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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
14/43

僕がネカマになった訳-14-

 ギルドホームを出発した僕達は都市間転移を使いジャングルを彷彿とさせる亜熱帯気候の島国へやってきた。

 地面には凸凹の目立つ土が見渡すかぎりに広がっているだけで舗装らしきものはなく、家々は原生林と藁だけで組まれているのか隙間だらけでみすぼらしさが際立つ。

 人工物と言えばあちこちに設置された素焼きの壺くらいなもので、後は極彩色の花々とヤシらしき木々が所構わず乱立していて街というよりは原住民の集落と言った風情である。

 配置されたNPCも日に焼けた黒い肌と逞しい肉体を誇らしげに晒すような衣装を着込み、フェイスペイントを施したうえで槍を地面に突き立てていた。

 随分と野性味溢れる場所だけに様々な動物が村の中に迷い込んでくるらしく、もふもふが大好きなプレイヤー達で溢れていて地価は想像以上に高いそうだ。

 たとえ外観がボロくとも内装をリフォームすればあっという間に高級ホテル並みの設備が整うので特に問題もないらしい。

 万が一死んでもすぐに復帰できるようセーブポイントをこの街で更新する。

 言葉が伝わるのか心配な風体ではあるがゲームだけあって実に丁寧な口調で対応してくれた。

 あとはこのまま集落を出て迷いの樹海と呼ばれるフィールドダンジョンに向かうだけだ。

 途中何度かアクティブモンスターに遭遇したものの、集落周辺の敵はレベルが低く設定されているので遠距離攻撃できる豚さんとアキツさんがスキルを使うだけで近付かれもせずに倒してしまった。


 そしていよいよ本番であるダンジョンに足を踏み入れる。

 途端に辺りの空気が一変した。なんと言えばいいのか、森が一段階深くなり、緑の匂いがむせ返りそうになるほど濃くなったのだ。

 決して不快な香りではないのに肺を圧迫されたかのような重圧感と閉塞感が全身を包む。

 まるでこの森には意志があって、迷い込んだ僕等を養分に変えるべく虎視眈々と機会を伺っているみたいだ。

 勿論そんな筈はない。人の文明を欠片ほども感じさせない大自然に本能的な恐怖を抱いているだけだろう。

「ぞわぞわ来るだろ?」

 ハルトが後ろを歩く僕に振り向いて尋ねる。

「なんでも実際に樹海へ取材しに行ったらしいぞ。しかもリーダーの人が道に迷ったって嘘をついて同行したメンバーの心理状態まで分析したんだとか。その時のデータを微弱に流して訪れるプレイヤーの気分を不安にさせてるらしい」

「うわぁ……」

 都市伝説の類なんだろうけど事実なら傍迷惑な話だ。

 だけど生い茂る木々のディテールとか、ひんやりした空気とか、森の香りとか、時折聞こえる動物達の鳴き声とかは実にリアルなので取材に行ったのは本当かもしれない。

 いずれはVR空間で行われる旅行パックも発売するなんて話もあるらしいし、樹海探検ツアーの企画なんかがあったりして。


「全員戦闘準備、そろそろ本格的に索敵を開始する」

 リアルさを追求しているのか、ダンジョンは奥地に進めば進むほど敵の数が増える仕様になっている。

 アキツさんの号令にみんなは思い思いに頷くとインベントリから装備を取り出した。常に持っていても良いのだが、両手が塞がると不便なので必要な時以外はしまっている人の方が多い。

 ハルトは身体の半分近くある鈍い銀色の四角い盾を、豚さんは見事な装飾が施された赤銅色の杖を、ギルバードさんは見るからに古めかしいギターを、サスケさんは漆黒の短剣をそれぞれ構える。

 回復庫さんは特に武器らしい武器は持っていないが、錬金術師なりの戦い方があるのだろうか。それを知るのが僕の仕事なので杖を取出しながら良く見ておこうと心に決めた。


「基本的にいつも通りで行こう。このレベルならボスが出ない限り余裕だしさ。カナタちゃんはハルトが固定した敵に魔法を撃って欲しいんだけど、その時にヘイトを良く見てハルトを超えないように気をつけてくれ」

 モンスターには個別に敵愾心(ヘイト)という値が設定されている。

 攻撃したりスキルを使うと『よくもやりやがったな』という感じでそのプレイヤーを狙うようになるのだ。

 ただし、回復魔法やバフ魔法は『こいつが居るとまずい』と思われるので単純に攻撃するより多くの敵愾心を稼いでしまう。

 この2つの行動による敵愾心の上昇はほぼ全ての敵に取り入れられていると言っても過言ではないくらい基本的なAIだが、中には例外的な動きをする敵もいるらしい。


 騎士道精神に富んでいるのか、最初に敵愾心を稼いだプレイヤーを狙った後は何をしてもターゲットを変えない敵。

 魔法の危険性を認識しているのか、攻撃や補助を問わず詠唱という行動に対して敵愾心を抱く敵。

 回復なんざ使ってんじゃねぇ! とでも言いたいのか、体力、状態異常を問わず『回復』に関する行動を取ると確実にそのキャラを狙う敵。

 自分では敵愾心を持たず、リーダー的な存在に付き従う敵。


 敵愾心に関する行動パターンは他にも数えるのが面倒なくらいあるうえ、最近実装された難易度の高いダンジョンには複数の組み合わせを持つ敵まで出てきて多くのプレイヤーの頭を悩ませつつも楽しませているのだとか。

