僕がネカマになった訳-17-
「急な呼び出しだったのにホントありがとう。経費はこっちで持つから回復薬はバンバン使っちゃっていいよー」
転移ポイントで僕達を待ち受けていたリアさんは大きな盾を持った見るからに高レベルですって言う青年と一緒に出迎えてくれた。
「いえ、俺達もボス狩に興味はありましたから」
「(´・ω・`)宜しくお願いします」
「むぅー!」
みんなが思い思いに挨拶を返していく中、僕だけがリアさんの胸元からくぐもった声を出し続けていた。
出迎えに来てくれたのは転移直後の無防備な僕の身体を抱きしめる為だったようだ。柔らかな感触に包まれるのは悪い気分じゃないけどハルトの視線が痛い。
かといって無理に暴れても逆効果にしかならないのは今までの経験で学習している。結局は抗議の声を聴き届けたリアさんが自主的に解放してくれる瞬間を待つしかなかった。
頭をこれでもかってくらい撫でまわされること数分、ようやく満足が行ったらしい。解放されると共に数人分の距離を後ずさる。
「はぁー、久々にカナちゃん成分を堪能できたよ」
リアさんが夢見心地にほぅと息を漏らした。最近はこうならないよう警戒していたのでその反動なのだろうか。
酸欠で苦しかった呼吸を整えつつ恨みの籠もった視線を向けてみたけどリアさんにはどこ吹く風でちっとも反省の色は窺えない。
すると隣の青年が心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。全く関係のない青年にしか効果がないのでは意味がない。
結局は僕が折れるしかなく、これさえなければ完璧な人なのになぁと盛大に溜息を吐いた。
まぁ、初めて『クラルスリア』を着た状態で会った時の事を思えば抱き締められるくらい何てことはないと思う辺り、もしかして調教済みなんだろうか。
あの時は本気で服を脱がされかけて一番見せたくなかったドレス単品の姿まで晒す羽目になってしまった。
冷静に考えれば他人が装備を解除するなんてできるはずないのに、あの時のリアさんはそうした冷静な思考を頭から吹き飛ばすくらい迫力に満ち溢れていて、さながら餓えた狼だったのだ。
基本的にリアさんは可愛いモノに目がないらしい。人にも、物にもである。
「さっさと行きましょう。倒すのを待ってる人が居るんですよね?」
今はこんなでも戦闘中は本当に頼りになる。支援なので僕と同じ後方からの司令塔を担当しているのだけど、指示の的確さと判断の速さは追いつける気がしない。
なによりダンジョン内ではさっきみたいな行動をしないのでさっさと逃げ込むべく、談笑に興じているみんなをまくしたてた。
『ボルカ』は温泉街としてゲーム内でも有名な街で一見人気がありそうなんだけど、ホームタウンにしているユーザーはあまりいない。
原因の一つは間違いなくそこかしこから漂う耐えがたい硫黄臭だ。
火山の地熱によって暖められた硫黄が地面に染み込んだ雨に溶けてこの街まで流れ込み、温泉として噴き出している。
ただ、水に浸かる感覚の再現が今の技術だと難しいらしく現実のそれとは程遠い仕上がりになっていた。
リアリティに溢れているのがこの臭いだけとなれば、わざわざ入ろうとする人が少ないのも頷ける。
問題の地下水脈ダンジョンはこの街の奥、固そうな岩肌で覆われた山の中に存在している。
硫黄が染み込んだ水はとてもじゃないけど飲料用になんて使えない。そこで古代人達は山の表層近くに流れる、硫黄が溶け込む前の清流を集める設備を作ったのだ。
ダンジョン自体は石造りのトンネルで、断面図にすると凹のような形になっており、へこんだ部分に大量の水が流れている。
最奥まで進むと雨水をたっぷりと溜め込んだ地底湖が広がっていて、大型の水生系モンスターの住処になっているらしい。
基本的に一本道なので迷ったりする心配もなく、敵も前後からしか来ないので乱戦になっても対処しやすい。
構造上、奥まで行ってから入り口に引き返すだけで大量のモンスターと戦えるから『地下水脈○往復』なんて募集のされ方もする。
