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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第二章-境界の彼方、幻想の世界-
22/43

亡者の森と因循の愚者-2-

「それじゃ早速出口目指して歩き出すとしますか!」

 気を取り直した僕等はハルトの言う通り森を抜けるべく歩みを……。

「はい却下」

 再開してたまるか。

 本当にハルトの近くにいてよかった。もしこの場にハルト一人だったなら早々に死亡フラグを踏みかねない。いや、間違いなく踏み荒らす。

「な、なんでだよ。まさか怖いとかいうつもりじゃ」

「違うから。この森から一刻も早く抜け出したいのは分かるけど、このまま無策に歩き続けるのは危険過ぎるってこと。急いては事を仕損じるとも言うでしょ?」


 緊急事態における楽観的な指針は巡り巡って身を滅ぼす。最悪の最悪を想定するくらいでちょうどいい。

 僕の身体や服装からして、この世界が直前まで遊んでいた『World's End Online』と関連しているのは間違いない。

 となれば当然、このダンジョンに生息するモンスターを一番に警戒すべきだ。

 考え得る最悪の可能性は何の準備もしていないまま魔物の大群と遭遇する事。無策のまま突っ込むなんて死にに行くのと何が違うのか。

 遭難したらその場で待機の鉄則はこんな世界でも共通らしい。

 もし先程までの精神状態でモンスターと遭遇していたらどうなっていたことか。

 思い返せばこの1時間の移動は薄氷の上に立って跳ねる様なものだった。今さらながら背筋が凍る。


「考えてみればゲーム中でも殆ど敵を見つけられなかったし……。出口に進んでたのは幸運だったかもね」

 どのダンジョンも入口に近ければ近いほど敵の密度が減るようにできている。

 もしかしたら遭遇せずに森を抜けられるかもしれない……なんて楽観的な推測は必死になって振り払った。

 これまで一度も遭遇していないのが既に奇跡的な幸運なのだと強く戒める。この手の幸運はそう何度も続かない。次に移動する時は必ず出会うくらいの気持ちでいなくては。

 我ながら悲観的だけれど、不運に見舞われた僕等を憐れんだ神様が最後にくれた時間なんだと思うくらいでないとこんな状況では足元を掬われかねない。


「まずはちゃんと現状の把握をしよう。持ってるものを全部出してみて。森がどれくらい続くか分からないし、水と食料の確保も考えないと」

 ポケットの中を探ってみるが、当然ながら何一つ使えそうな物は入っておらず、思わず舌打ちした。

 大体僕もハルトも軽装過ぎるのだ。間違ってもこんな深い密林に挑む時の格好ではない。背嚢の一つも持たず、精々が少し遠くまで散歩に来ましたくらいの出で立ちである。

 それもその筈、ゲーム時代では面倒な手荷物を持たなくとも、キャラクターの腕力(STR)に応じた重量までのアイテムを格納できる『インベントリ』という便利機能があったのだ。

