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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
12/43

僕がネカマになった訳-12-

僕がネカマになった訳-10-があまりにも長かったので3分割したものです

「うん、大体わかったよ。ありがとう、後は楽にしていいからそこのソファで座ってて」

「お、終わった……。やったよ、乗り越えたんだ……」

 冗談抜きであと少しでも長ければ堪えきれずにその場へとへたり込んでしまったかもしれない。

 随分長い間そうされていたような気がしたのに、実際には1-2分程度しか経っていなかった。

 半ば這うようにして指差されたソファへ身体を預けるとようやく一息つく。

 試しに自分で太ももに触れてみたけれど感覚の制限はちゃんと効いているようで、一体何をしたらあんな事になるのかさっぱりだ。

 なにはともあれこれで採寸もおしまいだろう。後は【仕立て直し】された服を着ればいいんだろうけど、この時点で1M分の心労を味合わされた気がしてならない。


「うん、じゃあ次行こうか。そだ、まだ渡してなかったよね」

 他人のシステムウィンドウは可視化しない限り見れないので僕からは空中でパントマイムを披露しているようにしか見えないけど、採寸結果を入力でもしていたんだろう。

 リディアさんは満足げに頷いてからボタンを押すと、僕の目の前にフレンド登録確認のメッセージが表示された。

「あ、ありがとうございます」

 律儀な人だなと思って特に何も考えず反射的にOKを押した。

 もう何度目の後悔になるか分からないけど、敢えて言おう。押してしまったのだ。本当に何も考えず、ただくれたから貰うみたいな感覚で、こんな重要な物を!


「もう【仕立て直し】は終わったんですか?」

「え? まだ採寸途中だよ?」

 何となく尋ねた僕にリディアさんは不思議そうな顔をした。

 要するに僕は僕で勝手に終わったと勘違いして、リディアさんはわざと何も説明せずにフレンド申請を投げたのだ。

 どちらが悪いかといえば、圧倒的にリディアさんだったと断言しよう。

「え、でもさっき楽にしててって。休憩ってことですか?」

「ううん、違うの。さっきみたいに立ってる必要がない場所だから座ってくれてていいの。それに何でか知らないけどあたしが採寸するとみんな疲れてぐったりしちゃうし」

 最後の一言には僅かな疑問を感じたが、採寸の間に語られる薀蓄を考えれば無理もない。

 リディアさんの拘りに悪い意味で洗脳でもされたのだろうと特に気にも留めなかった。

「なら今度はどこを測るんですか?」

 ……採寸の部位を聞くまでは。

「バストだよー」

 何の気負いもなく告げられた部位に頭と浮かべていた表情が見事なまでに凍結(フリーズ)する。

 けれどリディアさんはそんなことお構いなしとばかりに僕の隣へ腰かけて手を伸ばした。


「胸の形も人によって違うし、どう見せるのが一番綺麗なのかをちゃんと考えないとダメなの。なのに自動設定はカップサイズだけで決めるんだよ!? そんなのありえないし、あっちゃいけないでしょ! 特に女の子の胸って真っ先に視線が行く場所でもあるから、服飾デザインとしても一二位を争うくらい重要なポイントなんだよ。だからあたしは絶対にここだけは妥協しないって決めてるの。服を脱いでって頼んだ一番の理由はこれかな。下着越しに見た方が形も質感もよく分かるんだけど恥ずかしがる子もいるし、そういう時は服の上から触らせて貰って確認するんだよ。それじゃ遠慮なく確認させて貰うから、ちょっとだけ我慢してね? 大丈夫、ゲームだし感覚の制限もあるから」

 長々とした口上は裁判官が告げる判決に他ならなかった。

 主文、被告人は死刑。しかも猶予はなく即実刑である。弁護の暇すら与えられない。基本的人権はどこいった、早くここに来て仕事してください!

 フリーズした頭がようやく動き出し、今度は赤一色の警告を発令する。特に最後の一言からは大丈夫な要素が一欠けらも感じられない。

 案ずるな、まずは拒絶するんだ。時間を稼いだところでここから逃げるしか方法は……ない!

「やめ……」

「大丈夫大丈夫、じっとしてればすぐに終わるから」

 だけど、たった3文字の言葉で止まるほどリディアさんは甘くない。

 あっという間に肉薄され、背後からがっちりと鹵獲されると本来の自分にはありえない膨らみを意外なほど繊細な手つきで包み込まれてしまう。


 頭の中の警報レベルが更に一段階上がった。既に色は赤を通り越してどす黒い。

 暴れたところで最上位職であるマスタースミスの職業補正を受けた腕力に叶う筈もない。僕の手札は最初から言葉しかないのだ。

 リディアさんの暴走を止めうるだけの強制力を持つ何か。

 既に指は小刻みながらも蠢き始めている。時間がない、考えろ考えるんだ! この状況を打破できるだけの力を持つ何かを!

 頭の中に鳴り響く警告の中で必死に考え、そして辿りつく。

「こ、こんな事したら強制ハラスメントとして通報扱いになりますよ!」

 極限状態の僕が捻りだした起死回生の一手に蠢いていた指がぴたりと動きを止める。

 そうだ、この世界には現実より遥かに強固で絶対的なシステムコードがあるのだ。

 流石のリディアさんもこればかりはどうしようもないはず。なのに、帰ってきた答えは想像と真逆を行くものだった。

「心配してくれてるんだね! でも大丈夫だよ。同じパーティーでフレンド同士、しかもここはあたしのプライベートスペースだから制限値の低い公共の場でもないし、この程度でハラスメントコードは発動しないの」

「……まさかあのフレンド申請って」

「うん、フレンド同士だとハラスメントコードの制限が極端に緩くなるから、してなかったらこの時点でプライベートルームの中だろうと一発で強制ハラスメントだよー」

 なんてこった、盛大にして致命的な自爆じゃないか!