経験値効率や金銭効率が突出している訳ではないが、戦いやすいので初心者には人気があるのだけど、良くも悪くも単純な構造が災いして、ひとたびボスが湧いてしまうと逃げ場や回避策がなくなってしまい、狩場として成立しなくなってしまう欠陥も抱えていた。
【穢れた呪術師】は倒されてから一定の時間を過ぎるとランダムにポップするボスモンスターである。
元は人間で呪術師の名前の通り依頼を受けて人を呪っていたらしい。
ある日、高貴な血筋の人間を呪い殺すよう依頼され実行したところ、もっと腕のいい呪術師が控えていたせいで呪いを返されてしまった。
すると還ってきた呪いは強力な穢れとなって呪術師の身体を蝕み、触れる物全てを呪い穢す化け物に変えたのだという。
まさに自業自得、ミイラ取りのミイラ化である。
「【穢れた呪術師】の特性は知ってる?」
ようやく真面目モードになってくれたリアさんはダンジョンへ向かう道すがら狩りの打ち合わせを進める腹積もりらしい。
「攻略Wikiに書かれた情報程度なら。魔法系だけあって体力も攻撃力も防御力もそんなに高くないですよね。その代わり、厄介な状態異常付きの攻撃が多いとか」
「うん、大正解だよ」
隣を歩きながら覚えたての知識を披露する。直後に3歩分の距離を取るのも忘れない。ここならリアさんが手を伸ばしてもご覧の通り、ぎりぎり届かないのだ。
悔しそうな、残念そうな表情が視界の端にチラリと映ったけど気付かない振りをする。
どうにもリアさんは僕をやたらと子供扱いしたがるのだ。確かにこのアバターは年齢が低く見えるし中身たる僕もまだ学生で事実上は子供なのかもしれないけど、小学生低学年くらいの幼児みたく扱われるのは流石に遠慮したい。
……遠慮したいんだけど、その後は決まって捨てられた子犬みたいな視線を向けてくる。お世話になっているのは事実なので無碍にはしにくかった。もし狙っているなら恐ろしいまでの策士だ。
「……何か気をつけた方がいいところってありますか?」
離れていた距離を詰めてから伺うとリアさんはあからさまなまでに顔を綻ばせる。
「一番危ないのは体力が半分以下になると90秒毎に使ってくる【汚染奔流】かな」
ボスの大部分は演出の関係でHPが規定量を下回ると行動パターンの変更や強力なスキルが解禁されたりする。
【穢れた呪術師】に用意されているのは【汚染奔流】と呼ばれる範囲攻撃魔法だ。
「確か、自分を中心にした広範囲に石化、麻痺、毒、混乱の状態異常をばら撒いた後に強力な魔法攻撃で追撃してくるんですよね」
「ええ、特に厄介なのが石化ね。耐性装備が殆ど出回ってないから防ぎようがないの」
麻痺、毒、混乱は時々しびれたり身体が重くなったり目が回ったりするけど、行動自体は出来るのでインベントリからリカバリーポーションを使えば自力で回復できるのに対し、石化は身体が石になってしまうので行動自体が封じられてしまう。
誰かにリカバリーポーションや回復魔法を使って貰わない限り、時間経過による解除を待たなければならない。
他の狩場ならパーティーメンバーが回復してあげるだけで済むのだけど、このボスに限っては状態異常と追撃の魔法がほぼ同時に襲ってくるので回復している猶予はないのだ。
プレイヤー達からこのボスが敬遠される理由もこの一点に尽きる。
石化状態は身体が石になる関係で【打撃】属性のダメージが倍加する効果があるのだ。そして追撃の魔法にはお約束というかなんと言うか、ご丁寧に【打撃】属性が付与されていた。
運悪く石化状態で受けようものなら最上位職ですら即死しかねない凶悪なダメージを叩き出すコンボ攻撃になっているのである。
即死と聞いたみんなの顔が緊張に包まれる。どうやら過去のトラウマを思い出したらしい。
「防ぐ方法ってないんですか?」
ボス専用スキルだけあって状態異常の基礎確率は高めに設定されており、石化しない幸運を祈るにはちょっと分が悪い。
