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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第二章-境界の彼方、幻想の世界-
39/43

辺境の街と夢幻の救者-継-

前回の予告で20018年秋とか何回転生するんだって思った方。

ご安心ください、いつもの嘘予告です。


実際にはこれを含め残り4話となります。

基本は毎日1話。

どんなに遅くても来週までには全て投稿されます。

作者の体調と仕事量が良好なら毎日更新です。


ただ、この1話は本来、前話と一緒に投稿する予定だったものです。

文字数がどうしても3万を超えてしまい、一部端末でスクロールが難しくなる問題があったので分割しました。

なので継。


結末はともかくとして、納得できるして頂ける仕上がりにはなりましたので、

是非とも最後まで辺境の街と夢幻の救者編をお楽しみください!

 町が目まぐるしくも動き始める時間は現代よりずっと早い。

 朝食を摂らずに出てきたアキツと回復庫の2人はせわしなく働きだした人々をすり抜けつつ商会へ向かっていた。

 先を歩くアキツに比べて回復庫の足取りは重い。すれ違う人がぶつかりそうになるのにも気付かず、迷惑そうな視線を向けられても気付かないほどに思い悩んでいるからだ。

「……本当にこれでよかったんでしょうか」

 不意に、迷い続けていた疑問が口から漏れ出す。

「なんだよ。回復庫だって納得してただろ。他に方法がないんだ。仕方ないさ」

 沈んだ声にアキツはまるで他人事のように吐き捨てた。

「でも、これじゃあまりにも報われません!」

 我慢の限界を迎えて回復庫が叫ぶ。いつのまにか2人の足は止まっていた。


「報われる必要がどこにある」

 人はここまで温度のない声を出せるのか。言葉に含まれた感情の冷たさに回復庫が後ずさる。

 砂粒一つ分すらも存在しないと心の底から信じきった、いや、信じるなんて曖昧なものではない。必然。絶対的な理解。そうであるという前提。疑念の一つさえも許せない脅迫的な信念。