 フレンドという物が何か良く知りもしないで、つぶやいたーのフォローみたいに申請されたからなんとなく許可したみたいな感覚だった。

 あははと楽しそうに笑うリディアさんから邪念は感じられない。だから多分下心はなくて、純粋に少しでも装備が映えるように万全の手を尽くすべくとった行動なんだろうなとは思う。

 え、ちょっと待って。今凄い重大な何かを思い出した気がする。

 さっきリディアさんが言ってた『あたしが採寸するとみんな疲れるのかぐったりしちゃう』の意味って想像と違うんじゃ。むしろさっきから嫌な想像が止まらないんですが。

「安心した? それじゃ外で待たせちゃってるし、結構時間掛かるところだからさっさと始めちゃおうか」

 後はもう抵抗する暇なんて微塵も残さず、止まっていた指が再び、しかも遠慮容赦の欠片も感じさせない動きで縦横無尽に蠢きだした。




 たっぷり10分後、採寸という名を冠した別の何かをどうにかやり過ごした僕はソファの上で息も絶え絶えになっていた。

 なんとなしに見上げた天井にはあつらえたように鏡が設置されており、散々暴れたせいで着ていた旅人の衣服が着崩れ、見るからにあられもない、まるで事後とでも言いたげな様相を呈している僕の姿を嫌気が差すくらい鮮明に映しこんでいた。

「なんで感覚制限をすり抜けてくるの……。どうしてありもしない部位の感覚が再現されるの……」

「もう、大事なところなのにどうして暴れるかなー。ここでずれちゃうと大変なんだから、じっとしてれば2分で終わるのに何度も測りなおしちゃったでしょ」

 僕もリディアさんも致命的なまでに噛み合っていない愚痴を訥々と垂れ流す。どうやら仕事人モードになった彼女は僕の様子なんて少しも目に入っていないようだった。

「流石にもう全部終わりましたよね……?」

「うん、これでおしまいだよ。ちょっと待ってね、今入力してるところだから」

 どうにか息を整えると気だるい身体に活を入れて上体を起こす。

 これ以上続きがあるなら躊躇なく逃げようと思っていたけれど、幸い今ので本当に終わったらしく心の底から安堵した。

 既に心労換算で言えば1Mという対価を通り越した気分だ。できることなら追加費用を請求したいくらいである。

「よーし、入力完了(できた)! 早速着てみてくれる!?」

 そんな僕の気も知らないで、リディアさんはまるで子供のようにはしゃいでいた。

 待ちきれないとばかりに開かれた取引ウィンドウとか、出来栄えを喜ぶ無邪気な笑顔を見ていると怒る気力がどんどん薄れてしまう。

 こんなに喜ばれたら男としてはあんな目にあった甲斐があったと思うしかないじゃないか。

 乗り掛かった船だし、ここまで来たらとりあえず最後までやりきってみるしかないか。

 というかここまでさせられて報酬が受け取れないとかあってたまるか。


 『クラルスリア』という名前の服を取引要請で受け取ってから装備画面を開く。

 自分のアバターを模した人型には幾つもの四角い枠が設けられており、中央の服と両足、左側のアクセサリは埋まっていた。

 そこへ今しがた渡されたばかりの服を若干の躊躇を経てからドロップする。

 装備の置換は一瞬で、しかも劇的だった。

 服装なんて鏡に映る自分の姿が変わるくらいで、大きな変化が起こる筈もないと高を括っていただけに驚きを禁じ得ない。

 まず最初に感じたのは身体の軽さと滑らかな生地のこそばゆさだった。

 旅人の衣服は生地が分厚いので重いし、全体的にごわついていて歩く度に肌を紙やすりで擦るような感覚が付き纏うのでお世辞にも着心地が良いとは言えない。

 だけどここはファンタジー世界な訳で、前衛の人達は鎧を着込んで戦闘に勤しむのである。

 着心地なんて二の次だろうし、考慮に値しないとばかり思っていたのだ。


「着心地はどう?」

「なんていうか凄いとしか……。でもこれ、シルクですか?」

 どうと聞かれても的確に表現するのが難しく、自分の語彙能力の低さにげんなりする。

 ただ、肌触りや軽さは現実の絹とよく似ている気がした。

「似てるけど違うよ。この世界にもシルクはあるけど摩耗に弱いから防御力がないの。加工すれば魔法防御はそれなりだからアクセサリ向けかな。ちなみに正解はアリアドネーの糸だよ。あるインスタンスダンジョンのレアボスなんだけど、市場に全然出回らないから大手ギルドに頼み込んで融通して貰ったんだー」