 先の事を考えると覚えなければならない情報量に眩暈を感じるものの、このダンジョンはまだ序盤の範疇にある。

 でメインターゲットの雑魚は攻撃と支援に反応する基本的なAIだけで動いていると聞いて思わず胸を撫で下ろした。

 唯一の例外は時間で湧き出すボスくらいだけど、出会い頭に全滅させられるくらい強いみたいなので運が悪かったと思うしかない。


「左から3、右から2、前から4、どれも小型だ」

 目を細めて辺りの様子を窺っていたアキツさんが唐突に告げる。

 狩人(ハンター)には一定範囲内の敵の気配を察知できるパッシブスキルがあるらしい。

 僕も司祭(プリースト)に転職すれば似たような索敵スキルを取得できるそうだ。

 狩人(ハンター)司祭(プリースト)が司令塔に向いているのはこうした補助スキルが数多く用意されているからだろう。

 ただし、自然迷彩や霊体化といった索敵スキルを無効化する能力を持つ敵も居るので完璧に見破れるわけじゃない。

 こればかりに頼っていると気付かぬ内に背後から近づかれて壊滅させられるパターンもよくあるのだそうだ。

 索敵スキルは職業(クラス)毎に特性があって、狩人(ハンター)なら昆虫系モンスターが多用する自然迷彩を、司祭(プリースト)ならゴースト系が多用する霊体化を察知できるようになっているので、狩場に合わせて索敵役を切り分けるのだそうだ。

 サスケさんも索敵スキルを所持しているが、殺し屋はプレイヤーのスニークスキルを見破る特性らしいので、昆虫だらけのこの狩場ならアキツさんが適役なのだ。


「んじゃ、まず俺が先行してヘイトを集めるから」

 敵の居場所の報告を受けたハルトが左手に見るからに重そうな盾を掲げつつ、それを感じさせない軽快さで前へ駆ける。

 進むのに邪魔になりそうな茂みは右手で抜き放った片手直剣で切り払い道を作りながら、姿を見失わないくらいの距離を開けた僕等が後に続く。

 30メートルも進んだ頃だろうか。ブゥンと言う重低音が遠くから聞こえたと思った瞬間、空気を震わすほどの咆哮が前を歩くハルトから発せられた。

 突然の事態に思わずびくりと肩を震わせるが、なんてことはない。

 【ハウリングシャウト】という、一定の範囲内にいる敵のヘイトを上昇させるスキルを使っただけだ。

 ややの間を開けて木々の向こうから人の顔ほどもある天道虫が9匹も連なって飛び出してくる。先程の重低音はこのモンスターの羽音だったようだ。


「敵の頭上を見るでござるよ。赤いゲージがあるでござろう?」

 サスケさんに言われるがまま視線を向ければ、敵1匹毎に1/3ほど赤くなったゲージと何も塗り潰されていないゲージが見てとれた。

 その上にある名前と緑色のバーは敵のHPを示した物だろう。

「上のバーは最も敵愾心(ヘイト)を集めているプレイヤーの数値を、下のバーは自分が集めている敵愾心(ヘイト)を相対的に可視化したものでござる」

 なるほど、これを見て自分が前衛の敵愾心(ヘイト)を上回らないように調整するのか。

「試しに【強化(リインフォース)】をカナタ殿自身へ使ってみるでござる」

「分かりました。……【強化(リインフォース)】」

 自分の敵愾心(ヘイト)量を示す空っぽのバーを睨みつけながら支援魔法を使うと数ドットだけ増加する。

 ハルトの稼いだ敵愾心(ヘイト)からすればあまりにも微々たる量で、10回以上使っても逆転しなさそうだ。

「見ての通り、聖職者(クレリック)の単体強化スキルはヘイトの上昇量が低く設定されているでござるよ。次はカナタ殿自身へ【ヒール】を使ってみるでござる」

 僕のHPは最大値のままなので【ヒール】を使っても意味はないが物は試しとばかりに使ってみる。

 淡い緑色の光が僕の身体を包んだ瞬間、再び敵愾心(ヘイト)ゲージが数ドット分伸びた。


「思ったよりも伸びないんですね……」

 【ハウリングシャウト】は一度に沢山の敵の敵愾心(ヘイト)を手軽に稼げるので、再び使えるようになるまでのディレイと呼ばれる時間が比較的長く設定されているのだが、それを加味してもヒール1発の敵愾心(ヘイト)上昇量がこの程度なら早々ひっくり返るとは思えない。