 そんな物々しい感情に気圧されそうになりながらも、負けたくない想いを胸に声を張り上げる。

「だって、辛いのはみんな一緒なのに。どうして一人に押し付けなきゃいけないんですか!?」

 まるでババ抜きだ。サスケの死によってもたらされた膨大な負の感情を分け合うのではなく、誰か一人に凝縮して押し付ける。

 それが本当に正しいことだとはどうしても思えなかった。もっと他に方法があるのではないかと思わずにはいられない。たとえ、その方法が思い浮かばなくとも。


「誰かがサスケの死の責任を取らなきゃいけない。この状況でそれが出来るのは一人だけだ」

 けれどアキツの反応はどこまでも淡白なまま。パズルのピースをはめるように、何の躊躇いもなく手を進める。

 確かに、それで改善する事態があるのかもしれない。

「でも……」

 回復庫はアキツのそうした、合理的過ぎる行動を心のどこかで納得出来ずにいた。


「それとも、今さらひっくり返すってのか? だとしたらお前は俺の敵ってことになる。邪魔をするつもりなら容赦はしない。それが例え回復庫、お前でもだ」

 膨れ上がる敵意に回復庫の肌がぞわりと粟立つ。ここで頷けば例え人前であろうとも行動に移す覚悟がある。

 アキツが本気なのは宿屋の一幕からして間違いない。賽は投げられた。今さら躊躇う理由なんてどこにもないのだ。

「わかり、ました」

「それでいい。お前は俺に従っただけ。罪悪感を感じるならそう思い込め」

 不承不承、といった様子を隠しきれてはいなかったけれど、頷く回復庫にアキツはあっさりと敵意を引っ込める。

「そんなの、無理です。僕は、みんなに笑顔で居て欲しかった」

 気付いたら異世界に立っていたというシチュエーションには度肝を抜かれたが、みんなと一日中話したり、一緒に寝たり、楽しい記憶だって間違いなくあるのだ。

「それこそ無理だろ。もうサスケはどこにもいないんだからな」

 だけどそんな夢は幻のように、もう終わってしまったのだ。漫画みたいに助けてくれる救者(ヒーロー)なんて現実にはいない。分かりきっていたことだった。






「朝の忙しい時間帯に私を呼びつけるとは。便宜を図るとはいったが、雑談に付き合っている暇はないぞ?」

 物資の輸送が再び中断されている今、団員の働き口の確保と管理。在庫状況の確認や今後の方針の検討などなど、仕事は腐るほどある。

 今もグレアムは視線を書類に貼り付けたまま、やってきた2人を見ようともしていなかった。

「交渉がある」

「ふむ、端的に申せ」

 アキツの言葉を真面目に聞く気があるのか。やはり視線は動かさず、投げやりな返事だけを口にする。

 腹の立つ対応ではあったが、ここでそれをぶつけるようではグレアムに小物だと思わせるだけだろう。態度は商材で改めさせれば良い。

「そちらの要求を半分呑む。欲しがってたあの子は拘束した。売り渡しても構わない」

「……ほぅ」

 思ったとおり、グレアムは手を止めて値踏みするような視線を投げかけた。


「では早速身柄を渡してもらおうか。それで証文の件は不問としよう。後は何処へなりとも消えるが良い」

 一方的な要求に、今度はアキツが不敵な笑みを浮かべ鼻で笑い返す。

「聞こえなかったのか? 耳が悪いならもう一度言ってやる。俺は『半分』と言ったんだ。売り渡しはしても、値段は交渉させてもらう」

 両者の視線が真っ向からぶつかった。先に自分が切り出すか、それとも相手の言を引き出した上で叩くべきか。

 言葉はなくとも交渉はすでに始まっている。にやりとグレアムの唇が釣りあがった。面白い、と声に出さずとも思っていることがアキツにも伝わってきて、しかしそれをおくびにも出さず迎え撃つ。


 アキツには商人との交渉経験なんてない。隣の回復庫だって、あってもNPCとの事務的なやりとりが精々だ。

 それでも強気でいられるのは持ち込んだ商品の価値が絶対的なものであると確信しているから。

「請求書の金額はお前達も見ただろう。奴隷一人にあれだけの値段をつけるなど本来ならありえん。紛失した証文の価値と経緯から手心を加えてやっただけでも感謝して欲しいくらいだ。交渉の余地はない」

 しかしグレアムは話にならないとばかりに肩を竦めてからきっぱりと断言した。

 これ以上手を煩わせるなと言いたげに書類へ手を伸ばそうとする姿にアキツは嘲笑を浴びせかける。


「あんた、意外と我慢するってことを知らないだろ。欲しい物が転がってたら躊躇わずに手を伸ばす。商人としては間違ってないんだろうけどさ、必死すぎて笑えるんだよね」

 それは明らかな挑発だった。胡乱な目が再びアキツを捉える。

「何が言いたい」

 やはりというか、安い挑発には乗ってこない。

「カナタに執着しすぎだ間抜け。世間一般の奴隷の価値が幾らか知らないけどな、アレを奴隷にできる価値が請求書の金額で釣り合わないことくらい、あんたのその執着心を見れば丸分かりなんだよ」

 けれど、カナタの価値が請求書の金額に収まらないことくらいアキツにもわかる。


「俺はわざわざあんたに取引を持ちかけてやってるんだ。その意味を理解しろ」

 要は請求書の金額を返済できればいいのだ。胡散臭いグレアムに商品を掠め取られるくらいなら、他の商人を探すなり、自分達で大きな都市へ運んでから売りさばく手もある。

「大体、あんたが商品について知っているのは精々が『容姿』と『回復魔法』くらいだろ。それでも請求書をチャラにできるだけの価値を見出してるのに、それ以上の能力を把握している俺達が素直に頷くとでも?」

 こうまでアキツに言わせてしまったのはグレアムの落ち度だ。商売の基本は信頼関係である。それが狸の化かし合いでも腹の探り合いでも構わないが、取引は公平であると認識させられなければ商人失格。

 すでにアキツはグレアムが商品の価値を誤魔化そうとしていた件について看破し、その上で別の手段に訴える方法もあるのだと突きつけている。

 この期に及んで商品の価値を認めない訳にはいかなかった。


「まったく、君達には驚かされてばかりだ。流れ者風情と侮ったのが間違いだったか。よもやその歳でこれ程の教養を身に着けているとはな。で、望みはなんだ?」

 心中で算定した価値をわざわざ口にしたりはしないが、全面的な敗北宣言に近い。

 手練の商人相手に、油断による自滅によるところが大きいとしても、ここまで善戦できたのは結果的に商品の価値を証明したのと同じ。

 もはや何の遠慮もなく要求を突きつける。攻守の立場は完全に逆転していた。


「俺達も生きていく上で金が要る。あんたからの借金も、業腹だが無効とは主張しにくい。この際だ、商品の利益でどっちも解決したい」

「ふむ。自分の醜さで嫌にならないのか? 仲間を奴隷にして売り払い路銀を稼ごうなどと普通なら考えまい」

 普通も何も下種の極みだ。かつてグレアムは同じような手順で払えなくなった借金を回収したことがあるが、仲間達は最後の最後まで手を尽くし、最後には額を土に擦り付けてまで許しを乞うていた。