 装備可能な外部ストレージ型の鞄やカートなんてアイテムもあったけれど、狩りに持っていくには邪魔なので露店を広げる商人くらいしか使わない。

 肝心のインベントリへアクセスしたくとも、システムメニューが使えないのではどうしようもなかった。


「これはひどい」

「まぁ、こうなるわな……」

 結果は絶望的と言わざるを得ない。

 出てきたアイテムは僅か3点。僕の杖、ハルトの剣、それから盾だけだった。強いてあげるなら僕の着ているクラルスリアとハルトの纏っている鎧一式も含まれるだろうか。

 もう絶望しないと宣言しておきながら既にくじけそうだ。これでは水場を見つけても保存すらできないではないか。


「役に立ちそうなのはこれくらいかなぁ」

 集められた道具の内、ハルトの剣に手を伸ばす。サバイバルに刃物は何かと重宝する逸材である。切れ味が良いとなれば尚更だ。

 どこぞの御伽話よろしく鞘ごと地面に突き立てられている剣を確認しようと思って手を伸ばす。

「……」

 思わず無言になってしまった。ちょっと手加減しすぎたのかもしれない。

 今度は両手を添えて、しっかりと両足を開いて、腰に力を溜めてから一息に引き抜く。

「ぐぎぎぎ……」

 だがそれでも剣がほんの僅かに浮いただけで限界に達してしまった。


「なに、これ……」

 ぜいぜいと肩で荒い息を吐きながら誰にともなく漏らす。

 こんな緊急事態の最中に重い物が持てませんアピールなんてするつもりはない。そもそもこんなナリでも僕は男だ。力の使い方だって心得てる。

 持ちあがらないのはフリでもなんでもない。見た目と実際の重量が全然釣り合ってないのだ。つかなんぞこれ、とんでもなく重すぎる。

「ハルトはこれ持てるの?」

「ん? ああ、ほれ」

 思わず尋ねると片手で引き抜き、何の抵抗も感じさせない軽快さでぶんぶんと振り回して見せた。

 考えてみればこれまでも何度か振り回していたではないか。

 いかに僕の身体が見た目14かそこらの少女になったとしても、ハルトがこうも簡単に振り回せる剣が持ち上がりすらしないとは考えにくい。

 よもや装備制限のシステムが生きているのかと思って僕の杖を持たせてみたけれど、何の問題もなく振れるようだ。


「ねぇ、試しにその剣であそこの木へ思い切り斬りこんでみてくれる?」

 僕が指差したのは直径40センチはあろうかという、それなりの大木である。普通なら全力で斬り込んでも数センチの傷が付けば上々だろう。

「おっけ、ちょっと離れてな」

 可能性の話だ。もしこれがゲームと地続きの世界であるなら、もしかして。

 僕がその場から数歩下がると、ハルトは弾かれるようにして前に駆け、全体重の乗った斬撃を繰り出した。


 その時の音を形容するなら、ずごん、どがん、ぐわしゃん、とでも言うべきか。少なくとも人間の出せる音ではなかったと思う。

 ハルトの斬撃は大木を難なく分断せしめた。中が空洞の枯れ木ってわけでもない。しっかり中身の詰まった生木だ。

 これではっきりする。どうやら神様は僕等を完全に見捨てた訳じゃないらしい。

「ステータスは引き継がれてるって考えていいみたい」

 僕がハルトの剣を持てなかったのは単純に腕力(STR)が足りなかったからだ。

 大木を分断したのもそうだけど、直前に踏み込む際の速度も尋常じゃなかったし、俊敏(AGI)の恩恵も受けているのだろう。

 もしかしたらこの世界の身体能力はステータスを元に構築されている?

 だとすれば僕もその恩恵を与っているに違いない。早速確めるべく、集中的に上げていたステータスを思い浮かべた。


 Int、Mid、Dexの内、もっとも効果を体感しやすいのは……あれ? 知力、魔力、器用さってどれもこれも客観的に観測できるものじゃなくないか。

 知力ってなんぞ。魔力ってなんぞ。器用さって、あやとりでもしろってこと?

「全部試しようがないんですけど!?」

「うぉ!?」

 心の中で吐き出した不満がついうっかりそのまま飛び出てしまったようだ。突然の大声にハルトが何事かとこちらを振り向く。

「と、とにかく! ステータスがそのままならスキルだって使えるかもしれない。ちょっと試してみるね」

 気恥ずかしさを誤魔化す為に口にした思いつきだったのだけれど、もし本当に使えるなら心強い事この上ない。

 と言っても、魔法ってどう使えばいいんだろう?


