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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
8/43

僕がネカマになった訳-8-

 昔々、あるところに大きな村と深い洞窟があった。

 村人達は遥か昔からこの洞窟を常世へ続く道だとして恐れ近づくことを禁じていた。

 しかしある時、肝試しに洞窟へ行った子供達が綺麗な石を持ち帰ってきたという。

 不思議に思った村長が村々を練り歩く行商人に見せると、質のいい宝石だから買い取らせて欲しいと頼まれた。

 最近は凶作続きで村の蓄えが心もとなく、冬を越せるかどうか不安が募っていた。

 村長は意を決し、先人達の教えを破って洞窟を調べることにしたという。

 松明の明かりだけを頼りに1時間近くも歩き通すと、底知れぬと言われていた洞窟は終わりを迎えた。

 そこで物は試しとばかりに地面を掘ると出るわ出るわ。鍬を振るう度に色とりどりの宝石が溢れ出てきたという。

 気を良くした村長は村人を一人残らず洞窟に呼び寄せ、宝石を運び出そうとした。

 しかしその途端、出口に繋がる唯一つの通路が落盤し、村人達は暗い穴倉の中に閉じ込められてしまった。

 村人達は互いを励まし合い助けを待ち続けたが、日を追う毎に腹を空かし、やがては正常な思考までもを失って互いに殺し合い食い合ったという。

 行商人が異常に気付き、落盤した出口を開通させた時には既に妄執に取り憑かれた大量の死人が跋扈する危険な領域と化していた。

 以上がこのダンジョンのバックグラウンドストーリーである。


 つまりは大量のゾンビだ。移動速度は遅いけれど痛覚がないので怯まず、攻撃力も高いうえに疫病や毒といった状態異常(バッドステータス)まで撒き散らしてくる。

 そして何より臭い。清浄の杯を使ってもなお、大量に引き連れられたゾンビが放つ強烈な腐臭は抑え切れず、誰もが顔を顰めていた。

 リアさんによると炎属性攻撃に弱く、MAP全体に漂っている腐敗臭のせいで狩場としても人気がないので、大規模なパワーレベリングを行っても第三者から不満がでないらしい。

 他に狩場の選択肢は幾らでもあるのだから誰も好き好んでこんな場所に来たくはないだろう。出来れば僕も他の狩場が良かった。

 だが、固まって魔法を撃っているだけの僕らはマシなのだ。

 MAP中を走り回って山のようなゾンビの先導をしているプレイヤーの人達には本当に頭が上がらない。

 中には敵の攻撃を受けて頭から得体の知れない液体を被った人もいる。ちょっと涙目になってえづいているから相当臭うのだろう。

 ただ、ゴブリンを焼いていた時に比べれば経験値の上がり方はずっと良く、聞けば経験値が高めに設定されているらしい。最近になって誰も来てくれないから上方修正がなされたそうだ。

 それでも誰も来ない辺り、運営はそろそろ臭いという根本的な問題への対処を考えた方が良い。ゲーム内の雰囲気を大切にしているとしても限度がある。

 クレリックとエンチャンターの育成問題といい、運営はやりすぎという概念が欠けているんじゃないかなんて心配になってくる。


 この狩場の適正レベルは50前後。敵が多く囲まれがちで体力も高いので、前衛2、後衛2、中衛1、支援2の7人構成が鉄板といわれている。

 今となっては誰も来ないが、試行錯誤を繰り返した検証者と呼ばれる猛者達も過去には居たらしい。

 結果、他の狩場でも工夫を凝らせば十分に同程度の効率を叩きだせると結論付けられ、益々過疎化の道を辿ったようだ。

 会話で息を消費するのも嫌なのか、みんな音声通信からテキスト送信にチャット形式を切り替えていて不気味なくらい静まり返っている。


「臭すぎて頭痛くなってきたwww」

「出し忘れた生ゴミってレベルじゃねーぞ!」

「もうちょっと寄ろうぜ。浄化の杯の効果が心なし高まる気がするわ」

「マジで? 磯野ー、おしくらまんじゅうしようぜ!」

「うはwww野郎とかよwwwキメェwwwでも背に腹は代えられねぇwwwはいドーン!!」


 その代わり、少しでも現実から意識を逸らしたいらしくテキストログは面白いくらいガンガン流れていく。

 にしても、プレイヤー同士が密着すると本当に浄化の杯の効果が高まるんだろうか?

