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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
3/43

僕がネカマになった訳-3-

 身体を包んでいた浮遊感が薄れてから目を開くと、すぐ傍で大きな噴水がきらきらと水しぶきを散らしていた。

 見渡す限り続く白亜の街並みはどことなく古代ギリシャを髣髴とさせる。

 柱一本、街灯一つ一つにまで細かな彫刻が施されており、至る所に設置された花壇では色とりどりの華やかなパンジーが時折吹き抜ける風に花弁を揺らしてた。

 まさに神秘の園……と言いたい所なのだが、何故か噴水を遠巻きにする形で数え切れないくらいのプレイヤーが蠢いており、ちょっときもい。

 何かイベントでもあるのだろうかと首を傾げた刹那、彼らの一部がこちらを指差し声を張り上げた。

「く、クレたんインしたお!!!」

「しかもロリキャラメイクktkr!」

「うぇっうぇwww一番最初にwww話しかけるのは俺だしwww下がれしwww」

 かと思いきや、まるで砂糖に群がる蟻のように距離をつめてくる。信じ難いことに砂糖役はどうも僕らしい。……冗談じゃない。

 しかし逃げようにも既に360度、全方位を囲まれていてはどうしようもなかった。

「ひぃ!?」

 あっという間に身動き一つ取れないほど群がられ、華奢な肩を抱くと同時に自分のものとは到底思えないか細い悲鳴が漏れる。

 アバターのイメージを損なわず、引き立てるような声色に調整してのけたのはハルだったけど、今ばかりはそれを恨んだ。

「初々しい動作……これはモノホンの初心者の香り! 是非とも我がギルドにぃぃぃ!」

「癒しのヒールをかけてくださぁぁぁぁぁい!」

 緩んだ口元でハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら鼻息を滾らせる姿を見てギルドに入りたいと思う奴が居たら見てみたい。


「なに、なんなの!?」

 押し潰されそうなくらい近い距離に生理的な嫌悪感が湧きあがる。というか顔が近い。あと目が血走ってて怖い。

 それどころか、どさくさに紛れて人の身体を撫でまわす奴まで居た。服の上からとはいえまるっきり満員電車の痴漢そのものだ。

 もしも中身が(おとこ)じゃなかったら今頃泣き崩れていてもおかしくない。

 とりあえず一度ログアウトすべく、手を振ってシステムメニューを展開する。けどその動作を見咎められたのだろう。

 ログアウトボタンに触れるより早く腕を掴まれてしまった。

 それを悪びれる様子もなくニヤニヤと笑顔を浮かべている相手に怒りが湧き上がる。

 この人達はゲームなら何をしても良いとでも思っているのだろうか。

 いや、よくよく見ると暴走しているのは極一部だけのようだ。押し寄せてくるプレイヤーを引き剥がしてくれている人も少なからずいる。


 これだけの事をされて笑顔で済ますつもりは毛頭ない。例えこの世界に警察機構がないとしても、オトシマエくらいは付けて貰わなければ。

 さぁどうしたものかと考え込んでいると、目の前の変態達がずずいと押しやられ、見慣れた赤髪の青年が顔をのぞかせた。

「すまん、思ったよりも早かったんだな。悪い、こうなるだろうと思って先に待ってる予定だったんだが遅れちまった」

 そのまま強引にスペースを設けると、ブーイングを飛ばす彼らに向かって高々に宣言する。

「こいつは俺の知り合いで予約済みだ、とっとと散ってくれ。つか進行妨害とかハラスメントだろ、通報すんぞ!」

「ぐぬぬ……忌々しいリア厨めがぁぁぁぁ」

「ななななんで通報するの!? ちょっと話しかけただけじゃん!」

 彼らは悔しそうに青年を睨んでいたが、しっしと手を振り払われるとそれ以上何も言わず散っていく。思った以上の素直さだ。

 なんでも、女性に対するハラスメント行為は対処が早い上に処罰も重いらしい。

 多少の後ろめたさはあったのだろう。運営に目を付けられては堪らないといった様子で、気付けば先ほどの出来事はまるで夢か幻だったかのように静まり返り、彼らは再び距離をとって僕等を遠巻きにし始めた。