 ぐるりと周囲を伺えば膝の傷が目に留まった。手始めにここから始めてみるべきか。

 意識を集中して深く息を吸う。頭の中で思い浮かべたゲーム時代のターゲットカーソルを傷に合わせながら、ゲームで使っていた時の感覚を思い出しつつスキル名を口にする。

「【ヒール】」

 途端に身体の中からほんの少しだけ何か気力の様な物が抜け落ちる。同時に膝を淡い緑の光が包んだかと思えば、次の瞬間にはまだ少しじくじくと苛んでいた痛みが綺麗さっぱり消え失せた。

 呆然としながら血の跡を拭ってみる。確かにあった筈の傷は跡形もなくなっていた。


「使えた……」

 まさか本当に魔法を使えるなんて思ってもなかったから実感が伴わない。

 実は最初から怪我なんてしてなくて、今見た光景は幻なんじゃないかとさえ思えてくる。

 だけどもしこれが本物なら。弾かれるようにして目の前の光景が信じられなかったのか目をぱちくりさせているハルトへ駆け寄った。

「手を出して」

 呼びかけてもいまいち反応が鈍いので勝手に自傷した腕を取る。

 本来なら病院で縫わないといけないくらいぱっくり切れてしまっているのにもう血が止まっていた。これも体力(Vit)の恩恵なのだろうか。だとすればハルトの身体は現実とは比べ物にならないくらい頑丈って事になる。

 放っておけば数時間で治ってしまうのかもしれないけど、検証なんてしていられない。感染症にでもなれば一大事だ。

 先程と同じように意識を集中。再び呪文を紡ぐ。

「【ヒール】」

 結果は先程と変わらなかった。痛々しい傷は燐光に包まれた瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように溶け消え、乾いた血の跡だけが奇跡の存在を肯定している。


「ははは、痛みもないわ。すげぇ、すげぇよ! じゃあもしかして俺も……?」

 言うが早いが、ハルトは玩具を貰った子供のように無垢な笑みを浮かべて剣を構える。

「【スラッシュッ】」

 敵単体に衝撃波を飛ばす剣士系列の初期スキルを叫びながら剣を振るった瞬間、空中に生まれた軌跡に光が集まり、衝撃波となって大木を切り裂いた。

「マジかよ……!」

 メキメキという樹が倒壊する音をBGMに驚きと嬉しさが交じり合った悲鳴を上げる。

 見えるわけじゃないけどステータスが反映されていて、スキルまで使えるという事実は先ほどまでの絶望を覆してなお余りあるものだった。


「カナタの支援とスキル攻撃さえあれば敵が出てきてもなんとかなりそうだな!」

 森林のモンスターはそれほど強くない。ゲームの時だって危なげもなく倒せていたのだ。慎重にかかれば襲われても十分に撃退できるはず。

 ハルトの言うとおり、仮に攻撃を受けて怪我をしたとしても僕が回復魔法を使えばいい。

 ……そう思い至った瞬間、再び冷や水を浴びせられた気がした。

 回復魔法があるから怪我をしても平気?

 何を馬鹿な。余りにも無謀な、楽観を通り越した妄言に眩暈すら覚える。


「敵に襲われても絶対に戦おうとしないで。まずは逃げることを優先する。怪我をしても良いなんて思わないこと、いい?」

 ステータスやスキルが反映されていた喜びをリセットしてから強い口調でハルトにも自分にも強く言い聞かせた。

 回復魔法があるからって怪我をして良い筈がない。

 最良は使うような状況に遭遇しないことであって、他に選択肢がない時以外は回復魔法なんて使うべきじゃないんだ。

「確かにそうだな。悪い、ちょっとはしゃぎすぎた」

「こんな状況だもん、仕方ないよ」

 僕だってハルトのはしゃぐ姿を見なかったら代わりに浮かれて見落としてたかもしれないし


 とにもかくにも、膨大なステータスと便利なスキルの存在は確認できたのだ。

 相変わらずメニューや音声コマンドにはなんら反応がないけれど、もしかしたら他にも生きている機能があるかもしれない。

「インベントリにアクセスできれば一番なんだけど……」

 普段はメニュー画面を経由して開いていただけに、肝心のメニューが見つからないのではどうしようもない。

「いや、待て。メニュー経由じゃなくてもインベントリのアイテムを実体化する方法はあるぞ。カナタは支援だし、戦闘中にアイテムを使う機会なんて殆どないから知らないかもしれないけど、ボスの盾をこなしながらメニュー操作なんて出来るわけないだろ? だからこう、念じるだけでインベントリ内の取り出したいアイテムを実体化できるんだ」

