僕がネカマになった訳-20-
オンラインゲームには明確な目的と言うものがない。
レアが欲しい。レベルを上げたい。仲間が欲しい。各々が心の中にある目標に向けて日々邁進するのだ。
ところが僕達にはこうと決めた目標そのものがなかったりする。
勿論レアは欲しいし、レベルも上げたいし、強くもなりたいけど、その為に必死に努力しているかと言われても首を傾げるしかない。
大体同じくらいの時間に集まって、軽くだべってから適当な場所へ狩に行くのだけれど、それは楽しいからであって、何か目標を定めていた覚えはなかった。
レアや経験値は、言ってしまえば『みんなで過ごす楽しい時間』の副産物として得ていたに過ぎない。
それがあの日、リアさんの誘いを受けてから明確に変わった。
『今後、私達と一緒に上位コンテンツへ挑戦する気はない?』
リアさんは以前から僕等の実力を買ってくれていたらしい。
特に僕を除くみんなの連携はちょっとやそっとじゃお目に掛かれないレベルなのだという。
支援なしで赤字を出さずに狩りを続けると言うのは、それくらい難しい事なのだ。
ダメージコントロールにせよ、ターゲットコントロールにせよ、動画サイトに投稿すれば嫉妬した者が荒らしまわるくらいの域に達している。
僕以外と言うのが全く喜べないけれど、みんなの阿吽の連携に加われるのかと問われれば首を横に振らざるを得ないので仕方ない。
ただ、僕の指揮レベルは一応プレイ時間に見合わないレベルではあるらしい。一応である。他のみんなの評価とはちょっと差が大きすぎて泣きたい。取って付けたオマケ感満載ではないか。
閑話休題。
その話を、僕等は三日三晩議論を続け、散々悩み尽くした結果。
断ることにした。
正直に言って今の僕等はまだまだ弱い。上位コンテンツに参加するなら必要不可欠な最上位職への転職すら済んでいない。
個々の技量が高くても、最低限の質が確保できないまま参加した所で迷惑をかけるだけだろうと言う結論に落ち着いたのだ。
リアさんは今のままでも十分だし、レベリングの環境も用意してあると言ってくれたけど、おんぶにだっこのまま仲間入りするのは躊躇われる。
どうせなら最初から凄い姿を見せつけて一目置かれたいとか思ったわけではない……と思う。多分。きっと。めいびー。
が、リアさんの引っ張ってきた弱小ギルドSUGEEEEくらい言われたいと思ったのだ。
何より、何もかもが足りていない状態で加入してリアさんの足を引っ張りたくはない。
要は男の見栄である。養殖されてレベリングされて活躍しても称賛は受けられまい。
だから断りはしたものの、僕等がみんな最上位職になったらこちらからお話を持っていきますなんて妙にこっぱずかしい結論になった。
伝えに行ったのはハルトだけど、その時のリアさんは楽しそうに、或いは嬉しそうに、やっぱり君たちと出会えてよかったよと笑っていた。
いつかリアさんと肩を並べてボスを狩れるくらい強くなりたい。
それからというもの、狩場は以前よりも効率を意識したものになったし、ホームで喋るよりも狩場で喋る方がずっと多くなった。
中でも顕著だったのはハルトだ。
以前は完全な盾型のステータスじゃないからと敬遠していた野良パーティーにも、経験を積めるからと積極的に参加するようになった。
不足しがちな支援枠にはほぼ強制的に僕が駆り出されたせいもあって、今ではギルド内でのレベルランキング最下位を脱している。
始めたタイミングがかなり遅れていることを考えると驚異的なレベルアップ速度で、ギルドの皆からは苛烈なハルトのレベル上げにつき合わされている事に哀れみの視線を感じなくもない。
最も、煽ったのが他ならぬ僕自身だという自覚はあったし、日常生活を蔑ろにしかねない勢いだったので監視も兼ねると思えば異存はなかった。
案の定、期末試験が迫ってもお構いなしだったのでこの時ばかりはお説教と共に連日徹夜の猛勉強に明け暮れどうにか事なきを得たのだけれど、それからは反省したのか少しペースを落としている。
いや、反省したというより、目的を達成した事で肩の力が抜けたという方が正しいのかもしれない。
夏休みから約4ヵ月後。鮮やかに染まった山々が葉を落とし、雪がちらつき始めた12月の半ば。
ハルトは廃人の証明とも呼ばれている最上位職であり、恋焦がれていた王室騎士に転職を果たした。
夏休みからたった4ヶ月。されど4ヶ月。学生である僕らにとっては短いながらも重要な期間だ。