「そうでござろう。では最後にハルト殿へ【ヒール】してみるでござるよ」

 僕の疑問にサスケさんはどこか含みのある笑顔で頷いてから次の指示を出した。

 いくら格下の敵でも9匹から同時攻撃を受けて無傷でいられる筈がない。

 とはいえ、敵の攻撃力とハルトの防御力の差が歴然なのか、これだけのんびり検証に勤しんでいると言うのに体力は1割も減っていなかった。

 僕のヒール回復量からすれば最大レベル1発で丁度全快くらいまで持って行けそうだ。

 視界の片隅に敵愾心(ヘイト)ゲージを納めつつ、どうせそんなに増えないんだろうと思いながら全力のヒールを放った瞬間、思わず自分の目を疑う。

 ハルトのHPは目論見通り全快したものの、僕への敵愾心(ヘイト)を示すバーがハルトの敵愾心(ヘイト)を超える瀬戸際まで急上昇したのだ。

「驚いたでござろう? 【ヒール】で発生する敵愾心は回復したHP量によって増えるでござる」

 僕のHPは最大値だったから全力で【ヒール】を使っても回復量はゼロ。つまり、【ヒール】に設定された基礎上昇量しか増えなかったのに対し、盾役でもあるハルトのHPは1割と言えど数値的には結構な量が減っていたので爆発的な敵愾心(ヘイト)を稼いでしまったという事か。

 確かに無傷の人がヒールしてても気にならないけど、頑張って傷つけた相手を一瞬で治されたら『ヤバイ』って思うだろうし、与えたダメージ量で発生する敵愾心(ヘイト)量が変化する仕様を考えれば当然だろう。

 回復量と敵愾心(ヘイト)の関係だけはきっちり把握しておかなければと思いなおす。


「ヘイト講座は終わったか?」

 向かってくる天道虫の群を左手の盾だけで見事にいなしていたハルトが振り向きざまに尋ねた。

 どうやら最初から僕にヘイトの概念を教え込むのが目的だったらしい。

 サスケさんが頷くなりハルトはディレイの終わっていた【ハウリングシャウト】を再展開する。

 これでハルトへの敵愾心(ヘイト)量はゲージの6割近くまで増え、僕の値を大きく上回った。


「んじゃ次は殲滅までの一連の流れを説明してくれ」

「了解。それじゃアタッカーの役割について軽く説明するよ。流れの確認が目的だから豚は魔法のスキルレベル落として倒さないようにな」

 ハルトの声にアキツさんが任せておけと頷いてから豚さんにも細かな指示を飛ばした。

 基本的に盾役は敵を押し留めるだけなので、攻撃はアタッカーと呼ばれる他のメンバーが受け持つのだ。

 よほど大量のモンスターに囲まれ殲滅力が足りない時以外はアキツさん、豚さん、サスケさんの3人が担当している。

 その内、サスケさんの担当はちょっと特殊らしく、殆どの場合はアキツさんと豚さんのコンビネーションで対処するらしい。

「(´・ω・`)おほーっ、らんらんの番よー!」

 歓喜の叫び声が響いた瞬間、豚さんの足元に円形の幾何学的な文様が幾重にも広がり魔法陣を成す。

「(´・ω・`)らんらん豚だけどレベル1でじゅあわしちゃう」

 真剣味の欠片もない発言とは裏腹に掲げたロッドの先からは紅蓮の炎が意志を持って吹き荒れ、敵を焼き尽くすべくハルトもろとも包み込んだ。

 プレイヤーには効果がないので幻想的な炎の演舞にしか見えず、攻撃魔法だという事実も忘れ魅入ってしまう。

 なるほど、これは確かに魔法使いの人気が高くなる筈だ。正直言って凄いし、厨二病染みた演出は羨ましくもある。勝手に詠唱とか混ぜて満喫してみたい。

 何てことを考えていると炎が吹き止み敵のHPは1/3まで減少していた。


「まず、狩場の選定には『量』と『質』の2つのパターンがあるんだ」

 要するに自分より弱い敵を数多く倒すか、自分より強い敵を頑張って倒すかである。

 自分より弱い敵は経験値の量が少ないけど、サクサク倒せるので討伐数を稼げる。

 自分より強い敵は経験値の量が多いけれど、たった一つのミスが死に直結するので慎重に時間を掛けて倒さねばならない。

 一般的には前者は経験値効率が良く、後者は金銭効率が良いと言われていた。

 弱い敵はとにかく回転率が良く、強い敵はドロップテーブルに高額レアを持っているからだ。

「だけどこのギルドは今までずっと『量』のパターンでしか狩りをしていないんだよ」

 支援が居ないと『質』を上げた瞬間に各メンバーの負担や回復薬を始めとした消耗品の使用率が跳ね上がり、レアが出ても赤字になりかねない。

 特に最近はレベルもそれなりに上がってきたせいで、狩場自体が司祭(プリースト)を前提とした難易度になっている。

 毎回野良パーティーを募集する手もなくはないが、集まるまでに30分以上待たされる事もざらにあるのでできれば遠慮したい。

 ハルトが知り合いを誘うかもしれないと話した時になんとしても司祭(プリースト)をお願いしたいと頼み込んだのはこのせいだ。


「かといって、『量』のパターンの狩りに問題がないわけでもなくてさ」

 質より量で攻めると言っても、あまりに弱すぎる敵では経験値効率が良くない。

 アキツさん達は色々な狩場を調べ上げ、敵の経験値と強さのバランスが良い場所を選んで通っていた。

 今みたいにある程度の量をハルトが集めたところを豚さんとアキツさんで殲滅するのだが、ここでも一つの問題に頭を悩ませたらしい。

 いくら豚さんが最大MP量に優れた魔術師(ウィーザード)といえど、強力な範囲攻撃はMP消費量が多く設定されているので司祭(プリースト)の支援がないとすぐにMPが尽きてしまうのだ。