 初耳だった。そもそも僕は消費系アイテムを殆ど使わない。緊急時のMPの回復なんかも状況を察した回復庫さんが勝手にしてくれるから困ったことがないのだ。

 まさに姫プレイここに極めり。あてくし自分でポーションなんか飲みませんことよ、おほほほほ。……自分で言ってて悲しくなった。


「ただインベントリに何があるか把握してないと取り出せないはずだからな。ええっと、確か緊急用にハイポーションをいくつか持ってたはずっと……」

 ハルトが呟きながら目を閉じ、水を汲むかのような形で手のひらを突き出す。すると次の瞬間、その上に薄い黄色の液体が詰まっている瓶が2本分、音もなく出現した。

「おおう……」

 非現実的な光景に思わず唸り声が漏れる。いや、魔法とかスキルが使えた時点でもう十分に非現実的なのだ。これくらいの事が起こっても不思議はないのか。

 どうやら僕は思った以上にリアリストらしい。


「よし、アクセスできるみたいだな。ほれ、味は分かんないけど、飲んで空にしておけば湧き水を見つけたときの水筒代わりにはなるだろ?」

 差し出されたポーションをおずおずと受け取る。コルクの蓋をキュポンと音立てながら開けると僅かな量を口に含んでみた。

 味は……ちょっと薬品ぽさが残るけれど飲めないほど不味くはない。少し苦い水といったところか。今の僕らにとっては十分すぎる。

 そういえば僕のインベントリには休憩の時に食べようと買っておいたクッキーがあったはず。ハルトの真似をしてアイテムを思い浮かべてみる。

 すると同じように音もなく布に包まれたクッキーが現れ、甘い香りを周囲へ漂わせた。

 大判のクッキーが丁度残り2枚。一枚を咥えてからもう一枚をハルトに差し出す。

「さんきゅ」

 一口噛み締めるなり、香ばしさと程よい甘さに思わず溜息がこぼれる。だけど同時に、これが最後の食料でもあった。


「森を抜けよう」

 甘いお菓子と飲み物で一息ついたおかげで頭の方は完全に冷静さを取り戻せた。これならハルトの言ういつも通りの僕として十分に振る舞えるだろう。

 現状の把握も済んだことだし、まずは今後の指針を決める。

 頭上はそこかしこに根を生やす大木から伸びた枝葉が覆っているせいで僅かな光しか降りてこない。

 後どのくらい猶予があるのか分からないけど、もし陽が落ちて夜になろうものなら自分の姿すら見失うかもしれなかった。

 モンスターが跋扈するかもしれない森の中で一夜を過ごすのは余りにもリスクが高い。