回復庫さんは期末試験に備えるべく接続率を大きく減らしているし、僕らだっていずれは大学受験に奔走する時期が来る。
そう考えると、ネットゲームに思う存分浸っていられる時間は残り少ないのかもしれない。
だからというわけじゃないけど、目前に控えた冬休みは両親の仕事の都合で遠出できなくなったのもあって、最上位職への転職を目指せるくらい頑張ってみるつもりだ。
正直に言えば一足早く最上位職に転職したハルトが羨ましかったのもあるんだけど。
最上位職はそれだけでステータスになり得る。
今までの野良パーティーでは挨拶や段取りなど事務的な会話がほ殆どだったのに対し、ハルトが王室騎士に転職してからはそれに関する話題が増えた。
曰く、凄いですねとか。曰く、頼りにしてますとか。
実際、最上位職のスキルは今までの上位職に比べて遥かに強力な物が揃っている。
安定を重視する野良パーティーが経験値目的に行く狩場なら盾役と火力役を同時にこなせてしまう程だ。
特にモンスターハウスを初めとした不測の事態に遭遇した時の安定率は以前と比べるまでもない。
これは全滅するなと思うほどの湧きを前にしても、ハルトがMPを度外視して暴れるだけで瞬く間に殲滅できてしまったり。
王室騎士のMP係数は決して高くないからいざという時の保険に温存して貰っているけれど、おかげでかなり大胆な攻略が可能になっている。
多少の無茶はハルトという力技があればまかり通るのだ。
とはいえ、ハルト一人では限界があるのも事実。もっと難易度の高い狩場へ通うにはパーティー全体の底上げが必要になる。
個々の質を上げるのも大事だけど、手っ取り早いのは支援の質を上げることだ。
特に僕が目指す最上位職の最大主教には強力な支援スキルが目白押しで、使いこなせればそれだけでパーティーの能力は倍増する。
ギルドのみんなのレベル上げだって今よりずっと楽になるに違いない。
ここまで散々引っ張って貰って来た御礼が出来ると思えば俄然やる気も沸いた。
「そんな訳で今日は朝からハルトと森林の奥深くに来ております!」
なんだかよく分からない草をがさがさと掻き分けながら前に進む。覆い茂った天然の木々は頭上を蓋の様に塞ぎ、陽の光は全くと言っていいほど射し込まない。
「誰に言ってるんだ……」
警戒しつつ前方を歩くハルトがため息混じりに呟く。レベルアップが近いおかげで僕のテンションは意味不明な実況を始めるくらいには昂ぶっているらしい。
朝9時から始まったペア狩は17時になろうとしている現在も続いている。途中お昼休憩を取ったとはいえかなりの長時間だ。疲れが見え隠れするのも無理はない。
そろそろ休憩か撤収にしようかと考えているとことで突然前を歩くハルトが急に立ち止まった。
「ハルからメールだわ。夕飯は外へ食べに出るからそろそろ落ちろってさ。どうする?」
「そっか、もうそんな時間かぁ」
ハルトの家は3人暮らしで、家長のお爺さんが取り仕切っているだけあって朝も夜も早い。顔を合わせては孫が朝寝坊と夜更かしを繰り返してなっとらんと苦笑していた。
その一方でゲーム三昧の生活に何も言わない辺り甘やかしてもいるのだろう。
もしくは幼少期のトラブルメーカーがゲームで大人しくなってくれるなら安いものだと思っているのかもしれない。
山に入ったまま帰ってこなかったり、川に流されて溺れかけたり……。派手にやらかしたことは一度や二度じゃない。それこそ数えるのが億劫になるくらいで、しまいには役所の人にも『あぁ、例の』で通じるようになってしまった。
普通なら大目玉を食らって然るべき事件の数々だけど、ハルトは僕の知る限り一度も大人から怒られたことがない。色々と事情はあるけど、裏でお爺さんが方々に頭を下げて回っていたのが大きいのだろう。
大人達は笑って『仕方ないな』とか『やりすぎるなよ』と流すだけだったので、危ないから止めようとか、危険がないように別案を提示するのはいつの間にか僕の役目になっていた。
それはともかくとして。回想モードに浸っていた頭を振って意識を現実に切り替える。
さっさと行ってきなって言いたいところだけど、非常にタイミングの悪いことに、僕のレベルが上がるまで残り僅か3%だった。
順調に狩り続けられれば20分と経たずにレベルアップが見込めるとはいえ、待たせるには長い。かといって3%の為にわざわざ野良パーティーへ参加するのも手間だ。
