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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
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僕がネカマになった訳-4-

 それから1ヶ月。

 僕達は冒険を重ねながら修練に励んだ。

 多くの仲間と出会っては語らい、時には別れながら、数え切れないほどのダンジョンを踏破し、夏休みが終わる頃には廃人と呼称される最上位職の最大主教(アークビショップ)へと転職を……。

「馬鹿なこと言ってないで行くぞ。とりあえずギルメンと顔合わせだけでもしとかないと」

 僕の妄想をものの見事に叩き斬ったハルトは、腐りきった教会になんぞ一秒たりとも居てたまるかとばかりに足を速める。

 現実の僕はクレリックに転職したてのほやほやで、まだスキル一つさえ覚えていない。

 職業(クラス)の特性上、刃物の装備ができなくなったせいでハルトから渡された片手剣も使えず、むしろ初心者だった頃よりも弱くなっている気がした。

 世の先人プリースト達はこの理不尽に真っ向から立ち向かっていったのだろう。素直に尊敬する。

「ならカナタも真っ向から立ち向かってみるか?」

「冗談。私は効率的に生きたいから遠慮する」

 今までハルトに散々回り道を味合わされてきたのだ。ハイウェイで楽をしても文句は言わせない。

「現金な奴め……」

「何とでも言うがいい。英雄の死因って知ってる? 過労らしいよ。何でもかんでも一人でしちゃうから」

 PT会話は僕らにしか聞こえないので言いたい放題である。

 外野からは中睦まじく歩いてるように見えるらしく、時折嫉妬や羨望の混じった視線が飛んでくるのにはげんなりしたが、羨んだ相手がネカマだと知ったらどんな反応をするんだろうと考えた頃からどうでもよくなりつつあった。

 ネカマって意外と楽しいかもしれない。

 そうでも思わなきゃハルトのギルメンと今後ずっと一緒になんてやっていけそうになかった。

 こうなりゃヤケですよヤケ。男は度胸、なんでもやってみるものらしいし。


 案内された先は白亜の壁がまぶしい大きな建物が並ぶ居住区。

 集合住宅なんて呼ばれ方をされており、個人、ギルド向けのホームスペースが纏められている。

 中に入ると物凄く狭い間隔でドアが並んでいてなかなかシュールな光景だった。

 一畳半の寝るスペースしかないシェアルームといえば分かるだろうか?

 扉の間隔は精々が1メートルほど。現実にあったらどれだけ縦長の物件になるだろうか。ロッカールームと称した方がいいのかもしれないが、ここはゲームの中。

「んじゃ招待鍵を発行するから」

 ハルトがメニューから操作をすると『ギルドルームへ招待されました』の一文が浮かび上がる。

「これで中に入れる。もう皆集まってるみたいだな」

 扉の向こうにはどう考えても隣の扉と干渉するであろう、広々とした空間が広がっていた。

 並んでいた扉はただの転移ポイントに過ぎず、そこから先は別のマップにつながっているのである。


 玄関を抜けると、まずリビングルームが広がっていた。

 木製の大きな机がでんっ! と中央に鎮座し、その周りをふかふかのソファーがぐるりと取り囲んでいる。

 建物の外側は古代神殿を思わせる重厚な造りだったのに対し、この部屋は木目を生かしたログハウスのような内装になっていた。

「うわぁ……」

 どういうわけか窓の外に見える景色も森の中といった風情で、土と樹の香りが仄かに鼻腔をくすぐる。窓に降り注ぐ木漏れ日は幻想的で、思わず感嘆の声を漏らさずにはいられない。

