僕がネカマになった訳-5-
転移は一瞬だった。あまりにロードが短すぎて本当に移動したのかを疑うレベルである。
気付けば目の前には赤煉瓦の栄える民家と敷き詰められた石畳が何処までも続く古き良き欧州とも言うべき景観が広がっていた。
まず目を奪われるのは街の中央にどしりと鎮座する重厚かつ壮大な城だろう。
天然の巨大な岩山を削って作ったのか、青みがかった岩肌を薄めた色合いの城壁は透明な空に溶け込み、7色の硝子を溶かし込んで作られたステンドグラスがはめ込まれた窓は陽光を反射して虹色に煌めく。
自然物としての雄大さと、人工物としての繊細さを見事に調和した姿はまさに圧倒的だった。
「世界一近くて安い世界旅行に出かけてみませんか? なんて宣伝文句もあったっけ……」
World's End Onlineの世界は色々な国の特色を取り入れた街づくりをしている。
クレリックの転職所があった街はギリシャで、ここはフランス。あの城の内装はヴェルサイユ宮殿を参考にしているらしい。
クエストがないと中には入れないものの、一見の価値はあるそうだ。
「旅費とか犯罪に巻き込まれるリスクとか言語とか考えると現実の海外旅行は大変だよな。だけど仮想世界なら家からボタン一つで色々な景色を見に行ける。もっと大人数が接続できる環境が整った暁には旅行だけしたいって人向けに専用サービスを立ち上げる計画もあるんだってよ。旅行会社も当初は現実の海外旅行とゲームじゃ比較対象にもならないってスタンスだったけど、最近は顔を青くしてるらしいぞ?」
今はまだ土や水といった細かな粒子状の物体を再現するのは難しいとされている。
ならもし、これらの問題が解決した暁には、何が本物で何が偽物になるんだろうか。
既に現実世界で安上がりな栄養剤を投与した後、ゲーム内の高級料理に舌鼓を打つ人が出てきているらしい。
彼らは一体どっちの世界で生きているのだろうかなんて、少しだけ考えてしまう。
折角フランスを模した堅牢ながらにして美しさを損なわせない城塞都市に来たのだから一つ物見遊山に向かいたいところだけど、集合場所に指定されているのは街の外なので名残惜しみながらもお城とは反対方向に歩き出す。
巨大な門を一つ潜り抜けると入り組んだ街並みは何もない牧羊的な雰囲気の漂う田畑に変わり、もう一つ先の門を潜ると全く手入れのされていないただっぴろい草原へと姿を変えた。
城塞都市と名乗るだけあって二重構造になっているらしく、戦闘の際には内側の居住区への被害を防ぎつつ、外側では兵糧を生産するスペースを確保するつもりのようだ。
実際には広すぎる防衛面積にてんてこまいになるのではとも思えるが、何か策でもあるのかなぁ。いや、ファンタジーだからで済まされそうな気もするけど。
それはともかく、ようやく辿りついた城壁の外は数えるのも億劫なくらい沢山の人々で溢れていた。
「幽霊屋敷探索のパーティメンバー募集中でーす! レベル60から70の火系の魔術師さんいらっしゃいましたら如何ですかー!」
「自作ポーション安売り中! 素材との交換も受け付けてます!」
「ギルドに興味ある方いませんかー!? 夜型の社会人多めです!」
飛び交う怒号と活気に当てられ、立っているだけでも気分が高揚する。
「城塞都市の中って結構入り組んでる上に広いスペースって限られるんだよ。それでいつの間にかここに集まるようになってたんだ。何もないから開放的だろ?」
人の間をすり抜けながら、ようやくこのゲームは本当に5万人近いユーザーが参加してるんだと実感できた気がした。
この騒乱を見ている限り、きっとこれからもユーザーは増え続け、いずれは10万の大台を超えるのだろう。
なんて事を考えながら歩き続けると、ようやくごった返していた人混みを抜ける。
