僕がネカマになった訳-16-
2時間後。
モンスターのドロップ品で重量限界に達した僕等は危なげな場面に陥ることもなく無事帰還を果たした。
格下狩場ならともかく、適正かそれ以上の狩場だと司祭一人で7人分の支援を賄うのは熟練した腕を持ってしても難しいと言われている。
回復庫さんはそれを見越し、商人系のスキルで拡張されたインベントリに大量のMP回復ポーションを積んでくれたのだけれど、結局最後まで使う機会は訪れなかった。
これは僕のプレイヤースキルが異様なまでに高かったから……なんて筈はなく、リディアさんから譲り受けた『クラルスリア』の性能が異常だったのと、みんなの動きが良かったからだ。
支援不在の狩りで効率化や安定を図るなら個々の動きから無駄を排したうえで連携を極めるしかない。
アキツさんと豚さんは敵のHPと自分達の火力を完全に暗記しているらしく、機械のような正確さで余剰火力を1割未満に抑えるという神業をさも当たり前のように披露してくれた。
野良パーティーだと火力の調整なんてまずしないから常に余剰火力が発生してしまい、無駄撃ちによるMP切れからの休憩も多い。
ギルド狩を知ってしまうと野良では満足できなくなると言われている理由がよく分かった。
背伸び狩場だけあって僕のレベルは2つ、みんなも最低1つは上がったようだ。
手に入れたドロップアイテムにはダークナイトが落とす高額装備も混ざっており、収入的にもかなりの黒字で初のギルド狩りとしては幸先のいいスタートと言える。
清算が終わった後はついでに買って来たちょっと高めのジュースで乾杯し、さながら祝杯ムードに包まれていた。
「いやぁ、やっぱ一人でも支援が居ると違うわ」
「(´・ω・`)らんらんMP余裕過ぎて管理の仕方忘れそうよ」
「今後は【守護】さえあれば拙者でも大型の一撃くらい耐えられそうでござるしな、回避に安定まで加われば文字通り最強でござる」
司祭で習得可能なスキルは職業ごとに設定されたデメリットを補う物が多い。
真っ先に覚えたのは豚さんが喜んでいる【恩寵】というMP回復速度を大幅に向上させる支援スキルだ。
これさえあれば聖職者時代の不足しがちなMP問題を一挙に解決できてしまう。というか、その問題を解決する為だけに調整された感が否めない。
効果の割には消費MPも驚くほど軽く気軽に多用できるおかげで【恩寵】を持つ司祭の有無により、効率や難易度に大きな隔たりが出来ているらしい。
一部からはMPの回復計算式自体の修正をするべきだなんて声も上がっているけど、βテスト中ならともかく今さら根幹にかかわるバランスを再調整するのは難しいのだろう。
運営にもそのつもりはなく、あくまで『転職を機にパワーアップした自分を実感して貰うにはスキルの使用頻度を増やすのが一番良いという結論に達した』と声明を出すに留めた。
誰に使っても劇的な効果を実感できるスキルではあるけれど、豚さんみたいに高Intの魔導師とは特に相性が良く、燃費の良い魔法ならほぼ無尽蔵に連発できるようになる。
後半のダンジョンは敵のHPも爆発的に増えるので、スキル主体の戦闘で爽快感を味わってほしいと言う運営の意図はとりあえずユーザーにも受け入れられていた。
サスケさんの言っていた【守護】も戦術に劇的な変化をもたらした司祭を代表するスキルの一つで、独自の耐久値を持った防御壁をパーティーメンバー全員に展開する魔法だ。
耐久値は最大HPの約20%と控えめだけど、なにより嬉しいのはこのスキルが敵のヘイトを稼がない点にある。
おまけに接続時間もそこそこ長く、戦闘前や切れた直後に再展開すればヘイトを稼ぎやすい回復魔法の頻度を大幅に減らせるのだ。
このスキルが実装されてからというもの、ヒーラーがターゲットを奪ってしまう事故が格段に起こりにくくなっている。
前提スキルが多いのでまだ習得できていないけれど、今後の習得候補の筆頭スキルだ。
その他にも記録した地点へ繋がっている門を開く【ポータルゲート】や、様々な状態異常を回復する【浄化】など、便利な魔法は数多い。
不慣れな司祭がたった一人加入しただけで背伸びだと思っていた狩場を温く感じてしまうのだ。
来るかもわからない支援職志望の初心者をチュートリアル後の転移場所で待ち続ける人達の気持ちが今なら少しだけ分かる気がした。
「しかし一番凄かったのはカナタ殿でござるな」
「ふへ……?」
サスケさんに突然名前を出されて思わず変な声が出る。
司祭になれたと言っても僕はまだ駆け出しに過ぎない。
2週間で覚えられたスキルは全体からするとほんの僅かで、転職前の聖職者に毛が生えた程度の能力だし。