 説明してくれた内容の半分も理解が追い付かないけど、リディアさんが相当な苦労を重ねなければ手に入らないくらい珍しい物だってことは何となく分かる。

 この服にはそれだけ色々な想いが詰められてるんだと素直に感心した。


 リディアさんはスカートの丈や裾、襟なんかをちゃっちゃと直してから満足げに何度も頷く。

「うんうん、スカート丈も袖の長さも思い通りの結果だよ! 姿見があるからこっちにおいで、凄くよく似合ってるから!」

 引きずられるようにして連れ込まれた先には衝立で区切られたスタジオとでも言うべき空間が広がっていた。

 頭上には時代背景に即した魔法動力らしき照明器具がずらりと並べられ、至る所に配置されたレフ版を経由して舞台らしき一角を余す事無く照らしている。

 手前には身長よりずっと大きな三面鏡も配置され、全身をあらゆる角度からチェックできるスペースまで作られていた。

 押し出されるような形で鏡の前に立たされ諦め半分に覗き込んだ瞬間、喉から呻き声が漏れた。

 リディアさんの性格はともかくとして、情熱や技術は間違いなく本物で一流だ。人気が出るのも頷ける。

 第一印象は清楚で落ち着きの感じられる装いといった所か。

 黒と白の2色だけで纏められているから色合いはシンプルなんだけど、至る所に工夫が凝らされているおかげで決して地味じゃない。

 『クラルスリア』はドレス、ケープ、コート、アクセサリの4部位からなるプレイヤーメイドのセット装備らしい。

 着脱を可能にする事で様々な状況に対応できるようにしたかったからだそうだ。


「それじゃ、まずはドレス以外の装備を解除してくれるかな?」

 言われるがままに操作するとドレス以外の衣装が溶けるように消え去り、先程までの清楚なイメージは一転。かなり際どい印象に変わる。

 ドレスは胸の上で止まるように設計されているみたいで吊り下げる為の肩紐や布がなく、両肩がかなり大胆に露出していた。

 丈も膝から20センチは離れていて思わず両手で裾を抑えたほどだ。少し歩くだけでも見えるんじゃないかと不安になる。

 デザイン的に胸や太ももばかりが強調されている気がして煽情的なイメージが拭えない。

「おぉぅ、パーフェクトだよ! その恥ずかしがる姿は完璧だよ! あたしが求めたのはまさにそれなの! このセット装備は場所に合わせて着脱するのが基本だって言ったよね? 夜の宿屋で服を脱ぐと清楚な雰囲気が一転、隠されていた穢れのない無垢な肌が大胆な露出によって晒される。このギャップの威力は計り知れないんだよ! その格好で擦り寄られたらどんな相手だって堕ちる! というかあたしが今堕ちた! ねぇ、あっちにベッドルームがあるんだけど……」

「次言ったら帰りますよ?」

 でへへへとだらしのない笑みを浮かべながらさりげない仕草で肩を抱いてきたリディアさんに釘を刺す。

 十数秒に及ぶ百面相の葛藤を演じ切ると諦めが付いたのか、物凄く悲しそうな顔で手を離した。かなり際どかった気がするけど、一応自制は効くらしい。

「とにかく、全部装備した時と最低限のドレスだけを装備した時で印象を変えたかったの。ビスチェタイプのドレスって胸がないと映えないって言われてるから、カナタちゃんみたいにあどけなさを表現した低年齢アバターには合わないって思われがちなんだけど、そこはデザイナーの腕の見せ所だよね。特にカナタちゃんは胸もないってわけじゃないし、腰回りのバランスも良いから凄く似合ってるよー」

 そこはハルの胸のサイズに対する見栄が上手く活きたって事なんだろう。これは報告すべきか悩ましい。

 鏡の中には恥ずかしさからほんのりと赤くなった頬で不安げにスカートの裾を抑える可愛らしい女の子が写っている。

 これが僕でなければどれほど素晴らしいか。理想と真逆をひた走る自分の姿にはただただ眩暈を感じざるを得ない。


「次はアクセサリだね。本当はオーバースカートだから外套系に近いんだけど装備枠的に表現が難しくて」

 個人的にもさっさとこの小っ恥ずかしい恰好から逃れたかったので早々に外したアクセサリを再装備する。

 すると丈の短いドレスを上から覆う形でこれまた透けるような色合いのレースで縁取られた黒のフレアスカートがふわりと舞った。上に被せてドレスの丈の短さをカバーするからオーバースカートなのだろう。

 生々しくも寒々しくもあった生足には太ももの半ばまで届く長いストッキングが装着される。

 両者の間にはほんの数センチほどの隙間が空いており、そこから健康的なふとももが少しだけ顔を覗かせていた。

 どうやらストッキングはガーターベルトで吊り下げられているらしく、黒のレースで縁取られた紐がちらりと見え隠れしていて本当に芸が細かい。

 こちらもアリアドネーの糸で作られたのか、ぴっちりと密着している割には圧迫感らしきものを感じず、肌触りも滑らかなのでとても履き心地が良かった。

 おまけにさっきまでの薄着で感じていた肌寒さを打ち消すほどの保温性まで有している。

 ちなみにこのゲームは永久凍土から火山の中まで実装されており、寒暖差は現実のそれと大差ない形で実装されている。

 寒い場所に行けばガタガタ震えるし、装備の耐寒値が低ければガシガシダメージを受けて最終的には凍死するのだ。

「さっきのが夜の宿屋なら、こっちは夜のパーティーって感じかな。両肩がはだけてるけど太ももを隠すだけで露骨さはかなり抑えられるでしょ?」

 鏡を見ると上半身の露出度は変わらないのに、際どい位置まで晒されていた太ももが大幅に塗り替えられたことによってリディアさんの言う通り煽情的なイメージは見事に消えている。

 上半身の白と下半身の黒が良い感じに落ち着いた雰囲気を醸し出していて、恥ずかしい事に変わりはないけどまだ表を出歩けるかなくらいには改善されていた。

「特に拘ったのがこのガーターベルトで、歩く時にスカートのレースが翻る事でちらっと紐が見えるの。あんまり露骨すぎると清楚なイメージが崩れちゃうから、調整には本当に苦労したんだよー」

 立っている分には重ね着したフレアスカートの裾にあしらわれているレースがガーターベルトの紐を上手くカモフラージュするらしい。


「さー、じゃあそろそろケープも行ってみよっか!」

 アイテム欄からケープを選んで装備すると露出していた両肩がようやく包まれる。

 所々に金糸の刺繍が入れられた純白のケープは胸元を開ける形でアーチ形のスリットが入っており、中央の鎖骨からドレスまでの辺りは露出されたままだ。

 きっとまた、そこから覗く白い肌が云々と語られるのだろう。いい加減慣れつつある自分に思わず嘆息する。

 しかし、何より特徴的なのは袖の部分があたかも花束を纏める包装紙のように開いている飾り袖だろう。

 裾にはドレスやスカートと同じレースが縁取られていて見るからに華やかだ。

「はい! じゃあこうやって手を楽にしてみて!」

 言われるがままに力を抜くと両脇にだらりと垂れさがる。その際、人差し指から薬指までが約関節一つ分くらいがちょこんと顔を覗かせる。

「いいよいいよー! じゃあ次はちょっとあたしの裾を引っ張ってみようか! そうそうそんな感じ、飾り袖が開いてるから華奢な手首がちらっと見えるでしょ!? これだよ! あたしの求めた最適解は間違ってなかった!」