 だから豚さんは敵を倒すのではなく、スキルレベルを下げて威力とMP消費量を抑えた魔法でHPを削る事に専念し、アキツさんがMP消費量の低い単体攻撃で順にトドメを刺すと言う戦法を確立した。

「こんな風にね」

 アキツさんは説明の終わりに弓を引き『カルテットシュート』という4本の矢を同時に撃ち出すスキルを発動させる。

 風を切って放たれた矢はそれぞれが異なる対象へと突き刺さり、残っていたHPを残らず削り取ってモンスターの身体を四散させた。


「凄いですね……」

 きっと彼らは今の戦力をどうやって運用すれば一番効率よく狩れるのかを散々話し合ってこの結論に行きついたのだろう。

 いや、きっとこれからも足りない点や至らない点を話し合ってより良い方法を探していく筈だ。

 目標に向かって努力を積み重ねる飽くなき探求心には感嘆せざるを得ない。

「まだ驚くには早いでござるよ。拙者の見せ場も、回復庫殿の見せ場もまだでござろう?」

 言われてみればその通りだ。

 ギルバードさんは数多くの演奏スキルで補助に回るのをパワーレベリングの時に見ていたのでなんとなく分かるけれど、2人に至ってはまるで未知数である。

「なら丁度いいタイミングでアレが来たぞ」

 ハルトの声がしたのでそちらへ目を向けると、森林の奥から何やら別の昆虫が猛スピードで近付いてくるのが目に映る。

 意志を感じさせない鋭角的な複眼、膨れた腹の尖端から飛び出す針は尖端から褐色の液体が漏れ、薄い膜のような羽が撒き散らす耳障りな騒音には生理的嫌悪が湧きあがった。

 距離が縮まるにつれて段々とはっきりしてきた蜂の姿は少なくとも1メートル半を超えていて背筋に冷たい物が走る。

「なにあれ。もしかしてボス?」

「あれも一応はここの雑魚でござるよ。ただし、『大型』でござるがな」

 サスケさんは無意識の内に漏れた僕の疑問に答えると、待っていましたとばかりに前へ飛び出た。


「拙者が相手になるでござるよ!」

 もはや目と鼻の先まで接近しつつある蜂に向けて、サスケさんはインベントリから取り出したナイフを投げつける。

 蜂は咄嗟に身体を逸らしたが、この距離で避けられるほど甘くはなかった。

 腹の一部を切り裂かれる痛みに甲高い悲鳴を上げ、感情の窺えなかった複眼に確かな怒りが宿るとサスケに向って針を突き出す。

 重力に縛られない立体的な攻撃が複雑怪奇な軌道を描いて襲い掛かる。

 一見して避けられるとは思えない攻撃の数々を、

「甘いでござるッ!」

 しかしサスケさんは紙一重で見切った上に数度の反撃まで加えていた。

 蜂は肉薄するサスケさんから一度距離を取るべく上空へ飛ぼうと翅を動かすが、再び投げられたナイフによって翅の一部を切り飛ばされ揚力の大半を失う。

 満足に飛べなくなった時点で、もはやサスケさんの敵にはなりえなかった。


「これにて終演にござる!」

 それでもなお必死に針を繰り出す蜂の攻撃をサスケさんが大きく弾く。

 崩れたバランスを傷ついた翅をせわしなく動かして持ち直すまでの一呼吸分に満たない僅かな時間で蜂は憎むべき敵の姿を視界から見失っていた。

 刹那、背後に回り込んでいたサスケさんが無防備な背と頭に向けて両腕に握り締めた凶刃を振るう。

「【暗殺(アサシネイション)】」

 敵に認識されていない状態で攻撃に成功した場合、破格のダメージボーナスとクリティカル率を得る、ゲーム内でも上位の威力を持った文字通りの必殺技が炸裂した。

 8割近くも残っていた蜂のHPバーが一瞬にして黒く染まり、次の瞬間にはノイズとなって消滅する。

「拙者の役割は遊撃にござる。大型の敵をハルト殿に任せてしまうと負担が倍増する故、拙者が暗殺(アサシネイション)にて瞬殺するのでござるよ。MPの消費量が多い故、普段は温存せねばならぬが、いざと言う時の瞬発力は見ての通りにござる」