今日にしたってこのスキルがあればと思ってばかりで、上位職のスキルを駆使して戦うみんなとのレベル差を感じずにはいられなかった。
特にお化け屋敷ではゴーストの魔法対策として【シエラ】を全員に維持する必要があり、ただでさえ足りないMPに更なる負担を強いられる。
不測の事態にヒールできるだけのMPを温存すると基礎支援の維持さえままならず、攻撃系ステータスを上昇させる【強化】をアタッカーの豚さんとアキツさんだけに絞ってMPを節約するという苦肉の策に出るしかなかった。
足手纏いにはならなかったとしても力不足感は否めない。なのにみんなは今日の僕の支援を口々に褒めてくれた。
「盾のハルトさんや演奏中のギルバートさんに【強化】を使ってもあんまり意味ないですし、重要じゃない基礎支援を思い切って捨てたのは良かったと思います」
「厄介な配置に出くわしても指示に滞りもなかったでござるしな。安心して戦えたでござるよ」
「困ってそうならフォローも必要かと思ってたけど、最後はそんなん忘れるくらい弓に集中できたしな」
きっとみんな、初めてギルド狩りに参加した僕に気を使ってくれたのだろう。
「……ありがとうございます、次はもっと頑張りますね」
今回の清算でそれなりにまとまった額が貯まったので、MPRを強化できるアクセサリや杖を購入すればもっとまともな支援ができるようになるはずだ。
「お前ら、ちょっと待てよ……」
一日も早くみんなの期待に応えられるようになろうと決意を新たにしたところへ背後から擦れた呻き声が聞こえた。
何事かと振り返ればハルトが地面を這いながら水面に突き出る亡者のように手を伸ばしている。
「違うだろ……。そりゃカナタの支援が大きいのは認めるけど、一番苦労してたのは誰がどう考えてもこの俺だろ!」
我慢ならんと叫ぶハルトの表情は暗く沈みきっていて、色濃い疲労がありありと浮かんでいた。
「なんだよあの指示、奴隷ってレベルじゃねーぞ! 盾役に繊細なヘイト管理を要求するだけならともかく、火力にまで加われとか無茶ぶりにも程があるだろッ」
一息に吼えると肺活量を使い果たしたのか、肩でぜぃぜぃと呼吸を荒げる。
どうやら2時間の狩りで持てる気力も体力も使い果たしたらしい。ゲームの中で疲労にあえぐとは、軟弱な盾役もいたものである。
まぁ、そうなるように仕組んだのは他ならぬ僕なのだけれども。
与えたダメージと発生するヘイトは基本的に等しい。
ダメージ1につきヘイト1。敵に1000のダメージを与えれば1000のヘイトを稼げると言った具合だ。
ただ、中にはヘイトを稼ぐ為だけに存在する特殊なスキルもある。
ハルトがよく使う【ハウリングシャウト】はその一つで、ダメージを与えられないけれども、雄叫びによってかなりのヘイトを稼げるのだ。
とはいえ、このスキルだけで完全にターゲットを固定できるとは限らない。
ハルトが稼いだヘイト以上のダメージを短期間で誰かが与えてしまった場合、攻撃した人にターゲットが変わってしまう。
今まで支援不在だったギルドは自分達より弱い敵を数多く倒す『質より量』の狩り方をしていた。
弱いだけあって敵のHPは低く、倒すまでに必要なダメージ量、つまり攻撃によって稼げるヘイトにも限界がある。
その上、攻撃で発生するヘイトを豚さんとアキツさんの間でほどよく分散させていたので【ハウリングシャウト】を1回使えば倒しきるまでに必要なヘイトを稼げていた。
敵のHPを仮に1万として、ハルトのスキルで4000、アキツさんと豚さんがそれぞれ3000ずつ分担すると言った具合だ。
ところが、お化け屋敷に出てくる敵は今までの狩場よりずっと強力なのでHPも多い。
倒すまでに稼いでしまうヘイトは普段の狩場より大幅に増えてしまい、【ハウリングシャウト】1回だけでは倒しきるまでにターゲットを固定できる十分なヘイトには届かなかった。
それに対し、アキツさんと豚さんは僕の【恩寵】によってMP回復速度が格段に強化されており、パーティーの火力は普段とは比べ物にならないくらい上がっている。
防御力の低い後衛がついうっかりターゲットを奪ってしまうとヒーラーの負担が一気に跳ね上がるので全滅の原因になりやすい。
万全を期すのであればターゲットを完全に固定するしかなく、そこそこ長い再使用時間を待ってから2度目の【ハウリングシャウト】を使ってもらう必要があった。
最初はヘイトを稼ぎすぎないようわざと攻撃の手を緩め【ハウリングシャウト】の再使用時間を待っていたのだけど、正直言って効率が悪い。凄く悪い。
