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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第二章-境界の彼方、幻想の世界-
23/43

亡者の森と因循の愚者-3-

 人生にはバイオリズムというものがあるらしい。

 要するに山があれば谷もある。運がよければ悪い時もある。良い事も悪い事もずっとは続かず、平均化されますという意味だそうだ。

 僕らは今、まさにそんな状況に立たされているのかもしれない。

「なんで、入り口なのに!」

 朗報は歩き始めてから程なくすると急に森が開け始め、ゲームでダンジョンとフィールドを隔てていた出入り口らしき物が見つかったこと。

「遭遇しなかったのはやっぱ溜まってたからか……」

 悲報はその場所を守るかのように多数のモンスターが控えていたこと。

 ざっと見る限り防御力と攻撃力に秀でている中型のウッドゴーレムが4、複数本の長い蔓による広い攻撃範囲と妨害が得意なドロセラが1。

 擬態したモンスターだって幾らか潜んでいるかもしれない。

 ゲームなら何も考えずに突っ込んでも対処できたけど、現実となったこの世界じゃ闇雲に突っ込むのは危険すぎる。

 下手にドロセラの蔓に捕まれば無防備なところをウッドゴーレムの豪腕で袋叩きにされかねない配置となれば尚更。


 茂みの中から気配を察知されないよう息を殺し、上手い策がないか検討する。

 自然と去ってくれれば良いのにと願った所で期待できそうにはなかった。ウッドゴーレムはまるで樹のように腰を降ろし微動だにせず、ドロセラはそもそも根を張る植物だから動けない。

 出来るだけ戦わない方針だったけれど、出口が固められているのでは突破する他ないではないか。

 ゴーレムは互いの認識範囲に限り情報を共有する『リンク』特性を持っていて、1匹だけを上手い具合に釣り上げてからの個別撃破ができない。

 最低でも同時に4体。それどころか、ここからは確認できない位置に潜んでいる可能性も否定できなかった。

 他に方法がないにしても危険すぎる。百歩譲って僕が前線に立って戦うのなら無理を承知の上でも決断できたかもしれない。だけど、僕は完全な後方支援で矢面に立たされるのはハルトだ。

 親友を死地に追いやるような決定が下せるはずもなかった。

 やはりここは一度引いて他の出口を探すべきか……。


「やるしかないだろ」

 そんな僕の弱気な態度とは裏腹に、ハルトの声は落ち着き据わっていた。

 驚きつつ顔を合わせる。

「このまま時間を置いてあいつらが減る保証があるのか? 4体ならまだ対処できる。楽観的に考えて敵が減る可能性を祈るより、悲観的に考えて敵が増える可能性を避けるべき、だろ?」

「っ!」

 悔しいがハルトの言う通りだった。僕らにはもう食料が残っていない。

 飲料水代わりのポーションなら多少はあるけれど、ここを出てから街へ向かうにも水分は必要だ。どのくらい掛かるかも分からない状況下で無駄に浪費している余裕なんてあるはずもなかった。

