考えが浅はかすぎた。
「もういいだろ、岡坊。そのへんで勘弁してやれ」謝花老人がしゃがれ声をしぼり出した。「俊郎も、不帰浜をかき乱すことはしないと誓え。まじめにやると誓えば安泰なんだ。ここに根をおろす以上、組織からはみ出さなけりゃ悪いようにはしない」
粂田は唇の片側を吊りあげて白い歯を見せ、アロハシャツの胸もとを指さした。
「たしかに反社会の一構成員だった時期もあるが、いまはちゃんと反省してる。若気の至りだった。もう足を洗ったつもりだ。金輪際、奴らと関わるつもりはない。だから心を入れかえて、一生懸命働く。誓うよ。いまさらヤンチャして、波風を立てやしない。そんなことしたって、なんのメリットもないだろ」
「やくざもんで組長の女房とデキちまい、破門になった話は聞いてる」岡添はあご髭をかきながら眼をそらさず言った。「本当におまえさんを罰しに、ヤー公連中がここへのり込んでこないだろうな? 面倒に巻き込まれるのだけはごめんだ。おれはここを守る義務がある。いらぬ火の粉がふりかかるのは、なんとしても避けねばならん」
「もう過去の話だ。時効だろう。いくら姐に手を出したとはいえ、おれみたいな雑魚をいつまでも追いかけるのは生産的ではなかろうよ」
梅野が口をとがらせて、
「岡やん、もういいんじゃないの。不帰浜にも元ゴロツキはいるじゃない。厳しすぎるよ」と、言った。
岡添はようやく緊張を解いた。顔じゅう皺でくしゃくしゃになった。
「厳しいか。おれも神経質になりすぎたな。いいとも、迎え入れよう。ま、いましがたの無礼は水に流してくれ。……だったら、あらためて乾杯だ」と言って、手をさし出した。
粂田も苦笑いしながら相手の手をがっしりと握った。おたがい、痛いぐらいの握力だった。
「あんたが漁村を守ろうとする気持ちはわかった。少なくとも和を乱さないよう心がけよう。だからおれに安息をめぐんでくれ」
「いいとも」と、岡添はうなずき、粂田の肩をかるく叩いた。「安らぎは与えられるもんじゃない。自分で手に入れるもんだ」
「そうこなくっちゃ。だったら、飲みなおすべ」と、梅野も相好をくずした。