「いたいた。受付済ますから一緒に来てくれ」
ハルトの視線の先には、喧騒に満ちた広場を遠巻きに見ている不可思議な一団が居た。
磨き抜かれた鎧や曰くありげなマント、幾何学的な形状の杖といった、見るからに高級そうな装備を身に付けた人達の中に、初期装備として貰える旅人の衣装を身に付けたプレイヤーが幾人も混じっているのは傍から見ているとまるで釣り合いが取れていない。
きっとこれがハルトの言っていたユーザー主催の育成イベント参加者なのだろう。
「こんにちは。来週参加する予定だったんですが、時間が取れたので突発参加しても構いませんか?」
「えぇ、構いませんよ。育成対象はそちらの可愛らしい御嬢さんですね?」
「はい、レベル10になったばかりのクレリックです。よろしくお願いします」
声を掛けられた少年は僕と同じくらいの背格好をしている。
男の子のアバターは基本的に高身長が基本なので珍しかったが、なにより外見からは想像だに出来ない渋い声色にはもっと驚いた。
しかしハルトはそれをものともせず、軽く頭を下げながらお礼を言っている。
普段はあんなでも真面目な時は驚くくらいしっかりしているのだ。
ゲームの前にちゃんと宿題を終わらせたのも、ナイスガイな父親の教育が行き渡っているからである。若干放置気味の我が家とは偉い違いだ。
まぁ、結果的に自分がしっかりしないとダメだと思うようになったから、教育方針としては間違っていなかったのかもしれないけど。
このハルトがそれがずっと続けばいいなぁと一瞬考えたものの、それはそれで堅苦しいだけだと思いなおす。
「よろしくお願いします」
僕もハルトにならって頭を下げると、少年がほんの少しだけ表情を崩した。
「今どき珍しく礼儀正しい方々ですね。最近は『こん』と『よろ』で済ます人が多くて困りものですよ」
すると被っていた帽子を軽やかな手つきで胸の前に持ち直し、舞台俳優がするような優雅な一礼をしてみせる。
少年の姿とは似ても似つかない英国紳士的な振る舞いだったが、渋い声色のおかげか不思議と違和感はなく、思わず感嘆の声を漏らすくらいハマっていた。
「私の名前は帽子屋。此度の育成イベントを主催したお茶会(a mad tea party)のマスターをしております。どうぞ、お見知りおきを」
インターネットが普及してはや数十年。かつて周知されたネチケットと呼ばれる慣習は廃れつつある。
現実の情報が何一つ読み取れない匿名の空間の中では相手に対する遠慮や気遣いが欠けてしまう人もまま居るのだ。
せめて自分はそうならないよう気を付けたいものである。
「では引率者の方のレベルとスキルをあちらの管理官に申告してください。それから参加費と、攻撃魔法の付与された装備をお持ちでなければ貸し出しますので、預り金の用意をお願いします」
このゲームは互いのレベルが近くないとパーティーを組んでも十分な経験値が入らない。
だから低レベルのプレイヤーと高レベルのプレイヤーがパーティを組んで、普通は倒せないくらい強い敵を狩ったとしても、低レベルのプレイヤーが貰える経験値は限りなくゼロに近くなり、ソロで街の近くの雑魚を倒すよりも効率が悪くなる。
レベル差に頼ったパワーレベリングがゲームバランスに大きな影響を及ぼすのは周知の事実なので十分な対策がなされている訳だ。
低レベルのプレイヤーがレベルを上げるには、自力でモンスターを倒すのが一番手っ取り早い。
高レベルのプレイヤーに出来るのはモンスターを狩りやすい状況を整えてあげるという一点に尽きる。
とはいえ、数多くの支援スキルを有効に活用できるか否かで経験値効率は天と地ほどの差が出るのだが。
ハルト達引率者にレベルとスキルの詳細を申告するように言ったのは彼らの能力を把握する事で効率的に運用する為のようだ。