「なんだったの、今の」

「支援不足の弊害、かねぇ……」

 ハルトの呟きは酷く切実なものだった。


 エキストラスキル取得後、希望する職業を選択するとその職業に転職できる街へ転送され、初期位置として記録される。

 つまり、ここに転送されるのは必然的にクレリック志望の初心者という事になるのだ。

 彼らはギルドや固定パーティーの支援不足を解決すべく、まだギルドに入っていない始めたばかりの初心者を待ち伏せては勧誘しているらしい。

 中にはライバルを出し抜く為に強引な手管を使う人もいるらしく、運営も重点的に目を光らせているエリアだった。

 いつ来るかも分からない初心者を待ち続けるなんてご苦労なことで。

 先程の出来事を話すと、人の身体を散々撫でまわしてくれた誰かさんは数日中にも調査の手が伸び、そう遠くない未来に監獄へ飛ばされるだろうとの事だ。

 程度によるが、初犯なら厳重注意。初犯でも悪質だったり、2度目だったりした場合は即座にアカウント剥奪が適用されると聞いて少しだけ気分が晴れる。

 オンラインゲームは沢山の『人』が参加しているのだから、最低限のルールとマナーくらいは守らねばならない。


 まぁ、規約違反であるネカマをしている僕が言えることではないのかもしれないけど。いや、そう考えると天罰なのかも?

 どちらにせよ、僕の次にあそこに転移する女の子がこんな目に逢わない事を祈るばかりだ。

 今の一件でマナーの悪い誰かをこの世界から追放できたなら、他の女の子が被害に会う可能性を未然に潰せたって思う事にしよう。

「ネトゲ全般に言えるけど、女性人口が少ないから余計にな。それにカナタのアバターの完成度が群を抜いてるっていうのもある。身内びいきかもしれんが、今度のコンテストに出れば入賞くらいできるんじゃないか?」

「ううん、ぼ……私もそう思う……思います」

 思わず『僕』と言いそうになり、慌てて言い直す。

 念の為にゲーム内では一人称に『私』を使い、人がいるところでは丁寧語で話すと決めていた。

「ま、僕っ娘でも大丈夫だとは思うけど、この外観なら私の方が似合うだろうしな。一応コンテストで上位目指すのが条件だし、仕方ないか。とりあえず転職しちまおうぜ。外でウサギを狩ればさくっと終わるからさ」

 開始早々不愉快なトラブルに見舞われたが、醍醐味でもある狩りに連れて行ってくれるとあれば嫌な気分はあっさり吹き飛んだ。我ながらに現金な奴である。


 特殊なイベントを除けば街中にモンスターが出現(ポップ)する事はない。

 ひとまずは街から出るべく外に向かって歩いていたのだけれど……。

「ねぇ」

 ずっと気にしないよう努めていた違和感が遂に限界に達してしまい、堪らず隣を歩くハルトへ声を掛けた。

「この辺りで服とか売ってない?」

「服?」

 なんでまたそんな物をと言いたげなハルトに向けて膝に垂れる布を無言のまま摘み上げる。

「急にどうした。まさか可愛い恰好でポーズの練習をしたいとでも」

「うん、今すぐ死んで? スカートに慣れないからどうにかしたいだけだっての。あんまりふざけたこと抜かすとハルトの宿題だけ醤油で白紙に戻すよ?」

「あぁ、そういうことか……。悪い、あまりにも自然すぎて全然気づかなかった。あと、あれはわざとじゃないんだって。いい加減許してくれ」

 ちなみに醤油宿題白紙事件は中学三年の冬に遥翔の家で宿題をしている最中、小腹が空いたと言って餅を食べだした彼が転んだ拍子に終わったばかりのプリントへ醤油をぶちまけ台無しにした事件である。

 結局白紙だった遥翔のプリントをコピーしやり直させられた。あれ以来、宿題中に小腹が空いても一切の食事を禁じている。

「言い訳させてもらうとだな、ハルがそのアバターを作ってるところも見てきただけに本気で違和感がないんだよ。参考資料のイラストだと色々な服を着てたからな」


 可愛い服を着て云々と言われた時は正直なところ『こいつ頭大丈夫か』なんて思ったけれど、ハルトからすれば今の僕の姿は現実とかけ離れた可憐な少女にしか見えないのだから、膝丈のスカートを揺らしていても違和感がないのは無理のないことなのかもしれない。

 が、実際に初期装備として着せられている身からすると真逆、違和感しかないのだ。

 現実世界のスカートがどうなのかは良く知らないし知りたいとも思わないが、この世界のスカートは実に頼りなく、それでいてやけに風通しが良く、歩いているだけで裾が膝を擦り、先程からこそばゆくてどうにも落ち着かなかった。