 ダンジョンに1種類の敵しか出現しないんじゃあまりにも寂し過ぎるし、手抜きにしか思えない。

 無限に湧き出る雑魚にも色々な種類がいて強弱に差があり、殆どの場合は身体の大きさで判断できるようになっている。

 一番生息数が多く能力も弱い雑魚を『小型』。

 攻撃力はそこまででもないが状態異常やデバフなどの厄介な能力を有していることが多い『中型』。

 高い攻撃力や防御力、強力なスキルが設定されていることが多い『大型』。

 ハルトはソロでも狩に行けるようステータスを攻守バランスよく割り振っている。『中型』までともかく、『大型』を一緒に抱え込んでしまうと強力なスキル攻撃に耐え切れず決壊する可能性があるのだ。

 その点、サスケさんの職業はハルトのような防御力こそないものの、攻撃力と回避力が高いので『大型』を相手にしても回避率さえ満たしていれば1匹くらい完封できてしまう。

 『大型』は各MAPに数体しか配置されていないとはいえ、『量』を狩ろうとするプレイヤーは遭遇する確率も高く、どう対処するかは重要な課題なのだという。

 このギルドでも色々な手段を試し、ハルトとサスケさんで作業を分担する今の形で落ち着いたらしい。


「では最後に僕のスキルをお見せしますね」

 回復庫さんがちょっとだけ誇らしげに鞄の中からアイテムを取り出す。精緻な細工が施された瓶の中には薄青い液体が満たされていた。

「これは世界樹の滴といって、HPとMPを完全回復するアイテムです」

 当然ながらNPC売りはされておらず、一部のボスモンスターや雑魚敵が低確率でドロップする貴重なアイテムだ。

 これ一本が優秀なポーション1000本近い値段に匹敵するので、廃人達が対人コンテンツで暴れる時以外にはまず使われない。

 まさかこんな所で高額なアイテムを使うのかと思いきや、回復庫さんは両手を開いて前に突き出しスキルを発動させる

「【デュプリケイト・アイテム】」

 回復庫さんの手の平から溢れだした薄青い燐光が左手に置かれた世界樹の滴を包み込んだ瞬間、右手に同じ形をしたアイテムが生成される。

 ただ、本物と違って実体はないのか手の平が透けて見えるくらいおぼろげで、今にも消えそうな蝋燭の炎のように揺れ動いていた。

 回復庫さんは右手に乗ったそれを満足げに眺めてからハルトに向けて力いっぱい投げつけると、身体に触れた瞬間に青い粒子となって砕け散り、減っていたHPが全回復する。

「名前に複製(デュプリケイト)ってある通り、分が所持している消費アイテムを複製して使える優秀なスキルなんです。これなら元のアイテムを消費しないので経済的なんですよ」

 ただし、複製できるのは戦闘中に使用可能なアイテムに限られる上、レアリティが高いとレベルやステータスが高くても効果量が激減するそうだ。

 今さっき作り出した世界樹の滴も本来のHP・MP完全回復とは程遠く、市販のポーションに毛が生えた程度の回復効果しか持っていない。

 また、複製できるアイテムは常に一つで販売や譲渡も出来ず、1分以内に使わないと消えてしまう為お金稼ぎには使えない。

 それでも錬金術師にはスリープパウダーやエクスプロードボトルといった攻撃用の消費アイテムが多数用意されているので、効果量が劣ってもMPさえあれば触媒なしで使用できるこのスキルは必須と言っていいくらい重宝されていた。


「僕の役割はみんなのサポートです。どちらかと言えばカナタさんに近いのかもしれません」

 思った以上に沢山の敵に囲まれた時はスリープパウダーやパラライズボスといった状態異常アイテムで敵を寝かし、殲滅力が足りない時はエクスプロードボトルを投げて吹き飛ばし、回復が足りない時は複製した世界樹の滴やポーションを投げて癒す。

 攻撃、補助、支援を一手にこなす万能ユニットで、支援のいないギルドがここまで頑張ってこれた最大の立役者でもある。

 欠点は【デュプリケイト・アイテム】に頼らずスキル触媒やアイテムを使うと際限なくお金を消費してしまう点だ。

「最強の職業は何かって議論で常に優勝を飾るのが『お金のある錬金術師』って言われるくらいだからな。スキルの汎用性が高い上に、高額な触媒を惜しみなく投入できる財力さえあれば攻撃力も防御力もぶっちぎりなんだよ」

 当然ながらそんな財力を継続して発揮するのは名の知れた廃人でも難しく机上の空論に留まっている。


「これが俺達の基本方針だ。何となく分かったか?」

 いつの間にか群がっていた天道虫を斬り伏せたハルトが剣をしまいつつ戻ってくる。

「うん、なんとなくだけど分かった気がする」

 ハルトが盾となって敵を押し留め、豚さんが範囲魔法で敵のHPを適度に減らし、アキツさんが一撃で仕留め、ギルバードさんと回復庫さんは臨機応変に後方から支援する。

 危ない敵やハルトの手が回りそうにない時はサスケさんが敵を受け持ってMPを使い果たしてでもさっさと倒して安定を図ると言ったところか。

 こうして纏めるだけなら簡単だけど、実際に上手く機能させるには数多くの練習を積んできたに違いない。

 僕も早く自然と混ざれるようになりたいものだ。




「とりあえずこんな所か。後は時間の許す限り狩ろうぜ!」

 一通りの確認を終えるといよいよ本格的な狩に移るのだが、今日は僕のレベル上げが目的らしいので豚さんとアキツさんはどうしてもヤバイ時を除いて攻撃には参加せず、補助に徹するらしい。