 リディアさんによると余分な裾×時折覗かせる細い指や手首の華奢さ=庇護欲や保護欲といった計算式があるらしい。

 涙を流しながら咽び泣いている彼女が凄く遠く感じた。


「これで最後、ようやく締めのコートだよ!」

 付け替えるごとに薀蓄を語られて少々うんざりしてきたものの、これでようやく最後の一つ、鏡の前に立たされた時の姿へ戻る事になった。

 アイテム欄からコートを選んで装備する。やはりと言うべきかセット装備の一環だけあって世間一般的な物とはかけ離れた形状をしていた。

 まず袖がない。したがって腕を通す必要がない。

 次に前で止める為のボタン類も一切ない。代わりに純白のリボンが腰を帯の要領でぐるりと一回りし、ケープの裾と一緒に止められるようになっていた。

 背中へ視線を向けると余ったリボンがよりにもよって蝶結びになっており、より一層の可愛らしさを演出していて思わずへこみそうになる。

 丈は足首近くとかなり長いのだが、正面部分の布は三角形に大幅カットされているせいでスカートの前部分まで覆えないデザインになっていた。防寒性は放り投げたらしい。

「あたしから言わせて貰えば女の子は正面から見るべきだと思うの。だから不躾な人が背後からスカートを覗き見たりしないようにブロックする意味合いも兼ねてるんだ。それにね、露出は魅力を引き立てる武器にもなるけど、過ぎたるは及ばざるが如しとも言うでしょ? 恥じらいって大事だと思うし、上に被せた黒のスカートも薄手のレースで誤魔化してるだけでスカートの丈はかなり短いから激しく動くと見えちゃう可能性があるんだよね。見えそうで見えないがベストであって、見えちゃう時もあるって言うのはただの手抜き。その点、この服なら相当激しい運動をしても前だけ気を付ければ良いでしょ?」

「な、なるほど……」

 傍から見れば首を捻るようなデザインだが、短いスカートを覆う為の物だと考えれば納得もいく。

 前だけ開いているのはその方向からだけは視線を受け入れたいと言うなんとも回りくどい仕様のせいか。

 それならロングスカートかズボンにすればいいじゃないと思いはするけど、女の子にそうした理屈は通じない。

 だからこうやって自分が納得できる理想のファッションを作り出すんだろうなぁ。


「リディアさんは凄いですね」

 スタジオ顔負けの写真撮影を終えたところで思わず零れた言葉はお世辞でも何でもない、たった一着にこれだけの拘りを詰め込んだリディアさんへの素直な感想だった。

「ありがと。でもまだ何かが足りてないって自分でも分かるんだ。その何かが全然分かんないんだけどさ、分かるまでは最高傑作にならないみたい。だからその何かを知る為に意見を集めてるの。カナタちゃんはどう? それを着て何か足りないと思った?」

 それでもリディアさんは妥協せず、足りない何かがあるのだと言う。本人でさえそれが分からないから、いつまで経っても満足できる仕上がりにならない。

 その何かとやらに気付いてあげたいと思うけど、鏡に映る僕の姿は恐ろしいくらい完璧で、何かが足りないとはとても思えなかった。

「ごめんなさい、私にはさっぱり。この服は凄く良い出来だと思います。それこそ、次元が違うくらいに」

 ただし、着ているのが僕でなければと言う条件がつくけれど。

「そこまで言って貰えたら十分だよ。それじゃ、待たせてる2人にお披露目しよっか」

 リディアさんの言葉に、ついに恐れていた瞬間が訪れてしまったと苦い表情を浮かべる。

「うぅ、やっぱりしないとダメなんですか……?」

「そりゃ勿論。意見は多ければ多い方が良いし、こんな可愛いカナタちゃんの姿を見ないのは人生丸々損してるよ」

 念の為に確認してみるけど、取りやめてくれそうな気配は少しもなかった。

「それってどれだけ薄っぺらい人生なんでしょうね」

 憂鬱な気分に溜息を吐くけれど、それを含めた報酬と言われてしまえば断れる筈もない。

 まるで十字架を背負わされた囚人のような足取りで2人の待つ外へ繋がるゲートへ手を掛けた。




「で、なんでハルトまで居るわけ」

 開口一番、いつのまにか増えていた赤髪の親友に殺意を籠めた視線をぶつける。

「アキツからカナタがあの有名なリディアさんにスカウトされたってメール来てさ、行くしかないだろ?」

 く、まさかリアルアドレスを交換するまでの間柄だったなんて。油断した、せめてハルトにだけはこの惨めな格好を見られまいと思っていたのに!

「笑いたければ笑うがいい……」

 もうどうにでもなれと自虐的に呟く。

「いや、普通に似合ってるぞ? 何か問題があるのか?」

「何から何まで全部だよ!」

 ネカマをするのはまだ良い。

 でも、可愛らしい女の子のアバターを使った挙句、着飾られて可愛い可愛いと褒められる屈辱感など、恵まれた環境で悠々自適に過ごすハルトには分かるまい。

 まるで親友から女装を褒められたかのような感覚がどんな物か一生知らずに過ごせていいですね!

 いっそ腹の底から笑ってくれた方が傷も浅かったろう。本当にハルトはこういう配慮に疎い。

 これ以上会話を続けると更に精神的ダメージが蓄積されるような気がしてふらふらとリディアさんの方に近づく。

 もう自棄だ。一秒でも早くモデルを終わらせてこの服を突き返す、それしかない。


「足りない何か、でござるか……」

「このクオリティでも満足できないなんて。流石リディアさん、パネェっす」

「素人の俺達じゃただ凄いとしか言えそうにありませんよ」

 リディアさんはハルトも交えた3人に先程と同じ足りない物があると言う話を聞かせて意見を募るが旗色は悪い。

 当然だ。僕らは皆、服がどうやって作られるのかも知らないズブの素人でしかない。一目見ただけで物の良し悪しを計るなんて無理がある。

 それでもリディアさんは少なくない期待があったのか、とても残念そうに項垂れていた。


「一体どんなところが不満なんですか?」

 やはりと言うべきか、真っ先に食いついたのはハルトだ。

 困った人が居ると放っておけない猪突猛進の性格はいい加減諦めているものの、今回ばかりは力技でどうにかなるような問題じゃない。

「うーん……。一番は露出のバランスかな。カナタちゃんが着てる『クラルスリア』はその検証も含んでるんだ。組合せでバランスが変わった時にどんな印象を受けるのかなって思って。でもやっぱり丁度いい! って思えるところがないんだよね。ドレスだけだとやり過ぎだし、オーバースカートだと上半身の露出バランスが調整不足に思えるの。かといって全部付けちゃうとガードが固すぎてちょっと物足りなくない?」