 もしもこの感覚が現実と同じなのだとしたら、スカート姿の女性達には尊敬の念を禁じ得ない。

 いやまぁ慣れているだけなんだろうけどさ。

 生まれてこの方一度もスカートなんて着た事のない至ってノーマルな身としては、初期装備の簡素な膝丈スカートでさえ難易度が高すぎる。


「できれば普通のズボンが良いんだけど」

 切実な僕の願いに、しかしハルトは考え込んだまま答えない。

「いや、そのまま行こう。それから、歩き方も少し乱暴だな。ハルはもう少し内股気味で歩いてる」

 一体何を考えているのか疑問に思っていると、切実な願いは実にあっさりと無下にされたどころか、ダメだしまだされてしまった。

 言葉にせず睨んだだけで僕の心中を察したのだろう。

「先に言っておくが、女性用の装備はドレスだったりワンピースだったりミニだったりでズボン系は殆どないんだよ。諦めて今から慣らしておく方が良い」

「えぇー……、なにその全然嬉しくない慣らし。変な趣味にでも目覚めろってこと?」

 文句の一つも言ってやりたいが、ハルトの方が正論なので愚痴くらいしか零せない。

「つか、俺は納得済みだとばかり思ってたけどな。寧ろ考えてなかった方が驚きだ」

「仕方ないでしょ、ネトゲなんて初めてだし、そっちの知識なんてなかったんだよ」

 苦笑するハルトに僕はむぅっと口を尖らせた。

 運営は常にログを撮っているので致命的な単語だけは徹底的にぼかす。

 気付いてたならもっと前に言ってくれれば良かったのにと思わなくもないが、女性を演じるのだから女物を着用する可能性くらい気付くべきだったと言われればその通りだ。

 風呂やトイレといった生理活動がないだけマシだと思うしかないか。


 しかしこうして並んで歩くと、身長の差が歴然過ぎて少し泣けてくる。

 いつか現実では抜いてやると妄想を働かせたせいか、単純に身長を見比べてよそ見をしていたせいか、うっかり石畳の凹凸に足を躓かせてしまった。

「うひゃぁっ」

「おいおい、大丈夫か?」

 手を差し伸べてくれたおかげで地面との熱烈な抱擁は避けられたが、間の抜けた失敗の気恥ずかしさから唸り声を上げる。

「ぐぬぬ……。やっぱり結構違和感あるや」

 現実の自分と全く違う体型のキャラを作る人もいれば、現実の体型を引き継ぐ人もいる。

 ハルトは後者だ。極端に身長を変えてしまうと視界や身体のバランスが取りづらくなる。

 最初は視界の変化を嫌って身長だけをリアルと同じにするつもりだったらしいのだが、細かなアバター設定をものぐさがり、結局は身体スキャンデータを元に髪色や顔を気持ち弄った程度で済ませたらしい。