 少なくとも、ゲームでダンジョン扱いとなっていたこの森からは抜け出さなければ。

 フィールドにも敵が出る可能性はあるけれど、ダンジョンのそれとは比較にならないくらい弱いはずだし。


「方向はどうする? さすがにこれだけ歩いて辿り着けないんじゃ道を間違えた可能性のほうが高いぞ」

「確かにそうかもしれないけど……」

 視界の悪さは薄暗さだけに留まらない。そこら中に覆い茂る草花のせいで遠くは見通せず、似たような景色が方向感覚を狂わせる。

 今では森が一度飲み込んだ栄養(ぼくら)を外に逃がすまいと抵抗するおぞましい生き物にさえ思えていた。

 手元には現在地を把握する為のマップ機能も、方角を確認するコンパスもない。あるのはハルトの記憶だけ。それだって正しい保証はないのだ。

「ゲームだと20分もありゃ端から端まで移動できたよな。まっすぐ歩けた保証はないけどぐるぐる回ってるとも思えない」

 にも拘らず僕らが一心不乱に歩き続けた一番の理由がこれだ。ゲームである以上、容量の関係でMAPデータにも限界がある。

 どんなに広いダンジョンでも端から端まで歩いて30分が限度。例え方向が多少ずれようとも、一定の方向に歩き続ければ必ず出口に辿り着けるようできている。

 だけどこの森からはその兆しが少しも感じられない。

「まさか、ダンジョン自体が広くなってる……?」

 だとすれば冗談ではない。ゲームが現実になったように、広大な森そのものが設定上の規模に拡大されたのだとすれば端まで何キロ、いや、何十キロあることか。下手をすれば百キロ単位かもしれない。

 現実で言うなればアマゾンの密林のただなかに着の身着のままで放りだされたようなものだ。

「もしそうなら絶望的かも……。こんな軽装で雨にでも降られたら低体温症になりかねないよ」

「はは、そいや昔似たようなことがあったなぁ」


 笑い事じゃないと頭を抱えつつ、まだ小さかった頃にこんな森と比較するのもおこがましいくらい小さな、ただの裏山で遭難しかかったときのことを思い出す。

 確か知り合いの知り合いの近所の犬が脱走したから探すのを手伝ってくれとか言うトラブルを抱え込んできたんだっけ。

 地道に目撃証言を集めたところ山の近くで途絶えてしまい、軽く探索するだけならと何の準備もなく入り込んだのが運の尽き。

 整備された山道では見つからず、まっすぐ進むくらいならすぐに戻れるだろうと甘く見積もって道なき道を進んだ結果、現在地を見失い山の中で一晩を明かす羽目になってしまったのだ。