 今ここで突破できなければ状況は悪い方向へ転がるかもしれない。いや、きっと転がる。神様はそう何度も微笑んではくれないから。


「俺に配慮してくれたのは分かる。でも日和るな。俺だって生き残りたいんだ、その為なら危険でもここは押し通すべきじゃないのか?」

 既に覚悟の決まっている顔だった。一度こうと決めたハルトは余程筋の通った代案を提示しない限り諦めてくれない。

 そして、これ以上の代案なんてどこを探しても見つかる気がしなかった。

 自分の弱さに悔しさがこみ上げる。

 もし僕が最大主教(アークビショップ)に転職していれば、魔法職と遜色ない威力と範囲を持つ【セイクリットパージ】で一掃出来たのに。

 今の僕には格下の単体相手にも効果がいまいちな【スターライト】か、ウッドゴーレム1体さえ倒せない威力の【ホーリーランス】しか攻撃手段がない。

 とても戦力には数えられなかった。


「大丈夫、やばい時は撤退だってできるだろ? ゴーレムの足はそんな速くないんだからさ」

 思わず歯噛みしていた僕を見てハルトが殊更明るい口調で告げる。

 確かにそうかもしれないけど、さっきも言ったとおりゴーレムは識別範囲内なら情報を共有する『リンク』特性を持つのだ。

 そんな輩を引き連れながら撤退すれば、周辺に潜んでいる多くのゴーレムを掻き集めてしまう。

 必然的に出口付近の敵密度は今より遥かに上がってしまい、場合によってはあるかもわからない他の出口を探さざるを得なくなるかもしれない。

 失敗は許されなかった。多分ハルトもそれは分かっていて、あくまで僕を納得させる為だけに言っている。要するに、撤退するつもりなんて最初からない。

 こう見えても付き合いは長いのだ。じゃなきゃ決意に満ち溢れた表情の説明が付かない。

 無理をさせているのは分かっている。それでも頷かざるを得なかった。


「予行練習、しなくていいの?」

「ああ。そんな時間もないし、その時間で奴らが増えたんじゃ本末転倒だ。スキルの使い方はさっきので大体理解できたし、最初に一発ぶちかましてから遠距離スキル主体で逃げつつ殲滅する」

 何もいきなり不慣れな接近戦を挑む必要はない。王室騎士(ロイヤルナイト)は近接クラスだけど、ある程度の射程を持つスキル攻撃もちゃんと揃ってる。

 近接スキル程の威力はないから時間が掛かるかもしれないけれど、遠距離攻撃を持たないウッドゴーレム相手なら殆ど一方的に攻撃を続けられるはずだ。

 それでも本当にやばいと思った時はこの森から出られなくなってもいい。ハルトを引っ張ってでも逃げ出そうと画策する。

「分かった。じゃあ支援スキル使うね」

「頼むぜ支援様。なに、加護(プロテクション)もあるんだ。多少の被弾は無効に出来るしきっと楽勝だよ」

 気負う必要なんてない。システムウィンドウが使えなくなっただけでこれはゲームなんだ。そう思い込んだ。


「彼の者に主の【祝福】を。天よりの【恩寵】を。精霊達の【守護】と【加護】を。大地を【駆け】、理を【貫け】」

 まるで歌うように、リズムに乗せて詩を紡ぐ。スキルコネクションと呼ばれているシステム外のプレイヤースキルだ。

 スキルには個別にディレイタイムと呼ばれる、他のスキルが使えなくなる時間が設定されている。

 ディレイが切れた瞬間に次のスキルを発動できるのが理想だけど『このスキルはコンマ50秒だから今だっ』みたいに頭の中で全部カウントできる人は少ない。

 そこで編み出されたのがスキルコネクションと呼ばれる技法だった。


 まずは一連の流れの中で発動したいスキルを決める。

 この場合はリインフォース、グレイス、シエラ、プロテクション、ヘイスティ、ペルシデウスで近接向けのフル支援セットだ。

 次にこれらの魔法で発生するディレイタイムと同じくらいの長さになる繋ぎの言葉を決めて(うた)にする。

 あとは何度も練習を重ね、ディレイが切れる最速のタイミングで次のスキルが発動できるリズムを探し、身体に覚え込ませれば完成。

 歌うみたいに口ずさむだけでいつでもどこでも完璧なタイミングで発動できるようになるって寸法だ。

 まぁ、ぶっちゃけ魔法の詠唱っぽくって格好良いから流行ってた気がしなくもないけど。


 発動の度に幾重もの煌めく紋様が生まれハルトの身体を包みこんでは吸い込まれるように消えていく。

「身体の感じはゲームと同じだ、これならイケる」

 何度かその場で跳ねたり剣を振ったりして身体の感覚に問題がないか確かめると剣を構えなおした。

「もし攻撃を受けてもすぐに回復するから」

「さんきゅ。でもここじゃヘイトゲージが見えないんだ。あんまり無茶してタゲを跳ねるなよ?」

 言われるまでもないが、ターゲットを分散できるなら最終手段として使えるかもしれない。もっとも。

「ゲームと全く同じヘイトの概念が適用されてるとは考えにくいけどね」

「……それもそうか。ならカナタは隠れてろ。見るからに弱そうだし、下手に見つかって襲われたら大変だろ? 援護にまで手が回れるか分からんし下手にタゲを取られても邪魔になる」

