第2章 我ら!…何だろうね?
-いつも同じ顔で微笑んでいるキミ でも同じ日は無いって 無くして初めて気が付く もうとっくに超えた 追いつくことも戻ることもできない ただ一つの平等な時間-
<ハウステンゴク〜管理人室>
「カンッ!カンッ!カンッ!」
ん…朝からやけにうるさいいな。
「あ、起きた。グッドモーニンッ!」
「むぅアオイか、おはよう。ってうるさいのはお前のせいか…」
アオイの手にはお玉と鍋。これを叩いて音を出していたのだろう。昨晩は魔王とか色々あったせいで夜遅くまで眠ることができなかった。
因みにウチのアパートは防音がしっかりしているおかげでこれくらいの音なら他の部屋に漏れたりはしない。部屋で歌う事ができる事がウリとは我ながら素晴らしいアパートだ。
「おうおう生徒会長さん夜更かしかい?寝ないと大きくなれないぞ〜」
「俺はこれくらいで十分だよ」
「ところで一ついいかな」
「なんだい?」
「ユウってクマのヌイグルミと一緒の布団に入る趣味なんてあった?」
「あー…このヌイグルミは父さんからの誕生日のプレゼントとして貰ったんだ。カワイイだろ?」
サクマはどうやら寝ているみたいだ。でも今は静かだけども起きて話すなんて知ったらアオイがビックリするだろうから好都合だ。
「まぁカワイイはカワイイけども…ヌイグルミと添い寝する程寂しいのかい?」
「ま、まぁ。人肌が恋しいけどヌイグルミで我慢してるんだ」
「ふーんそうなんだ。カレーは出来てるから持ってくるよ。その間にリクちゃんのこと起こしてきてよ」
「はいよ」
俺は管理人室から出て隣のリクの部屋の前に立つ。
「リク起きてるか。アオイがカレーをつくってくれたぞ」
「先に行ってて。今準備してるところだから」
「わかった。ゆっくりでいいからな」
再び管理人室へ戻る。すると
「ちょっとユウ!このヌイグルミ喋ったよ!ハイテクだぁ!」
「ちょっとユウ様。助けてくれ!」
サクマ…バレちゃうのが早いよ…。
「ユウ様って呼ばせてるの?ねぇキミ、名前は何て言うの?」
「まずはほっぺたを引っ張るな!俺様は繊細なんだぞ!」
「おっと、ごめんごめん」
「ハァハァ…俺様をここまで追い込むとはな…いいぜ。俺様はユウ様の右腕…サクマ様だぜ!」
「オッケ。サクマくんね。よろしく」
「おう。これからよろしくな」
「なんかあっさりしてるね」
「まぁどうせ夢でしょ?じゃなきゃヌイグルミが話し出す訳ないし」
「それじゃほっぺた引っ張ってあげるよ」
「いやそんな訳…ってイテテ!私のほっぺたはモチモチで通ってるんだぞ」
「ごめん、痛かった?」
「全然だよ。それにしても現実か…ユウのお父さんも珍しいモノくれたね」
「俺もそう思うけど、リクが気に入っているからいいかな」
「噂をすれば」
サクマがそう言うとドアが勢いよく開く。
「サクマくんおはよう!」
「おうリク様。おはようだぜ」
「う〜ん!サクマは朝からカワイイね〜。よしよし」
「グフフ。朝からナデナデとは…ぬいぐるみとして最高の喜びだぜ!」
「…リクちゃん変わったね」
「まぁこれはこれで良いもんだ」
「ふーん。変わったのは認めるんだ。昨日の朝まではいつも通りだったのに。昨晩の内に何があったの?」
いくらアオイでも、俺は魔王でその力で周りの人に影響を与えて魅了するんだ!…とは言えないな。嘘をつくのは申し訳ないけれど。
「いやさ、俺もよく分からないんだよね」
「イヤイヤ!この変わり様はおかしいんじゃないかなぁ」
「思春期は精神的な変化が激しいから」
「さすがに1日じゃここまではね」
「実はユウ様はリク様の事が好きで昨日告白しちまったのさ」
「え?」
「ユウ…いくらなんでも。妹に手を出すのはいけないよ」
「そんなことしてないよ!好きは好きでもライクの方だから!」
「リク様は断ったがそれが響いているんじゃないかと俺様は思う訳だ」
「うわぁ…」
「ちょっとサクマ。嘘ばっか言わないでよ」
「大丈夫だよ、アオイねーちゃん。私はねーちゃんの事は分かっているからさ」
「なにぃ!?」
「アオイってアニキのことを〜」
「あーダメ!それ以上はダメ!この話はもう終いね」
「え…?あぁそうか」
サクマのせいで動揺しちゃって聞いてなかったけれど何とか誤魔化せた。でもなんか誤解されたのは痛い。
「よし!ご飯食べるよっか」
食卓に並べられたアオイのカレー。スパイシーな香りが朝だというのに食欲をそそる。
「おお!カレーか!俺様は朝カレーってのは初めてだぜ」
「あれ?サクマも食べるの?」
「この姿になってから生きるだけなら必要なくなっちまった。でも食べことは好きだぜ。これでも昔はグルメで有名だったんだぜ」
「へー」
でもどこから食べるんだろう?