 後で知った話になるけれど、内装データと景色データは手頃な値段で店売りされているらしい。

 少々値は張るものの、気に入った景色を撮影して部屋の景色データにできるアイテムも存在するそうだ。


「新人様一名ご到着だ」

 テーブルを取り囲むソファーには個性的なアバターが5人ほど、入り口をまじまじと見入っていた。

 誰も彼も一言も喋らず、それどころか微動だにしないので、良くできた彫刻のように思えなくもない。

 もっとも、中には口をあんぐりと開けて呆然としている間の抜けた姿もあって、これが彫刻だとすれば作者の美的センスを疑わざるを得ないが。

「おいおい、なんでみんな固まってるんだよ。今日連れてくるって言ったろ?」

 どうやら彼らのパントマイムについてはハルトも予想外だったらしい。少なくとも歓迎会の催しではないようだ。

「いや、聞いたけどさ……」

 その言葉が皮切りになったようで、各々が固まっていた体勢を崩し、

「友達連れてくるって言われりゃ、普通『男』だと思うだろ!?」

「どういう事か説明するなり! まさかリア充だとでも!? このギルドを二人だけの愛の巣にするつもりでござるか!?」

「(´・ω・`)あやまって?」

「裁判官、彼をリア充の容疑で告訴します!」

「宜しい、原告の言い分を認め判決を言い渡す! 被告人はリア充容疑で死刑!」

「サー、イエッサーッ!」

 矢継ぎ早に怒りの丈をぶつけ始めた。最後の号令は無駄なくらい綺麗にハモっていて統率力の高さが窺える。


「却下だ却下! つか容疑だけで殺そうとすんな! こいつとは別にそういう関係じゃねぇっての」

「ならどういう関係だゴルァ!」

「家族みたいなもんだよ」

 ハルトは詰め寄ってきたギルドメンバーを面倒そうに追い払いながらソファーに腰を下ろす。

「カナタもこっち来いって。とりあえずこの馬鹿共を紹介するからさ」

 会話の内容はともかくとして、わいのわいのと騒いでいる彼らの仲の良さは伝わってくる。

 初めてゲームを遊んだ日に即席PTを組んだのが始まりで、男同士気も合うらしくギルドを立ち上げるまでになったとずいぶん前にハルトが話してくれた。


「なら、二人はどういう関係なんだ?」

 ゲーム内でリアルの事情を尋ねるのはノーマナーとされているのだが、今の彼らの頭は冷静さが欠けているらしい。

 とはいえ、最低限の設定の共有と口裏合わせくらいはしてあるし、いずれは話す機会もあるだろう。

「従兄妹だよ。家が近所で昔からよく遊んでたんだ。ネトゲはこれが初めてだから、色々教える代わりに支援をしてくれるよう頼んだだけで、そういう関係は一切ない。カナタに失礼だから口にするな。それから豚、出荷すんぞ」

 珍しく嗜めるように語気を強めるハルトに、彼らも調子に乗りすぎたと自覚したようだ。

「す、すまぬ。いや、その子があまりにも愛くるしく、色々と失念してしまったでござるよ」

「悪かったね。非モテ同盟の仲間が裏ではリア充だったかと思うと怒りが抑えきれず……」

「(´・ω・`)そんなー」

 口々に頭を下げられ、僕としては困惑せざるを得ない。ていうか、この状況をどうしろと?

 助けを求めるような視線をハルトに向けると、苦笑を浮かべてから手を軽く叩く。

「ほら、困ってんだろ、そのくらいにしとけって。いいからさっさと座ろうぜ」

 お許しがでた事で彼らもほっとして座席に向かったのだが、何故か誰も座ろうとしない。

 それどころか互いに視線を戦わせ、無言のままに圧力をかけ始める。

 ……あれ、この人達って本当に仲良さそうに見えたんだっけ。


「カナタちゃんだっけ、一緒に座らろうか。このゲームの事、いろいろ教えてあげるよ」

 まず切り出したのは金色の髪を短く刈り揃えた優男だった。

 容赦のない先制攻撃にメンバー達の空気読めとでも言いたげな視線が突き刺さる。

「貴様ぁぁぁぁ、抜け駆けは許さんでござるぅぅぅぅぅ!」

「ここはまずマスターである俺が手取り足取り教えてやるべきであってな」

「アンタそんなキャラじゃないだろ! 狩場の調査とか丸投げだったじゃねぇか!」

「あんなのと座ったら馬鹿がうつりますよ。ですからここは僕と……」

「(´・ω・`)おほーーっ!」

 次の瞬間には再び争いの火蓋が落とされ、俺も俺もと声を上げ始めるのを、ハルトはこめかみを押さえながら呆れ果てた様子で見やる。

 僕の方もそんな彼らのテンションに段々と慣れつつあった。若干一名、よく分からないのが居ないでもないけれど。

 ま、男子ばっかり集まると時々どうでもいい事に馬鹿げたテンションを発揮するなんてあるあるネタだ。

 かつてのハルトがその典型例といえよう。いや、彼の場合はたった一人でも傍迷惑なハイテンションを維持してたけど。


「あぁもうお前ら黙れ! カナタはさっさと俺の隣に座る! それからお前ら、手を出そうとか考えるなよ? このギルドから支援が消えるぞ。そもそもカナタは男に全く興味がない」