 ぐぬぬ、的を射てるせいで言い返せない。弱そうなのはこの身体であって僕ではないのだけれど、今はその身体が僕なのだから否定しようがない。

「本当に気をつけてよね。やばかったらすぐ撤退だからね」

「任せろ。さっさと終わらせてこんな陰気くさい森から出ようぜ!」

 威勢だけはいい返事を返すと、ハルトは呼吸を整えてから一息に茂みを飛び出した。


 与えられた選択肢は大きく分けて2つ。

 騎士系列の切り札とも呼ばれている【インペリアル・ストライク】で大ダメージを狙うか、遠距離系のスキルで安全圏から少しずつでも着実に削るか。

 前者は当たれば敵を一撃で葬れる反面、消費と隙が大きいので外したり対処が遅れると一気に窮地に立たされてしまう。

「とりあえず様子見からいっとくか」

 まだ自分達の置かれた状況も完全に把握しきれていないのだ。手探りの戦闘で大胆な手段はとれない。後者を選んだのは当然だろう。

 射程圏内に踏み込むよりも早く、ハルトの接近を検知したウッドゴーレム達が瞳と思われる窪みに光を灯し唸り声を迸らせながら立ち上がる。

 びりびりと振動する空気が隠れている僕にまで伝わってきた。

「こんなでかかったけっか……? つかすげぇ迫力だなおい」

 ゲームで散々狩り尽くした相手だ。飽きるくらい見慣れている筈なのに、グラフィックとは明らかに一線を駕した精緻な身体が、憎悪の宿る瞳が、敵の存在感を何倍にも増幅していた。