「攻撃や状態異常自体を防ぐ手段はないの。高額なレア装備とかには石化耐性が付いてる事もあるけど、完全耐性の付いた装備は未だに見つかってないって話よ」
期待半分に尋ねてみたけれどリアさんは残念そうに首を振る。プレイヤーの行動を封じられる石化は運営の難易度調整にも一役買っているらしく、完全耐性はまだ先の様だ。
しかし意気消沈しかけているメンバーにリアさんは明るい声で続ける。
「そんな顔しなくても大丈夫。攻撃なんて当たらなければ意味ないんだから」
「でも、魔法攻撃ってシステム的に必中扱いなんじゃ……」
物理攻撃はステータスとリアルラック次第で回避の可能性が残されているのに対し、魔法は完全自動追尾なので絶対に回避できない特性を持つ。
「ターゲット指定型の魔法はそうね」
けれど、その法則にも落とし穴と言うか、例外があった。
「【汚染奔流】は術者を中心とした範囲魔法なの。だから発動前に効果範囲外へ逃げられればやりすごせるってわけ」
魔法の効果範囲にも色々な種類がある。
オーソドックスなのは指定した1体にしか効果がない単純なターゲット指定型単体魔法だ。
他にも指定したターゲットを中心に一定の範囲があるターゲット指定型範囲魔法や、好きな場所を選んで発動する設置型範囲魔法なんてのもある。
【穢れた呪術師】はその中でも特に珍しい、術者を中心に周辺を巻き込む特殊な範囲を持っているらしい。
自分が呪われていて、その力を使うからだろうか?
「問題はどうやって事前に効果範囲から逃れるかだけど、それも安全な方法があるから安心して」
ボスの使う特殊スキルにもディレイやクールタイムは存在する。
検証好きの有志が調査した所、【汚染奔流】の再使用時間は90秒らしい。
おまけに魔法なだけあって発動までに数秒の詠唱を挟む。一部ボスやアンデットの使用する魔法は中断できないけど、誰かが90秒をカウントしておけば次に使われるタイミングを正確に予知できるのだ。
90秒経過後に詠唱を始めたらそれは必ず【汚染奔流】なので、急いで離れればまず巻き込まれないのだとか。
「カウントを忘れちゃっても右腕に付けてる腕輪を見れば判別できるわ。この魔法を詠唱している時だけ腕輪が白く輝くの。特にカナちゃんはよく見ておいてね」
運営の拘りなのか遊びなのか、強力なスキルを使う敵には必ず予備動作が組み込まれている。
高難易度のダンジョンではそれに目ざとく気付いて忠告するのも支援の重要な役割の一つになっているとか。
「分かりました。気を付けてみます」
神妙に頷く僕を見てリアさんは満足げに大きく頷いた。
それにしても、支援職って覚えることが多すぎやしないだろうか。時折目の前の敵だけに集中できる火力職を羨ましく思ったりもする。
移動しながらの打ち合わせが終わる頃合いで丁度良く目的のダンジョンの前に到着した。
地下水脈の入口には30人近いプレイヤーが困り顔で途方にくれながら仲間達と何事かを話しているようだ。
その中の一人、僕と同じくらいの小柄なアバターをした女の子が隣を歩くリアさんに気付いたのか、ぶんぶんと手を振りながら駆け寄りそのまま胸の中へ飛び込んでいった。
「お姉様!」
「お待たせ、すぐにやっつけちゃうから!」
子猫のように甘える少女とだらしのない笑みを浮かべて可愛がるリアさんの姿に僕等の顔が心なし引き攣る。
ふと視線を逸らせば青年が何かを諦めたかのような渋い表情を浮かべていた。
どうやらリアさんのギルドでは日常茶飯事らしい。レベルも経験も浅い僕等にボス狩の話を持ちかけてきた一端が垣間見えた気がした。
それにしてもお姉様って……。どこの百合系学園アニメだとは思ったけど、勿論口にはしない。
リアさんがもしこれを僕に期待しているのなら、訪れる日は永遠に来ないだろう。
「それ以上は人目のない所でやれ。そろそろ行くぞ」
いい加減に業を煮やした青年が人目も問わずいちゃつく2人を引き剥がして地下水脈に足を進める。