 よもや自分から率先して売り払う算段をつけにくるなどとは思ってもみなかったのだ。

 開幕の塩対応も、昨日の様子からして期間の延長を求めるものとばかり思っていたところが大きい。


「俺に揺さぶりは効かない。条件が不利になるだけだと思ったほうがいい」

 侮蔑を隠そうともしない物言いを、しかしアキツはさらりと受け流す。

「どうやらそのようだ。どこまでも規格外な奴よ」

 仲間を奴隷に落とすことすら躊躇わない神経の図太さは商人からすると眩しくもあるのだ。倫理観に縛られない方が商売というものは総じて儲かるのである。


「つまりこういうことか。君達は商品を出来るだけ高く売りたいが伝手がないので我々の手を借りたい、と」

「最初からその殊勝な心掛けをすべきだったな。利益分配は諸経費を抜いた純利を8:2だ。」

 アキツは鷹揚に頷いてからさらりと取り分を突きつける。それも、圧倒的なまでに自分が有利な条件で。

「馬鹿を言うな! 我々の販路を使う以上、低く見積もっても半々が相場だろう!?」

 こればかりはグレアムの言い分の方が正しい。普通ならこんな条件を突きつけた時点でつまみ出されても仕方ないのだ。が、今のアキツはあらゆる意味で普通ではなくなっている。

「知らなかったのか? 俺はお前が大嫌いなんだよ。残念、分不相応な態度にムカついたから9:1に変更だな。嫌だというなら他をあたる。アレの価値を理解できないなら話にならない。1割でも十分にぶっとんだ利益が出るだろうさ」

 規模の小さなアズール商団にとって、商品の価値を考えれば例え1割だとしても十分すぎる黒字になる。

 場合によってはそれこそ全員がどこかの町で家を買い所帯を持てるくらいに。


「本当に忌々しい男だな……。分かった、それで受けてやろう。ただし交渉はこちらが行う。お前はいささか口が悪すぎる」

「はっ、お互い様だろ。交渉を任せるのは構わないが同席はさせてもらう。裏でこそこそと別の取引を始めそうだからな」

 感情のままに断るのはただの馬鹿だ。商品は利益だけを見ればいい。だからといってへりくだるわけにもいかない。今後の主導権を取れるかどうかで立場も利益も大きく変わるのだ。

 実を言えばアキツは最初から反発を予想していたし、今後の取引で舐められないためにも、例え何もなかろうが難癖をつけて9:1に持ち込むつもりだった。

 だが、グレアムからすると失言一つで利益を半分にそぎ落とされた形に近い。内心では少なくない焦りを抱いていた。なにせ、もう半分にされても受ける価値がある取引だ。しかしながら利益が減って嬉しいはずもない。

 必然的に言葉一つ選ぶのですら背に嫌な汗が流れる。


「言いよるわ。まぁよい、ひとまず商品の身柄を引き渡してもらおうか」

 グレアムが主導権を取り戻すには商品を手元に置くしかない。

「断る。あんた、この期に及んで自分が信用されるとでも思ってるのか? 商品は来るべき時まで俺達が管理する」

 無論、アキツもそう簡単に渡す筈がなかった。なんだかんだと理由をつけて持ち逃げでもされたらたまったものではない。


「流石にそれは承服しかねるぞ。逃がす為の方便でないと誰が証明する? 状態の把握もできんではないか!」

「それこそ何を今さらだろ。怖い顔した団員が宿屋を一晩中見張ってたことに気付いてないとでも?」

 後に引けないグレアムに対し、立場的に有利なアキツが余裕を崩すことはなかった。

 とはいえ、あらゆる要求を跳ね除け続けては仮初といえど商売仲間になる上で余計な軋轢を生みかねない。


「ならこうしよう。もしも逃げた商品を捕まえたらあんたの好きにしていい。商品の確認も人を寄越すくらいなら認めてやる。そうだな……最初に俺達をここへ案内した小間使いの子どもが居たろ。あいつなら商品に手を出す心配もない」