 目の前ではパーティーメンバーの男達が笑いながら押し合ってるけど、この姿で紛れるのはちょっと難しそうだ。

 と思っていたら、いつの間にか隣にリアさんが居た。

「ね、試してみよっか」

「でも、2人だけですよ?」

 ネタに乗っかった男共が団子状になり始めるのを尻目に、少しだけ楽しそうだなぁと思う。男アバターならきっと混ざっていたことだろう。ああいう馬鹿げた一体感は嫌いじゃない。

「あれは無理だけど、こうすればいいのよ」

 リアさんはそう告げるなり僕を胸に抱き、髪の中に顔を埋めた。

「ん、いい香りね。さっきのジャングルエリアのかな、少しだけ森の匂いがするわ」


 確かにこれだけ密着すればお互いの香りしかしないかもしれないけど、何処に魔法を撃てば良いのか分からないし、何より心臓に悪すぎる。

 と、そこへ突然聞き慣れたハルトのWisチャットが飛んできた。

「お前さ、俺が大変な時になに羨ま……不謹慎なことしてるんだ? ギルメンが騒ぎまくって収拾付けるのも大変なんだから自重しろ」

「えっと、これはリアさんから持ち掛けられたのであって……」

 ネカマである事を利用して女性に近づいているなんて思われるのは心外だとばかりに事情を説明する。

 ハルトはこう見えて責任感の強い奴だ。悪事に利用していると思われたら親友相手でもアカウントの話はなかったことにするだろう。

 ただ、状況を鑑みれば言い訳にしか聞こえないのも確かだ。なにせ、断ろうと思えば断ることも出来たのだから。

 でもそれはそれでリアさんを傷つけるような気がしてならない。

 そんな心の葛藤に気付いたのか気付いていないのか。ハルトは小さく溜息をつく。

「んなこた分かってるよ」

 伊達に長く親友を続けていない。お互いの心の機微にだって敏感なのだ。僕にそのつもりがなかったことくらい、最初からお見通しだったのだろう。

「分かってる、これ以上は自重しとくから」

「頼むぜホント。ま、共に魔法使いまでの道程を歩まんとする間柄だ。カナタにそんな度胸はないって最初から分かってたさ」

 なんだその超ムカつく信頼のされ方は。高校卒業までには彼女見つけるし! 一緒にすんなし!


「どうかしたの?」

 Wisチャットだからリアさんには聞こえていないが、表情を見て何かあったのだと察したのだろう。

「いえ、なんでもないです。やっぱりこれじゃ敵を攻撃できないですから臭いは我慢しますね。みんな私達の為に頑張ってくれてるんですし」

「そっか、そうよね。……そこまで考えなかったわ。あぁ、やっぱり欲しいなぁ。配慮の行き届いたカナタちゃんが欲しいなー」

 物欲しげに僕を見つけるリアさんをなだめつつ辺りを見回す。どうやらまだ誰も返ってきて居ないようだ。

 ゾンビはゴブリンと違って足が遅い分、次から次へとやってくる敵への対処に忙しいってことはない。

 どうしても暇な時間が増えるので遊んでいる人達も居るくらいだ。

 視界には幾つかのチャットルームが作られていて、中にはとんでもないタイトルまで並んでいる。


『【拡散】くっつけば臭くない【希望】』

『【男達の】みんなで抱けば怖くない【社交場】』

『【デブ】おしくらまんじゅう会場1軒目【お断り】』


「なによこれ。遊びすぎよ、全く……」

 リアさんは呆れた口調だったけれど表情は楽しげだ。きっとこういうノリが嫌いじゃない人なんだろう。

 そこへ追加でチャットルームが作られる。

『【ゾンビ】働かざる者食うべからず【襲来】』

 立てたのがまとめ役の人だった事もあって乱立していたチャットは慌てて解散。すぐさま臨戦態勢が取られた。

「うむ、どうやら釣りに出て行った前衛達が全員合流したらしい。直にMAP全域のゾンビがここへ集結するだろう。諸君、我々の戦争は今ここに最終局面を迎えた! 覚悟はいいなッ!」

 苦言の一つでも飛び出るかと思いきや、この人も大概ノリが良いらしい。実に楽しげに激励の口上を述べている。

「サー、イエッサー!!」

「良い返事だ。我々の未来は諸君らの双肩に懸かっている! 総員、戦闘準備!」

 声を揃えるプレイヤーに満面の笑みを浮かべると腰に差した剣を引き抜き、暗がりの向こうへと突きつける。

 まだ敵の姿は見えないけれど、幾重にも重なった地響きに似た呻き声が洞窟内に木霊していた。

 やがて、靄の向こうから必死の形相で駆けてくる騎士達のシルエットが浮かび上がる。その奥には数えるのが馬鹿らしくなるくらいのゾンビの塊が、巨大な別の生き物のように揺れ動いていた。