リアさんは若干不満げにしていたが、プレイヤーの向けてくる期待の眼差しを受けて目的を思い出したみたいで、残された少女に軽く手を振ると青年の後を追った。
「えっと、俺達も行くか……」
いち早く気を取り直したハルトがやや呆然としているみんなを促しつつ後を追う。
「そ、そうでござるな。しかし、拙者初めて目前でガチ百合を見たでござるよ」
「漫画とかアニメなら良いのに、いざ実物を見ると虚しさが込み上げてくるんだな。くそ、なんでその位置が俺じゃないんだ……」
「(´・ω・`)まだこれからよ。いつからんらんが正しい関係を教えてあげるわ」
背後からサスケさんとアキツさんと豚さんの心情が漏れ聞こえてきた。
ダンジョンの中に入ると途端に冷えた空気がまとわりつき体感温度がぐっと下がる。水路の幅は6mくらいだろうか。Agiの高い前衛なら飛び越えられそうだ。
底まで見通せる程透き通った清流はゆったりとしているうえ、水位も1メートルはないから頑張れば対岸に渡れそうではある。
ただし水中で襲われた場合、AgiやStrに大幅なペナルティを受けるので水の中に入るのはあまり得策ではないようだ。
水路の底には苔が群生していて大層滑りやすいらしく、中には足を滑らせ焦った結果、溺れ死ぬ間抜けなプレイヤーも居るらしい。
両脇には幅3mくらいの通路が水路に添って続いている。固められた土は思ったよりも乾いていて、ぬかるみに足を取られる心配はしなくて良さそうだ。
天井も両手を上げて飛び跳ねるくらいではとても届かないくらい高くて、古代人の持つ文明力の高さがうかがい知れる。
「地下水脈って聞いてたのでもっとじめじめしてるかと思ってました」
「鍾乳洞みたいな?」
「はい、まさにそんな感じで」
正直な感想にリアさんがくすりと微笑む。
「地下って聞いてたので灯りも用意したんですけど、使いそうにないですし」
通路を除いた壁や天井、水路の底に群生している苔はどうやら発光する性質があるらしく、ダンジョン全体を穏やかに照らしてくれていた。
特に水路の中の苔が放つ淡い光は揺れ動く水面によってゆらゆらと変化を続けていて眺めていると吸い込まれそうなくらい幻想的だった。
「初心者向けの狩場だし、灯り持参は鬼畜だと運営も思ったんでしょうね」
現実的なリアさんの物言いに今度は僕がくすりと笑みを漏らす。
ランタンや松明と言った暗がりを照らすアイテムは幾つかあり、場所によっては必須扱いになっているのだが意外と高かったりするのだ。
そのくせ松明は消耗品だし、ランタンは落としたり攻撃を受けると割れて使い物にならなくなる。
「でも、あんまり近づきすぎない方がいいわ」
もう少し近くで見てみようと段々水路に近づきつつあった僕の腕をリアさんが窘めるように引っ張った。
大体1メートルくらいだろうか。覗き込むにもうっかり落ちるにも遠すぎる距離だ。
「流石にそこまで子どもじゃないですよ」
「そうじゃなくてね」
恨みがましげな視線を向けるとリアさんは苦笑しながら青年に声を掛ける。
すると彼は腰に差した剣を引き抜いてからすたすたと水路に向かって足を進め、覗き込むには丁度いいくらいの距離まで踏み入り。
次の瞬間、水面が爆ぜた。
同時に剣を一度だけ振るい、次の瞬間には何事もなかったかのように鞘へ納める。
水面から何かが飛び出してきたのを斬り伏せたのだと気付いたのは真っ二つにされたモンスターの身体が僕のやや前方に転がった後、ポリゴンとなって四散してからだった。
「トビウオっていう名前のモンスターよ。水路に近づくと飛び跳ねて攻撃してくるの」
いわば初見トラップの一つらしい。幻想的な水路を覗き込もうとすると顔面を食いつかれて最悪の場合は視界不良に陥り水路へ落下する。
たかだか1メートルに満たない水位で溺死するプレイヤーがいる理由にようやく納得がいった。
リアさんが声を掛けてくれなければ間抜けなプレイヤーの仲間入りを果たしていたかもしれない。
「カナちゃんみたいな純粋な子はもれなく引っかかるの。ダンジョンの危険はその積み重ねで学んでいくものよ」