攻撃している時間より待っている時間の方が長いんじゃないかと思ったくらいだ。
そもそもどうして【ハウリングシャウト】の再使用時間を待たねばならないのか。
ハルトの稼ぐヘイトが足りていないのなら、もっと別の、原始的な手段によって上積みすればいいだけではないのか。
そう考えた僕に一つの名案が浮かんだ。
ハルトは純粋な盾型じゃない。攻撃力と防御力を両立したバランスタイプだ。スキル攻撃を使えばそれなりに火力も出せるのである。
範囲ヘイトスキルなんて安易な方法に頼らず、足りない分のヘイトは自分で攻撃してちゃっちゃと貯めてしまえば良いではないか。
【恩寵】の恩恵を受けられるのは盾役をしているハルトも同じなのだから。
結果的に言えば目論見は見事に成功した。
豚さんは全体攻撃で敵のHPを削り、アキツさんが単体攻撃で数を減らす基本戦術はここでもかわっていない。
ハルトには【ハウリングシャウト】で全体のヘイトを稼ぎつつ、アキツさんが集中的に狙う敵のヘイトが代わらないようにスキル攻撃を織り交ぜ、豚さんの範囲魔法が発動すれば全体のヘイト量を確認し、次の範囲魔法でターゲットが変わってしまいそうな敵がいればそいつにもスキル攻撃を連打するという手間が増えただけだ。
なに、目玉と腕が3対か4対くらいあれば造作もない。
奇声を発しながら狂ったようにスキルを乱発するハルトに代わり、『クラルスリア』のおかげで破格の防御力を得た僕がわざと前へ出ては新手を寄せ集め、間髪居れずにおかわりを提供し続ける華麗な連係プレーも光り輝いた。
【恩寵】のおかげで休憩時間なんてものは必要ない。
おかげで経験値効率はうなぎ登り。ドロップアイテムも大量で2時間の狩りにしては異常なくらい美味しかった。
これがハルト一人の犠牲で成り立つのなら安いものだ。僕は満面の笑みで打ちひしがれている彼の肩に手を置き、期待を篭めて言う。
「次もこの調子で頑張ってね」
「無理に決まってんだろぉぉぉぉぉぉ!?」
その場に崩れ落ちて壊れた声を上げるハルトをみんなはどこか哀れそうに眺めていた。
パーティーを安定させるのが支援の役目なら、狩りの効率を高めるのが盾の役目である。
見た感じまだもう少しくらいなら余裕ありそうだし、次からはもっと頑張って貰わねばなるまいて。
白く染まっていた若干一名を除いてみんなでわいわい騒いでいるとハルトが突然虚空に向かって口パクを始めた。
別に精神が遠い場所へ逝ってしまったわけじゃない。多分誰かからWisチャットでも受けたのだろう。文字チャットで済まさない辺り込み入った話のようだ。
野良パーティーには殆ど行かないハルトはギルドメンバー以外の交流が薄い。相手が誰なのか気になったけど、豚さんの買って来たボードゲームが良い所だったのですぐに視線を戻した。
様々なゲーム会社が参加したプロジェクトだけあって自社のゲームを宣伝用に実装している企業も多く、この手のミニゲームには事欠かないのだ。
ゲームの中でゲームをするのは何故かとっても複雑な気分にさせられるけれども。
暫く遊んでいると長い会話を終えたらしいく、神妙な顔でゲーム中の僕等に割り込んでこう言った。
「なぁみんな。リアさんからWis来て、今から【穢れた呪術師】を倒すのを手伝ってくれないかって頼まれたけどどうする?」
お茶会主催のレベリングイベントで知り合ったリアさんとは今でも良好な関係が続いている。
大手ギルドの幹部を務めてるだけあって育成が早く、僕達と組んでも経験値なんて得られないくらい高レベルになったのに、観光や遊びの誘いをよくしてくれるのだ。
効率狩ばかりじゃ飽きるから息抜きも兼ねているらしい。経験者だけあって知識も豊富なのでスキルやステータスに悩んだ時は相談に乗ってもらっていた。
気も利く上にノリも良いので一緒に遊ぶと凄く楽しい。多分、リアルでは僕等より少し年上くらいだと勝手に思ってる。
ハルトは頻繁にやりとりしてるみたいで正直羨ましかった。僕なんて幾らお近づきになったところで男とすら認識してもらえないのに。『このリア充が』と思ったのだって一度や二度じゃ済まない。
非モテ同盟を名乗るくらい女性との触れ合いに縁のないみんなだ。僕は最初から対象外と言い切ってるし、リアさんは綺麗なうえに胸が大きいので普段なら調教された犬の如く『はい喜んで!』とお誘いを受けただろう。
それが今日は珍しくも悩む素振りを見せている。
「【穢れた呪術師】ってなんなの?」
会話の内容からしてそれがモンスターらしき何かである事は推察できるけど、予習した範囲では聞き覚えがない。
みんなは名前に反応していたから有名なのだろうか?