「団長! ターゲットコントロール失敗です!」

「貴様、それでも騎士かッ!」

 どうやらMAP内に誰も居ないのを良いことに調子に乗って敵を集めすぎたらしい。

 本来、モンスター1体1体にヘイトを上昇させるスキルをかけてターゲットを固定するのだが、これだけの数だとスキル対象の指定も難しくなる。

「諸君、聞いての通りだ。今更ターゲットの固定はできん」

 このゲームはモンスターを倒すと一定時間経過後にフロア内の何処かへ再出現する仕組みになっている。

 確率的にはそうある事じゃないけれど、休憩中のパーティのど真ん中とか真横に突然敵が湧いて大混乱する事もあるらしい。

 こうした『横湧き』のリスクを軽減する為に、なるべく面積の小さい一本道で休憩するのが定石だと言われていた。

 今の僕等は親鳥に餌を運んで来て貰う雛鳥の立場に近い。『横湧き』への対策も当然ながら取られていて、具体的に言えば通路の最奥に当たる袋小路に陣営が営されていた。

 ダラリ、と嫌な汗が流れる。退路は何処にも用意されていない。つまり……。

「食われたくなければ近づかれる前に倒せ!」

 まぁ、そうなりますよねー。

 今度ばかりは団長の声に反応するプレイヤーは少なかった。


 ダメージを与えた術者へのヘイトが急速に増加し、ゾンビ達が矛先を僕等に切り替える。

 ありったけの火力を集中させているのに分厚い肉の壁は少しも後退せず、じわりじわりと距離を詰めつつあった。

 素人目に見ても倒しきれないと分かって内心冷や汗が流れる。死ぬのはいいけどアレに触れられるのだけは絶対に嫌だ。

「カナタちゃん、このまま戦ってもジリ貧よね」

「えっと、はい」

 全力でファイアーボールを連打している最中、隣に立って同じく魔法を使っていたリアさんに話しかけられ咄嗟に返事を返す。

「じゃあ問題。どうすればもっと効率よく倒せると思う?」

 突然どうしたんだろうと思いつつも、僅かなディレイの間に頭を働かせてみた。

「支援職っていうのはね、大体がパーティーの一番奥で守られているものなの。支援が死んだらそれで終わっちゃう事が多いから。攻撃してるとどうしても敵に目が行きがちなのよね。だからちょっと深呼吸しましょう? 戦場を見渡して何か気付いたことはない?」

 言われるがままに一度攻撃の手を止めて周囲をぐるりと見渡してみると思った以上に単体攻撃が多いことに気付く。

 左側面にファイアーボールが立て続けに3発飛来し、固まっていた5匹のゾンビのHPを綺麗に消し飛ばす。

 一方、右側面では2本の炎の矢がゾンビの身体を貫き、こちらも最大値だったHPを一瞬で黒く染め上げた。

 そっか、範囲攻撃のファイアーボールと単体攻撃のフレアアローじゃ与えるダメージ量が違うんだ。

 範囲火力は多数に被弾させる事を前提に考えられているから威力が抑えられているのに対し、単体火力は一体にしか当たらないから威力は高く設定されている。

 他にも、同じスキル構成同士で重なっているのか、左側面は範囲攻撃が多いのに対し、右側面は単体攻撃が多い。


 リアさんは効率よく倒すにはどうすればいいかと言った。それを念頭に暫く戦場を眺めているとある事に気付く。

 範囲火力のファイアーボールは一度に5体のHPを4割近く削れるけど、倒すのには3発かかってしまう。つまり、同じ対象に撃ち続けた場合は2割のダメージが無駄(オーバーキル)になる。

 単体火力のフレアアローは1体のHPを7割近く削れるけど、同じ対象に2発撃つと実に4割ものダメージが無駄(オーバーキル)になってしまう。

 でもお互いのスキルをそれぞれ1発ずつ敵に撃てば、それだけで敵を倒せるはずなのだ。

「範囲攻撃をばらばらな場所に撃って、そこを単体火力の人が狙えばいいんですね」

「うん、大正解。敵を確実に倒すのに必要な攻撃回数の事を『確殺数』って言うんだけどね。自分のスキルだと何発って言うのは覚えてる人が多いんだけど、他人のスキルと組み合わせた時に何発になるかって言うのを意識できる人は殆ど居ないの。あぁ、やっぱりカナタちゃん欲しいなー。とても初めてとは思えない洞察力よ」