運営め、よくもこんな人間の心理を悪用した卑劣極まりない罠を設置しやがってと思う反面、確かにダンジョンなんだから罠の一つくらいあって然るべきだ。
目に見えるスイッチや宝箱だけが罠だとは限らない。これもいわゆる地形トラップの一つなんだろう。
「気を付けます……」
どうやらまだまだこのゲームに関しては『子ども』だったようだ。
暇な時にWikiやサイトを読んでいるとはいえ、そもそもの情報量が余りに膨大なせいで把握できていない点も多い。
特に基礎的な知識を得られる初心者をレベリングで盛大に飛び越えた経緯もあって、知識の偏りが激しいのは自分でも知る所だ。
思わず項垂れていると背後から生暖かい視線を感じた。
振り返るとハルトがしたり顔でこっちを見ている。どうやらあいつも盛大に引っかかった経験があるらしい。
「綺麗だし覗いてみたくなるよな。事前情報がなければ誰でも引っかかるって」
ハルトの視線に気付いたアキツさんが素早くフォローに回ってくれる。
「アキツさんも引っかかった事があるんですか?」
「いや、俺達の場合はハルトが真っ先に覗きに行って犠牲になったからさ」
「あの時は水路に落ちたハルト殿がパニくった末に【ハウリング】まで使ったせいでとんでもない数の敵に囲まれたでござるよ」
「(´・ω・`)地形効果で普段の範囲の倍近くの敵を引き寄せたの。あの日見たモブの数をらんらんはまだ知らないわ」
「ポーション使うまでもなく全滅しましたしね……」
どうやら思った以上の事件があったらしい。4人から視線を向けられたハルトは露骨に顔を背けていた。
「新しいダンジョンに行くとほぼ引っかかってくれたな」
「森林ダンジョンに行った時なんてギミック扱いの蜂の巣を突いて全滅しましたからね」
「そんな事もあったでござるなぁ。誰がどう見ても罠にしか見えなかったでござる」
ずっと一緒にやって来ただけあって、次から次へと余罪らしきものが転がり出てくる。
最初は聞こえないふりをしていたハルトだったが、段々と耐えがたくなってきたのか、遂には奇声を発して割り込んできた。
「だぁぁっ! お前らさっきから聞いてれば好き放題言いやがって! 前衛ってのは最前線を歩くんだから仕方ないだろ! 真っ先に危険に飛び込む俺を少しは労われ!」
まぁ確かに、ハルトの言う事も一理あった。後衛は前衛の通った場所を歩くからある程度の安全が確保されているし。
けれどみんなの視線は心からの釈明を受けてなお生暖かかった。
「休憩中に蜂の巣突くのって前衛の仕事でしたっけ」
「みんなで何かあるよなーって言ってた魔法陣に飛び乗るのも前衛の仕事だったのか」
「(´・ω・`)水路の時も事前に水中へ引き込まれると危ないから近付かないようにしようって取り決めたの、らんらんは忘れてないわ」
ハルトのトラブルメーカーが筋金入りなのは他ならぬ僕が一番、この身を以って理解している。
とりあえず首を突っ込んでみる向う見ずな積極性は現実なら評価されても、危険なダンジョンでは死期を早めるだけだろう。
「……普通はやらない事をやる! 例え罠かもしれなくても試してみるのが冒険の醍醐味だろ!?」
「世の冒険家は命が幾つあっても足りないでござるなぁ……」
苦し紛れの良い訳にサスケさんがぽつりと漏らす。
「なんか、ごめん……」
身内の不始末に思わず謝罪の言葉が転がり出た。これまでに数々の苦労があったのだろう。
「いや、結局は笑い話になってるでござるよ」
「おかげでダンジョンのトラップは大体理解できましたし」
それでも何だかんだで楽しんできているのは確かなようだ。
「引っかかるかどうかで賭けた事もあったな」
「みんなで引っかかるに賭けるから成立した事がないでござるが」
アキツさんと豚さんが思い出したように笑う姿に、ですよねぇと心から同意する。
「賭けてたのかよ! つか誰か一人くらい信用しろよ!」
瞬間、誰もがふっと視線を逸らし、ハルトの叫び声だけが水路内にどこまでも木霊していた。