 夏と言えども陽が暮れた山は肌寒く、運の悪いことに雨まで降ってきたんだっけか。

 このまま濡れ鼠になれば2人して動けなくなるかもしれない。

 だから僕らは大きな木の根元で一人が雨よけに徹することでもう一人の体力を温存し、翌日陽が昇ると共に頂上へ向かい助けを呼ぶ役割に分かれた。

 どっちが雨よけになるかはじゃんけんで決め、結局は僕が助けを呼ぶ役になったのだけど、救出されたハルトは数日とはいえ入院が必要なくらい消耗していて焦った記憶がある。

 今にしても思えばわざと負けてくれたんだと思う。そういう小細工は上手だったから。

 ハルトは昔から英雄だった。そういうそんな役回りを率先して引き受けてしまう性格をしていた。

 それはともかくとして、今回はその時の教訓が生きるとも思えない。

 小さな山なら頂上を目指してからコースを降りてくればいいけど、ここはどこかも分からない、しかも広大な森の中なのだ。


「どちらにせよ、今の僕らに出来ることは限られてる。それならハルトの感覚を信じて進もう」

 どっちに行けば出られるかなんて分からない。唯一の手がかりがハルトの覚えていた方向なら今は縋るほかなかった。

「ゲームなら出口まであとほんの少しってところまで来てたんだから。そのあと少しがこの世界換算で1時間と少しに引き伸ばされてる。そう信じよう?」

 我ながら楽観的だなぁとおもう。出来るだけ悲観的に考えようとは思っていたけど、希望まで失ったら本当に何も出来なくなってしまう。

 もし夜になるまで歩いても辿りつけなければ、それはその時になってから考えるしかない。

「おっけ。今までも緊急事態でカナタの判断が間違ってたことなんてないしな」

 こともなげに笑ってみせるハルトは豪胆なのか楽観的なだけなのか。どちらにせよ信頼が重い。

「言っとくけど、今までのはただ冷静になって常識的な判断をしてただけだからね。今回みたいなのは流石に保障できないからね!」

「分かってる、もしダメでも恨んだりしないさ。そん時は俺を恨め」

 その言い方に少しだけカチンときた。


「恨まないよ。言ったでしょ、決めたのは僕なんだから。ハルトこそ恨んでいいよ、あの時引き止めなければ今頃家族みんなで外食してただろうから」

「あのなぁ、だからそれは俺が決めたことで……」

 やっぱりそうだ。僕らは互いにこの状況への引け目を感じている。円環のように巡り巡って、終わりのない後悔を背負い続けてる。

 多分、この気持ちを完全になくすことなんてできない。それこそ、元の世界へ戻らない限りは。

 なら、なんとしてでも元の世界に帰らなくちゃ。こんな胸が締め付けられるような思いを金輪際抱えて過ごすなんてごめんだ。

 背負いたくないし、背負わせたくもない。

「じゃあ協定を結ぼう? ハルトは悪くなんてない。勿論僕も悪くなんてない。だからもう蒸し返さない」

 気休めにもならないのはわかってる。誰がなんと弁明しようと僕の中にある罪悪感はきっと消えてくれない。

 だけど互いに引き目を感じて、事あるごとに遠慮なんかしていたら意見の交換すらままならなくなってしまう。


「……。分かった、そうしよう」

 微妙に開いた間の意味は痛いくらい良くわかった。結局ハルトも同じらしい。それで僕が満足するのなら受け入れたフリをしようって魂胆だ。

 溜息しか出ないけど、人のことが言えた義理じゃないのでまずはこれで納得しておこう。

「何かあったらちゃんと言うこと。ハルトにしか見えない事だってあるんだから」

 ただし意見だけはきっちり出して貰わないと困るので入念に釘を刺しておいた。

「おうさ、その手に関しては遠慮なんてしねーよ。とりあえず1個いいか?」

 本人も先の発言から漂う信用のなさを理解しているのか、ちゃんと役割をこなすところを見せてやると片手を上げる。

「ん? なぁに?」

 よもやこのタイミングで何か言ってくるとは思っておらず、はてと首をかしげた。

 すると唐突に悪戯をする時の意地の悪い笑みを浮かべてから親指だけを上に突き立てつつ言う。

「カナタは性別が変わってやっていけるのか心配なのかもしれないけどさ、泣いて縋り付いてきた時も怒った時も喜んだ時も違和感なく完璧に女の子してたから心配しなくていいぞ!」

「は、はぁッ!?」

 絶対に碌なこと考えてないなとは思っていたけど、それにしても想定外に過ぎる。これ以上ないくらい嬉しくない褒め言葉に素っ頓狂な声を上げた。何を言ってるんだこいつは。ついに頭が壊れたのか。

 しかしハルトは僕の訝しげな視線を涼しい顔で受け流し先を続けた。

「半年もずっとネカマしてたんだ、自信持っていい。今までの努力はちゃんと根付いてる」


 ハルトは真剣だった。どこまでも本気だった。同時に僕の中の怒りのボルテージが増していく。

 好きでやってるわけじゃないやい!