 3人はつらつらと出てくる説明に難しい顔をしていたけれど、みっちりと講義を受けた僕は少しだけ理解できる気がした。

 確かにこの服は組合せで露出のバランスを調節できるけど、振れ幅が大きすぎるのだ。

 リディアさんの言う通りドレスだけだと露出過多、アクセサリを追加すると上半身だけアンバランスなのに、ケープやコートを重ねると僕でさえ安心感が出るくらい清純になる。

 ……というのを理解させる為に実際の衣装チェンジ(ただしドレスだけのパターンは除く)を実践して見せる。

 目まぐるしく変わる印象に息を呑んでいたけれど、3人とも言わんとしている事は理解できたようだ。

 つまりリディアさんは着てる人に安心できそうで安心できない、そんな極めてあやふやなバランスを味わって欲しいんじゃないだろうか。

 その上で翻弄され恥じらっている姿を見たいとか。うわぁ、ありそうだから怖い。


「拙者はふとももより肩の露出の方が萌える派でござるよ」

「俺じゃないけど、脇腹とかヘソって人もいるしな」

「アキツ、それは自白と変わらないからな? しかし、露出って言っても単純にスカートを短くすりゃいいって訳じゃないって事か……」

 一口に露出と言ってもみんなの言うように単純じゃない。場所も程度も方法だって多岐に渡る。

 リディアさんはきっとその黄金比を求めてやまないのだろう。

「拙者思ったでござるが、いっそ袖とケープを分離するのはどうでござろう?」

 突然何かを言い出したサスケさんにみんなの視線が突き刺さる。

「ちょっと思っただけでござる。ただ、襟の部分と袖の部分を切り離せば一番美味しい二の腕と華奢な肩の丸みが最小限の露出で表現できるのではないかと……」

 段々と尻すぼみに消えて行く発言からして、彼もようやく自分が女性を含む多人数に性癖を暴露していると言う自殺もののシチュエーションに気付いたのだろう。

 僕等はまんまと乗せられやがってと憐みの視線を向ける。

 ところが若干一名のどうしようもない人は一字一句聞き逃すまいと目を見開いていた。


「それだッ!!」

 サスケさんの言葉が掻き消える寸前、リディアさんは天からの啓示を得た預言者のように立ち上がる。

「そうだよ、その方法なら露出も細かく調節できるよ! そうか、女の子にばっかり意見を聞いてもダメなんだ。もっと男の子の心の欲望に耳を傾けて、見られる側じゃない、見る側の着眼点にも注目しなきゃいけなかったんだ! ねぇねぇ、他にどんな露出が好みなのかな、全部教えてくれると助かるんだけど!」

 挙句の果てに自らの過ちで放心していたサスケさんへ嬉々として自覚のない追い打ちを繰り出し始めた。可愛そうに、紙袋越しに頭を抱えて身悶えているじゃないか。

 一方、リディアさんは一向に答えてくれないのが不服な様子で矛先をアキツさんとハルトの方に向けた。

「2人は女の子のどこに興奮するの? どんなシチュエーションが好みなわけ?」

 職人モードになったリディアさんに常識や理屈は一切通用せず、恥じらいや遠慮と言った概念も持ち合わせていないのはすでに実証済みだ。


「え、その、流石に……なぁ」

「女の人に言うのはちょっと憚られると言いますか……」

 当然ながら赤裸々に語れるほど業の薄い男が居るはずもなく2人は揃ってお茶を濁した。

 リディアさんは面白くない様子で今度は僕を見るが、今現在は女性で通っているので無事にスルーされる。

 そして僕が先程の雪辱を果たすなら今を置いて他にない。

「ハルトの好みは清楚系のお姫様だよね」

 途端にリディアさんは目を輝かせ、ハルトの顔が陰りを帯びた。文句を言われる前に畳み掛けるようにして先を続ける。

「見なくなった漫画本と一緒に箱詰めするのは良いと思うけど、いつ行っても廃棄してないのは流石に怪しいと思うよ? しかもその内容が……」

「おまっ! それは流石にやめろよ!?」

 ここからが面白いのに、飛び掛ってきたハルトの手に口を塞がれ言葉にならなくなる。

 でも今のリディアさんにならこれで十分だろう。目をきらきらさせながらハルトににじり寄ると青少年には少々刺激の強い距離から羽交い絞めにされ、僕は見事にハルトの魔手から開放された。

「ほらハルト、困ってる人が居るよ?」

「鬼かッ! 今度は何が気に入らないんだよ!? 謝るから助けてくれッ!」

 じたばたと暴れてはいるが本気で振り払おうとしていない。相手が一応女の子なので遠慮してるのと、単純に今みたいな状況に遭遇したことなんてないからどうしていいのか分からないんだろう。

 ハルトも流石に喋る気はなさそうだ。かといってあの状態のリディアさんがこのまま諦めるとも思えないし、流石にこれ以上は可哀想になってきた。

「リディアさん、男の子の性癖まで行っちゃうと露骨過ぎて女の子は引いちゃうんじゃないでしょうか。ハルトも裸エプロンとか夢だって昔言ってたけど、現実的じゃないですよね?」

「おいぃぃぃぃぃ!?」

「うーん、それはそうかも。やっぱり偏りすぎはダメだね」

 効果があるかは微妙だったけど納得してくれたようだ。開放されたハルトの絶叫が聞こえたような気がするけど、ダンボールの中身については言及しなかったんだから感謝して欲しい。