「まずは一発!」

 敵が動き出すより僅かに早く射程圏内へ滑り込んだハルトが威勢の良い声と共に構えていた剣を振り抜く。

 白く輝く刀身によって空間に描かれた弧は巨木の身体目掛けて直進、数瞬と間を置かず直撃する。

 重たい衝撃音が鳴り響き、立ち上がろうとしていた巨体がぐらりと大きく揺らいだ。見れば頑丈そうな身体の一部が大きく抉られている。

 【ペルシデウス】によって強化された攻撃は頑強な防御力を十分に貫通できていた。

 後はこれを、十分な距離を保ちながら繰り返す単純作業……だったらよかったのに。

「……やっぱ、そう単純には行きそうもないか」

 直撃によりバランスを崩していた個体を背後に控えていた別の個体が支えて押し戻す傍ら、残りの個体はそれを守るかのような形で立ちふさがる。

 明らかに同族を、仲間を気遣う様な動きは、ゲーム内に存在しない行動パターンだ。本来なら倒れた個体を無視して突っ込んでくるはずである。

 この世界がゲームではない現実なのだとしたら、あのゴーレム達も開発者の雑なロジックとは根本的に異なる、本物の意志を持っていたとしても不思議じゃない。

 今までの定石や常識は通じないと考えるべきか。


「これはちょっと面倒かもな」

 油断なく剣を構えながら苦々しげにハルトはつぶやく。

 ゲーム内のウッドゴーレムを一言で表すなら『愚直』だろう。

 敵と認識したプレイヤーを、最短距離で、直線的に追い回すのが彼らの基本的な行動パターンだ。

 それは数が10でも20でも変わらない。足の遅さも相まって、一定範囲を円形にぐるぐる回ると綺麗な一直線の列が出来上がるくらいだ。

 しかし、そんな彼らがここでは互いを気遣い、連携する動きを見せていた。

 考えても見れば当たり前の事である。仲間が多数いるなら分散して四方から逃げ場を作らないよう追い詰めるのが常識だ。

 永遠に追いつけないマラソンに興じるなど無能にも程がある。

 だけど、ゲーム内ではその無能が当たり前のように横行していた。

 ゲームバランス、運営の手がけられるリソース、色々と理由は考えられるけど、言ってしまえば人類に『世界』を再現できるだけの技術がなかったのだ。

 人間と同じレベルの思考ができる完全AIなんて開発されてないし、仮にあったとしても雑魚敵に使えるほどリソースに余裕があるとも思えない。

 一人安全な草むらの中で考えが甘かったと歯噛みする。敵の行動パターンの変化くらい真っ先に考慮するべきだったのに。


「問題ない、継戦する!」

 予想外の事態にもハルトは退かなかった。未だに味方の盾を勤めるゴーレムに向けて立て続けに剣撃を放つ。

 元より鈍重なモンスターだ。避けられる筈もなく直撃するのだが、不意打ちに近かった先程と違って今度はクロスさせた腕で受け止める。

 凄まじい衝撃に巨体が軋み、地面に突き立てられた両足が僅かに滑った。

 両腕のパーツが幾つか吹き飛んだものの、身体より頑強な木材で出来ているのか破損は思ったより少ない。

 直後に倒れかけていた背後の1体が復帰した。両目と思しき窪みに宿った光を幾度か点滅させると、まるで示し合せたかのように四方へ散開する。

 前方の2体は左右からハルト目掛けて直進し、後方の2体は大きく迂回する形でハルトの背後を取るつもりだ。

「はっ、四方から囲もうってか? しゃらくせえ、これならゲーム時代のが歯ごたえあったろうよ!」

 それに対し、ハルトの選択はまさかの『直進』だった。ご丁寧に身を守るための盾までインベントリにしまいやがった。多分、突っ込むのに邪魔だからとかそんな理由で。


「あの馬鹿……!」

 草むらから立ち上がって罵ってやりたい衝動を必死になって押し殺す。

 激情のままに動いてもかえってハルトの手間を増やすだけだと冷静に判断できた自分を褒めて欲しい。

 確かに4体が異なる方向から分散して襲ってきたとなれば厄介極まりない。

 しかし、ウッドゴーレムは見た目からしても分かるように足が遅いのだ。

 囲まれる前に包囲を潜り抜け、再び距離を取るくらいハルトのAgiなら苦もなくできるはず。

 流石にゲーム時代みたいな単純作業とはいかないかもしれないけれど、いざとなれば僕と2人でターゲットを分散しても良かったのに。


 よもや矮小な人間如きが真っ向から立ち向かってくるとは思わなかったのだろう。

 ウッドゴーレムは僅かに戸惑ったような挙動を見せたが、寧ろ好都合だとばかりに足を止め、腰を据えて迎え撃つ方針に切り替えたらしい。

 隙間なく横に並んだ巨躯はさながら天然の壁だ。

 同時に回り込もうとしていた2体は進路を変更。目前を走り去るハルトの背に追いすがるべく、くるりと向きを変えた。

 どうやら前後から押しつぶす算段のようだ。

 突破できなければ包囲される状況に思わず息を呑む。本当にいったい何を考えているのか。むざむざ危険に片足を突っ込むようなものじゃないか。

 いや或いは、何も考えていないとか?