その辺りを詳しく尋ねるべく近くにいたハルトの裾を引いた。
「あぁ、地下水脈に出てくるボスだよ。カナタは飛ばしたから知らないだろうけどレベル30くらいのプレイヤーには丁度いい狩場でさ。随分前に通ってたんだけど数えきれないくらい全滅させられてな。ちょっとしたトラウマになってる」
なるほど。僕もボスモンスターの理不尽さは体験済みである。一生懸命狩っている所に颯爽と現れプレイヤーを狩り尽くす姿はいっそ清々しささえ感じられた。
デスペナルティだって軽くない。ボスが暴れまわるせいで狩が頓挫し解散になってしまった時もある。
「リアさんとこの初心者さんが襲われたらしくてさ。排除してあげたいけど今は高レベル面子が揃わないんだと。で、俺達が一緒ならギリ狩れるかもしれないって事らしい」
悲しいかな、ボスにも人気というものがある。
弱かったり、ドロップに高額な物が揃っているボスは凄く人気で、遭遇したパーティー同士が泥沼じみた妨害工作を繰り広げる事もあるのだそうだ。出来ればあまり関わり合いにはなりたくない。
その点【穢れた呪術師】はとにかく人気がない事で有名らしい。
即死、石化、毒、麻痺、睡眠、混乱などなど、厄介な状態異常を万遍なく使いこなす時点で面倒臭いのに肝心の高額レアが一つも確認されていないのだそうだ。
もしかしたら超超超低確率で何か落とすかもしれないけれど、限りなくゼロに近い確率はないに等しい。
状態異常のリカバリ要員でパーティー人数も増えるのにレアすら期待できないとなれば誰も倒したがらないのも頷ける。
今では腕試しに来たパーティーか、初心者から窮状を聞いた大手ギルドが義務的に倒しているらしい。
「(´・ω・`)どうしよっかー」
「経験にはなりそうでござるが、デスペナも稼げそうでござるしなぁ」
「僕達でどうにかなるんでしょうか」
「行きたい人いるなら行ってみる?」
過去に散々殺されたトラウマは今なお健在のようでハルト以外は微妙な顔をしている。
みんなレベル90を目前に控えており、最上位職への転職が現実的になり始めたところだ。こんなところで要らぬデスペナを稼ぎたくないという思いもあるのだろう。
その中でハルトだけは何かを言いたそうにしながら結局は何も言わずに顔を顰める顔面パントマイムを繰り返していた。
助けてあげたいけど、みんなにデスペナの危険を強制する訳にはいかないみたいに考えているのだろう。
本当にしょうがないなぁ。自分の事は棚上げするけど、他人の事は物凄く気を掛ける奴なのだ。
僕に対して遠慮がないのは自分の事のように信頼してくれている証なんだと思う事にしている。自主的に。
仕方ない。ボス狩に興味がない訳でもないし、助け舟の一つくらい出してあげますか。
「行ける人で行ってみませんか? リアさんには普段からお世話になりっぱなしですし、私もボス狩がどんな物なのか見てみたいです」
男子集団における女子の発言はそれ自体が決定権みたいなものだという過去の経験を悪用した結果、あれよあれよという間に参加する方向で話がまとまっていく。
ネカマの立場を派手に利用してはいるけれど、人助けの為とあらば少しくらい構うまい。
ドヤ顔をハルトに向けると苦笑しつつも唇の動きだけでお礼の言葉をなぞる。
すぐに返事をして、僕等は足早にリアさんの待つ『ボルカ』という街へ向かった。