「まぁいいか。それじゃいただきます」
何故かサクマのスプーンの中のカレーがパッと消えたような気が…
「ムムッ!」
「どうしたのサクマ?」
「このカレーはスゲェぜ。野菜や肉たちは大き目に切ったことで食べ応えがある。そしてルーはいわゆる一晩置いたカレー。それに近い味わい深さがあるぜ。そしてこの辛さ…目が醒めるのとお腹に優しいのとで朝にちょうどいい辛さ。こいつはウマイぜ!」
「ほうほう。カレーを嗜むヌイグルミとは…評価してくれるのはありがたいけど、ますます現実離れしてきたね」
「アオイのお店のカレーは天窓町でも一番だと思うな」
「何言ってんだい。町の中のカレー屋はウチしか無いでしょ」
「そういえばそうか」
「アニキってば忘れっぽいんだ」
そうして話しながら朝ごはんを食べ終わって
「そういやユウ様は朝ごはんの後はどうするんだ?」
「俺は学校だよ。高校生だからね」
「ほーそいつは…俺様も行っていいか?」
「ダメだよ。学校にヌイグルミなんて恥ずかしいし」
「ヌイグルミじゃなきゃいい訳だな」
「どうするの?」
「俺様はこれでも名の知れた魔法使いだったんだぜ。少し姿を変えるくらいヨユーだぜ!」
「それなら始めからヌイグルミ以外になれば良かったのに」
「このヌイグルミはただの器だからな。器がなくちゃ維持できないんだ。そんで器は無機物でなくちゃならねぇんだ」
「面倒なルールだね」
「生き続けるならこれくらいは仕方ないぜ。肉体を捨ててからはもう何年になるか…完全に忘れちまったぜ」
「サクマは意外と暗い過去を持ってたんだね。こんなにカワイイのに」
「カワイイだなんてぇ〜。心配してくれてありがとうだぜリク様」
「それでどんな姿になるの?」
「ユウ様とくっ付いていても違和感が無いものがいいな…カレー娘のソレいいな、そのアイデア貰うぜ。ユウ様よ生徒手帳見せてくれないか?校則を見たいからな」
「カレー娘って…私には天辰アオイって名前があるんだい!」
「んで、髪留めになろうってこと?」
「もちろんだぜ。その苺の髪留めのワンポイントがいい感じだな。ユウ様も自分を出していかなきゃダメだぜ」
「た、たしかに。生徒会会長だもんね。みんなに分かる特徴をつけてアピールするのもアリかも」
「そうだろ?それじゃユウ様の許可も頂いたことだし…ほい!」
次の瞬間クマのヌイグルミがあったところにクマのヘアクリップが出現した。
「なかなかいいだろユウ様?」
「その状態になっても喋れるんだ」
「まぁ意思疎通ができないと困るからな」
「ヌイグルミの方が良かったのに…」
リクは不満そうだ。当然だ。サクマのヌイグルミ姿をあんなにも気に入ってたんだから。
「大丈夫だぜリク様。この姿はあまり維持できないんだ。あくまで基本の姿はヌイグルミだからな。家ではヌイグルミの姿でいるから安心して欲しいぜ」
「それなら良かった。もうヌイグルミ姿を見れないかと思ったよ」
「それくらいにしてそろそろ出ようか。今日は生徒会会長になって初日なんだし学校に一番に着きたいかな」
「生徒会会長さんは意識が高いねぇ。まぁ私はユウ待ちだったけどね」
「じゃあ私はいつも通りの時間に出るから。別に生徒会じゃないしね」
「うん。ちゃんと鍵閉めて来るんだよ」
こうしていつもよりも30分早く登校した。普段から生徒の中では早い方だったからこれで一番乗りだろう。
<通学路>
「でもユウ。早く行って何するの?」
「うーん…特に無いけど生徒会室に行こうかな」
「まぁ生徒会だしね。そういやあそこにソファーもあるから教室よりもゆっくりと眠れそう」
家でゆっくり寝てればいいのにな。などと思っていると前から昨日も見たシルエットが。
「おはようレイナ」
「…あら長門くん。朝早くどうしましたの?」
「レイナだって昨日よりも早くどうしたの?」