「はァァァッ!」

 裂帛の気合と共に突き進むハルトが進路を変える気配はない。もしかしてフェイントなんじゃという僕の予想は脆くも打ち砕かれた。

 どうやら本気で真正面から相手取るらしい。頭を抱えつつも、万が一に備えいつでも飛び出せるよう身構える。

 視線の先でウッドゴーレムが向かって来るハルトに合わせ拳を引いた。

 盾もなしに直撃すれば【守護(プロテクション)】を突き抜けかねない一撃を、

「ここ、だっ!」

 ハルトは思い切り空中に跳躍することで回避する。というかなんて身体能力してるんだ。

 今や高さ2メートルを超えるゴーレムが咄嗟に手を伸ばしても届かない上空に達し、余裕の笑みを浮かべながら両手で剣を振り上げていた。

 そしてそのまま、次の瞬間には重力に従ってゴーレムの頭上めがけ落ちてくる。

「【ヘヴンズフォール】」

 スキルの発動と共に膨大な力の本流が刀身に流れ、溢れ出た光の束が収縮。

 一瞬の内に元の剣を包む形で精製された巨大な光剣を、目の前に立ちはだかる壁に向かって、斬るのではなくあらん限りの力で叩きつけた。


 凄まじい衝撃が土を巻き上げ、風を吹き荒らし、離れている僕にも感じられるほどの振動となって襲ってくる。

 さしもの光景に背後から駆け寄っていたゴーレムも動きを止めた。

 恐る恐る爆心地の方に視線を向けると壁の中心がものの見事に吹き飛び大きな穴を開けている。

 よく見ればその穴は並んでいたゴーレムの半身が地面と一緒に跡形もなく消し飛ばされた結果だった。

 身体の大半を失ったウッドゴーレムが自重を支えきれるはずもなく、ゆっくりと倒れこんでいく。

 半分になったとしても鈍重な身体がずどんと地面を揺らす。あとはそれきりぴくりとも動かなかった。

 窪みに浮かんでいた光も弱々しく霞み、しまいには消えてなくなる。完全に破壊したのだろう。


 僕はそれをただ呆然と眺めていた。声を出すことも、身動きすることも、もしかしたら息をすることさえも忘れていたかもしれない。

 それくらい衝撃的で、非現実的で、あれは本当にハルトなのかと疑問に思うくらい、受け入れがたい光景だった。

 たったの一撃であんなに強そうな敵をこんな姿に変えてしまうなんて。

 いや、よく考えればゲームでは当たり前の光景だったはずだ。なにせハルトは最上位職の王室騎士(ロイヤルナイト)である。

 MPが少なくてスキルが連発できないって欠点はあっても、近距離スキルならウッドゴーレムくらい一撃で粉砕できて当然。

 だけどここはゲームじゃない、現実の世界だ。

 あれ、でもこの世界はゲームのステータスを引き継いでいるんだっけ。

 ならこの光景も別におかしいことじゃない?

 もはや何が現実で何が空想なのかの線引きがあやふや過ぎて頭がくらくらする。

 未だ現実を受け入れきれていない証拠だった。でも仕方ないと誰にともなく言い訳する。

 目の前の光景のいったいどこから現実味を感じろというのだ。物理法則は仕事しろ! 質量保存の法則はどこいった!