ハルトが食べ終わって帰ってくるのを待ってもいいけど、今度は僕の夕飯と重なりそうで合流できるのは3時間後とかになりそうだし、出来ることならこのまま上げてしまいたい。
そんな葛藤がひょっとこりと顔に出ていたのだろう。
「おっけ、ハルも今から準備して着替えるから時間掛かるだろうし、3%くらい付き合うよ。さっさと上げちまおうぜ」
「あー、うん。じゃあお願い」
苦笑交じりの提案に有難くも乗らせてもらうことにした。
この時の選択が、今後続くであろう長い人生を鑑みても、最大の間違いであったことは否定しようがない。
だけど、そんな最低の選択を再びやり直せるとしても、僕は正解を選べない。
僕にとって、その選択が不幸な未来に繋がるのだとしても、何よりの救いになったのは否定しようのない事実だから。
あと3%だけ。そう決めた僕達は森林を徘徊する植物系モンスターを片っ端から狩るべく進軍を開始する。
身の丈ほどもあるトゲトゲしい触手をうねらせながら襲い掛かってくる食人植物。
普段は草花に擬態しており、一定以上近づくと状態異常の花粉を撒き散らす毒花。
幾重もの草と花が繋がって龍や鳥、動物の姿を模した魔物。
どれもこれも素の能力値は低めで弱点も火属性と斬撃に統一されているから近接職からすると非常に戦いやすい。
かといって経験値も低くなく、寧ろこのレベル帯の狩場からすれば破格と言っていいくらい高めに設定されていた。
それだけ聞くとなんてすばらしい狩場だろうと思われるかもしれないけれど、このゲームに置いて得られる経験値と難易度は完全に比例している。
このダンジョンで最も厄介なのは敵じゃない。このフィールド、森林そのものだった。
覆い茂る草花に擬態した植物は僕やハルトの索敵スキルでは対応できず不意打ちを食らう機会も多い。
足元に張り巡らされた木々の根は常に気を払わないと戦闘で躓く要因にもなる。
まるで大自然その物が人間を捕食して養分にすべく罠を張っているかのようだった。
「ほい、一丁あがりっと!」
樹に擬態していたゴーレムっぽいモンスターが一閃の元に断ち切られる。
見た目からして防御力が高いのが特徴なんだけれど、今の僕には敵の防御力を一定の割合で貫通できる【ペルシデウス】という支援スキルを覚えていた。
そこにハルトの攻撃力が加われば自慢の防御も紙と同じだ。ポリゴンが四散すると同時に経験値が0.2%くらい増加する。
後15匹。本来なら大した数ではないのだけれど、10分が経過した時点で問題に直面していた。
「……敵、見つからないね」
「こりゃどっか別のパーティーが通ったのかもなぁ」
幾ら歩き回っても全然敵に出会えず、レベル上げどころではなくなっていたのだ。
広いMAPには十分な数のモンスターが配置されているとはいえ、近い場所にパーティーが集まってしまうと付近の敵を全滅させてしまう事もままある。
特にこのダンジョンは植物系モンスターが多く、自発的に移動するより擬態して不意打ちするタイプが多い。
歩き回ってようやく1匹見つけたものの、周辺に敵らしき姿は見つからなかった。もしかしたらMAPの端の方に固まって湧いてしまったのかもしれない。
外食の準備をしているハル達を待たせられるのは30分が限界だろう。
どうしたものかと項垂れているとギルドチャットに文字が流れた。
『こんばんわでござる』
『お、今日も二人で森林かな?』
サスケさんとアキツさんが用事を終えてログインしたのか挨拶を投げたところだった。
今日は休日にもかかわらず登校しなければならないのだと昨晩に嘆いていたっけ。
『お二人ともこんばんは』
『おかえりー。朝からレベル上げ中だよ。俺はそろそろ出ちまうけど』
ゲームを始めた頃はどうして『おかえり』なのか、『いらっしゃい』じゃないのかと違和感を覚えていたりもしたけれど、そういう物なのだと思い込んでからは気にならなくなった。
ただ落ちる時の『お疲れ様』は未だに良く分からないので『またね』にしている。
狩が終わったタイミングとかならともかく、チャットで盛り上がっている時に落ちるときも『お疲れ様』なのが実に興味深い。
それはそれとして、実に丁度いいタイミングでログインしてくれた。
このまま敵を探し続けても約束の時間を過ぎかねない。なら、サスケさんとアキツさんを巻き込んでしまおう。