「フフ。聞きたい?私は副会長として全校生徒の模範となるべく誰よりも早く登校しようと思っていたわ」
「じゃ俺たちと同じだね」
「そんなところだと思ったわ…」
「せっかくだし3人一緒に行こうか」
「む…」
「まぁいいでしょう。生徒会が一緒に登校していれば周りから見て仲良く見えますからね」
「アオイはいいか」
な、と言い終わる前にアオイは学校へ向かって走り出した。
「ユウ!レイナ!私よりと早く走らないと一番は無くなるよ!」
「な、なんだってー」
「ちょっとアオイさん。私の話を聞いてましたの?!」
俺たちもアオイに釣られる形で学校へ向かって走り出した。
<天窓学園→生徒会室>
「イエー!いっちばーん!」
レイナは声高らかにそう言った。言い方が子供のそれに近くいつもの印象とかなり違って見える。
「ま、マジかよ…」
俺はつい最近までバイトで走っていたから自信があったのにレイナはそれ以上の速さ。しかも息切れの一つも無かった。
「ゼハーゼハー…」
アオイは走り慣れていないのか息切れをしている。言い出しっぺなのに。
「レイナは走るの速いね。何かスポーツやってたの?」
「全くやってませんわ。でも、生徒会選挙の前に修行を少々」
口調がいつもと同じになった。少し残念だな。
「走る修行かい?」
「まぁ色々ですわ」
なんじゃそら。しかし、あれだけ走って息切れすら無いほどとは相当厳しい修行をしたんだろう。
「はて?アオイさん。どうしましたの?あの程度でバテてしましましたか?」
「ハァハァ…まさか!でも、少し水が欲しいかな」
「しょうがないわね」
「普段から走ってないなら無理しちゃダメだぞ。ところでアオイはどうして走りだしたんだ?」
「え?えと…そういう気分だったんだよ!」
「はい、お水」
「ありがとうね。プハ〜生き返る」
「おっさんか」
「生き返ったところでアオイさんには罰ゲームを受けてもらおうかしら」
「え”!」
「当然ですわ。競争して負けたのですから罰ゲームの一つや二つは当然です。ましてや競争を始めた張本人ですから」
「ぐぬぬ…」
「さて罰ゲームの内容は…お掃除ですわ!」
「具体的に掃除ってなにさせるの?」
「私達は生徒会。生徒の生活をより良くすることが使命。そして素晴らしい学園生活は美しい校舎からですわ」
「ま、まさか校内全部って言わないよね!」
「そのまさかですわ…と言いたいところですが流石に一人でやるのは現実的ではありませんし、この生徒会室で妥協してあげましょう」
「アオイ…ドンマイだ」
「ちきしょー!」
「それはそうとレイナ」
「どうしました?」
「レイナはさっき修行って言っていたけどさ、何の修行だったの?」
「そんなもの決まっていますわ。それは…えと…?長門くん、あなたを倒すためですわ!」
「俺はまだ選挙に出馬もしていないのに?!」
隣のクラスということもあり、レイナと会うのは選挙の時が初めてじゃなかった。でもその頃からライバルと意識されていたのか。
「私は去年から生徒会長になる時の大きな壁は貴方である事を確信していたわ。貴方に勝つためには勉強だけでは足りないと悟った私は夏休みの間に運動して体力を付ける修行をしたの」
「レイナは努力の天才なんだね。普通に鍛える程度の体力じゃあれだけ走っても息切れ一つ無いなんてありえないよ」
「ふふーん。これで貴方と私の実力差ってモノが分かったかしら」
「…身に染みて分かったよ。レイナはすごい。何でD組なのか不思議だよ」
「単純よ。体力や技術は練習すれば7割は身に付くけれど、知識だけは毎日の積み重ね。知識がなくては上手な練習は不可能よ」
「かっこいいなぁ。ほらアオイも見習いなよ」
「今私は関係無いでしょ!」
急に振ったのにいい反応してくれたな。
「ところでユ…長門くん。敗者は罰ゲーム、それなら勝者は褒美があるのでしょう?」
「まぁ何かによるけどあってもいいよね」
