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 ガタゴトと揺れる馬車に乗りながら流れる景色を見る。伯爵領の街並みとそこに暮らす人々の明るい表情が眩しい。12年間暮らしてきた場所なのに、まるで見覚えがない。半ば軟禁の様な、いや引き籠もりの様な生活を送ってきたのだから当たり前か…。貰った剣を抱きしめた。人を殺す道具。肩にのしかかる剣からは重さと冷たさしか感じない。なのにどうしてだろうか?今はこの剣を抱いていると安心する。


「随分と大きい剣だね。使えるのかい?」


 隣で馬の手綱を握る青年、この馬車の持ち主で商人をしていると言うメルル・ハウマッチが話しかけてきた。20歳前半と思われるメルルは短く切り揃えた茶髪に柔和な顔つきをしている。体も程よく引き締まり、健全で誠実な商人に見える事だろう。ただ右目から顔の右半分を覆う大きな眼帯だけが異様な雰囲気を醸し出していた。


「まだ僕には使えませんが、いつか必ず使いこなしてみせます。」


そう言って僕は一人意気込む。


「何か思い入れのありそうな剣だね。高いのかい?」


 そう言ってメルルはチラリと僕の剣に目線を向けた。

 僕はとっさに剣をかばいメルルを睨む。


「ごめん、ごめん。別に取ったりしないよ!商人の癖みたいなものでね。はははっ。」

「第一僕は武器は売買しないしね…。」


 その時のメルルの顔はさっきまでの陽気さが消え、少し悲しそうに見えた。

 気まずい空気が流れ、しばらく無言の時間が続いた。

 その間も馬車は進む。

 沈黙を破ったのはやはりメルルだった。


「何か変な空気になっちゃったね。はははっ。」


「いえ、僕も疑ったりしてごめんなさい。」


 初めて外に出て、初めて家族以外の人と話したから気を張っていたのかもしれない。一人とぼとぼと王都までの外道を歩いていた僕を馬車に乗せてくれるほど親切な人なのに。メルルと最初に会ったとき、王都まで行くつもりだと伝えたときはえらく驚いていたな。まあ馬車で3日もかかる道のりを徒歩で行こうとしている馬鹿がいれば納得だけどね…。正直そんなに遠いとは思ってなかった。本当にメルルと会えたのは幸運だった。


「ありがとうございます。」


僕は心からの感謝を伝えた。


「どうしたんだい?いきなり。」


「まだ御礼を言っていなかったなと思って。」


「どういたしまして。報酬はその剣で、なんて言わないから安心して。はははっ。」


「…」


 この人はまったく。僕は苦笑いを浮かべてそんなことを思った。場を和ます為の冗談なのだろう。今まで冗談を言うことも聞くことも無かったから、冗談一つに戸惑い、頭の中で理解しようとする。そんな自分に嫌気がさしそうになるものの、誰かと話をし、話を聞く事がとても楽しかった。一つ一つ学んでいこう。今日が僕の人生の新たな出発の日だ。そんなことを思った。


「まあ、正直一人きりの行商は退屈なんだ。だから王都までの3日間話し相手になっておくれよ。」


「はい、喜んで!」


「はははっ。契約成立だね。じゃあ3日間宜しくね。」


 そう言ってメルルが差し出した左手に僕は左手を重ね固く握手を交わした。

メルルと少し打ち解け、たわいない話を繰り返していると遠くに壁のようなものが見えてきた。


「おっ!見えてきたね。今日はあそこの村で一泊しよう。」


「こんな所に村があったんですね。」


 近づくと壁のように見えていたものは木で出来た柵だった。それが村を囲むように出来ている。馬車一台がギリギリ通れるくらいの入り口を通り過ぎ、村の中を進む。村の中には20軒程の家があり、柵の近くには畑もあった。畑仕事に精を出す男たちや走り回る子供たちの姿を眺めていると馬車はゆっくりと停止した。


「僕は村長に挨拶してくるからちょっと待っててくれ。」


 そう言ってメルルは馬車を降り、一軒の家の中に入っていった。

 見知らぬ土地で急に一人ぼっちになった僕はどうしようもない不安を感じ、道中は足下に置いていた剣を再び抱きしめた。家に居たときは寂しさこそ感じたが不安を感じたことはなかった。あそこは、なんだかんだ言って安心できる場所だったんだと今更ながらに思うのだった。 

 一人、剣を抱えながらメルルを待っていると、周りの家々から女性たちがこっちに歩いてくるのが見えた。いつの間にか馬車の周りは沢山の女性たちに囲まれ、そこかしこで楽しげな笑い声が上がり始めた。その中の一人が僕に話しかけてきた。


「坊や、メルルさんはどこ行ったんだい?」


恰幅のいいおばさんで、表情はとても明るく笑い声もひときわ大きい女性だ。


「そ、村長の所に挨拶に行くと言っていました。」


いきなり話しかけられたので驚いたが、話し始めると不安はどこかに消えていた。


「おや、随分と行儀の良い坊やだね~。メルルさんの子供?にしては大きいね~。行商人の見習いかい?剣なんて握ってどうしたんだい?へ~王都まで行くのかい。一人でかい!?お父さんやお母さんは?家はどこなんだい?帰れないって!?」


 おばさんの話はやむこと無く続き、一人で王都に行こうとしていた事やメルルに拾って貰った事を話した。家族や家の話になったときは少しばかり慌てたが、何とか濁して家には帰れないってだけ話した。やっぱりこの年の子供の一人旅は珍しいのかも知れない。そんなことを話していると村長の家からメルルが戻ってきた。