「ハルト、とりあえずこのまま入り口まで戻ろう。もしレベルが上がらなかったら2人に頼むから、ハルトは外食に行ってきなよ」
「んー、そうだな。悪い、じゃあ入り口まで行くか」
すまなそうに頷いてから歩いてきた道を引き返し始める。これならハル達を待たせることもないだろう。
僕は背中を追いながら片手でキーボードを立ち上げ、アキツさんとサスケさんにチャットを書く。
『良かったら一緒に狩りませんか? もう少しでレベルが上がるんですけど、ハルトは出かけちゃうみたいで』
『お、いいでござるな! みんなにもLINEを投げてみるでござるよ』
『丁度どっか行こうと思ってたし、すぐそっちに転移して準備するから。街で待っててくれるかな』
『分かりました。入り口まで戻ってから街で待ってますねー』
2人とも予定は開いていたみたいだ。満足げに頷いてから切れそうになっている支援を再展開する。
本当はこの場でポータルゲートを開いても良かったのだけど、最初に入り口へ戻ろうと提案したからか、なんとなくそんな気分ではなかった。
ハルトにも今まで散々付き合わせた負い目があったのかもしれない。レベルアップまで付き合ってやれないのなら、せめて入り口くらいまではと考えていた。
そしてそれが、僕らにとっては最後の転機となる。
『(´・ω・`)おほー、なになに、みんな集まって狩り行くの? らんらんも混ぜて?』
『こんばんは。期末が終わったのでやっとのんびり遊べますよ』
『みんなで狩りに行くんだって? 勿論僕も参加させて貰うよ』
入り口に向かう途中でサスケさんのLINEが届いたのか、見慣れた顔文字と名前が浮かぶ。
『お、試験終わって繋げるって事は手応えあったんだな』
『はい。皆さんのおかげです!』
ハルトの声に回復庫さんが嬉々として頷く。
回復庫さんが接続率を減らしていたのは、両親から『1年の期末で芳しい成績を残せなければ受験を視野に塾を検討しなさい』と諭されたからだった。
どうも両親は共働きで帰宅時間が遅いらしく、普段あまり構ってやれない息子が勉強に付いていけなくならないか心配していたらしい。
塾なんかに通わせられたらゲームで遊べる時間なんてなくなってしまうと思い、期末試験が終わるまでは勉強に専念する事に決めたのだ。
ただ、塾に行っておらず、一人っ子で両親の帰りも遅いのでは分からない問題があってもなかなか聞きにくい。
それを聞いたハルトがゲーム内で一緒にやろうと言い出し、いつの間にか皆も乗っかって勉強会を開くまでになっていた。
皆のおかげと喜んでくれた辺り、少しくらいの力添えにはなれたのだろう。
ネットワークストレージに参考書や教科書のデータを保存しておけばゲーム内からでもブラウザ経由でアクセスできる。
結果的には一人で黙々と勉強するよりはずっと捗ったようだ。
ちなみに言い出しっぺのハルトは中学1年生の問題くらい余裕だと意気込んでた割に四苦八苦していた。
おかげで危機感とやらが芽生えたらしく、勉強を教えて欲しいと頭を下げられたのには驚いたけれど、期末ではそれなりの結果を残せたようなので回復庫さん様々である。
『拙者とアキツは殆ど役に立たなかったでござるが、みんなでやったところは意外としっかり覚えていたでござるし。今回の試験は赤点に怯える必要もなかったでござる』
『赤だと冬季補習の参加必須だしな。折角の冬休みに勉強なんてしてられるかっての。でもホント、俺達の方が助かったくらいだよ』
からからと雑談を交えながらアキツさん達は近くの街へ転移したらしい。
僕等の方もあれから雑魚を2体狩れただけで森の浅瀬に差し掛かっている。あと数分で入口まで辿りつけるだろう。
このまま森を出たらポータルゲートを開いて街に戻り、ハルトがログアウトしたのを見送ってからみんなと合流するつもりだった。
時刻は17時20分。
ギルドのみんなが街で準備をしていた頃。
どこかの街で少女が大勢のプレイヤーに取り囲まれていた頃。
バルコニーの屋上で少年と少女が星を眺めていた頃。
何の前触れもなく。何の警告もなく。何の準備もなく。
突然に『それ』は起こった。
忘れられてるかもしれませんがこの物語は異世界転移系なんです!
むしろここからが本編なんです!
ほのぼのゲームは終わりを告げた。
無慈悲な現実に投げ出されたプレイヤーは絶望の中で希望を見出すことができるのか。
次章、境界の彼方、幻想の世界。
物語は急転直下を迎えます。