 多少のリップサービスを口にしつつ、派遣される人員は万が一にも商品を奪われないよう、抜け目なく力のない子どもを指定する。

「キエルか。……いいだろう、毎日こちらの指示したタイミングで確認させる」

 中々の妙手にグレアムはひとしきり頭を巡らせてから妥当であろうと頷いた。商品との顔合わせも済んでいるし、働きぶりも信頼に足る。

「宿も隠れたりしないで好きに見張ればいい。なんなら隣の部屋を借りたっていいぜ。もっとも、商品を部屋から出すつもりはないから無駄に終わるだろうけどな」

「ふむ、考えておこう」

 仲間を奴隷として売りさばくための悪魔の算段は恐るべき速度で決着をつけつつあった。




 早朝から商会で大人たちに交じって仕事を教わっていたキエルは、グレアムが呼んでいるから執務室まで来いと伝えられても、また何か急ぎの雑用が出来たのだろうくらいにしか思わなかった。

 本人は知る由もないが、仕事の速さと正確さに加え、ルーチン化した大人には気付けない改善点をさらりと思い浮かぶ気配りや柔軟性は誰もが評価するところである。

 簡単なことならキエルに任せておけば間違いはないと、差し込みで仕事を頼まれることはままあった。

 折角帳簿の付け方を教わっていたのにと思いつつも仕事は仕事。扉の前で身だしなみを軽く整えてから声をかける。


「グレアム様、お呼びでしょうか?」

 鷹揚な返事を待ってから足を踏み入れると狭い室内にはグレアム以外にも人影が2つあった。

 客人の応対は珍しくもない。教えられた通りに目礼をしようと視線を向ける。

 その瞬間、仕事中に感情を出すものではないと師匠から教わっていたにもかかわらず、キエルは信じられないといった感情を抑えきれなかった。

 目を見開くようにして客人の顔を、アキツと回復庫の2人を食い入るように見つめる。


「どのようなご用件でしょうか」

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに気を取り直し、何でもない風に装ってグレアムの傍に寄った。

「この者達と一緒に宿へ行き、商品となる少女を確認して来るのだ」

「商品……?」

 別に言葉を聞き取れなかったわけではない。小間使いとして命令の齟齬があってはならないとの意識から、頭の中で必ず復唱するよう心掛けている。

 今も一字一句違うことなく再生できてはいるのだが、何度繰り返しても意味が分からなかったのだ。


 商品の確認というのはよくある命令だ。

 畑で取れた野菜や乾燥させた薪はある程度の単位に纏めてから卸される。

 規定通りの数量でなければ商会の損害に繋がってしまうので、事前にキエルのような商会の人間が確認を行うのだ。

 何も初めてというわけではない。寧ろ手馴れているのだが、商品を指し示す単語が抜け落ちている気がした。

 商品毎に規定は異なる。それが分からなければ確かめようがない。


「一体何の商品を確認すればいいのですか?」

 きょとんと聞き返すキエルの姿に、グレアムは可笑しそうに唇を釣り上げる。

 人間が商品として扱われる世界があることを、まだ幼く、純粋な少年は知らないのだろう。ならば大人として、社会勉強の一つも施してやらねばなるまいと。

「少女だと言っただろう。この2人は一緒に旅をした仲間を路銀代わりに売りたいらしいのだ。仲間を売り捌くなど狂気の沙汰ではあるが……我々は商人。それがなんであれ、商品である限り取り扱わねばなるまい」

 グレアムの予想通り、人を売り買いすることもあるのだと知らされたキエルが驚きに目を見開く。

「ど、どうしてですか!?」

「それはお前が気にすることではない。任せた仕事をきっちりとこなせ、いいな?」

 純粋な反応をひとしきり楽しんだあと、続く質問には口を噤む。釈然としない命令に対してどう反応するのかを見極めたかったのだ。


 この取引でアズール商団は一気に大きくなれる。予想される人手不足に対応すべく、前々から有能な人材の引き抜きを検討していた。

 キエルの年齢はまだ幼いが、その能力は評価に値する。

 ここで反駁するようなら扱い辛いが、それを飲み込んで従順に振る舞うのであれば商会を離れる際に是非とも手に入れたい。有能な人材は何よりも得難いのだ。将来性も期待できる。