「失くされますと預り金をお返しできなくなりますので注意してくださいね」
管理官の女性に簡単な申告を終えると、取引要請が飛んできて紅色の宝石があしらわれた指輪を渡された。
クレリックからすれば自力でモンスターを倒すという根源的な仕様でさえ難易度が高い。
支援型を目指すなら序盤はレベルアップで手に入るステータスポイントをひたすらIntに費やす必要が出てくるものの、クレリックのスキルツリーにはIntで上昇する魔法攻撃に依存した攻撃魔法が、否、物理・魔法を問わずダメージを与えられるスキルが何一つとして存在していない。
つまり、敵を倒すにはただひたすら武器で殴り続けるしかないのだ。
ところが困ったことに、Int一辺倒の支援型クレリックには物理攻撃力も回避力も防御力も、およそ戦闘に必要とされる要素が何一つとして備わっておらず、殴っても殴っても倒せないわ攻撃は避けられないわなのに受けるダメージは無茶苦茶痛いわの3重苦を味合わされる。
運営としては同レベル帯の別の職業と一緒にPTを組んで欲しいのかもしれないが、序盤のクレリックはMP回復力も最大MPも低いのに、支援魔法は高レベルになっても使い続ける関係上、低レベルには辛い消費MPが設定されているせいでまともに使用できず、どう足掻いた所でお荷物にしかならない。
効率目的の即席PTでは名指しで参加を断られ、誰でも歓迎の物見遊山PTでもクレリックが参加すると幾人かに用事を思い出されるほど救いようがなく、仲の良いフレンドが居ない限りパーティを組む機会すら与えて貰えないのだ。
この運営はまだ実験的なVRMMOという事も手伝ってプレイヤーの意見を真摯に拾い上げてくれるのに、この問題に関しては質問されても一貫して沈黙し続けている。
無能なプロデューサーもしくはディレクター発案の仕様だから意固地になって撤回できないんじゃないかとまで言われていた。
今回貸し出された『火精霊の指輪』は結構な高難易度のレイドボスが極稀にしかドロップしない高額品らしい。
攻撃魔法を持たないクレリックが効率的に敵を倒すには『攻撃魔法』がエンチャントされたレアドロップに頼るしかない。
この指輪には火属性の低級魔法である『ファイアーボール』が永久付与されており、クレリックが攻撃魔法を使える唯一の手段として重宝されていた。
しかしながら入手難易度の高さも相まって需要は高く、市場価格は6百万Clt前後を推移している。
低レベルのクレリックがレベル上げの為だけに買うのは非現実的なので、主催者へ預り金と言う担保を渡せば貸し出してくれるのだ。
担保はハルトのギルドメンバーが今日まで必死になって貯めた財産を切り崩してくれたものなので万が一にも紛失はできない。
アイテムを捨てるなんてコマンドは普通実行しないので、故意に捨てようとしない限り紛失はあり得ないと分かっていても内心どきどきしっぱなしなのは小心者だからなのか……。
装備画面を開き、受け取った指輪を2つあるアクセサリ欄の内の右側にセットすると左手の薬指に自動で装着される。
「ねぇ、指輪が突然取れたりしないかどうか試してくれない?」
念の為、ハルトへ薬指を指し出すと、苦笑しつつではあるが取れない事を見せつけるように引っ張ってくれた。
「心配性だな……。ほら、取れないだろ? 勝手に落ちたりもしないから安心しろ」
確かに、まるで指の一部になったかのように貼りついて少しも動く気配はない。これで少しは安心できそうだ。
「これはこれは。まるで将来の仲を誓い合うカップルの指輪交換ですね。よくお似合いです。気に入ったのなら彼氏さんに買って貰うと良いでしょう」
そこへタイミングよく帽子屋さんがひょっこりと顔を覗かせ、意味深な笑みを浮かべながらそんな事を言われた。
ただの確認作業も人によってはそんな風に見えるのか、と内心では嘆息しつつもにこりと笑顔を浮かべる。