 だけど半年間に渡るネカマ活動によって、この姿の時は自然と女の子らしい立ち振る舞いが出来るようになってしまったのもまた事実だ。

 なにせ元はハルの作ったアバターである。万が一にも悪評なんて流すわけには行かない。裏では血の滲むような努力を続けてきたのだ。

 それこそ、意識しなくてもそれとなく動いてしまうくらいには。


「それでも気になるなら喋り方をお嬢様っぽくしてみるといいんじゃないか? 語尾は『ですわ』にして笑い声は『おほほ』とかどうよ」

 べた過ぎる。髪型はドリルにでもするつもりだろうか。伸ばしっぱなしのロングでも手入れが面倒なのに、髪型までセットするとか冗談じゃない。

 あぁそうか、なるほど。これはハルトなりの『僕に遠慮なく意見を言えます』って証明する為のデモンストレーションでもあるわけだ。

 軽口を叩けるくらいの余裕が戻ってきたのは喜ばしいことだけど、生憎言われっぱなしは性に合わない。そろそろ反撃といこうじゃないか。

「そっか。ハルトから見てちゃんと女の子に見えてるんだ?」

 わざとしおらしい態度でスカートの裾を直しつつ上目遣いの視線を投げかける。

「ばっちりだよ。カナタが本当は男だって分かる奴なんていない。俺が保障する」

 そこでやめておけばよかったものを。図に乗ったハルトは留まるって事を知らない。

 へー、そっかー。なるほどなー、それがハルトの本心なわけだー。よっく分かった。


「つまりハルトは見知らぬ世界で不安に暮れている女の子の胸をいきなり鷲掴みにしたわけかー。流石に引くわー。見た目が女の子ならネカマの親友でも良いんだもんねー。ハルにもちゃんと気をつけるように言っておかなきゃなー」

 反応は劇的だった。愉快そうな顔が凍りついて青くなっている。ハルとハルトは兄妹だけあって共通の知り合いも多い。一部抜粋して女の子の胸を鷲掴みにした部分だけが拡散しようものなら、一部の男友達に英雄視されようとも社会的立場は死ぬ。あっけないくらい簡単に、だ。

 始まったばかりの高校生活だと言うのに、女子からは白目で見られるハードモードを選ぶとは大した奴め。

「マジすんませんでした。調子に乗りすぎました。どうかハルにだけは内密に……。つかあれは気が動転してて、どうにか調べなきゃっていうか、わざとじゃないんだって! あいつのアバターにんなことしたって知られたらどんな噂を撒かれるか!」

 職人肌というか、親方気質というか、ハルは普段こそ控えめなのに自分の著作物の事となるとあらゆる意味で容赦がない。

 冷たい視線で睨まれながら、『それで、揉み心地はどうだったわけ?』くらい追求されるだろう。

 罪の告白だけにとどまらず、犯行時の状況と感想を実の妹から丹念に取り調べられる光景がありありと浮かび上がり思わず笑い声をもらす。

「何想像したかは大体分かるけど、マジ洒落にならないんだって」

「はいはい。言うか言わないかは今後の活躍次第かな? それじゃもう行こう。あんまりのんびりしてると本気で陽が暮れちゃうし」

「言ったな?! 活躍すれば黙っててくれるんだな!? よっし任せとけ、無傷でこの森から抜け出してやんよ!」

 僕が歩き出すとハルトは未だぶつぶつ呟きながらも数歩先を陣取る。どうやら僕を守ってくれるらしい。


 王室騎士(ロイヤルナイト)であるハルトの方が前衛には向いているから前を歩くのは道理かもしれないけれど、ここはもう現実の世界なのだ。

 茂みから突然攻撃される恐怖を考えれば前へ出るのにも相当な勇気が必要なはず。

 もし立場が逆だったとして、何の恐怖もなく前を歩けるかと聞かれれば返答に詰まる。

「英雄……か」

「ん? なんか言ったか?」

「神様に祈ってた。ここから早く出られますようにって」

「そりゃいいや。司祭(プリースト)のお願いなら神様も聞いてくれるかもな」

 ぼそりと呟くような僕の声に目ざとく振り返ったハルトを適当な言い訳で誤魔化す。彼をそう呼ぶ人が居た。或いは、間違いないのかもしれない。

 変なところで気が利く奴なのだ。先の口論だって考えてみれば唐突過ぎる気もする。

 例えば、わざと僕を怒らせるような真似をして前を歩く事に文句を言われないよう先手を打った、とか。

 ……流石に考えすぎか。お調子者の節はあるし、暗い話題を早めに切り替えたかっただけかもしれない。

 でも、もしそうだとしたら。

 例えこの森の外に出られたとしても、この世界での生活は一筋縄じゃ行かない気がしていた。

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