「散々言われたけど、俺が活躍する話だって山とあるんだよ。まずはそうだな……」
「是非とも聞きたいところだけど、それは今度の機会にお願いしようかな」
名誉挽回とばかりにとっておきの名場面を語ろうと切り出したハルトだったが、突然割って入って来たリアさんに止められる。
「どうやらこっちに気付いたみたい。さっきのハルト君の叫び声でね」
ハルトのトラブルメーカーはここでも十全に効能を発揮したらしい。そもそも人の声はそれ単体で敵のヘイトを稼ぎかねないのだ。
非アクティブの大人しいモンスターならいざ知らず、【穢れた呪術師】クラスのボスモンスターなら声が届いた時点でヘイトを稼いだも同然である。
「基本的には私と彼で前線を支えるから、みんなは攻撃に専念して。ハルト君は水路のアクティブモンスターが湧いたら対処をお願い」
既に陣形や連携の打ち合わせは済んでいるので特に問題はない。それどころか、ようやくお出ましかとやる気は十分そうだ。
なんだかんだ言いつつも、みんな未知数の強敵と戦うのは嫌いじゃないのだ。
「カナちゃんは打ち合わせ通りに、私とは距離を置いてね」
「はい。両方とも行動不能になる事態を防ぐ為、ですよね」
攻撃の矢面に立つリアさんが万に一つの確立で戦闘不能になったとしても、僕さえ生き残っていれば蘇生魔法で体勢を立て直せる。
ちなみに盾役の青年が死ねばその時点でデッドエンド確定である。僕らじゃ蘇生前に瞬殺されるだろうし。
水路の奥から真っ先に漂ってきたのは生ごみのような腐臭だった。
穢れに包まれた【穢れた呪術師】の身体は長い年月を経ても土に還る事が出来ず、されど生前のような肉体を維持する事も出来ず、半分腐ったままでいるらしい。
耐えられない程ではないにせよ不快なことに変わりはなく、一斉にあらかじめ用意していた浄化の杯を使用する。
腐ってるのが半分だからか、以前ゾンビの大量虐殺ツアーに参加した時に比べてほとんど気にならなかった。もしかしたらそんな余計なことを考えられないくらい緊張しているのかもしれない。
「それじゃあ始めるよっ!」
リアさんの合図に従ってハルトが【ハウリングシャウト】を使用し、通路内に潜んでいた全てのモンスターを引き付ける。
その叫び声は当然、こっちに向かってくる【穢れた呪術師】を大いに刺激し、歩く程度だった移動速度が跳ね上がった。半分腐ってるくせに身動きはかなり素早いようだ。
脇目も振らずハルトへと向かう【穢れた呪術師】の進行上に、打ち合わせどおり大盾を構えた青年が立ちはだかる。
これで準備は完了だ。青年が大盾を振るや否や、ハルトに傾いていたヘイトが瞬く間に逆転した。
「あれが守護者のヘイトスキルか……えげつない量だな」
ハルトの【ハウリングシャウト】と比べて10倍近いヘイトをたった一度のスキルで叩き出す。
流石は盾役に特化した最上位職といったところか。聞くところによると再使用時間が長い上に単体効果なのでボスにしか使い道がない反面、これだけあればほぼ完全にターゲットを固定できてしまうらしい。
とはいえいつまでも見惚れている訳にはいかない。地下水路を始めとする密閉された構造のダンジョンはシャウト系スキルの範囲と効力を増幅させる地形効果がある。
数十に達するであろう雑魚どもが大挙して押し寄せている真っ最中なのだ。
「まずはさっさと雑魚を片付けましょう」
今の僕達からすれば大幅に格下の存在とはいえ、こうも群れられると一歩間違えるだけで窮地に立たされることだってある。
幸い、水生系モンスターは陸上での活動が鈍いので接近までに時間がかかる上、豚さんとアキツさんの準備もとっくに終わっていた。
「(´・ω・`)おほー! 今夜は焼き蛙とロブスターよー!」
水路から上がって来たばかりのモンスターを灼熱の炎が瞬く間に焼き尽くす。
列を成して自ら炎に飛び込む姿はベルトコンベアで自動生成される食品工場を思わせた。