こういう時は慌てて否定したりすると逆手に取られるからだ。
仲が良いのは否定しないが、それは友人としてであって、帽子屋さんの言う様な方面に足を入れるつもりは微塵もない。
「いえ、彼氏とかじゃないですから。今のも勝手に取れないか心配で試して貰ってただけで他意はありませんし」
「おや、これは失礼致しました。とても仲が良さそうでしたので、そういう関係かとばかり」
僕の落ち着いたやり取りが意外だったのか、帽子屋さんは少し驚いた様子で目を細めてから真摯に頭を下げる。どうやら誤解だと分かって貰えたようだ。
外見が外見だから仕方がないとはいえ、男とそういう関係にあると思われるのは精神衛生上よろしくないものである。
まして、『指輪交換』と漏らしながら爆笑を堪えようとして失敗に終わっているハルトの姿を見ればなおさらだ。
ネカマをさせられた挙句、親友と出来てるんじゃないかと疑われた男の気持ちなどこいつには分かるまい。
「気にしないでください。小さな頃からずっと一緒でしたから、仲は良いんです。ね?」
合意を求め振り返る刹那に脛を思い切り蹴り上げておく。
残念ながらネトゲの中だと痛覚の大部分が遮断されてしまうのでダメージはなかったが、笑顔に籠めておいた殺意の波動には気付いたようだ。
「ま、腐れ縁みたいなもんだな」
悪い悪い、と小さく漏らしてから頷く。ごく自然なやり取りに、帽子屋さんは何か思う所があったのかもしれない。
ほんの少しだけ楽しげな笑顔を見せた。
「分かりますよ、私にも幼馴染がいますから。でもだからこそ、身近にある大切な物を見失わないように。……おっと、これではまるで老人の戯言ではないですか。そろそろ出発しますとお伝えしに来ただけのつもりが、差出がましいことを致しました」
帽子屋さんはそう言い残すと、恥ずかしそうに顎を撫でながら強そうなプレイヤーの佇む一角へ歩き去って行った。
問題が起きたのはそのすぐ後だ。
「だから、どうしてダメなんだよ!」
「俺らだって初心者だろ!? 参加する権利はあるはずだ!」
初心者らしき集団がここに訪れ、今回の育成イベントに参加したいと申し出たのだ。
主催者のお茶会は初心者向けの講習や、初見では難しいダンジョンの攻略を目的とした説明会を定期的に行っているらしく、日にちを間違えてくる人も時々いるらしい。
普段なら事情を説明するだけで納得してくれるらしいのだが……。
「ですから何度も申しあげた通り、本日の狩りに参加できるのは上位職以上の引率者を伴ったクレリックとエンチャンターだけなんです。商人で引率者も居ないのでは参加できません。初心者向けの講習を毎週土曜日にしていますから、そちらに参加してください。これはホームページにも書いてあるでしょう?」
「講習なんてソロでも狩れる雑魚を地道に倒すだけだろ? エンチャンターとかクレリックなんかより働くんだから別に良いじゃん」
「そういう問題ではなくてですね……」
此度の来訪者はどうにも納得がいかず食って掛かっているらしい。
「ありゃ、わざと今日を狙ったな」
「どういうこと?」
騒ぎの中心人物を見ながらぽつりと漏らしたハルトに疑問の視線を投げかける。
「今日の育成イベントは特別なんだ。そもそも、お茶会はパワーレベリングに否定的な立場だからな」
「えっと、言ってる意味がわかんないんだけど……」
どうやらそれが説明らしいのだけれど、残念ながら初ネトゲプレイヤーの立場としては何がなんだかさっぱり理解できない。
