11.「秘密をかくすにゃ禁足地とは恐れ入る」
おいおい、待て――。
小屋のそばまでくると、こんどは男の声が聞こえたような気がした。
西側の崖下からだ。
複数の、ひそひそ話でやりとりしている声がする。
あの六本脚の化け物でもなければ、白い衣装の老女たちでもない気がした。
やはり――男たちの声だ。
ひょっとして、岡添たちがこっそり様子を見に来たのではないか。
幻覚剤を投与したすえ、前後不覚なく酩酊した粂田の醜態をカメラにでもおさめ、酒の肴にでもしようと――。
粂田はよろけながら走った。
すかさず西側の突端から下を覗き、シケ張り(見張り)した。
切り立った磯には小さな木の舟が横づけされていた。
舟のなかで人影がこそこそと動いていた。
ありがたや。やはり岡添たちが迎えにきてくれたのかもしれない。
なにかを盛ったにはちがいないが、ひと晩じゅう島へ置き去りにするつもりはなかったのだ。
ちょっと灸を据えてやれと、きっと手荒い歓迎のつもりで放置していただけにすぎなかったのかも……。
――が、よく見ると、男たちは五人いた。
気配を殺し、いまにも島に上陸しようとしている。
助けを呼ぼうとしかけたが、すぐに思いとどまった。
あの男たちは岡添たちではない。背恰好からして異なった。
なぜか粂田は声をかけてはならないような気がして、頭を引っこめた。
舟には船外機はなく、櫓と櫂だけで、島にのりつけたのだ。
なぜなら、静かに島にあがる必要があったからだ。
どうして?
――隠密行動をとるためだ。
ふたたびすり鉢状になった窪地に後退し、手近な岩陰に隠れた。
島の北側をふり返った。
まだ女たちは頂に達していない。
が、確実に登りつめているのは、苦悶のうめき声やけらけら笑いが近づきつつあるのでわかった。
やけに忙しくなってきたぞ!
かたや、男たちは徐々に斜面をあがってくるようだ。
急な坂道とはいえ、つづら折りの道があり、労せずしてじきに山頂に到達するだろう。
粂田は声を出すまいと、身体を縮めた。
――こんちくしょうが!
このおれが、天井の木目におびえる子供みたいに、だらしなく震えてばかりいて、無力だなんて!
ふたたび身をのり出して西側の崖下を覗いた。
クソッ!
これじゃ、まるで臆病なミーアキャットの歩哨だ!
男たちのひそやかな話の内容が切れ切れに聞こえた。
「まさかカンノンを島に安置していたとはな。これは盲点だった」と、先頭を歩く手ぬぐいを頭にかぶった男が言った。「儀兵衛も考えたもんだ。ここなら誰も手を出したがらない。秘密を隠すにゃ禁足地とは恐れ入る」
三人目の身体の大きな男が同調した。
「うってつけの保存場所だ。おれたちでさえ、たたらを踏むからな」
「エビスを奴らだけのものにしてなるものか。おれたちだって幸を受ける権利はある」と、しんがりを歩く年かさらしい背の曲がった男が言った。「掠里はいつもこうだ。不帰浜の分け前を横取りされて、ひもじい思いばかりする。どれだけの子供を奉公にやらねばならんのか、奴らは知らんふりだ。今度こそ思い知らせてやる」
「おおとも」
「やってやろうじゃねえか」
「なんとしても、かっさらうぞ。根こそぎ盗んじまおう。かわりに大便でも置いといてやろうぜ」
と、みんなが口々に言った。
粂田は今度こそ身をのり出すのはやめ、卒塔婆小屋まで静かに後退した。
カンノンだの、儀兵衛だの、エビス、奉公などとわけのわからない単語が散りばめられており、まるっきり話が見えない。
上から声をかけて、助けを呼んでもよさそうだったが、それも憚られた。
あの五人の闖入者は理由があって夜の卒塔婆島に上陸し、これからやましいことをしでかすつもりだろう。
となると、五人のコミュニティに所属していない粂田と期せずして出くわしたとなると、どういう態度をとられるか予測もできない。
口封じも辞さない鬼気迫るものを感じた。
小屋に入り、壁のすき間から島の西側を覗いたのとほぼ同時だった。
五人が頂上に姿を見せたのだ。
男たちの身なりは時代錯誤もはなはだしい麻の服で、つぎはぎだらけで粗末だった。
なにかがおかしかった。長い髪をうしろで結んだ、いわゆる総髪の者がいるのはわかるとして、月代を剃った武士まがいの者もいた。ちゃんと髷まで結ってあった。
が、いやにうらぶれていた。
時代劇の撮影かなにかで、極秘にこの島に来たとでもいうのか?
そんなまわりくどいロケの仕方なんて聞いたことがない。第一、カメラや照明などの機材もないというのに、そんなことはありえない。
手ぬぐいをほっ被った長身がまえに進み、
「どこにかくしてあるんだ。一面卒塔婆だらけだぞ。地面の下に埋めてるんじゃお手あげだ。なんとか今夜じゅうに見つけねばなるまい」と、言った。
「これでは難儀するな。いい方法はないものか」
月代を剃った、眼つきの悪い男が腕組みしたまま言った。
しんがりをつとめていた背の曲がった老人が手をさし出した。
「エビス神として祀るんだったら、祠のなかだと相場が決まっておる。昔から不漁が続いたとき、エビスを持ち出し、舟に乗せて幸を期待したもんだ。適当に埋めているようでは、不帰浜の連中でさえ見つけられなくて苦労するだろ」
「祠なら、そこらじゅうにある。まさかこれだけの数だけ、エビスを祀ってあるってことはあるまいな?」
「必ずしもそうとはかぎらんだろう。ほとんどが漂着した物品を寄り神に祀ったにすぎんはず。ナガレボトケはそのなかのひとつだ」
「こうなったら、シラミつぶしで当たるしかないな」
老人が砂地にどっかと座り、
「いますぐ作業にかかれ。目的のものが見つかりしだい、ぜんぶ奪い取ってしまえ」と、鋭く叫んだ。
それを合図に四人は散った。
荒々しい狼藉と略奪がはじまった。
手あたりしだい、粂田が先ほどやったように祠が荒らされ、内部が物色された。