「ならカナタちゃんはどう思う?」

 話題を振られるのは想定済みだったけど、簡単に答えられるものじゃない。

 ただ、皆がそうしていたように疑問を辿ることで足りない何かに近づくことは出来るんじゃなかろうか。

「リディアさんがこのコートを作ったのって、スカートが見える方向を限定する為ですよね」

「そうだよ。見えそうで見えないって加減が難しいの。だから安全地帯を作らないと、とてもじゃないけどカバーできないし」

 コートのおかげで背後と側面からの視線を気にする必要がなくなり、目の前の一部分にだけ集中すればよくなるってことなんだろう。

 それから、他人の視線も自然と前面部へ集まるだろうし演出上の都合もいいのかもしれない。

「なら、見える部分をもっと制限した上で大胆にしてみる……とか?」

「その方向性で前にスリット深目のチャイナドレスを試したんだけど、真横にスリットを入れちゃうと制御が難しすぎて諦めたんだよね」

 結構良い視点じゃないかと思っていたのだけれど、やんわりと首を振られてしまう。


「他に何か思いつかないかな?」

 リディアさんは期待の眼差しで尋ねるけど、やっぱり素人考えなんてとっくに検証し尽くしているんじゃないだろうか。

 なら視点を変えて身近な、例えば男性向けの服の中から想像してみるとか? 男性向けの際どい服って、そんなの……。

「ふんどしとか?」

 これくらいしか思いつかずなんとなしに口を滑らせる。

「ふんどしって……」

 ほら、かなり際どい外見なのに意外としっかりガードされてるし、リディアさんの要求に引っかかるかなぁ、なんて。

「ごめんなさい、流石にないですね」

 自分の適当さ加減に思わず謝罪がもれる。流石にこの発想はない。何をどうしたら女性向けのデザインにふんどしが適用されるというのか。

 なのにリディアさんはわなわなと感動に打ち震えていた。

「カナタちゃんは天才だよ! それ、いけるかもしれないっ!」

 一瞬、ついに頭がおかしくなったんじゃないかと心配しかけたが、すぐに最初からおかしかったと思い直す。

「ごめんね、ちょっと今すぐデザイン興したくなってきた! いける、今なら作れる気がするの! 今日はありがと、もうログアウトするね!」

 僕達3人の言葉に出来ない生暖かい視線を気にするでもなく、というか気付いてすらなく立ち上がり、満面の笑みを浮かべる。

 ……リディアさんのプレゼントを受け取る誰かさんへ。もしかしたら僕達は凄く余計なことを言ってしまったかもしれません。


 僕等の中にリディアさんを止めようと思う人はいなかった。巻き込まれると面倒なのは先の一件で身を持って知れたからだ。

 正直言って、リディアさんの頭の中はもう付いていける領域ではない。所詮、天才と凡人が同じ土俵に立てるはずないのだ。

 だから僕等に出来ることは彼女をただ黙って見守ることだけなのである。

 あ、でもその前に。

「ちょっと待って、まだ服を返してないです! すぐ着替えますから」

 慌ててコンソールを開き、手持ちの旅人の衣服へ置換しようと操作する。

 人としての善意も勿論あるが、それ以上に再び顔を合わせる機会を設けたくないというのが大きかった。

「あぁ、いいのいいの。可愛い服は似合う子が着るのが一番だからそれはあげるね。カナタちゃんにはヒントも教えて貰ったし、凄く似合うから愛用して欲しいかな。じゃ、またどこかで!」

 だけどリディアさんはいてもたってもいられないようで、それだけ言い残すと止める間もなくログアウトしてしまう。

 後に残った僕等は嵐のように過ぎ去ったリディアさんをただぽかんと見送るしかなかった。


「いや、くれるって言われても……」

 確かに可愛いと思うけど、僕が着るにはあまりにも可愛すぎる。出来ればもっと地味で長いスカートの方がいい。

「なぁカナタ、ちょっと装備のデータを見せてくれないか?」

 そんな事を思っていると我に返ったハルトが珍しく焦った様子で僕の腕をつついた。

「良いけど。えっと、装備画面を開いて、可視化モードにすればいいんだよね」

 教えて貰ったとおりにウィンドウを操作し、僕以外の人にも見えるように設定した画面をハルトが隣から覗き込み、途端に呻き声を上げた。

「なんだこれ……。レア度11って、どんな素材使えばこんなのが出来るんだよ! 各種状態異常と魔法打撃射撃への耐性って、全部じゃねーか!」

 アキツさんとサスケさんもハルトの声に釣られる形でウィンドウを覗き込み、それぞれ似たような呻き声を上げた。

「カナタ、装備タップして特殊能力の確認を実行してくれ」

「う、うん……。これでいい?」

 すると出るわ出るわ。スクロールが必要なほどの特殊能力は廃人が必死になって上位のボスレア装備を強化しない限りありえないらしい。


「でも、プレイヤーの製造装備ってボスドロップには及ばないんだよね?」

 製造職の人気のなさの原因はそれに尽きるとWikiにも書かれていたし、案内してくれたサスケさんやアキツさんもそう説明してくれた。

「あぁ、確かに幾ら努力しても及ばないさ」

 そしてそれは紛れもない事実で、どうやっても塗り替えることの出来ないシステムだ。

「だけどな、ネトゲじゃ1%でも効果が低けりゃ及ばないって言われるもんだよ。そもそも、及ばないの基準は最上位コンテンツのボスレアだぞ。レベル120が束になって攻略するアイテムに製造品が勝ったらまずいだろ」

 飛び出てきたハルトの言葉に愕然とする。

「え、ボスってそんなに強いの? だってダンジョンに行くのはボスを討伐する為だよね?」

 するとハルトどころかアキツさんにサスケさんまでなんてこったいとばかりに頭を抱えてしまった。

 あれ、僕の認識って何かおかしいの?