「パワーレベリングって言うのは、高レベルのプレイヤーが低レベルのプレイヤーをサポートして効率よく経験値を稼ぐ行為の事だ。転職する時に俺がウサギに石を投げたろ? ああやってモンスターのターゲットを固定すればカナタは攻撃されないからダメージも受けずに済むし、ソロなら必要だったHPの自然回復に費やす時間も省けた。それに始めたばかりの初心者じゃ手に入らないくらい強い武器もあったろ? ほとんど1発、稀に2発殴るだけですぐ倒せたウサギだって、初期装備だと最低5発は必要なんだよ」
ハルトを噛もうとしても歯が刺さらず、体当たりしては逆に転がされていたウサギだったが、あれでも初心者にとっては油断できない相手らしい。
攻撃は遅いのでちゃんと見極めれば避けられるけれど、初期装備で避け損ねるとそれなりのダメージを受ける。
本当なら初心者はあのウサギで攻撃のタイミングと、敵の動きを見て避けるタイミングを覚えるのだそうだ。
15分で駆け抜けるように終わったクレリックの転職も、それらをこなしながらだと5-6時間以上は掛かるのだという。
それがたったの15分。ハルトのおかげで低く見積もっても20倍近い効率を叩き出した計算になる。
今更になって自分がどれほど恵まれた環境にあるのかを理解した。
「で、この育成イベントはその強化版だ。高レベルのプレイヤーが集まってるのは分かるだろ? 今度はここにいる全員がカナタ達をサポートするんだ。それに、タゲを取る位しか能がなかった俺と違って、ここに集まってる人達はもっと直接的な形でサポートできるスキルを揃えてる。多分、カナタがソロで経験値を稼ぐのに比べれば百倍近い効率になると思うぞ」
「……は?」
一瞬、我が耳を疑った。百倍の効率。つまり、1時間が100時間になるわけだ。なんだそれ、完全にチートじゃないか。
今日の狩りは5時間を想定しているらしい。もし本当に百倍の効率が出るなら500時間分、毎日10時間の廃接続を2ヶ月近く続けた計算になる。まだ夏休み一日目だと言うのに計算上では夏休みが終わってしまう計算だ。
「百倍ってのはソロ狩りが絶望的なクレリックとエンチャンターが基準だけどな。それでもやっぱり、初心者がソロで狩るのに比べて圧倒的な効率になるのはなんとなく理解出来たろ? だからあんな風になんだかんだ理由をつけてあやかりたい奴が現れるんだよ」
なるほど、そう言われると揉め事を起こしてでもゴネ続ける気持ちが分からなくもない。
仮に受け入れられれば2ヶ月近い時間が浮くのだ。接続時間の限られる人からすればもっと多くの時間を浮かせるだろう。
「けどな、パワーレベリングには大きな弊害もあるんだ。1ヶ月掛かる作業が1日で終わった。それを初心者がさも当たり前のように錯覚すればどうなる?」
「どうなるって言われても……。レベルは上がったんだから、そこからまた頑張ればいいんじゃないの?」
不思議そうに首をかしげるとまた苦笑されてしまった。失礼な奴だ。
「ま、何も知らなけりゃそうなるか。今日が終わればきっと理解できるよ」
ハルトは結局、意味深な言葉を残すだけれそれ以上のことを教えてはくれなかった。
一方、参加を求めて集まった初心者集団は収まりが付かなくなったのか、かなりの荒れ模様を呈している。
「クレなんかよりよっぽど役に立つって言ってるだろ!」
「自分達だけ美味しい思いができれば良いのかよ!」
なんともはや、清々しいブーメランじみた台詞だが、本人達にその自覚は微塵もないらしく、そうだそうだと盛り上がっている。
お茶会の管理官達は相手にするのも疲れたのか、冷たい目線を向けるばかりだ。このゲームにPK機能があったら今頃全員地べたを舐めつくしているだろう。
「全く、先ほどから聞いていれば随分と都合の良いことばかり……」
そんな集団の只中に突然、小さな人影が出現する。
いったい何処からどうやって現れたのかさっぱり分からず、誰もが言葉を無くした瞬間を狙った見事な入り方だ。
おかげで散々騒いでいた集団も状況についていけず、ぽかんと話を聞いている。