 手招きされるがままハルトの隣へ座ったことで渋々ながらも彼らはソファに腰を下ろした。

「男に興味ないってホント? もしかして彼氏とか居るの? あ、いや、ごめん、リアルの話はなしだよな。忘れてくれ」

 それでも僕に対する興味は尽きないようでやきもきしているのがよく分かる。

 ずっとこんなテンションを維持されるのも面倒なので、最初から全力でフラグをへし折っておくべきだろう。

 さて、どうすれば手っ取り早いだろうかと考えてから、思いついた最良の方法を口にした。

「居ませんよ? 女の子の方が好きですから」

「おいぃぃぃ!? ゲーム内では普通の子を演じるって話はどこ行った! お前まさかその姿で物色するつもりか!? やめろよ!? 相手はトラウマになりかねないんだからな!?」

 個人的に正直な気持ちを伝えたつもりだったのだが、隣のハルトはたまらず叫び声をあげる。

 全く、なんて声を上げるんだ。最近百合アニメが流行ってるって話してたのはハルトの方なのに。

「ハルトのその反応……ガチ百合かよ!?」

「そら男に興味なんか湧かないわな。しかし何故だ、悔しくも悲しくもない……! いや寧ろ清々しささえ覚える!」

「こんな可愛い子が他の男に行かないってだけでこんなにも心が休まるとは」

「女神でござる。このギルドに女神様が降臨なされたのでござる!」

「(´・ω・`)それなら豚は、豚には興味ありませんか!?」

 とはいえ、ハルトの会心の誤解のおかげでいい感じに信じて貰えたようだ。これで言い寄られるような事態にはならないと思いたい。ついでに豚にも興味はない。

 同時に、当人同士しか聞こえないWisチャットでハルトに注意しておく。

 怪我の功名とはいえ、放置しておくとネカマである事まで口を滑らせそうな気がしたからだ。


「つか、もうこんな時間かよ。脱線しすぎだろ。さっさと紹介して待ち合わせ場所行くぞ」

 どうやらこの後で何か予定が詰まっているらしく、ハルトは疲れた声で次々にギルメンの名前と職業(クラス)と特徴を紹介して回った。

 ギルドメンバーは僕を含めて全部で8人。揃いも揃ってリアルは全員男とのこと。

 内一人は夏休みの補講に巻き込まれたらしく、2週間は繋げなくなったらしい。哀れな……。

 職構成はギルド立ち上げ以前から分担すると決めており、前衛2人、後衛2人、中衛3人とバランスはいいのだが、支援は居ない。

 やはり育成が難しい支援には誰も手を出したがらなかったようだ。


 一人目は青色の髪をした線の細い青年『アキツ』。

 このギルド『春風』のマスターだと胸を張ったところ、敬う必要はないと満場一致で断言されてしまい、むせび泣く姿が笑いを買っていた。

 元より全員が同期で立ち上げたギルドなので、誰がマスターでも良かったらしく、一番接続率の良かった彼が選ばれたらしい。

 職業(クラス)狩人(ハンター)。脇に置かれた大きな弓から分かるとおり弓手(アーチャー)の上位職だ。

 矢を使い分けるれば様々な属性で臨機応変に攻撃できる利点を持つのだが、矢代にお金が掛かるので金策に励む必要がある。

 弓による射撃は射程と攻撃力に優れるうえ、MPを使わずに済むので魔法使い系列より安定した戦闘ができる反面、範囲火力は心もとない。


 二人目は最初に座ろうと切り出した金髪の優男で、見るからに童謡の王子をイメージしたと分かるイケメンの『ギルバード』。

 『※さえ手に入れれば自分もモテモテに違いない!』と一念発起し丹精篭めてキャラを作ったらしいが、残念なことにイケメンだらけなこのゲームでは本物のオーラを持たない彼に言い寄ってくる人は誰もいなかった。ちょっと頭が弱いのかもしれない。

