夏 2
「ちょっ、ちょっと! さっきの由紀ってなんなのよ、いきなり呼び捨て!?」
母に見送られて押し込まれたワゴン車で、私はまず吠えた。
「まず気にするのそこなんだ」
カオルが可笑しそうに笑う。そんなカオルは今日も眩しいくらいのアイドルオーラが出ている。二人ともなんなんだ。早朝なのに。
そんな疑問を悟ったのだろうか。カオルは骨ばった大きな手を首筋に沿わせて上目遣いに微笑んだ。
「まあ、俺らは見られるのが仕事だし?」
私がやったらきっと首筋を痛めたようにしか見えないポーズに鼻血が出そうになった。ファンだけど、本性を知ってしまった以上、前みたいにほだされない! って心に決めていたのになんたる不覚。
「カオル、スマイルを安売りしないの。で、カケル、事情を聞かせてもらえる? ツアーに必要なもの取りに行くって、彼女の事だったの?」
それまで無言で運転していたのは、いつぞや私をじろじろと不躾に見て去った女の人だった。その人がカオルと鷹尾に声をかける。その声色は想像通り、少しハスキーでハキハキと物を言い、性格がキツそうなのが分かる。
鷹尾が私の手首を取り、見せつけるように手の甲にチュッとくちづけた。
ぎゃあ!
「そうだよ」
鷹尾は機嫌よく答えたが、車内の温度がごっそり下がった気がする。背中にうすら寒いものを感じ、手を返して貰おうとするが、手が鷹尾の手のひらの中から抜けない。
「……前にマンションにも来てた子よね。まさか付き合ってるなんて言わないでしょうね」
「いや、付き合ってるよ俺たち、ね?」
ね? っと同意を求められても……。
「……あなたたち馬鹿なのかしら。仕事に彼女連れてくる? 普通」
バックミラー越しに視線が突き刺さる。降りたい、ここが自動車専用道路でなくて、海の上にかかる大きな橋の上でさえなければ。
いいえ、普通じゃありませんって言いたいけどね、いまさらだし、お前が言うなって感じだし。
「ここまで連れてきた者は仕方がないし、スタッフにでも交ぜておくわ。あなたたちは付き合ってることが世間にバレないように気を付けて頂戴」
「「はーい」」
「……彼女の経費は会社からは落とせないわよ、どうするつもり?」
と、女の人が言った。鷹尾は気にするわけでもなく「俺が出すから」と答えた。