 リアさんによしよしと頭を撫でられる傍ら、同じ場所に使っていたファイアーボールを分散させてみる。

 すると思った通り、敵の殲滅速度に僅かな向上が見られた。とはいえ、この程度の殲滅速度であのゾンビ壁をどうにかできるはずもない。

「わかってはいましたけど、焼け石に水ですねー……」

 ぬか喜びに思わずがっくりと項垂れた。

「いいえ、そんな事はないわ。大切なのは些細な『気付き』よ。もうそろそろ許容限界を超えるから……」

 そう言ってリアさんは前方に佇む団長の姿を仰ぎ見る。

 まるでそのタイミングを計ったかのように彼は剣を空に掲げ、声を張り上げた。

「範囲火力は一体に集中せずダメージをばら撒け! 単体火力は削りきれる敵の処理を優先しろ!」


 プレイヤー達はすぐさま団長の指示に従って行動を開始する。どうやら最初からこうする手筈だったらしい。

 僕一人では焼け石に水でも、これだけの人数が揃えば効果は歴然。殲滅力が一気に向上する。これなら接近される前にどうにか倒せそうだ。

「でも、どうしてこのタイミングなんでしょうか」

 もう少し早く、いや、最初から指示していれば今頃はもっと多くの敵を殲滅できていただろうに。

 するとリアさんは満面の笑みでこう言った。

「これは試験(テスト)なのよ」

「てすと?」

「そ。大手ギルド連盟で開催されている育成イベントに一般人を混ぜる必要なんて本当はないの。初心者にこの効率は毒にしかならないから」


 ハルトもパワーレベリングには大きな弊害があると言っていた。詳細は語ってくれなかったけど、今なら少しだけ判る気がする。

 【精霊達の旋回曲】のおかげで無限に魔法を使える今と、ハルトにたった5回の支援魔法を使っただけでMPが切れかけてしまったあの時を思い出す。

 異常な効率に慣れてしまうと、適正な効率に戻った時の激しい落差に付いていけなくなるんだ。

「でもそれが大手の狙いなの。麻薬みたいなものね。一度味を覚えてしまったらもう二度と手放せなくなる。参加者をエンチャンターとクレリックに限定してるのは、どの大手もこの2職が不足しているからよ。こんな馬鹿げた効率を出せるのは資金と人材を揃えてる大手だけだから、これからも恩恵に預かりたいなら加入するしかないでしょ?」

 リアさんの話を聞いて、オンラインゲームは本当に沢山の『人』が集まってできているんだなと改めて実感した。

 現実社会と同じで、陰謀と策略しか渦巻いていない。麻薬という表現は言い得て妙だった。


「とはいえ、大手ギルドもクレリックやエンチャンターなら誰でも良いってわけじゃないの。育成を手伝うのは一刻も早く高難易度ダンジョンや攻城戦で戦力になって欲しいからよ。ギルド資金や人材、時間を投入して育てるんだから才能ありそうな人の方がいいでしょ? ネトゲって合う合わないがハッキリしてるし。だから試験(テスト)をするの。MAP中の大量のゾンビを引き連れてくるのも、わざと非効率的な攻撃方法でジリ貧を誘ったのも最初から全部想定の範囲内って事。そのうえでカナタちゃんに聞いたみたいな質問をそれぞれのパーティー内の担当者がしてるってわけ」

「面接会場ですかここは……」

「あはは、上手いこと言うわね。間違ってないわ」

 思わず口から毀れた言葉にリアさんはからからと笑い声を上げた。

「だからカナタちゃんも気をつけてね」

「どういう意味です?」

 突然の警告に意味が分からず首をかしげる。

「決まってるじゃない。カナタちゃんは自分の力で正解に辿りついた。意図的に異なる場所へファイアーボールを放ったクレリックの存在に、血眼で勧誘者を選定してる大手ギルドが気付かないはずないわ。しかもそれが可愛らしい女の子なんだもん。出来の良いアバターの人って企業のオーダーメイドに大金を積んだか、時間をかけてコツコツ作り上げたかでしょ? どちらにせよ、それだけこのゲームに本気で挑んでるんだなって判断材料になるの。それだけでも前途有望な新人さんなのに、今のカナタちゃんはギルドにすら加入していない。カナタちゃんを連れてきたハルトっていう子は見た事もない小規模ギルドだから、大手の息がかかってる可能性もない。これだけ条件が揃ってるのに勧誘しないギルドなんてあるはずないわ。イベントが終わった後で物凄い数の勧誘を受けると思うわよ?」