「それなら今度お昼は一緒に食べましょう」
「ちょっと待った!」
アオイが声を上げる。
「ユウはいつもB組でクラスメートと食べるの。今日だってそうだい。ユウもダメだよね?」
「いいよ。ヒバリとルウにも言っておく」
「えっと…本当にいいの?」
レイナが不安そうに聞き返す。
「本当にいいって。一緒に食べるくらいでいいならお安い御用だよ」
不安そうな顔が一転。一気に明るい表情になった。
「ま、まぁ勝者ですから。2番目の方に食事がてらアドバイスをして差し上げるわ」
さてと。アオイさんは…固まっている。
「ごめんねアオイ。今日はお昼を一緒に食べられないから」
「別にユウがいなくてもルウがいるもん。ヒバリは論外だけれどね」
…ヒバリは別にいいか。
「従姉妹水入らずだね。俺もいないしルウに甘えちゃてもいいんだよ」
「子ども扱いすんな!たかが11カ月の違いだい」
「あったわ!ねぇ2人とも。こっち来て」
「どうかしました?」
俺とレイナはアオイに呼ばれて手招きしているところまで行く。
「何か虫が出たのか?」
「ちがわい!っとそうじゃなくてこれ見て」
「床が傷ついているわね」
書棚の足下の床。そこに何かを引きずって付いたであろう傷が。おそらくこの書棚を動かした時に付いたものだろう。
「書棚を引きずって付いた傷に見えるけど。これがどうしたの?」
「レイナ。この生徒会室は廊下の奥にあるよね?」
「何よ藪から棒に」
「私はずっと気になっていたんだ。この校舎を外から見たときの生徒会室の窓の場所が不自然なんだよ」
「と言うと?」
「生徒会室の窓と校舎の端との間にちょうど教室一つ分の窓の無い壁があるんだ」
「確かに不自然だね」
「いえ、アオイさん。そんなことは無いはずよ」
「どうして?」
「どうしてって。私も同じように外から生徒会室を見たわ。でも窓の無い壁は無かったわ。それに廊下に出てもすぐに行き止まりよ。そんなのあるとは思えないわ」
「そう言うと思ってその窓は昨日の内に石を投げて割ろうとしたんだ」
「え!?な、なにしてるの!」
「でも窓は割れなかった。なぜなら窓は壁に描いた絵だったからね。アレにはびっくりしたね。だってそれまで本物の窓だと思ってたんだし」
「まぁやり方は良く無いけどそこに窓が無いことは分かったよ」
「そして廊下に出ても壁しかない。ということはこの生徒会室に秘密の入り口があると踏んだの」
「なるほどね。アオイさんにしてはいい推理ね」
「そうでしょう?そしてこの傷。書棚がスイッチと見たわ!」
「でもこの書棚を動かすには相当な力が必要だと思うよ。これじゃ入れない人だっているよ」
「それにこんなに本がある書棚を動かしたにしては薄い傷。これは外れだと思うわ」
「うーん…」
悩んでいるとホームルーム5分前である事に気が付いた。
「もうこんな時間!2人ともそろそろ教室に行こうか」
そう言って生徒会室を出るか出ないか。突然、例の書棚が音を立て動いた。
「ほらね、やっぱり!」
「あ、朝から幽霊なんて…今日は厄日だわ!」
アオイが声を上げるがそれに反応している暇は無い。書棚の奥に何があるのかわからないからだ。俺は書棚が動いてできた空間を注視した。そしてその奥から出てきたのは
「ほらお姉様。お時間ですよ」
「待っててばー。あ、みんなおはよう」
「お、おはようございます」
書棚の奥からユウリ先輩と口振りからして妹であろう少女が出てきた。挨拶を返したものの俺たち3人はビックリして次の言葉が出なかった。
「ん?どうしたのみんな。教室に行かないと遅刻しちゃうぞ」
「あの…お姉様?おそらくですが、皆様はいきなりの事で困惑しておるのでは?」
「あーそういうことね。じゃあ説明を…したいところだけど遅刻しちゃ怒られるから放課後に集まろうか。そこで説明するからさ」
「えと…わかりました」
「ごめんね。またね」