 職業(クラス)詩人(バード)。このゲームは本人の思うがままに歌唱や演奏もできるので、バンドマンってモテるよね! という理由から選択したらしいのだが、そうしたスキル外の行動はアシスト機能を受けられないので、現実(リアル)の歌唱力や楽器の経験や腕前に左右されてしまう事を知らず、結局スキル以外では使いこなせなかったというオチが付く。もはや残念を通り越し憐憫の情さえ湧いてきた。

 美人局に引っかかって有り金全部巻き上げられない事を祈るばかりである。

 それはさておき、彼の職業(クラス)である詩人(バード)には演奏系列と呼ばれる独自の支援スキル群が用意されているので、ギルドにとっても重要なキャラだ。

 詩人(バード)の演奏スキルは発動の瞬間にこそ大量のMPを消費するものの、発動さえしてしまえば演奏を続けられるので広範囲への継続的なバフ効果が期待できる。

 ただし、演奏中は断続的に少量のMPが減り続ける上、その場から動けなくなるという、魔法よりも重い制約が課されていた。

 その代わり支援効果は強力な物が多く、複数の詩人(バード)が特定の演奏スキルを組み合わせる事でより強力な【合奏(オーケストラ)】を発動する事も出来る。

 また、スキルツリーがバイオリン、リュート、ハープといった楽器ごとに分かれているので組合せに苦労するそうだ。


 三人目は黒髪で大人しそうな外見をした少年で、今年中学生になったばかりらしい。ハルトをリア充容疑で告訴していた。

 その歳から非モテ同盟を公言する怪しげなギルドに加入するのはどうかと思うのは僕だけなんだろうか。

 諦めるにはまだ早すぎる気がするんだけどなぁ。

 職業(クラス)は錬金術師。某漫画に憧れて、だそうだ。うん、あのシリーズは僕も好きだった。

 支援の居ないこのギルドにとって、安価に回復薬(ポーション)を量産できる彼が唯一の『回復薬』であり、歩く回復庫とまで呼ばれているのだとか。その扱いはどうなんだろうとも思ったが、本人は嬉しそうにしているので何も言わないでおく。

 同時にギルド資金の管理運用も任されているらしく、この歳にして中々しっかりしているようだ。パシリに使われなければいいのだけど。


 四人目は顔全体を覆うマスク……というより紙袋の目の部分に穴を2つ開けただけの手抜き工作を被っているので顔が分からない『サスケ』なる人物。ちなみにこれ、正式な仮面系装備らしい。どこのホラー映画だ。

 一人称がベタな忍者、つまり『ござる』口調なので一際異彩を放っている。

 話を聞く限り、大手掲示板とか公式SNSのコミュニティに『Kingu Of Parfekuto』を名乗る珍妙な一団が存在するらしい。

 彼はその一員で、加入者にはRPの一環としてこの喋り方や特定の装備を推奨しているのだそうだ。

 しかしながら指定の装備と言うのが中々に高難易度らしく手に入らない為、こうして素顔を隠しているのだとか。

 よく分からないが、彼なりの拘りがありそうなので一切を心の奥深くに仕舞い込む事にした。

 だってほら、他人の宗教って面倒だから。

 仏壇買いませんかとか経文を唱えましょうとか再三誘われて縁を切ったって人も世の中にはいるらしいし?