「……。分かりました。それがご命令とあれば」

 結果はグレアムの予想通りで思わず喜色の笑みが浮かぶ。この歳にして物の分別を心得ているのは珍しい。鍛えれば自分の右腕になってくれるかもしれない。

 その為には目の前の取引を成功させなければ。

「それでいい。この仕事を見事に果たせるようなら褒美も用意している。今までのような子ども騙しではない、一人前の大人用だ。精々励むが良い」

 グレアムのぶら下げた飴にキエルが大きく頷くと満足した様子で退出を促すのだった。




 無言のまま商会を後にすると、キエルは宿から外れた裏路地を指さして見せた。

「兄ちゃん、ちょっとこっち来て」

 今にも噛みつかんばかりの顔つきからは、先ほどグレアムに見せた物わかりの良い少年といった雰囲気はまるで窺えない。

 アキツは面倒臭そうに眉を潜めたが、返事を待たずにずんずんと進んでいく少年を置いていくわけにもいかなかった。

 やがて人通りの全くない裏寂れた吹き溜まりへ辿り着くやいなや、キリエは体格の差も憚ることなく憤然とアキツに掴みかかる。


「どういうことだよ!! 商品ってなんだよ! ちゃんと姉ちゃんを助けてくれって頼んだだろ!?」

 グレアムはキエルを人身売買も知らない純粋な少年と考えて手ほどきをしたが、実際は少しばかり異なる。

 確かにキエルは人身売買という非道な商売を知らなかった。

 グレアムから、恩人でもあり特別な想いを抱いているカナタを売り飛ばそうとする、不遜極まりない話を聞くまでは。

 でもそれは今の今じゃない。

 事の始まりは前日。救済者(セイヴァー)と呼ばれる彼らが沈んだ顔で町へ戻ってきたときに遡る。






 大好きな爺ちゃんの病気を、特別になりつつある姉ちゃんに治してもらったことで、勝手に仕事を取ってまで働くのは止めたキエルだったが、元来のワーカーホリック気質が鳴りを潜めたわけではなかった。

 大人達が仕事を終えて一杯ひっかけに出かけてしまうと仕事を教えてくれる人は居なくなる。

 それなら自分も帰ろうと考えるような性格を彼はしていない。

 その日も商会に一人残り、今まで教えてもらった仕事を復習するつもりで暗い廊下を歩いていた。

 明かりを付けなかったのは人より夜目が効くのと、蝋燭代が勿体なかったからで、他意はなかった。

 途中で物音を聞き付けたのも偶然。まだだれか残っているのだと思い挨拶をせねばと近づいたのも偶然。

 声をかける前にグレアムが話し始めたのもまた、偶然でしかなかった。


「白狼に甚大な被害があったそうだな」

「詳しくは不明ですが、そうみたいっスね。救済者(セイヴァー)の方々はとんでもないッスよ。あの白狼をたった数発で追い詰めたそうですから」

 声を潜めていても、それがグレアム商団長兼クーイル商会輸送部局長のものであるとすぐに察した。

 話している内容までは理解できなかったが、大事な話の途中であるのは想像に難くない。

 小間使いの意義は気配を感じさせないこと。必要な時にそこにいて、必要がなければ家具のように溶け込む。

 もしかしたら頼まれごとの一つ二つ出てくるかもしれない。キエルは会談が終わるまでいつものように気配を殺し待機の構えを取った。


「しかし、犠牲も出たのだろう?」

「話しぶりからして奇妙な語尾の青年スかね。裏付けは別に進めてますがあの落ち込み方からして確実ッスよ。仲間を失ったのは初めてなのでは。あの様子じゃもう森へは入れないんじゃないスかね……」

 話を聞くつもりがあったわけではないのだけれど、傍にいればどうしたって会話は耳に入ってくる。

 普段は右から左へ聞き逃すのだが、商会の大人たちがひっきりなしに噂していたタイムリーな話題とあっては無視できない。

 誰かが死ぬのはとても悲しいことだ。キエルの父親が狼に襲われ帰ってこなかった時も、胸の中に穴が開くような思いだった。


(姉ちゃん、大丈夫かな……)