「本当に書棚から出てくるなんて…ありえないわ」
「どうだい!探偵アオイの推理は!」
「それで探偵さん授業はどうしましょう?」
「…あ」
謎は残ったまま朝のゴタゴタは終わってそれぞれの教室へ俺たちはダッシュした。
<2年B組>
この天窓学園は"とある"学科が地域で一番であると有名だ。また卒業までの3年間クラス替えというものがない。そのため学校祭などクラス単位で行う行事の一体感は圧巻である。また授業は基本的に担任が行い特別なものの場合は専門の教師が授業をする。去年も最上級生の3年生の出し物は素晴らしかった。俺のクラスであるB組はそんな学園を代表するクラスだ。このクラスの生徒はそれを学びに入学しているはずだ。ちなみ俺はそれを学びたいのはもちろんだが、このクラスは座学が少ないことも理由の一つだ。教室のドアが開き
「おはよう。みんな揃ってるな?よーし今日から普通の授業していくぞ」
我がB組の担任である『喜仙 正樹(きせん まさき)』先生が教室に入るなり挨拶をしながら教壇に立つ。先生はかなりの変わり者で授業中であろうがそうで無いにしろ特別な行事でなければ常にセグウェイに乗っている。風紀委員の顧問であり、生徒指導の先生でもある彼はその膨らんだお腹からは想像もできない実力者らしい。俺が入学した時から周りからは「ルームコップ」と呼ばれている。本人もまんざらではないそうだ。
「まぁ普通の授業と言ってもこの学園での普通だからな。座学なんてやらんぞ」
「よっしゃー!」
教室に響く喜びの声。俺はつい声を上げてしまったがアオイもヒヨリも周りの生徒も喜んでいるため浮いてはいない。
「はいはい、静かにしろよな」
彼が軽く言うと途端に教室は静かになる。
「去年も同じ授業を受けてきたから分かるとは思うがな、学校で言わなきゃならん規則だからな。これから全校集会だ。そこで説明を受けてもらうからな。他の先生から怒られたくないから絶対に寝るんじゃないぞ」
「はーい」
<第一体育館>
「生徒諸君。おはよう。この天窓学園の理事長、『下間 クララ(しもま くらら)』よ。前置きは…まぁいいかな」
クララ理事長。全校集会となると彼女自ら演台に立って挨拶や生徒への連絡をする。そういうのは普通校長の役割だろうが、生徒が学園で自由に活動する学風のため一番上の者が説明して責任を取る。彼女のこの行動はそれを体現しているような気がする。
「それでは諸君。心して聞くように。1つ、明日から生徒諸君には武装する事を認めるわ。武器は規定の範囲内だったら自由よ。と言っても火器くらいしか規制されていないのだけれど生徒諸君は生徒手帳の規定を熟読するように」
「やっと夏休みが終わって武装できるよ。アレが無いとなーんか手持ち無沙汰な感じでね。ユウもそうでしょ?」
「まぁこの学園ならではだからね。一年生もワクワクしてるんじゃないかな。それじゃここから大事なことだから話しは聞いてね。2つ、全校大会は秋開幕戦、冬大会、春大会、夏大会の4回あるわ。一年生は秋大会が初めての試合になると思うけど萎縮しないで頑張ってね。3つ、大会参加に当たって再来週の金曜日までに6人までのチームを作って頂戴ね。委員会、部活、とにかく好きな人同士でチームを作ってOKよ。前期と同じってみんなもちゃんと再登録してね」
今年の春はヒヨリ達とチームを組んだけれど2回戦で普通に負けたなぁ。何か普通の結果だったのに生徒会長でいいのか不安になるな。
「最後に、明日からは学園にいる間と登下校時は武装するように。理由は…まぁ言わなくてもいいわね。それじゃ以上。他の先生方から連絡はあります?…無いようなので解散。先生方の指示に従って教室に戻ってね」
<2年B組>
教室に戻りちょうどお昼ごはんの時間。喜仙先生から
「それじゃあ今日の授業はもう終い。明日から授業が始まるからな。教科書とか忘れずに持ってくるんだぞ」