「あのな、上位ボスってのは基本的に廃人が束にならないと倒せないくらい強いんだよ。20人とか30人で連携し合って倒せるかどうかなんだよ。市販のRPGと一緒にすんな! 普通のパーティーはボスと出会った瞬間に全滅だよ! だから鉢合わせないように万全の安全対策が求められるんだ」

 結論から言って、僕の認識は何から何まで全部おかしかったみたいだ。

 ダンジョンに行くのはボスを倒す為ではなく、ボスの恐怖に怯えながら無限に出てくる雑魚を倒す為らしい。なにそれちょっと情けなくない?

 僕が想像してたのはMOと呼ばれるタイプの大規模オンラインゲームに多く、MMOとは明確に区別されるものなのだそうだ。


「この服の性能だけどな、単純な物理防御力でさえレベル80の俺が装備してる鎧を凌ぐって言えば分かるか。ただの服がアダマン製のプレートに勝ってるんだぞ……おかしいだろ!」

 ハルトからは今の装備を揃えるのに相当な苦労を重ねたと何度も聞かされた。

 それがただの布の服に、それも完膚なきまでの大差で負けている現実を信じられないとばかりに呆然として語る。

「でも、そんなに強い装備をほいほい作れるなら製造ってもっと人気があるんじゃ」

「馬鹿言うな! この服の素材はどれも最上位コンテンツのボスが落とす激レアだぞ。幾ら製造特化でもこれだけレア度が高けりゃ普通に失敗する。五割どころか三割もあるかどうか……。1回挑戦する時の素材だけで数百Mだ。そんな大金を成功するかも分からない製造に頼らなくとも、廃ギルドに頼むだけでカタログスペックだけならもっと強いボスレア装備が買えるっての」

 なるほど、仰るとおりで。

 この服みたいな超強いプレイヤーメイドも作ろうと思えば作れるけど、材料費より遥かに安い金額で強い装備が手に入るから普通は作ろうなんて思わないのか。

 それこそ、お金と暇と才能を持て余しまくったリディアさんみたいな例外でもない限りは。


「でもこれ、クレリックでも装備できるくらいだよ?」

 上位職に転職した辺りから強力な装備には一定以上のステータスを求められるようになると聞いた。

 転職を目前に控えているとはいえ、まだクレリックから抜けられない僕が装備できている時点で要求値は相当低いはずである。

 ということは、装備としてもそれほど強くないんじゃないかと思っていたのに、ハルトはいっそ哀れむような視線を向けてきた。

「プレイヤーズメイドには装備条件緩和系の素材が用意されてるんだよ。こっちも馬鹿みたいに高額だけどな。もしそれがただのドロップ品だとしたらレベル100は要求されてるっての……」

 装備の差別化を図る為にボスドロップのレア装備は全体的に要求値が高く、逆に中盤で真価を発揮するプレイヤーメイドの装備は要求値が低めに設定されているらしい。

 装備条件を緩和する素材を大量に投入すれば理論上は初心者でも装備できるような要求値にまで下げられるそうだ。

 ただし膨大な金額が必要になるので普通ならそこまでする必要がない。まさに地獄の沙汰も金次第である。

「マジで幾ら注ぎ込んだのか全然想像できねぇ。少なくとも2、300Mってレベルじゃないぞ。それを似合うってだけで無料(ただ)であげるとか、あの人色々おかしすぎるだろ……」

 パーティーの盾役を務める騎士でもあるハルトはちょっと自慢だった防御力をプレイ初日の僕に追い抜かれかなりのショックを受けていた。

 遂にはありえねぇを連呼するだけの肉塊に成り下がってしまう。


「これ、そんなに凄いんですか?」

 製作費用に膨大なお金がかかっているのはなんとなく分かったけど、製造品の値段と強さは必ずしも一定じゃないみたいだし基準が分からない。

 ハルトの装備と見比べれば比較も出来そうだと思っていたのに、話しかけても沈んでいてろくに反応を返さなかった。人の装備だけ覗いておいて自分のは見せないとか失礼な奴め。

 仕方なくハルトはその場に捨て置いて近くにいたサスケさんに尋ねる。

「そうでござるな……。聖職者系列の最高峰が40Mはくだらない【プリンセスドレス】で、防御力は確か380でござる。ちなみに、今のハルトの鎧の防御力は170程度でござったな」

 『クラルスリア』の防御力は250。驚くべきことに頑丈そうなハルトの鎧より3割も高い。ハルトがへこむ筈だった。

「しかも物理魔法射撃の耐性までついてるでござるから、実際には数値以上の防御性能があるでござる」

 耐性は敵からのダメージを計算式の最初に%単位で除算してくれるらしい。

 敵の攻撃力が低い序盤ではあまり目立たないけれど、敵の攻撃力が跳ね上がる後半では防御力以上に重要な数値になるのだそうだ。

 剣や鈍器と言った近接攻撃なら打撃耐性、遠くから射る弓や投げナイフ等の魔法に頼らない遠距離攻撃なら射撃耐性、魔法攻撃なら魔法耐性の3つに分かれていて、その全てを備えている装備品は殆どない。

 この服の場合、魔法耐性を持つアリアドネーの糸、打撃耐性を持つ古代龍の鱗、射撃耐性を持つアキレスの盾の欠片という、どれもこれも最上位のボスが落とすレア素材を投入した結果、それぞれに対し10%という破格の耐性を獲得しているらしい。


 1割削減というのが高いのか低いのか正直分からない。敵から受ける100のダメージが90になるって考えるとあんまり高くない気もするんだけど。

「それはカナタ殿がまだ低レベルだからでござる。なら、受けるダメージではなく、自分のHPが10%増えると考えてみるでござるよ」

 なるほど。そう言われると10%という数字の意味が全然変わって思えた。

 確かこのゲームのHPは高レベルになると支援職でも1万を超える。その10%、つまり1000以上も加算されるのは凄く大きい。

「それに敵の攻撃には複数の属性を組み合わせたものもあるでござるよ。射撃と魔法とか、打撃と魔法とかでござるな。その場合、両方合わさって20%の耐性になるから複数の耐性が付いた装備はどれも人気があるでござる」