 どうもこの狩りで僕の職業レベルを最大まで上げて、明日からは司祭(プリースト)にしたい考えのようだ。

 結局最後まで聖職者(クレリック)の苦労を知らずじまいになりそうだが、お膳立てが済んでいるのなら仕方ない。

 ハルトが次々に集めてくる敵に向かってファイアーボールを放ち続ける。

 紛う事なきパワーレベリングである。

 しかも今回は育成対象が僕一人という事もあって分配される経験値もなく、お茶会主催のパワーレベリングに匹敵する速度で経験値が増えて行く。

 MP問題も回復庫さんが複製したポーションによって多少なりとも賄えるので時々休憩を挟むくらいでよかった。

 とはいえ、やはり職業レベル上限に必要な経験値は膨大である。

 2時間、3時間と時間が経つにつれ目標までの距離は着々と縮まっているのだが、時刻は既に1時を過ぎていた。

 30分ほど前からあくびが止まらなくなってきたし、みんなも眠そうな気配を滲ませている。なのに何故か誰も終わろうとは言いださないのだ。

 パワーレベリングをして貰っている立場の僕としては眠いから終わりにしませんかとは言い出しにくい。


「あの、皆さんお時間とか大丈夫ですか?」

 そこで遠回りに1時過ぎだよなにやってんの!? と指摘してみる。

 あ、もうこんな時間だったんだ、続きはまた今度ねーという流れを期待しての事だ。

 なのにみんなは一様に眠さを押し殺した顔で笑みを浮かべている。正直言って怖い。

「ふはは、拙者からすればまだまだこの程度序の口でござるよ」

「はん、俺だってまだまだ余裕だしな」

「(´・ω・`)らんらんもまだ眠たくないわ―!」

「中学生になったんですから、夜更かしくらいなんともないです」

「折角だし司祭(プリースト)になるまで頑張ってみるのも良いかもね」

 まるで誰が最初に眠いと言い出すのかを競い合っているかのような連帯感だった。

 いや、まるでじゃなく実際そうなのだろう。

「じゃあ、誰が最初に寝落ちするか賭けようぜ」

 ハルトの馬鹿らしい提案が意外なほどすんなりと受け入れられたのがその証拠だ。


 一番最初に寝落ちした人は他のみんなの命令を一つずつ聞かなくてはならない。


 ありがちな罰ゲームだと思う。でもだからこそ、もし負けた時の悲劇は筆舌に尽くしがたい。

 この世界はゲームであって現実ではないのだ。故に、この世界で実行可能なことは全て合法。

 常識や法律を理由に相手の要求を拒むといった真似も出来ない。

 余計な事をしてくれやがってと思わずにはいられなかった。

 もしかしたら冗談のつもりだったのかもしれないけど、僕以外の全員が即決で賛成を示した以上、今さら撤回はできない。


 あの時、そろそろ眠いので終わりにしませんかと提案しなかった自分を呪わずにはいられない。

 こんな罰ゲームを設定された以上、何があろうと絶対に負けるわけにはいかなくなっていた。

 今の僕の姿は可愛らしい女の子なわけで、事情を知っているハルトならともかく、他のメンバーからは何をお願いされるか分かったものではない。

 これ以上の黒歴史を心に刻むわけにはいかないのだ。

 とはいえ、規則正しい生活を心がける僕に徹夜勝負は分が悪い。どうにかして落としどころを設定しなければ。

 勝負の中止はできなくとも、終わりを定める事は出来るかもしれない。

「ずっとはしんどいですし、私の職業レベルが上限に達するまでの制限を付けませんか?」

 起死回生の一手は思ったよりすんなりと受け入れられた。もしかしたらみんな罰ゲームに内心恐怖していたのかもしれない。

 残りの経験値はおよそ50%。ここまでのペースを考えれば2時間程度で終わる筈。それくらいならどうにか耐えられそうだ。



 ……なんて思っていた2時間前の自分を殴ってやりたい。

 時刻は既に3時を回り、みんなの顔からは生気が失せていた。

 この頃になると誰もがふとした瞬間に舟をこぎ始めるのだけど、寝落ちする直前でどうにか持ちなおしてしまう。

 そんな状況で集中力が続くわけもなく、盾役のハルトは動きに精彩さを欠き始め、同時に抱えられる敵の数が半分まで落ち込んでいる。