「おやおや、随分と盛り上がっていますね。いらっしゃいませ、奥様方。」


「メルルさん!あんたこの子をさらってきたんじゃないだろうね!」


 さっきのおばさんがいきなりそんなことを言い放った。メルルにしてみれば何のことかさっぱり分からないだろう。


「な、何の話ですか?そんなことするわけないじゃないですかー。」


「冗談だよ、冗談。あはははっ。」


 そんなやり取りの後、和やかな雰囲気の中で商品の売買が始まった。メルルが扱う商品はオルトラント伯爵領で穫れた米や麦、伯爵領で手に入れた塩等の調味料だ。また、村で余った野菜や漬け物、川で獲れた魚の干物等を買い取っていた。ご婦人方の強烈な値切り交渉や他愛ない雑談、今年は豊作で漬け物を大量に作った事など話の種は尽きることなく続いた。そんな中で四方八方の話を拾いながら着実に商品をさばく姿は、熟練の商人というメルルの本当の姿を見せられた思いがした。

 売買が一段落する頃には日は沈みかけ、真っ赤な夕焼けが空を赤く染め上げていた。


「ふぅ~。疲れた疲れた。元気だね~奥様方は。」


 そう言ってメルルは額に滲んだ汗をぬぐい荷台の片付けを始めた。


「手伝います。それにしてもメルルはすごい人だったんですね。驚きました。」


「ん?何がだい?」


「次から次へと言葉が出て来てすごいです!魔法でも使ってるんですか?」


「あはははっ。使ってない使ってない。これでも商人だからね。あれくらい当然さ。」


 メルルはそんな風に言っていたが、すごいと思ったのは本当だ。僕もいつかあんな風に…。


 荷台の片付けが終わると僕たちは村長の家に招待された。今日はここに泊めてもらえるようだ。村で採れた野菜の漬け物も魚の干物も初めて食べたけどとてもおいしかった。メルルと村長は酒も話も弾んでいるようだったが、初めての旅路に疲れが出たのか、僕は二人より先に眠ってしまったようだ。

 次の日、太陽が真上に届こうかという頃、僕たちはやっと村を旅立った。それもこれもメルルが寝坊したからだ。


「うぅー。頭痛い。」


メルルは起きてからずっとこんな調子だ。


「大丈夫ですか?飲み過ぎですよ。まったく。」


 トロトロとゆっくり馬車は進む。家を出て初めての夜は、気が付けば朝になっていた。メルルが起き出してくる昼前までの間、暇を持て余していた僕は、一人で村の中を見て回っていた。特に目的は無かったけど、何となく畑仕事をしている所を眺めていると、近くに居たおじさんが話しかけてきた。


「どうした?坊主。」


「何を作っているんですか?」


「ん?色々作っちゃいるが…そうだ、一つ食ってみっか坊主。」


 そう言っておじさんが放り投げてきたのは手のひらサイズの真っ赤な丸いものだった。果物かな?僕は恐る恐る匂いを嗅ぎ、おじさんを一目見てから勢いよくかぶりついた。まず口いっぱいに広がるのは青臭さだった。甘いものを想像してた僕は一瞬固まってしまったが、口を動かずたびに広がっていく味は不味くはない。果肉から感じるほのかな甘みと中から出てきた酸味のあるジェル状の果汁が合わさり、独特の味を作り上げていた。不味いどころか美味しい?気が付けば食べ終わっていた。お腹を満たす満足感と口の中に残るすっきりとした後味。


「美味しい…。とても美味しいです!」


「当然だな!俺が丹精込めて作ったんだ!!」


「何て言う食べ物なんですか?」


「ん?さっきのはトマトって言う野菜さ!」


「トマト?こんなに美味しいもの初めて食べました!ごちそうさまです。」


「おう!嬉しいこと言ってくれるぜ!これは道中で食いな!」


 そう言っておじさんはトマトを二つ穫ってきてくれた。僕はお礼を言って受け取りメルルの所に戻る事にした。そろそろ起きてくる頃かな?



ガタン!

 ボーとしていた時に馬車が大きく揺れたので少し驚いた。村を出て少し時間が経った。太陽は西に傾き始め、村を囲んでいた木の柵ももう見えなくなった。少しの寂しさと広がる世界への期待感が何とも新鮮だ。

 ただ、隣の男がゲロを我慢していれば心踊ったままでいられたのに…。


「おぇっ。おろろろろろ。はぁ、はぁ。」


「うわっ、汚ねぇ。」


「ふぅー。スッキリ爽快!」


「…。」


「そんな目で見ないで!ごめんだよ。君もお酒を飲めるようになれば分かるはずさ。あの魔力には逆らえないんだ。」


 そんな感じでメルルはお酒の魔力と言うものについて長々と話し出した。


「息、臭いです。」


 そう言うとメルルは口をつぐんだ。言い過ぎたかな?でも臭いし。


「そうだ!これ食べますか?トマトを貰ったんですけど。」


「いいのかい?こんな息の臭い僕が食べて…。」


「どうぞ…。」


 なんかしょんぼりしてる!


「ありがとう。」


 二人してトマトにかぶりつく。あぁ美味しい。


「生き返る~。」


 隣のメルルも幸せそうだ。時折、自分の息の臭いを確認しているが…。

 そんな事をしている間に、太陽は遠くに見える山の間に沈み始めようとしていた。


「今日は野営になりそうだなぁ。」


 少し元気を取り戻したメルルが、沈む太陽を見つめながらぽつりと呟いた。


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