「つかwikiにも全耐性10%なんて装備載ってないぞ。製造品は素材と運で効果が変わるから纏められてないけど、耐性だけで言えばボスドロップ超えてるな……」

 確かに最高峰とうたわれている【プリンセスドレス】には10%もの耐性があっても素の防御力に差がありすぎて叶わない。

 防御性能で言えば耐性を含めても7割程度でしかなく、【プリンセスドレス】の下位互換にすら劣るだろう。

 だが、このゲームで【プリンセスドレス】を初めとした超ハイエンド装備を手に入れられるのはやりこんでいる廃人だけで、大部分の一般人は手に入れる以前に要求値を満たすレベルにすら到達していないのだ。

 初心者でも扱えるのに最強装備の7割近い性能を持ってる服なんて、『クラルスリア』以外には見たこともないという。

 このゲームを常識的な範囲内で楽しむのであれば、少なくとも今後1年は装備の更新が必要なくなったと聞いてようやく事の重大さを理解した。

 勿論、『クラルスリア』のセットに含まれていない盾や武器は更新が必要だけど、一番高いのは服らしいので金銭的にもかなり楽ができるとのこと。

 だけど、もしも市場に流せば最低でも1億はくだらないと言われて嫌な汗が流れた。報酬として渡された額の100倍である。


「うん、返そう」

 価値を知っていれば絶対に受け取らなかった。というか自作とはいえ高額アイテムをそんな軽々と渡さないで欲しい。

 性格が残念すぎるせいでリディアさんがアキツさんも知っているくらい有名な廃人だという事実をすっかり失念していたのだ。

 去り際にあげると言われた時もお裾分けのお菓子くらいの雰囲気で、『実は量産できるのかな?』くらいにしか感じなかったし。

「ちょっと待て、折角貰ったのに返すつもりか!?」

 それを聞いたハルトがようやく現実に回帰なされた。

「いやだって高すぎるし、後が怖いから」

 1Mの報酬ですらあれだけのことをされたのに、こんな物まで受け取らされたんじゃこの先に何を要求されるかわかったものじゃない。

 相手が女の人だったとはいえ結果的には貢がれたのと大して変わらないし、ネカマとして振舞うならそういう事態に気をつけろって言ったのはハルトの方じゃないか。

 それに、もし受け取るならこの服より強力な装備が手に入るまで、少なく見積もっても1年以上をこの格好で過ごさねばならなくなる。

 性能が良くてもこの外観はちょっと……。いや、凄く可愛いし普通の女の子なら喜ぶだろうけど、中身が僕じゃどうしてもね。


「流石カナタ殿……と言いたい所でござるが、リディア殿は返却を受け付けないでござるよ?」

 だけど目論見は少し甘かったようだ。

 どうもリディアさんが気に入った女の子に服をプレゼントするのはそれなりに有名な話らしい。

 幼げな印象のプレイヤーを狙うのでロリスミスとか、サンタクロースとか、色々な二つ名まで用意されていた。

 お眼鏡にかなう女の子を見つけては服を作らせて欲しいと頼み込み、完成すると写真を撮るだけで以後は接触することもないという。

 検証や資料集めが目的であって、女の子自体にはそこまで興味がないのかもしれない。

「だ、そうだ。良かったな、初心者向けの装備は野暮ったいのが多いのに最初からこんな可愛い服が着られるなんて幸運なんだぞ? ……まさかとは思うが、カナタの為にくれた服を売り捌いたり倉庫の肥やしにするつもりなんて『ない』よな?」

 それを聞いたハルトがゆらりと僕の隣へ立ち、逃すまいと手を肩に乗せてから愉悦の滲んだ顔で言う。

 あ、やばい。この怒った時特有の回りくどい言い方、リディアさんに『ついうっかり』性癖をばらした時のことを根に持たれた。

 いや、どちらかといえば隠し場所を暴いて中身を確認した方かも?

 でもあの時はハルトに漫画でも読んでて待っててくれって言われたから、久々に古いのでも読みたいなーと思って偶然発見しただけなのだ。いわば自爆である。

 今の今まで見なかった事にして誰にも言わず黙ってあげたんだから感謝されこそすれ、責められる謂れなんてない。

 よろしい、ならば戦争だ。多少なりともリアルの繋がりが出てきている2人へハルトの人には言えない趣味を赤裸々に……。

「選べ。その服でゲームを続けるか、諦めて寂しい夏休みを過ごすか」

 語るより早くWisチャットで釘を刺された。しかも最初から伝家の宝刀を抜き放つ。

 なんてこった。ハルトの奴、僕がこの格好に気恥ずかしさを感じてるのを理解したうえで強要してきやがった!

 自分の黒歴史を知られた腹いせに現在進行形で僕に黒歴史を作らせる気だな!?

「ハルト、まずはちゃんと……」

「譲歩はない」

 わぁぃ問答無用。っていうか激おこぷんぷん丸を通り越したムカ着火ファイアーで冷静な話し合いの余地なんて一ミリもなさそうだ。

 というかそもそもこれはハルのアカウントであってハルトの物ではないんだけど、こういう時のハルトって白を黒にひっくり返すくらいやってのける無駄な行動力を発揮しそうだし……。

「それにハルも言ってたよな? 次回コンテストの為に知名度を上げて欲しいって。野暮ったい服よりこっちの方が断然可愛いんだ、大切な妹の為なら喜んで協力してくれるよな、カナタちゃん?」

 くそ、やっぱりだ。どうしてこういう時のハルトは無駄に頭まで回るんだろうか。ここでダメ押しとばかりにハルを引き合いに出されたら断れるはずがない。

「えっと……が、頑張らせて頂きます」

 墓穴を掘ったのは僕の方だった。

 Wis会話が見えていないアキツさんとサスケさんは突然項垂れた僕と勝ち誇った表情のハルトに怪訝な表情を向けていた。

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