<生徒会室>
「さて、今日の生徒会は何をやろうか」
「何からやろうって、新学期が始まった事だし生徒からの要望とかは無いの?」
「生徒からの声はまだ無いわね」
「それはそうです。まだ新学期も始まったばかりなのです。私ならできない事があっても自分たちで解決したいのです」
「うーそういうもんかねぇ」
さて、集まったものの生徒会でやる事が無いらしい。それならば聞きたい事がある。
「やる事が無いなら。ユウリ先輩に朝の事を聞いてもいいですか?」
「私も!それが気になって理事長の話をしっかり聞いてませんでした!」
「大事なお話しだったからしっかり聞こうね…そういう私も話したくてウズウズしてたんだ。と言ってもベルガちゃんは見てないし実際に見てもらった方が良いかな」
そう言って席を立ったユウリ先輩は例の棚の一番下の列の左端の赤い本を押し込んだ。するとあの時と同じ様に音を立て棚が動いた。
「すごいです!秘密基地ですか!秘密情報部ですか!ジェー○ズ・ボンドですか?!」
ベルガちゃんはノリノリだ。棚が動くと地下へ向かう階段が現れる。中は意外と明るく、白い壁は埃の一つも無い程に綺麗に整備されている。
「じゃじゃーん。これが私たちの秘密基地だよ。拍手ー」
「おおお!」
「すごいじゃない!やるぅ!」
アオイとベルガちゃんと理事長はノリノリで拍手をする。…ん?…理事長?
「やぁやぁ生徒会の諸君、こんばんは!」
「り、理事長!?どうしたのですか?」
レイナが驚くのも無理は無い。昨日と同じ様に生徒会室に集まった俺達。これからこの生徒会室の隣の部屋の秘密について聞くというところで理事長であるクララさんが大声を上げて入って来たのだ。
「レイナちゃんったらマジメねー。特に重大なことは無いわよ」
「はぁ…そうですか」
「ユウリちゃんはさっそくみんなに教えているのね」
「ダメ…だったですか?」
「全然よ!むしろ生徒会のみんなにはどんどん教えていって欲しいわ。私もずっとみんなと一緒にいられる訳じゃないからね」
「分かりました。では中を紹介しても?」
「良いわよ。私も話したい事もあるから実際に見てもらった方が良いわね、ではでは、我が下間家へご案内!」
そう言って地下へと続く階段を下りたのだった。その先にあったものは。
<生徒会室→下間邸>
「お帰りなさいませ当主様」
「おおお!」
「すごいねユウ。本物のメイドさんだよ!初めて見たよ」
「俺だって初めてだよ」
「何に驚いているの2人とも?メイドさんはどこの家にもいるでしょう?」
「なッ?!」
「レイナ先輩の言う通りです。お手伝いさんがいることがすごいのですか?」
「はぁー…コレだからお嬢様は。一般庶民の家には執事やメイドはいないんだよ」
「そうなんですか…お二人ともたくましいのですね」
「それが普通なの!」
そんな事をしているとメイドさん達の奥から1人の女の子が現れた。
「おかえり。あね様」
「ただいま。みんな、紹介するわ。この娘は『下間 アサリ(しもま あさり)』で私の妹。ベルガちゃんは初めてでは無いわね」
「はい。アサリちゃんは私と同じクラスですから」
「ちょうどいいからアサリもついてきて。まずは修練場でちょっと演舞といきましょう」
そう言ってクララさんは到着したばかりの俺たちを休む間も無く邸宅へと案内するのだった。
<下間邸〜修練場>
「これから見せるのはある特別な力…武器を身体に宿した者の紹介よ」
「特別な力?」
「言葉では伝えにくいから実際に見てもらうわ。ユウリちゃんお願いするわね」
「えと…ということはあれですね?」
「そうそう。頼んだわよ」
ユウリ先輩は頷くと
「それじゃあみんなよく見てね」
ユウリ先輩の初めて見る顔、初めて聞く声。普段の優しさが消え集中している。
「秘めたるは森の風。空気の声。解放せよ!」