「分かりました。本来は上位職以上の引率者が必要ですが、それ程まで申されるなら連れて行きましょう」
ゴネ続けた末の妥協に、その言葉を待ち続けていた集団が湧いた。しかしそれも束の間。
「ただし、全員キャラクターを削除してクレリックかエンチャンターになっていただきます」
思いも寄らない言葉に彼らは再び絶句する。
「な、なんでそんな地雷職にならなきゃいけないんだ!」
「俺は前線で剣を振るいたいんだよ!」
「僕だって後衛で魔法を使うって決めてるんだ! そんな職になれるか!」
それでもなお、自分勝手な言葉を紡ぎ続ける彼らに、帽子屋さんは冷たい視線を投げかけるばかりだ。
「だからこそ、です。クレリックとエンチャンターは運営によって理不尽を背負わされた。運営が彼らを救済しないのであれば、我々が救済する他ありません。この不思議世界に理不尽などあってはならないのです」
彼の芝居がかった青臭いとも取れる言葉に集団は依然として不満の声を荒げる。
「なんだそれ、意味わかんねーよ」
「ならそれまでのこと。作り直すつもりがないのであれば早々に立ち去りなさい。これ以上の交渉の余地はありません。それでも喚き続けたいのなら勝手になさい。ただ、あまりに煩いと運営に目を付けられかねませんがね?」
ゲーム開始早々に運営からマークされるのは彼等としても本意ではない。苛立ちと憎しみに染まった視線を帽子屋さんにぶつけるが、後はそれきり、一瞥もくれることなく待機していたプレイヤー達へ指示を飛ばし始めた。
こういう事に慣れているだけあって完全に眼中にない。
初心者集団としてはそんな帽子屋さんの様子に益々苛立ちを募らせたけれど、結局は何もできずその場を後にするしかなかったようだ。
「いいのかな、私だって始めたばかりなのに」
あの初心者の集団はきっと誰も手伝ってくれる人が居ない立場で、本来それが当たり前なのだ。
その上でどうしたら効率良く狩れるかを調べた上でここに来たのだろう。
強引な方法はともかくとして、少なくとも僕よりは努力していた。
それに対し、僕がここに居られるのはハルトがいるからだ。
自分で交渉する彼等と比べて何でも人任せな僕がここにいるのは少しだけ場違いな気がしてならない。
「何言ってんだ。ネトゲじゃくても人脈は資産だぞ? 世の中コネ入社が一番強いんだって。努力ってのはその後でも十分間に合うんだよ」
「うわぁ……」
ハルトの例えはとんでもなかったけど、早くハルトと肩を並べて戦えるようになりたいと言う想いもある。
なるほど、まずは同じ土俵に上がるのを優先して、そこから先で努力してもいいのか。実にハルトらしい猪突猛進な答えだ。
今回はそれに乗らせて貰う事にしよう。
「育成対象の方々は最大人数になるまでパーティを組んでください。近しいレベルなら経験値は公平に分配される上、人数が多いほどボーナスを受けられます。それでは準備が出来次第こちらへどうぞ。目的地に転送致します。引率者の方々は役割毎のパーティーに加入してください」
丁度準備も終わったらしい。手持ち無沙汰に待ちぼうけていたプレイヤーが次々に移動を開始する。
「おーいハルト殿、拙者と同じ前衛パーティーでござる! こっちに来て準備するでござるよ」
遠くからギルメンのサスケに呼ばれたハルトが手を振りながら分かったと頷いた。
「んじゃ、俺は引率だからあっちだな。騎士系列はモンスターを集める役だからあんまり傍にいてやれないけど、気にしないでどんどん魔法をぶっ放せ」
「分かった、頑張るね」
飛んできたパーティー要請に戸惑いつつも『はい』を押してから、先導されるがままに光りの扉……ポータルゲートと呼ばれる転移魔法に足を踏み入れる。
都市間転移と似た浮遊感に包まれると、今度は少し長めの暗転後に見慣れぬジャングルの只中へ出現した。