 ハルトのおかげで自分から踏み込まないのが関わり合いにならないコツなのだとよく理解しているものでして。

 職業(クラス)始末屋(キラー)盗賊(シーフ)から転職可能で、上位職には暗殺者(アサシン)が控えている俊敏性に特化した前衛職だ。

 騎士(ナイト)と比べて一撃の重さは軽いが手数は多く、スキルには毒や罠を使った物が多い。

 敵の使う一部の毒は聖職者(プリースト)やその上位職である最大主教(アークビショップ)にも治療できない為、彼らのスキルで作成可能な解毒薬に頼る場面も多い。

 ちなみにマスターのアキツさんとはリア友らしい。

 本当は5人の友人と応募したらしいのだが、当選したのは彼とアキツさんだけで、リアルでは羨望と憎しみを一身に背負っているのだとか。


 そして最後の五人目は『ピグ』……満場一致で豚らしい。

 本当は違う名前にしようとしていたらしいが、何度もキャラクターを作り直すうちにこの名前に行きついたのだそうだ。

 別にアバターが肥え太っているとかそういう訳ではない。190近い高身長で筋肉質の精悍な青年といった出で立ちだ。

 このゲームでは珍しいチャットでの会話がメインなのだが、全く喋らないという訳ではなく、時折『おほー』と奇声を発したり、『らんらん♪』と嬉しそうにしている。

 何より特徴的なのが、チャットの会話文の先頭には必ず『(´・ω・`)』の顔文字が付いている事だろう。

 ハルトに尋ねると、彼は豚だからそういう扱いで良いと言う、なんともよく分からない説明を受けた。

 なんでも、最初のエクストラスキルの選定で3/100の確率を2日間ずっと繰り返しても引き当てられず、その後も仲間が続々とレア武器やアイテムをドロップする中、一人だけ何も出ない期間が続いたところに大好きなスキルの下方修正が重なったせいでこうなってしまったのだそうだ。ネトゲの闇を感じざるを得ない。

 レア運が低いとこうなるのかと問えば、人によるがお前は絶対にこうなるなと諭されてしまった。

 その時に彼の発した『(´・ω・`)そんなー』という寂しそうな文字が心の奥に残って離れない。

 職業(クラス)魔術師(ウィザード)で広範囲へダメージをまき散らすアタッカーの花形だ。



「それじゃ、早速だけど移動するぞ」

 一通りの簡素な紹介を終わらせるなりハルトは席を立つ。

 他のメンバーも名残惜しさを伺わせつつ立ち上がり、部屋に備え付けられた倉庫から必要なアイテムを引き出し始めた。

 どんな効果があるかまではよく分からないけれど、入念なチェックを繰り返している辺り、そこいらに散歩に行くといった雰囲気ではない。

「どこに行くの?」

「レベル上げだよ。クレリックとエンチャンターは育成が厳しすぎるからな。追加ロットの販売に合わせてユーザー主催の育成イベントがあるんだ」

 精神的な疲労感がこれでもかと蓄積されたエクストラスキルの選別だったけれど、あの時間で目的のスキルが手に入るのは運がいいと言えるらしい。

 ヘイト管理に気を使わなければならない後衛職にとって、気休めレベルとはいえヘイト値を下げられる【魅了】は他に替えがなく、高レベルになっても使い勝手が良い一番の当たりスキルなのだとか。

 ちなみに豚ことピグさんはこのスキル欲しさに2日も粘ったらしい。ちょっとだけ申し訳なくなる。

 思った以上に早くゲームを遊べる状態になったおかげで、今日の育成イベントの開催時間に間に合うらしい。

 この規模の育成イベントは他になく、次を待つなら一週間後になってしまうというのも手伝って、僕等は足早に会場へと向かうこととなった。

「そうだ、先にこれを渡しとく」

 取引のウィンドウが開かれ、一番下の入力欄に10万Clt(コルト)という数値が設定される。

「開催場所は首都だから歩いて行くには遠すぎる。都市間転移を利用するのに使ったあまりは好きにしていいけど、今後は自分で稼いで貰うから、あんまり無駄遣いするなよ?」

「分かった。ありがとう、後で使い道も相談させてね」

 ありがたく受け取ってからギルドホームを出て街の中心部に向かう。

 冒険者ギルドの看板を掲げた大きな会館に入ると、都市間転移はこちらという案内板に従って進み、中心に大きなクリスタルが置かれた部屋へ到着した。

 どうやらこれが都市間転移を行う為の部屋らしい。

「首都の名前は城塞都市アセリアだ。間違えるなよ?」

 ハルトはそう言うとクリスタルに触れつつメニューを操作する。次の瞬間、音もなくその姿が掻き消えてしまった。

 同じようにクリスタルへ触れると自動でメッセージが開かれる。

『都市間転移サービスです。転送先の街を選択して下さい』

 ずらりと並んだ街の中で一番上に表示されている城塞都市アセリアを選択する。

『1500Cltが消費されます。本当に転移しますか?』

 確認画面でも『はい』を選択すると、軽い浮遊感に包まれ視界が暗転した。

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