 酒場で初めて出会った時に見た笑顔は今でもはっきりと思い出せる。

 見ていると心が熱くなって、目を離したいのに離したくない、そんな矛盾する感情が渦巻いて、訳も分からず心臓が跳ね上がった。

 あの笑顔がなくなってしまうのは寂しい。あとで様子を見に行こうと心に決める。


「ふむ。予定とは違うが仕方あるまい。今後はプランBで進めることにしよう」

 キエルがそんなことを思っている間にも会話は進められていた。グレアムは残念そうな声色で、しかしはっきりと告げる。

 百戦錬磨と言われる商人でも失敗することがあるらしい。それにしてもいつまで続くのだろうかなんて場違いな考えすら浮かんだ直後。

「ラジャーッス。……しかし、彼らが簡単に仲間を売りますかね? いつも使ってる契約書の改竄もなんかちみっこいのが詳しそうだったから使えなかったッスよ」

「安心しろ。最初からちゃんと種は撒いておいた。偽造などせずとも話はつけられる。それに売るか、ではない。売らせるのだ。今までだってそうしてきただろう」

 心臓が跳ね上がり、驚きの声を漏らす寸前で口を塞ぐ。

 師匠である商人は事あるごとに仲間だけは売ってはならないと話していた。それは商人にとって最大の禁忌なのだと。

 グレアムと言えばキエルにとって雲上人だ。自分の商団を作り、危機的状況のクーイルに救いの手を伸べてくれた、いわば大恩人。ある種の憧れすら抱いている。

 そんな彼が最大の禁忌を破ろうとしている?

 もしかして自分はとんでもない場面に出くわしてしまったのではないかという思いが急速に芽生え始めていた。


「今回はレベルが違うっスよ。ここまで強いのは想定外っス。抵抗されても勝ち目はないし、逃げられたら終わりなんじゃないスか?」

「案ずるな。彼らは城塞都市(アセリア)に執着しているようだ。手配書を出すと脅せば嫌とは言えまい。こちらが何人いるのかも分からんのだ。強引な手段には早々出れまい。余裕をもって接すればよい」

 不安そうな男の声に比べてグレアムは余裕を崩さない。キエルはその内容を一言たりとも逃してたまるかと耳を澄ませる。


「ま、手配書自体は本物っスから、仮に逃げても王都の衛兵隊が敵に回ると。そいつは彼らでもご遠慮したいスよねぇ」

「そういうことだ。我々は販路の開拓にだけ力を注げばよい。カナタ、といったか。あの容姿と能力があれば領地を授かることすら不可能ではない。我々にもようやく風が舞い込んできたのだ。この機を逃してなるものか」

「これであっしらも晴れてお貴族様ってわけっスね!」

 唐突に出てきた恩人の名前に嫌な予感が膨れ上がった。『爺ちゃんの病気を一瞬で治した』カナタの凄さはキエルの中で英雄的に祀り上げられている。


 前に母さんが教会へ爺ちゃんの治療を依頼した時は、信じられない金額の請求書と、金を持って出向いてこいという趣旨の返事が来ただけだった。

 商人を欲の象徴だのなんだのと貶すくせに、教会は何様のつもりだと憤ったこともある。

 そんな教会に属する神官とやらはさぞ金にがめつい悪辣な人達なのだろうと頑なに信じていた。

 だからカナタがその神官だと知った時は驚き、自分の無知と過去の言動を神様に悔いたものだ。

 直後に誰よりも優しいカナタが教会から追放された身なのだと聞かされたときは、この世界に神様なんていないのだと思った。

 そんなカナタに、グレアムは一体何をしようと企んでいるのか。


「これまでと同じだ。揃ってお縄につくくらいなら少女一人を奴隷として我々に売り渡す方が賢明だと教えてやればいい。所詮、利害関係の成立しない仲間などそんなものだ。それより、証文の処分は完了しているのだろうな?」

「勿論っス。適当に商会の奴等をたきつけたら簡単に燃やしてくれましたよ。指示通り商団員には一切関わらせてないっス」

「よろしい。ならば今夜決行と行こうではないか」

 笑いあう2人の声が急速に遠ざかる。奴隷という言葉の意味は最近知った。アズール商団が村々に借金を積み重ねている理由として大人達が話していたのを聞いたのだ。


 奴隷になると何をされても文句を言えなくなる。朝から晩まで働いてもお給料はなく、死ぬまで無理やり働かされて、死んだら供養もせずに捨てられる。

 初めて聞いたときはそんなことあるもんかと震えた。でも大人達の顔は嘘を言っているように見えなくて、世界にはそんな理不尽が罷り通るのだと思い知らされた。

 グレアムはカナタをそんな奴隷にしようとしている。

 気付いたときには気配を殺したまま速やかにその場を去り、訳も分からず駆け出していた。

 このことを早く誰かに伝えなくては、ただそれだけを胸に抱えて。


 でも、誰に?