 手抜きに思えるかもしれないが、これが一番違和感を感じないアバターの作り方なので割と定評があり、ゲーム内でもちょくちょく日本人顔のアバターを見かける。

 おかげで一緒に歩いていてもゲームの中だと言う感じがしなかった。


「まずは身体を慣らすところからだな。メニューの設定タブから体感補正機能ってのを開いてみ」

 言われるがままに空中をタップ。端っこにあるタブから目的の項目を探して起動する。

「じゃあ俺は準備するから、カナタもそこで準備体操しててくれ」

 ハルトが装備を身に付ける傍ら、ポップアップメニューの「はい」に指を添えた。

 歩いてください、しゃがんでください、手を伸ばしてください、頭を触ってください、膝を折らずに地面を触ってください、跳ねてください、etc……。

 この細かかな指示のせいかゲーム内では準備体操と呼ばれているそうだ。

 どうやら運動時のデータを元にこの身体とのすり合わせを行っているらしい。

 詳細は不明だが、現実世界で動くのと同じ感覚で、この身体を適切に動かせるようになるのだとか。

 数えるのも億劫な項目を消化する頃にはたっぷり10分も時間が過ぎていた。

 だが、その甲斐あって違和感は随分と低減されている。これなら躓かなくて済みそうだ。


「よっし、終わったな。じゃあ早速これを装備してくれ」

 言われるがままに刃渡り70センチ程の片手剣を受け取ると、ハルトは足元の石ころを拾いその辺を跳ねていたウサギに向けてぞんざいに投げつけた。

「ひどい!?」

 僕の抗議の声に賛同するかのごとく、小型のウサギがハルトに向かって跳ねる。しかしながら、鈍く輝く鋼鉄の鎧を前にしては何の脅威にもならない。

 一生懸命に歯を立てようとしても刺さらず、体当たりしても跳ね返り転がる姿はなんともいえない哀愁を誘った。

「なにぼーっとしてんだ、さったと倒す」

「え、これを……? なんか罪悪感が凄いんだけど」

 とはいえ、レベルアップの為には致し方ないし、そもそもこれは電子データの塊だ。慈悲をかける必要なんてないわけで。

 レベルアップと罪悪感を天秤にかけ、一瞬の内にレベルアップへ傾くと「えいやっ」っとばかりに剣を振り下ろした。

 まるで吸い込まれるようにウサギの身体へ食い込み、見事に分断せしめた瞬間、身体全体にノイズが走り、軽快な音を立てたかと思えば何一つ残さず消えてしまう。

 同時にレベルアップを告げるファンファーレが頭上から鳴り響いた。


「これはウサギが弱いの? 武器が強いの? 私が強いの?」

「最後の一つ以外だな。一次職への転職まではチュートリアルの一環なんだよ。だから敵も弱いし、必要経験値も少ない。カナタが持ってる片手剣は初心者が装備できる武器としては最高峰だし、強化もしてあるからこの辺のMobならほぼ一撃だよ」

 そんな事だろうとは思っていましたよ。俺TUEEEEとか憧れるけど、僕にはまだまだ先の事らしい。

 この武器も、始めたばかりの初心者が装備できるだけあって、全体から見れば下の下に位置するのだろうし。

 あれ、でもそうなるともしかして……。

「今日の為に作ってくれたの?」

 強化はそれなりのお金や素材が必要だったはずだ。本来ならこんなに弱い武器に使うのは勿体ない筈。

「ん? あぁ、ギルドの皆でな。お代はレベルが上がった後、みっちりと身体で払って貰う予定だから気にするな」

「そっか……。ありがと、後でお礼を言っとかないとね。それから、その言い方は背筋が凍るからヤメレ」


 それからは口にするのも恐ろしい殺戮ショーの幕開けとなった。

 ハルトはケタケタと不気味な笑い声を上げながら石を片手に小動物を追いまわし、僕はその後ろから脳天目掛けて剣を振り下ろす。

「この辺りのウサギどもは狩りつくしちまったぜフゥハハハハー!」

「ヒャッハー! とっとと次のウサギを探せー! 一匹も残すんじゃねぇぞー!」

 そんな会話があったかはともかくとして、あちこちを駆けずり回りウサギを見つけては自主規制していく作業にうんざりする頃、ようやく転職が可能なレベルにまで達したのだった。

「どうせならもう少し罪悪感の湧かない姿をした敵はいなかったの?」

「別の街まで行けばいるけど、この辺りはあれしか居ないんだよ。クレリックになる為の試練だと思え」

「試練ねぇ……」

 もしそうなら、このゲームの教会とやらは血と狂宴が大好きな邪神でも崇めているのだろう。

 果たしてそれを聖職者(クレリック)と呼んでいいのか……。


 転職場である教会に向かい、簡単な試験をこなすと無事に転職イベントを終える。

『貴女がクレリックとして命の尊さを学び、人々の助けになる事を祈っています』

 司祭様は実に優しげな笑顔でそう言ってくれたが、僕の笑顔はどこか引き攣っていた。

 結論。教会が大事にしている人は『信者』だけなので、モンスターと異教徒はぬっ殺しても問題ないそうです。

 寧ろ神の育てたもう大地や森の恵みを荒らす害獣共は悪魔の化身なので積極的にぬっ殺すべきだそうです。

 この世のあらゆる資源は神の子である我々『信者』に遣わされたものなので、聖職者たる我々には守る義務が云々。

 なお、信者とは聖職者系列の職業か、寄付をくれる騎士団やら富裕層やら教えを請いに来る平民やらだそうで。

 司祭様が直々に異教徒が増えて腹立たしいと愚痴を垂れておいででした。

 会話の節々からそこはかとない利権の匂いがいたします。リアルすぎて怖いんですけど。

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