中にはガッツのあるモンスターもいて、火達磨になりながらも突撃を敢行するのだが、待機していたアキツさんの矢によって串を打たれ見事に調理される。
「おっと、こっちは通さないでござる!」
「僕だって今日はとっておきのアイテムを用意したんですからね!」
魔法の範囲外から接近しようとした敵にはサスケさんと回復庫さんが臨機応変に対処していた。
経費をリアさんのギルドが持ってくれるとあって、回復庫さんは普段なかなか使えない高価な攻撃アイテムを嬉々とした表情で投げまくっている。
敵は格下でも、すぐ近くにボスがいるのだから油断も出し惜しみもしない。予め作戦を講じていただけあって殲滅は迅速だった。
数分に亘る焼却処分を終えると後には綺麗な水路が残るのみだ。これで下手な横入れに悩まされることもなくボス戦に集中できる。
「リアさん、終わりました! 今から加勢します!」
「お願い!」
リアさんは支援だし、同じギルドの青年も守護者の盾役なので火力は一切ない。
【穢れた呪術師】の体力を削りきるのは雑魚の始末を終えた僕達の仕事であり、責任もまた重大だった。
「それでは早速かましてくるでござるよ! カナタ殿!」
「はいっ! 【浄化】」
僕はインベントリから小瓶を取り出すと、目の前に差し出されたサスケさんの武器にそっとふりかけてから魔法を発動させる。
本来は特定の状態異常を回復してくれる回復系の魔法だが、対象を人ではなく『アイテム』にした場合はまた異なる効果が得られるのだ。
エフェクトと同時にサスケさんの武器が淡い光に包まれる。
【浄化】は水に使えば先程取り出した小瓶の中身である『聖水』に、そして聖水がかかった武器に使うと一定時間『聖属性』を付与する魔法に変わる。
不死属性である【穢れた呪術師】に対しての効果は抜群と言えよう。
「MPが、尽きるまで、殴るのをやめないでござるッ!」
どちらかと言えば殴るより突くや斬るが正しいのだけれども、お決まりなのでもはや誰も突っ込まない。
サスケさんが持てる最大威力の【暗殺】を可能な限り連続で叩き付ける。背後からのハイドボーナスまで加算されているだけに【穢れた呪術師】のHPが目に見える勢いでごりごりと削られた。
しかしありったけのMPを叩きつけても1/10までで止まってしまう。事前にHPを調べていたとはいえ、ボス特有の膨大なHPには閉口せざるをえない。
「(´・ω・`)続けていくわよー!」
そこへ詠唱を終えた豚さんの魔法と準備を終えたアキツさんの矢が次々に飛来し、【穢れた呪術師】の身体を貫いた。
飽和攻撃に【穢れた呪術師】が咆哮するも、守護者である青年は軽々と抑え込む。攻撃は実に順調だった。
何より盾役の青年の実力が飛びぬけていて、危なっかしい場面なんてついぞお目にかかることもなく、10分程度の攻防でついにHPの半分を削りきる。
今のところ順調そのものだけど、そもそも強化もスキルの解禁もされていない状態で苦戦するようじゃ討伐なんて夢のまた夢だ。
問題はここから。ついに恐れていた魔法が解禁される。
「全員退避っ!」
リアさんの叫び声が水脈内に響き渡る。ほぼ同じくして守護者の青年とサスケさんが敵に背を向け脱兎のごとく駈け出した。
僕達後衛陣も例外なく事前に付けていた印まで後退する。全員が境界線を超えてから数秒後、その奥を真っ黒な霧が覆いつくし、凄まじい風切り音が吹き抜けた。
【穢れた呪術師】の姿は黒い渦に掻き消えて見えず、右腕に付けていた腕輪の発する光だけが薄雲の向こうでぼんやりと輝いている。
「これが【汚染奔流】よ。今回は私がカウントするけど、再使用は90秒だからカナちゃんも数えてみると良いわ」
いつの間にか隣に立っていたリアさんが僕を背後から抱きすくめながらそんな事を言った。ついうっかり【汚染奔流】の中に押し込みたくなる衝動をどうにか堪えつつ素直に頷いておく。
リアさんはそんな僕の思惑に気づく気配もなく堪能してからひらひらと手を振って青年の元に向かった。
「効果時間が切れ次第、彼がタゲを固定するから。それを待ってから攻撃をお願いね」