 グレアムは商会の人間だ。最悪の場合、他の大人達も関わっている可能性がある。

 味方が欲しかった。でも誰が味方か分からない。下手に話せばもみ消されてしまうかもしれない。

 ぐちゃぐちゃの頭でがむしゃらに走って、道行く人にぶつかったのは必然だろう。

 キエルは反動でごろごろと転がるほど勢いだったのに、ぶつかった相手はまるでなんでもないことのように立ち尽くしていた。

「ご、ごめん!」

 大事なさそうなことにほっとしつつ、謝罪もそこそこに立ち上がる。

 今は止まっている暇なんてない。顔を上げて立ち去ろうとして、思わずあっと叫んでしまった。


「兄ちゃん、カナタ姉ちゃんの仲間だよな!?」

 酷い物でも食べてお腹でも下しているのだろうか。青白い表情にはまるで生気を感じられないが、確かに見覚えはある。

「……?」

 青年がカナタという名前にぴくりと反応を示した。やっぱり! と歓喜に沸いたキエルへ視線が向けられる。

 焦点の合わない、虚ろで濁りきった瞳だった。本当にキエルを見ているのか確信が持てない。まるでここじゃない、どこか遠くを見ているような。

 本心を言えば怖かった。小間使いとして人と接する機会の多いキエルですらこんな目をする人を見たことがない。

 だけど他に頼れそうな人がいないのも事実。意を決して袖を握り、全身全霊をかけて揺さぶりながら懇願する。


「頼む、姉ちゃんを助けてくれ! グレアムが、あいつが、姉ちゃんを奴隷にするって計画してるんだ!」

 キエルの祈りが通じたのか、はたまた青年の心が何かを取り戻したのか、或いは、何かに染まったのか。

「どういうことか、説明してくれ」

 先程の様子が嘘のようにしっかりとした視線で、今度こそキエルの姿を捉えたのだった。






「あの時、事情を話した俺に兄ちゃんは言ったよな。俺に任せてくれ、もう大丈夫だって!」

 回想の中でアキツは確かにそう約束してくれて、キエルは心の底から安堵したのだ。それでどれだけ救われたことか。

「……ああ」

 アキツもそれを否定しない。感情のない瞳で短く肯定する。それが気に入らなくて、キエルは再び声を張り上げた。

「それにこうも言ったよな! 誰かに聞かれるわけにはいかないから、絶対に他の誰にも言うなって!」

「……ああ」

 アキツはやはりそれに関しても否定しなかった。事実なのだから否定のしようがない。なのに罪悪感らしきものは欠片も見えない。

 その約束がキエルにとってどれほど重大な物だったか、知る由もないのだろう。


「俺は約束を守ったのに、なんで姉ちゃんを売るって話をグレアムと兄ちゃんがしてるんだよ!」

 堪えきれずにキエルがアキツげ飛び掛る。だが当然のように何も起こらない。殴りつけても、蹴りつけても、押し倒そうとしても、まだ幼い子どものキエルでは毛ほどの効果もなかった。