そう言いユウリ先輩は目を閉じた。何が起きたのか。その手の中に湾曲した棒状のモノが現れる。
「何ですかコレ?」
「これが特別な武器なのですか?ただの棒っきれにしか…」
アオイとレイナが声を上げる。俺と同じこと考えていたんだな。
「そう見えるかしら。コレがユウリちゃんの特別な力。名前は『弥生』で弓の武器よ。能力は貫通。派手では無いけれど防がれることの無い必中の矢よ。このユウリちゃんの弥生のような武器を私達は『十二=士』と呼んでいるわ。それじゃ次にアサリの十二=士よ。お願いするね」
「わかりました。では…」
アサリちゃんもユウリ先輩と同じように目を閉じて集中する。
「無垢なるその身。賢者と呼ばれし其方の聖なる力を今。纏装」
アサリちゃんが光り出した。その光がなくなると巫女服を着ているアサリちゃんが現れる。
「アサリの十二=士は『極月』。極月は身体に纏うタイプの十二=士ね。能力は身体強化。ただこれは能力に波があるみたいでね。きっと何かに影響を受けているのだろうけど。それはまだ研究中ね」
「アサリさんかっこいいのです!」
今度はベルガちゃんが声を出した。俺はかっこいいというよりもかわいいなと思ったけれども。
「ユウリちゃんの弥生は実見てもらうと分かるのだけど、アサリの極月はすごさが分かりにくいかもね。極月を着ているアサリは自動車程度なら簡単に持ち上げたりするのだけどね。さてと…」
クララさんの声色が変わった。
「私が今日来たのは話があったからよ。それをこれから話すわね」
そしてここの空気が変わる。
「さっきの集会で話しをしたけれど覚えてる?生徒は6人までのチームを作って欲しい話。私はこの生徒会でそのチームを組んで欲しいの。でも5人で1人足りないじゃない?アサリを呼んでここでみんなと顔合わせをしたの」
「その1人追加しようというのがアサリちゃんという事ですか」
「イエス!ユウ君は理解が早くて助かるわ。もちろんアサカは生徒会活動をしないわよ。あくまで雑用として生徒会室にいるだけ。役職なども無いわ」
「あの、すいません理事長」
「あらレイナちゃん。何かしら?」
「私は良いのですが、生徒会でチームを組まなくてはいけないのでしょうか?」
「うーん、そうね。もちろんそんな事は無いわ。過去の生徒会でもチームを組まなかったことは結構あったらしいわ」
「だったら何故です?」
「クララさん…」
「ユウリちゃん。ここまで話したのよ。私もあなたも覚悟決めた。みんなには今年の生徒会がどんなことをする…しなくてはならないかを知る必要がある。そうでしょ?」
「ですがいざ話すとなると…」
「世界が終わりを防ぐため…何て言えない?」
「…はい?」
何か恐ろしい言葉を聞いてしまった気がする。
「なーんてね。正直なところよく分からないの。でもね、良くない事が起きるのは確実よ。あとはその規模が大きいか小さいかという事だけ」
「へー。映画とか漫画みたいな話だね」
「そう思うよね。でもねアオイちゃん。ホントの話しなんだよ」
「この天窓町にはユウリちゃん、アサリみたいに十二=士と呼ばれる特殊な武器を身体の内に秘める者が集まるの。不思議とね。それは決まって中学生から大学生の生徒ばかりでしかも、参加するなり手伝いとか何故か生徒会に関わることが多いの」
「それはなんでですか?」
「それも分からないわ。前例が少なくて私たちにも分からない事が多いのよ」
世の中には不思議なこともあるもんだ。
「結構昔からソレについては調べてはいるのだけれど人間の技術ではそれが分からないの」
「それで去年にクララさんの家と交流のあった私も十二=士だということが分かった。だから生徒会に関わる十二=士が1人でも増えるように相談役という枠を一つ追加して参加しているの」
「これで私達からの話は終わりよ」
「いきなりよくわからないことになってきたね」