見れば真っ黒な渦が少しずつ晴れている。どうやら効果時間が終了するらしい。
「カウント、90!」
視界が確保された瞬間に守護者の青年が【穢れた呪術師】へと突き進む。そして再びヘイトスキルを発動しターゲットを完全に固定した。
まだMPが回復しきっていないサスケさんは今回その場から動かずMP回復に集中。
余裕のあるアキツさん、豚さん、回復庫さんの3人でありったけの火力を叩きつけるのだが、HPゲージの減りは先程に比べると明らかに鈍かった。
「(´・ω・`)魔法耐性高すぎksg」
豚さんが愚痴るのも無理はない。
このゲームの呪術師は付与術師の上位職の一つで、対魔法のエキスパートでもあるせいか魔法耐性がかなり高く設定されており、自慢の炎魔法は弱点属性だというのに効果はいま一つ。
「つっても、こっちだって似たようなもんだよ」
さりとてアキツさんも思ったほど攻撃が通っていなかった。
【穢れた呪術師】の身体は僕等と比べてもほんの少し大きい程度の人型だ。
守護者の青年がタゲを取っていると言ってもマウントポジションで押さえつけている訳じゃない。それなりの速度で動き回りながら剣や盾を交えているのだ。
必中ではない矢や投擲系の攻撃アイテムは範囲魔法と違って味方に当てると当たり判定を伴わずに消滅してしまう。
味方へのダメージにならないだけマシとはいえ、今でも半分近い攻撃は避けられたり、青年の盾や身体に当たってダメージになっていなかった。
「かといって、強力な近接スキルなんてないですし……」
この状況で最も効率よくダメージを与えられるのは外しようのない近距離からの攻撃だが、近接職のハルトは万が一の横湧きとリアさん達が決壊した時に蘇生までの時間を稼ぐ保険として備えているので攻撃には参加させられない。
「せめて対になる表現者が居れば支援の幅も広がるんだけどね」
先程から演奏スキルで火力のサポートをしてくれているギルバードさんも、たった一人では本来の職性能を十分に引き出せないでいる。
おまけにこれからは90秒毎に【汚染奔流】が飛んでくるので、回避行動に必要な時間を考えると攻撃の機会も今までより減るだろう。
今のところ怖いくらい安定しているから気分が焦れるのは仕方ないのかもしれないけど、単純な凡ミスに繋がるのだけは避けなければ。
気の抜けつつある彼らを鼓舞すべく、僕はやや芝居がかった声色で応援してみる。
「元からレベル不足ですし仕方ないですよ。その分リアさんと守護者の方が頑張ってくれてるんですから、私達も出来る限り頑張りましょう」
「(´・ω・`)そうね、一番大変なのはあの二人だもんね」
「少しでも負担を減らせるよう頑張らないとな」
「考えたんですけど、アキツさんと僕でもう少し近づいて左右から挟撃してみません? 多少は避けられ難いんじゃないかと思うんです」
自分で言うのも難だけれど効果は覿面だった。男の子って扱いやすい。自分がどう言われたら頑張れるかを口にするだけで驚くくらい簡単に思い通りになるんだもの。
内心ほくそえんでいるとハルトから『よくやった!』とウィスパーチャットが飛んでくる。
ふと見れば堪えきれなかった肩の震えを水路の敵を監視している風を装う事で隠していた。
思わず『蹴り落とすぞ』と返すと少しは反省したのか『(´・ω・`)』と顔文字だけが返ってくる。どうやら暇を持て余しているらしい。
無理もないか。ボス狩りに一番意欲的だったのはハルトだ。にも拘らず現場で待機命令を下されたとなればさぞ無念に違いない。
『もうちょっとレベルが上がったらギルドの皆で簡単なボス狩りでもしてみようか』と慰めを送る。すぐに『絶対な!』と返事が来る辺り、翌日にも行こうと言い出しかねない勢いだ。
こうなったら目の前の【穢れた呪術師】を完膚なきまでに叩き潰してみんなを勢いづかせなくては、次の機会そのものが立ち消えかねない。元より失敗するつもりなんてなかったけど、より一層気を引き締めてかからねばならなくなった。




