空
俺の骨折は直った。
大学。俺は一人で通っている。
俺は今、毎日が充実している。だって俺に彼女が出来たから。
空。晴海空。あれから俺たち二人は付き合っている。相思相愛だ。
彼女は可憐だ。
彼女は太陽だ。
彼女は俺の命だ。
周囲の景色が違って見える。曇った空も、かつては淀んで見えていた空気も、今はただただ清々しい。何もかもが輝いている。
──と、いうのも。
何せ、部屋に帰れば空が俺の帰りを待っていてくれるから。
そう。
俺は今、空と同棲しているんだ。
だから男女連れ、サークルの姫を追い回す男子学生。皆、俺の目には入らない。
そんな物がなんだというんだ。ちっとも羨ましくない。
俺は充実してる。今、とても輝いてる。
今の俺は彼女持ち。そこらの暗い顔をして歩いている男子学生らとは違うんだ。
少し前までは俺もその一員だったけど、今の俺は違う。
俺は奴らとは違う。
俺は相変わらず曇った空を見上げつつ、晴れ渡る空を夢想する。
◇
だから俺は買い物を手早く済ませ、アパートに帰る。空の待つアパートへ。
「ただいま」
「……お帰りなさい」
これだ、これ!
空の声がする。どこか細い声が。
毎日の俺の糧。毎日の俺の生きがい。
「空、今飯作るよ。腹減ったろ? 少し待ってろ」
「……うん」
米を炊き、鍋をかけ、野菜を切り、肉を炒める。
やはり可愛い。
この遠慮がちな声。これこれ。俺無しでは生きていけない感じ。これが最高なんだ。
「あのさ、今日の講義でさ……」
「……」
返事が無い。ちょっと残念だ。だから声に少しだけ怒気を込める。
「空?」
「は、はい!」
よし。素直なのは良いことだ。
「で、あの教授、またレポート出しやがって……」
「……うん」
「毎週毎週レポートだなんてやってられないよ。空もそう思うだろ?」
「……うん」
空の声はまた心なしか震えている。
「ほら、出来た。食べさせてあげるよ」
「……」
俺は空の方を振り返る。大丈夫。今日も空はここに居る。
俺は空の口にスプーンを近づける。
「ほら空。早く口を空けて──」
俺は空を誰にも渡しはしない。空は俺の彼女だ。俺だけの彼女。俺だけのもの。
俺だけのものなんだ。
空には俺が必要だ。
だから空は今、ベッドの上で両手両足をギブスに包まれたまま俺に口を空けている。
空には俺が必要だ。まぁ、当然俺にも空が必要なんだけど。
ヒントありがとうございました。
異色の作品となりましたが、これも日々刺激を下さる皆様のおかげです。