「私にも分からないのだからアオイさんに分かるわけないでしょ」
「ムキー!自分だって分かって無いのに偉そうに!」
「先輩さんたちが分からないのなら私にも分かりませんね」
「今は混乱するのも分かる。ただみんなも天窓学園生徒会に関わった者たちだから色々知って欲しかったんだ」
「ユウリ先輩…」
「ただ一つ注意するとしたら、もしも後になって十二=士の所持者と分かっても普段使う武器は普通のモノにして頂戴。こんなに強力な武器だから狙ってくる輩がいるだろうし。それと見かけたり自分がなったらちゃんと教えてね」
「分かりました」
みんなで返事をする。
「ところでユウくん?」
「どうしました?」
「君の頭のヘアクリップなのだけれど…調べさせてもらっていいかしら?」
「えっと…どうしてです?」
どうしようか。忘れていたけれど今日はサクマが変化したヘアクリップを着けていたんだ。
「ワンポイントの靴下すら履かないほどオシャレなどをしてこなかった君が身に付ける程の一品だからね。気になってしまって」
どうする…サクマが悪魔だってバレたらどうなるんだ?でも渡さないと怪しまれるだろうし先にサクマである事を打ち明けるか。それとも何も言わず渡してバレない様にと祈るか。
「あーコレ…というかこの子は喋るヌイグルミなんですよ」
アオイが口を開く
「いや違うわよ。ユウくん?この子悪魔でしょう?」
「わ、分かりますか?」
「そりゃ分かるわよ。私は理事長よ」
「すいません…」
「何で謝るのかしら。この子は君の使い魔なのでしょう?昨日まで連れてこなかった使い魔を学校に連れてくるから恥ずかしくて姿を変えさせたのね。そうでしょう?」
使い魔…何だっけか?関係ないと思って忘れたのか。
「はい。学園内で使い魔と一緒にいる人は見たこと無かったので」
「そうね。使い魔自体契約することが難しいから珍しいから仕方ないわね。心配しなくてもウチは使い魔OKよ」
「へぇーユウ君は使い魔さんを持っていたんだ。知らなかったよ。ねぇ使い魔を見せてもらっていいかな?」
「いいですよ。サクマ!」
サクマに呼びかける。
「呼ばれて飛び出てダダダーン!俺様の名前はサクマってんだよろしくな」
「これが長門くんの使い魔なのね」
「へぇー魔族って初めて見るけどかわいいんだ」
「私も初めて見ます。かわいいんです!」
「…あね様」
「えぇ。私たちは何回も魔族を見たことがあるけれどこんな魔族は初めて見るわ」
「見たことが無いんですけど普通の魔族ってどんな姿をしているんですか?」
「どんな姿か…正直普通の人間と見分けがつかないわ」
「そうなのですか」
「うん。魔族と人間の違いは魔法の種類とか魔法を使わないと分からないんだ」
「私も何度か魔族の人と話をして見分け方を聞いても自分たちも分からないそうなの。だから一部の魔族は赤いものを身に着けて他の魔族にアピールしているそうよ」
「まあ赤いものを着けている人みんなが魔族って訳じゃないから結局のところ分からないんだけれどね」
「まあ私から話したいことは終わりよ。何度か私からここへ来るようなことがあるかもしれないけれどこれからは生徒会室で話すわ。何かあったら自由に来ていらっしゃい」
「何も起こらないのが一番だけれどこれから起こりうる事を知って欲しかったの。チームの事とか嫌なことがあれば言ってね。抜けるとかそういうのはちゃんとうけいれるから」
「返事はいつでも良いわ。しっかりと考えてね。それとユウくん。学生手帳にあるけれど、使い魔の姿は威圧的でなければ何でもいいわよ。男の子だったらネクタイとか女の子だったらリボンとか学生が身につけても自然なものが無難かしら。ただし申請はして頂戴ね」
「これから生徒会室に戻って話をまとめようか」
いろんな事を知った。この町のこと、十二=士という特別なチカラ。魔族とか。魔王として生徒会長として。俺は…どうするべきか。