 あの身体のどこにこれだけのことをなせる力があると言うのか。


 警戒から足を止めた2体のゴーレムにも仲間が一瞬で倒された事実が伝わったのだろう。

 どうせなら逃げ帰ってくれれば良かったのに、寧ろ憤然とした様子で甲高い雄叫びを上げる。

 ハルトは振り抜いた剣に異常がないかちらりと一瞥してから身を翻し、立ち止まる2体のゴーレムに向けて再び剣を構えた。

 先ほどの真逆の構図。ゴーレム達もこのまま直進したところで勝ち目がないと踏んだのかもしれない。

 ちらりと何かを探すように周囲を伺ったと思いきや、すぐに真正面を向きなおすと自分の右腕で左腕の付け根を掴んだ。

 何の真似だろうか。対するハルトも意図が理解できず怪訝な表情を浮かべている。

 ゲーム内のウッドゴーレムは近接攻撃しか用意されていない。よもやロケットパンチなんて物が追加されてたりしないよなと思った瞬間。


 べきべきと、まるで骨が折れるような音が。

 ぶちぶちと、まるで血管や筋繊維が千切れるような音が。

 ゴーレムの左腕から響いてきた。


 ある種の生々しさを伴う騒音に生理的嫌悪感が身体中を駆け巡り、ぞわりと鳥肌を浮き立たせる。

 僕もハルトも呆気に取られて身動きすら取れなかった。

 何をしているのかは見れば分かる。でも、何をしているのか理解できない。

 そもそもが着脱可能な形式ではないのだろう。

 ゴーレムは神経の束と思われる蔓を、骨と思われる枝を、力ずくで捻じ切りながら強引に引きちぎっていた。

 ロケットパンチはなかった。

 その代わりに、手動で引き千切った腕を想定外の出来事に唖然としているハルト目掛けて力いっぱいぶん投げたのだ。


 投擲武器。周囲を探ったのは投げるものがないか走査していたのか。

 下手に近づけば倒されると考えたゴーレムは近づくための隙を作るために腕1本を使ったらしい。

 ただの腕とはいえ、その大きさと重量は岩にも勝る。まともに当たれば吹き飛びかねない。

 直前まで意図に気付けず無防備な姿を晒していただけあって、飛来する超重量の腕を迎撃するだけの余裕はなかった。

 ハルトは反射的に左側へ飛び退る。隙を突いた一撃だったが直線的な軌道なのが幸いしてどうにか鎧を僅かに掠る程度で済んだようだ。

 それでも衝撃は大した物で、ハルトは無理にその場で堪えるより距離を取りながら地面を転がって衝撃を逃すことにしたようだ。

 虚を突いた敵が一気に雪崩れ込んでくるよりも早く体勢を立て直せるかが勝負……と思っていたのだが。

「動いてない、だと……?」

 ハルトの呟き通り、ゴーレムは腕を放り投げた位置からただの一歩も動いていなかった。

 まさか恐れをなした?

 そう楽観視した次の瞬間。ハルトの身体を3本の蔓が拘束した。


「ハルト!?」

 やられた。ゴーレムに集中しすぎて他の敵の存在を、位置を、完全に失念していた。

 ゴーレムの狙いは最初からハルトを近くに潜むドロセラの蔓が届く範囲へ誘導して拘束させること。

 そうして動けなくなった獲物を一方的に嬲り殺すつもりだ。

「くそっ!」

 ハルトも負けじと暴れて抵抗するが、不測の事態に焦りが生まれ上手く対応できていない。

 このままではすぐに【守護(プロテクション)】の効果も消えるだろう。動くなら今を置いて他になかった。


「ハルトはゴーレムに集中、そっちは僕がどうにかするから!」

 とにかく必死だった。それでも常識的な判断力を維持しなければならなかった。

 大丈夫、これはゲームなんだ、同じように動けばいいと自分に言い聞かせる。

「撃ち抜け、【ホーリーランス】」

 短い詠唱を紡ぐと虚空に5本の光の槍が生まれる。ゲームでは必中扱いでも、この世界に自動誘導なんて都合のシステムは多分存在しない。だからしっかりと狙いを定め、一息にハルトを拘束する蔓を断ち切る。


 背後からはウッドゴーレムの重厚な足音が響いていた。正直言って怖い。

 ぶっちゃけなりふり構わず飛び出したせいで敵が今どこに居るかの確認すらしなかった。

 もしかしたら次の瞬間には豪腕で殴り飛ばされるのかもしれないなんて恐怖で足が震えそうになる。

 拘束から一時的に解放されたハルトは地面に手を付きながら走り寄る僕の姿を見て目を丸くしていた。

 ざまぁみやがれ。さっき僕が味合わされたのと同じ味がするに違いない。でもそれも一瞬のこと。

「無茶しやがって」

「そっちこそ」

 すれ違いざまに軽口を叩き目を合わせただけで、僕等は互いの役割をきっちり理解していた。

次話

ドロセラ「うねうね」

カナタ「ぼくのちからをおもいしらせてくれるわー!」


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