 これでは当初の効率が維持できる筈もない。残りの経験値は30%。このままのペースだとあと3時間はかかる計算だ。

 今頃は終わっていると思っていた地獄が最低でも倍以上、場合によっては更なるペースダウンが見込まれ、朝になっても終わらない可能性さえ浮上する。

 既に何度か意識が飛びかけている身。よくよく考えれば、現実の僕は布団に横になりながら接続しているわけで、脳も眠れ眠れと催促している事だろう。

 フルダイブシステムは排泄や空腹などの抗いがたい欲求があった場合、自動で機能を切断する仕組みになっている。

 当然ながら睡眠も抗いがたい欲求に含まれているので、一定時間以上意識を手放したらアウトだ。

 きっと泥のように眠って起きたら昼過ぎか夕方に違いない。

 布団に横たわる自分を想像したせいで眠気がますます悪化した気がする。かといって、両手で頬を打って目覚めようにもこの世界に痛覚はないので意味がない。

 ハルトが集めたモンスターへファイアーボールを打つだけの単純作業は既に拷問と何ら変わらない気がした。


「アキツ、顔に死相が浮いてるでござるよ。リタイアすれば罰ゲームを軽くするのもやぶさかではないでござる」

「なーに言ってんだよ、俺はまだまだ超余裕だし。そういうサスケこそ目が死んでんぞ」

 傍から見る限りはどっちも同じくらい目の焦点があっておらず表情も死んでいる。

 既にみんなの限界が近いのは明らかだ。ここで何らかの手を打てば誰かが寝落ちしてくれるかもしれない。

 このままずるずると続けるくらいならいっそ楽になりたいと考え始めていた僕は捨て身の賭けに出た。

「あの、MPがそろそろ危ないので休憩にしませんか」

 途端にみんなが目を剥く。それもそのはず、これまでどうにか眠気を堪えられたのは仮想世界といえど身体を動かしていたからに他ならない。

 もしここで座ったりなんかすれば一瞬で意識を刈り取られてしまうかもしれないのだ。

「いや、拙者は……」

「ダメです。みんな、一緒に、座って、休憩するんです」

 渋るサスケさんにずずいと迫り有無を言わせず承諾させる。みんなも致し方あるまいといった表情だ。

「3、2、1で座りましょう。良いですね、ズルはなしですよ」

 皆の顔は緊張に塗れていて休憩らしき雰囲気は微塵も感じられない。死刑を待つ囚人と称した方が的確だったろう。


 誰ともなく口にしたカウントダウンでその場に座り込む。

 ただそれだけの行為が実に心地よいまどろみを生み、思わず背中から倒れこみたくなるのを歯を食いしばってなんとか耐える。

 僕は一体何をしているんだろうか。果たしてこれらの行為に意味があるんだろうか。勝手に湧いてくる疑問はすぐに振り払う。

 ……だめだ、難しく考えてはならない。とにかく寝るな、これだけを守っていればいいのだ。

 当初は休憩の度に他愛のない会話で盛り上がったものだけど、そんな余裕もなくなって久しく異様な静けさが辺りを包む。

 MP回復までに必要な時間は約5分。談笑して過ごすには短くても、ただ座って待つには長く感じる時間だ。

 案の定、1分も経たずしてサスケさんが舟をこぎ始めた。それに気付いた人達が早く落ちろとばかりに視線を向ける。

 5秒、10秒、ぐらぐらと揺れていた身体はついに背中から地面へ倒れこんだ。

 誰もが勝利を確信した瞬間、しかしサスケさんの瞳が辛うじて開かれ、ゆるゆると上体を起こす。

「な、なんのこれしき……ちょっとした冗談でござるよ」

 目を限界まで見開いていて化け物染みた表情になっているが、本人が言うからにはそうなんだろう。

 アキツさんは奇跡の復活を果たしたサスケさんを見て実に悔しそうに拳を膝へ打ち付けていた。


 結局のところ休憩で陥落した人は誰も居らず、眠気を倍増させただけという最悪の結果に終わる。

 ハルトはゾンビの方がまだ動けるんじゃないかってくらいの鈍重さで【ハウリングシャウト】によるヘイト管理すらもたつき、サスケさんは意識が朦朧としているのか大型の敵が近づいてもその場から動かない。

