表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

夏 4

 大阪に着いた私たちは、まず今日宿泊するホテルへと向かった。

 一生泊まることのないような、は、言い過ぎだけど、もしかしたら玉の輿に乗ったら可能性はあるかもしれないけど、そうじゃなかったらまず泊まらない高級ホテル。

 庄司マネージャーにむりやり偽装スタッフとして任務を与えられた私は、K’sの鞄持ちをしながら自分のキャリーバックを引いて後ろに続いた。

 首には身分証明のカードを下げさせられている。

 先に大阪に来ていたらしいスタッフの人たちに庄司マネージャーから紹介されたが、私は今回のツアー限定の臨時バイトという身分らしい。スタッフに紹介されるたびに胡散臭げにじろじろと見られて、何かがガリガリと削られる思いをした。ちなみにカオルとカケルは庄司マネージャーから「このまま松坂さんをツアーに何事もなく連れ歩きたければ余計な口を挟むな」と言い渡されていた。


 部屋に入ってベッドの横に彼らの鞄を置いた。

 部屋から見る大阪の街は迫力がある。東京の方が都市としては大きいはずなのに、なんていうんだろう。街からすごいエネルギーを感じる。


「へー、こんなところに泊まってたんだね」


 ファンの間で臆測は流れるけれども、私はついぞK’sのホテルを当てたことはなかった。出待ち、入待ち、あわよくば同じホテルに泊まりたいと情報を色々探すのだが、ツアーの時期はどこも満室で、自分の部屋が取れただけでむしろ万々歳なのである。


 ソファーに座ったカケルが苦笑して頷いた。


「それでもどうしてかいるんだよね、ファンの子。まあ、このフロアは貸し切りだから上がってこれないんだけど」

「へえ、そうなんだ」


 感心して相づちを打てば、次は庄司マネージャーがずばっと斬りかかってきた。


「本当に大丈夫なの、この子」

「大丈夫。由紀は話したりしないよね」


 カケルとカオルに、にこっと問いかけられて、ひきつりながら頷いた。


 ただのファンだったときは知りたくて仕方がなかった情報なのに、今はそれら全てが私を縛る鎖だ。庄司さんには業務上の秘密厳守の宣誓書にもサインさせられたし、とんでも額の違約金なんて一生払えない。

 それに……本当の恋人でもないのに恋人だってばらされて、被害を被るんでしょ、絶対口が割けても言いません。

 最初の秘密は鷹尾が正体を隠して学校に来ていることだった。

 それが、仮とはいえ恋人にされて……。


 恋人じゃないのに、恋人だってばらされる?

 あれぇ、それって私にとって不利なのかな。

 なんだかおかしくない?


 なんだかもやもやする。


「影響力のある人間が発したら嘘でも本当になるっていったよね」


 目の前でシャッとカーテンが引かれて視界から大阪の街が消えると、後ろからぎゅうぎゅう抱きつかれた。こんなことするのは……。


「そんなの詐欺じゃん」

「情報操作っていうんだよ」

「嘘つき……」


 カケルがフッと鼻で笑った、気がした。首筋にゾワリと刺激が走る。カケルの唇がそこに触れたのだ。


「本当の恋人にして欲しくなった?」


 からかっているのがまるわかりで、でもその甘い声と首にかかる吐息に腰が砕けそうになった。好きだったK’sのカケルは嫌いな鷹尾で。今はもう自分の気持ちが分からない。


「そんなわけ……ない……」

「そういうと思った」


 カケルが離れていくと同時に、身分証明のカードが首から抜き取られた。そしてそれはカケルのジーンズのポケットに納まる。


「なに……?」


 カケルの行動の意味が分からなくて眉をしかめた。


「今から打ち合わせしてくるから由紀はここで大人しくしててね。逃げ出してもいいけど、スタッフ証がなくちゃここには戻れないって覚えておいて。この部屋から外にでなきゃ、何しててもいいよ」


 そう言いおくと、カケルは部屋を出ていった。カオルと庄司マネージャーはすでにこの部屋から出ていたらしい。つまり、さっきまでは二人きりだったということだ。

 寝起きを襲撃され半ば追い出されるように飛び出してきたから、私の財布には千円札が三枚しか入っていない。これじゃ、帰れない。飛行機はおろか新幹線も乗れない。

 かつて大阪のライブにも追っかけてきていた私には、新幹線の相場くらいは知っている。


 そして、私のスマホはここにあった。これひとつで世界に情報を発信できるというのに。私のことを信用してないんだか、信用してるんだか。カケルの気持ちがイマイチ分からない。


 飛行機に乗っている間オフにしていた電源を今入れる。

 着信メールは一件。用件は母からのおみやげリストだった。


 視線を部屋の中に戻せば、ローテーブルの上にたくさんのお菓子が置いてあった。


「食べてもいいのかな」


 なんだか突然色んなことが馬鹿らしくなって、私はそれらを食べることにした。

 

 ソース味のたこやきまんじゅうには、当然というかタコは入っていなかった。なんだか悔しいから部屋の備え付け冷蔵庫からコーラを出して、自腹では絶対開けないプルトップを開けてやった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