 自分が過分な評価をされている事にも驚いたが、リアさんが僕とハルトの関係を知っていた事には更に驚かされた。

 どうやら集合場所の時点で『誰が何を連れてきて、大手ギルドの息がかかっているか』まで調べられていたらしい。このゲーム、スパイ活劇かなにかだっけ。

「帽子屋にパーティー組んでって言われた時は速攻申請したし。勧誘には失敗しちゃったけど友達にはなれたんだから上々よね」

 どうしてだろう。ほくほく顔で語るリアさんとの間に先ほどまではなかったはずの壁を感じる。どうにか浮かべた笑顔は引き攣っていたかもしれない。


「そうだ。もし勧誘されるのが嫌なら今だけでも私のギルドに入っておく? これでも結構な大手だから他のギルドも諦めると思うわ。終わったらすぐ抜けていいし」

 本当に沢山のギルドから勧誘されるのだとすればいちいち断るのも面倒なので申し出は素直にありがたい。

 しかし、今までの会話で『裏の思惑』というものを散々聞かされたせいか素直に頷けなかった。

 考えてもみて欲しい。このネトゲ初心者の僕にリアさんが言うほどの褒められる要素があると思うか。

 ゾンビを効率よく倒す方法なんて偶々思いついただけで特別難しい計算をしたわけではない。突き詰めればもっと効率のいい方法だってあるはずだ。

 褒められる要素があるとすればこのアバターの完成度くらいだが、それはハルが今の自分に出来る全てを注ぎ込んで作ったからであって、僕の功績ではないのだ。

 リアさんの本当の目的は僕を不安に陥れ、このまま自分のギルドに加入させ続けるのが目的なんじゃとつい邪推してしまう。

 こんな時は自分一人で考えちゃだめだ。僕はリアさんに一言残してからハルトにWisチャットで相談することにした。

 少なくとも、何も知らない僕よりはこのゲームの実態について知っているだろう。


『なるほどな、事情は分かった。ありがたく入れてもらえ。俺らは関係ない世界に住んでるけど、それでも大手の勧誘は規模がやばいって話はよく耳にする』

 あのハルトが焦っていることからして、どうも先程のリアさんの忠告は真実らしい。

 というか連れてきておいて何も考えていなかったとは。思い立ったが吉日という言葉もあるが、ハルトのそれは猪突猛進にも程がある。

「これで信じてくれた?」

 しかもリアさんには忠告を疑ってかかっていたことまで綺麗にバレていた。

 彼女の善意を踏みにじるような行為に申し訳が立たず項垂れるしかない。

「ごめんなさい……」

「はいそこまで。私も疑われるような行為を繰り返したって自覚あるしね」

 あ、やっぱりあったんだ。今回の件は互いに手打ちってことでいいらしい。というより、元から気にしていないと笑ってくれた。

「そんな細かいこと気にしてたらやっていけないもの。でも、悪いと思ったときにちゃんと謝るのは大事なことよ。安っぽいプライドにかまけて人間性を落としてる人なんて一杯居るんだから。あぁ、やっぱり素直なカナタちゃん欲しいなぁ……」

 訂正。僕が一時的なギルドの加入に不安を感じたのは、一遍の混じりけなくリアさんのこの言葉によるところが大きいと言っておこう。

 なんとなく、こう、がばって感じで捕食されそうで。

 僕は捕食される側じゃなくてする側になりたいと常々思っておりますから。


 善は急げと言うし、まだ狩り中ではあるが先んじて加入させて貰う事にした。

 事前に説明してあるから、別に挨拶とかもいらないとは言われたものの、流石に失礼な気がしたのでギルド用のチャットウィンドウを立ち上げ、仮想キーボードからメッセージを打ち込む。

「えっと、勧誘から逃れる為に一時的に加入させて貰いました。よろしくお願いします」

 こんな感じで一言添えればいいだろうと思い、ギルドログを閉じようとしたところへ誰かの返信が加わった。

 そしてそれはすぐに『誰か』から『大勢』に変わる。

 濁流とでも言うべきとてつもない速度で流れるチャットログに思わず目を白黒させた。驚くべきことに、表示されている名前は全て違う。

「あぁ、ログは見ないほうがいいわよ? このギルド230人くらい居るし、狩中じゃとても追いきれないから」

 まさかの人口3桁をリアさんは事も無げに言う。大手ギルドってどこもこんな人数が居るの? だとしたら恐ろしい。

 パーティーの人数に比例して必要な支援の人数も増えるのだとすれば、勧誘に必死なのも頷けるというものだ。

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