 熟練の連携は完全に崩壊し、今となっては見る影もなかった。

 しかしそれから1時間後、奇跡が起きる。

 あれ程までに抗いがたかった眠気が何故か薄らぎ、みんなの動きに精彩さが戻り始めたのだ。……異様なテンションと一緒に。


「よーしぱぱ頑張って集めちゃうぞーっ!」

 ゾンビのような有様だった筈のハルトは実に軽快な足取りで後先考えずに前へ前へと進み、誰がどう見ても許容量を超えた敵の群を引き連れてくる。

「うはwww多過ぎwww」

 アキツさんはその場でげらげらと笑い転げて戦闘に参加する気配は微塵もない。

「頭が軽いでござる! 拙者に任せるでござるーw」

 サスケさんは両手を広げながらハルトの集めたモンスターに突撃し、混ざっていた大型2体を相手に珍妙な踊りを始める。

「(´・ω・`)おほーー! 豚は豚でもらんらんは飛べる豚よー!」

 豚さんは近くに生えていた大樹をするすると登るとアスレチックの要領で枝から枝へと飛び移っていた。あれではもう豚ではなく猿だ。

「重症じゃないですか、すぐに治療しますね!」

 回復庫さんは道端に咲いていた枯れかけの花に向って【デュプリケイト・アイテム】を使い複製した世界樹の滴をせっせと振りかけている。

「みんな僕の歌を応援してくれてありがとーう!」

 ギルバードさんに至っては空想の観客に向って手を振りながら咽び泣いていた。

 ……ダメだこの人達、僕が何とかしないと。


「豚さんは早く魔法撃って! サスケさんも離れすぎです、ちょっと下がってください! 回復庫さんは花なんか相手にしてないでハルトに回復! アキツさんもいつまで笑い転げてるんですか! ギルバードさんも現実を見てください、ファンなんていません!」

 あまりの眠気で頭のネジが外れたみんなは指示をしないとてんで勝手な行動しかしない。

 おかげさまで僕の眠気も吹っ飛んでいた。覚えたての知識を総動員して暴走するハルトが引き連れてきたモンスターの対処に当たる。

 まだ罰ゲームは継続中なのだ。こんなところで死ねば戻ってくるまでに余計な時間がかかる。

 後にして思えばそれを以って解散を提案しても良かったのだろうけど、この時の僕はとにかくレベルを上げてゲームを終える事しか頭になかった。

 20近い敵に袋叩きされているハルトのHPは半分近くまで減っていた。このままヒールを使うと敵愾心(ヘイト)が逆転する可能性もある。

 【ハウリングシャウト】は使ったばかりでまだディレイが残っている筈。となれば、残された手はこれしかない。

「ハルトは持ってる範囲攻撃でヘイト稼いで!」

 僕が指示を下すなり、まるで機械のような正確さで実行する。

 囲んでいた敵のHPが1割ほど減少し、敵愾心(ヘイト)がぐっと上昇した。もしかしたら普通の攻撃より敵愾心(ヘイト)を稼げるスキルだったのかもしれない。

 間髪入れずに僕と回復庫さんでハルトのHPを回復し、豚さんの魔法が降り注ぐ。敵のHPは既に3割程度を残すまでになっていた。

 これくらいなら僕の【ファイアーボール】で削りきれる。

 全ての敵を倒し終えてほっと胸を撫で下ろした瞬間、ハルトが再び雄叫びを上げて前へと飛び出した。


「ちょ、ハルト!?」

 間違いない、また許容量を考えずに敵を集めてくる気だ。追いかけて止めたいのはやまやまだけど、まだサスケさんが戦っている大型の『ジャイアントビー』が1体残っている。

「ああもう! アキツさんとサスケさんで大型の対処を、豚さんはハルトが戻ってくるタイミングで魔法を使えるように待機、ギルバードさんはいつまでも歌ってないで演奏スキルを使ってください!」

 すぐに突拍子もないことを始める集団に目を光らせつつハルトの帰りを待つ。

 やはりと言うべきか、その背には先程よりも更に大量の敵が異様な羽音を響かせながらくっついて来ていた。

「ば、馬鹿じゃないの!? 盾の役目はモンスターのコントロールじゃなかったの!? もういいからさっさと【ハウリングシャウト】を使え! 豚さんはその後すぐに魔法で倒せるだけ倒しちゃって! サスケさんは突っ込もうとするな、戻れ!」

 もはや怒声に近い指示を必死にまくしたてながらパーティーの秩序を懸命に維持し続ける。

 みんなからすればここは格下狩場だけあって、これだけ無茶な状況でもきちんと対処すればどうにかなるのだが、僕の心の休まる暇なんてものは一秒たりともなかった。

 どうにかして殲滅を終えるとハルトは再び制止の声を振り切ってマップを駆け巡る。

 頭のネジは今なお現在進行形で外れ続けて続けていたのだ。みんなの奇行は留まる事を知らず、次から次へとトラブルを呼び寄せる。


 後は時間との戦いだった。

 格段に向上した効率はじりじりと必要な経験値に迫り、もはや秩序の欠片も無くなりつつある最中にようやく端へと達する。

 軽快なレベルアップ音が鳴り響き、職業レベルが上限となったことで必要経験値を可視化したバーが消え失せた。

「お、終わった……」

 時刻は既に5時。実に8時間以上に渡って狩り続けていたらしい。ようやく訪れた解放感に力が抜けてへたりこむ。

 だけどみんなは止まらなかった。

 僕のレベルが上がった事に誰も気付かず奇行にひた走る彼らをそっと視線から外し、インベントリからセーブポイントへ帰還する為のアイテムを取り出す。

「それじゃ、レベル上がったので落ちますねー」

 後はもうログを確認する事もなく街へ飛び即座にログアウトを選択。そのままフルダイブシステムのヘルメット型端末を外すのも忘れて眠りに落ちた。


 教訓その1。ゲームは眠くなったら無理して続けずにさっさと寝ましょう。

 変なテンションになってわけの分からない行動を取ることがあります。

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