「俺達にも色々と事情があるんだ」

「事情!? なんだよそれ! どんな事情があればそんな話になるんだよ!」

「お前がそれを知る必要はないだろ」

 アキツはそんなキエルを見て面倒くさそうに告げる。振り払おうともしないのは何をされても無駄だと分かっているからだ。

「ふ、ふざけんな!」

 自分には何も出来ない。悔しさと怒りで涙を溢れさせながらもキエルは諦めなかった。


 アキツからすれば、目の前の子どもを転がすくらいは訳ない。実際、隣の回復庫はそうなるのではないかと思っておろおろとしている。

 だが、こんなのでも一応はグレアムから派遣されたお目付け役なのだ。せめて1度は宿に連れて帰り、現状を報告してもらわなければならない。

 一体どうすべきか考えてから、これはもう素直に現実を突きつけてやったほうが早いと判断する。


「なら教えてやるよ。お前が先んじて話を持ってきてくれたおかげで俺は事前に計画を立てられたんだ。心の底から礼を言う、本当にありがとな」


 本当に、心の底から、目の前の男が感謝を述べているのは分かる。

 だが、酷薄な笑みを浮かべて可笑しそうに語られる言葉の数々を、キエルは全くといっていいほど理解できなかった。

 もしかしたらそれは人間の持つ防衛本能だったのかもしれない。理解するな。考えるな。聞き流せ。

 しかし彼は訓練によって、言われた言葉を頭の中で復唱する癖を身に着けていた。心が静止を呼びかけても身体は勝手に反応してしまう。

 アキツの言葉が真実であれば、カナタをこの状況に追い込んでしまったのは迂闊にも助けを求めたキリエ自身ということになる。

 知らず知らずの内に顎が震えだす。アキツがグレアムと2人でカナタの売買に関して話していた時点で、それはどうしようもなく真実に違いない。


「オレの、せいだってのかよ……・オレの、オレのせいで姉ちゃんは……」

 キエルの身体が膝から崩れ落ちる。どうしようもなく流れ出た大粒の雫がぽたりぽたりと地面に染み込んだ。

「少なくとも、夜中に来たグレアムからこの話を初めて聞かされてたら、寝耳に水でこんなに上手く立ち回れなかっただろうな」

 事前に心構えが出来るかどうかは大きい。幾らアキツでも時間的猶予がなければ頭の中はいっぱいいっぱいでとても一晩でここまで行動できなかっただろう。


「おかげでグレアムが来る前から準備万端だったよ。『大丈夫、ちゃんと対応策を考えよう』って囁いた時の信頼しきった顔を見せてやりたいくらいだ。おかげで一晩時間をくれって言っても全く疑われなかったからな」

 アキツからすればあの台詞のあるなしが瀬戸際だった。仮に何も言わなければハルトは間違いなく夜通しでの対応会議を提案しただろう。

 仮にアキツが行動しようと思っても裏で意識合わせをする時間が取れなくなる。ハルトとカナタの2人と必然的に別行動を取れる夜の睡眠時間は貴重な機会だったのだ。

 今にして思えば、ハルトがカナタの部屋に入り浸っていたのは神の采配なのかもしれないとすら思う。


「無駄話はこれで終わりだ。お互いに仕事をしようぜ。役目を交代したいってんなら構わないけど、今回だけは是が非でも付き合ってもらう。終わった後でグレアムと勝手に相談する分には好きにしろ」

 1度目の確認すらできず交代を言い出されたのでは何かあったのではと思われても不思議ではない。痛くない腹を探られるのも不快だ。

 こんなくだらないことで互いの足を引っ張り合うような展開は避けたかった。

「それに、最後くらい会っておかなくていいのか? お前、あいつに惚れてただろ」

 俯いていたキエルの顔が上がる。どうしてそれを、と言いたげだが、見てわからないほうがどうかしている。気付いていなかったのは当の本人くらいなものだ。


「立てよ。それから字は読めるか? 面会にはルールを設けてある。宿に着くまでに読んで理解しとけ」

 混乱を極める頭の中で、唯一形として残っていたのは仕事を果たさなければならないという使命感だ。

 幸い、行商人でもある父から字の読み書きは教わっていた。小さく頷いてから差し出された紙を受け取り視線を落とす。

 言われるがまま、半ば機械的に上から順を追って目を通した。紙による指示、というのは珍しい。そもそも紙は高級品なのだ。

 指示というのは大抵が口頭で済まされるもので、復唱の技術を磨いたのもそれだけ必要な機会が多いからである。


 最初はゆっくりと読んでいた少年の瞳がある時を境にめまぐるしいものに変わった。上から下まで、何度も何度も往復を繰り返す。

「なんだよこれ……」

「書いてある通りだ。それとも文字が読めなかったのか?」

 わけが分からないといったキエルに、アキツがあくまで面倒くさそうに応える。

 暫くそうしてから、キエルは怒り心頭といった様子で紙をくしゃくしゃに丸めつき返した。

「なんだよこのるーるは! ふざけてるのか!」

「理解できたようで何よりだ。ついでにふざけてもいない。さっさといくぞ、余計な道草を食った」

 それきりアキツはキエルを省みることもなくずんずんと歩を進め、大通りに出てから宿屋へと向かう。

 その後ろをキエルは納得がいかない様子で、しかし遅れないようにぴたりとついていた。

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