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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
11/43

僕がネカマになった訳-11-

僕がネカマになった訳-10-があまりにも長かったので3分割したものです

 マスタースミスと言うのは、要するに鍛冶屋の最上位職らしい。しかも製造型と言うのだから驚きだ。

 クレリックに戦闘能力がないのは周知の事実だが、製造型の商人と言うのはそれ以上に戦闘能力がない。

 ステータスの大部分を将来的な製造の成功率に寄与するLukとDexに割り振らなければならないからだ。

 クレリックにはまだ【火精霊の指輪】を始めとした高額装備や転職後の司祭(プリースト)と言う救済が用意されているが、意図的に攻撃力と防御力と回避力を切り捨てた前衛に救済なんてある筈もない。

 待っているのはクレリックをはるかに凌ぐ苦行である。

 だからこのゲームにおける製造型というのは、余程の何かを作りたい変人ばかりだとWikiには書かれていた。

 こうして実物を見るとあながち間違いではないのかもしれない。

 そんな苦行を乗り越えて最上位職にまでなったリディアさんはこう見えてかなりの廃人と言えるわけだ。


「あたしには夢があってね。ある人にあたしの作った最高傑作を着て欲しいの。まだ試作品を作ってる段階なんだけど、やっぱりスクショと妄想だけじゃどうにもならなくて。サプライズだから本人にモデルを頼むわけにもいかないし、頼めそうな人をずっと探してるんだ」

 理由を話すリディアさんは実に嬉しそうで、楽しそうで、さっきみたいな変質的な空気は微塵も感じられない。

 だからその言葉に嘘はなく、きっと、心の底からプレゼントしたいと思える相手がいるんだろう。

 他人のノロケ話に若干の妬ましさと胃もたれを感じつつも、そういう誰かへの真摯な好意は嫌いじゃない。

 とはいえ、頼まれてるのは服のモデルなわけで。個人的にはあんまり乗り気じゃないのも事実。

 確かにこのゲームの女性比率は低いけれど、全く見かけないってほどでもない。少し街を歩けばちらほらと姿を見つけられる程度には居るのだ。

 別に僕である必要はないだろうし、その辺りを理由にお断りする流れに持っていこうとして口を開く。

「話は分かりましたけど、どうして私なんですか?」

「君じゃないとダメだから」

 だけどリディアさんはそれ以外考えられないとばかりに断言し、僕の目論見は一瞬にして崩れ去ってしまった。

「どういうことです?」

「その子、アバターの完成度が凄くてね。似てる人なんてまず見かけないんだけど、君は凄く雰囲気が似てるの。だからお願い、報酬はきちんと支払うから頼まれてくれないかな?」


 真摯に頭を下げるリディアさんを前にどうしたものかと頭を悩ませる。

 応援してあげたい気持ちもあるし、当面の装備を揃えるにあたって報酬を貰えるのはありがたい。

 これがモデルの依頼でなければ二つ返事で了承したんだけどなぁと内心で溜息が出た。

「……具体的に何をすればいいんですか?」

 散々迷いはしたけれど、捨てられた子猫みたいな視線をちらちらと投げかけてくるので断りにくく、とりあえず条件だけでも聞いてみる事にした。

「受けてくれるの!?」

「内容を吟味してからです」

 報酬と内容が釣り合わないようならそれを理由にお断りできるかもという後ろ向きな打算もあったけど、美味しい話なら別に断る必要もない。

「内容って言っても殆どないよ。試作品の服を着て貰って、色々な角度とかポーズでスクショを撮らせて貰って、最後に感想があれば教えて欲しいくらいだから。時間も2、30分あれば済んじゃうし」

「あれ、思ったより普通……?」

 第一印象が最悪だったせいで無理難題でも付きつけられるのかと身構えたのだが、案外まともな要求に拍子抜けする。

「それから報酬なんだけど、1Mでどうかな?」

「え……?」

 2、30分程度なら大した手間じゃないし気持ちくらいだろうと考えていただけに、リディアさんの提示した金額を聞いて目を丸くした。

 1M。確かファイルの容量と同じで3桁毎のカンマに対応した値だった筈だ。

 1kは1000。1Mは1000k。つまり、数字に直せば百万cltという初心者からすれば膨大な金額である。

 いや、確かハルトが初めて1M稼いだのはレベル70を超えてからだと言っていたから、中級者からしてもそれなりの大金だろう。


「詐欺か何かですか?」

「違うよ!」

 思わず問い返した僕は決して悪くないと釈明したい。

 なにせこのゲームはNPC売りの消耗品や敵が落とす収集品の買取額が物凄く抑えられているので、お金の価値が非常に高い。

 レベル制限の設けられている初心者向けのポーションなんて1本10cltしないくらいだ。

 レベル50程度では野良PTを組んで1時間みっちり狩ったとしても一人頭50kがいいところで、そこからポーション代を差し引くと手元には30k程度しか残らないらしい。

「疑うなら前金で支払うし、お願い。あたしを助けると思って、ね?」

 リディアさんは僕の腕を絡めて片目を閉じ、可愛らしいともあざといとも言える仕草でお願いすると取引を申請。まだ『やる』とも言っていないのに金額を入力した。

 何度確認しても先頭の1と続く6つの0がこれでもかとばかりに百万cltを主張している。

 ちらりとリディアさんの様子を伺えば小悪魔的な笑みを浮かべていた。

 こ、この人、僕が断りそうな雰囲気を察してお金に物を言わせてきたかっ!


 とはいえ、初心者の僕相手にそんな大金を積んでも惜しくないほどリディアさんは必死なんだ。

 そう考えると体裁を気にしてばかりいる自分自身が少し情けなくなってきた。

 この世界でネカマをすると選択した以上、女の子の服だって着ない訳にはいかないし、そもそもこの世界での僕は女の子の姿なんだから気にしていても始まらない。

 『役者にとって一番恥ずかしいのは役になりきれない事である』なんて言葉もあるくらいだ。僕だってそろそろこの姿に慣れるべきなんじゃないかな。

「分かりました。このお話、受けさせてください」

「ほんとにっ!? ありがとう!」

 だからこれはあくまでリディアさんの熱意に打たれたのであって、決して1Mという高額な報酬に釣られたわけじゃない。そう、いわば人助けだ。

 僕は身を粉にして人助けに邁進するという、極めて人道的な選択をしたに過ぎないのだ。

 それにしても1Mかぁ。これで当面の資金問題は解決だし、あとでどんな装備が良いのかチェックしないとっ!

 サスケさんが特定の装備を合わせると効果が高まったり別の効果が生まれたりするセット効果なんていうのもあるって言ってたし、これは奥が深そうだ。

 先を見越して良い装備を選ぶべきか、感覚を掴む為にまずは安い物から試してみるべきか、考えるだけでもわくわくしてくる。


「いたいた、カナタ殿ー! いやはや、ギルド情報にメンバー所在地の詳細表示がなかったらとても見つけられそうにないでござるな」

 と、そこへ背後から僕を呼ぶサスケさんの声が届いた。どうやって合流するんだろうと思っていたけど、そんな便利な機能があるのか。

「今日は掘り出し物っぽい装備はないみたいだ。そっちはどうだった?」

 振り向くとアキツさんも一緒だったようだ。この商品の山の中から良い装備を見つけようと頑張ってくれたのだろう。

 どうやらお眼鏡に適う物はなかったらしく、さも残念そうに溜息を吐いていた。

「ん? そちらの女性はカナタ殿の知り合いでござるか?」

 サスケさんが僕の隣に立っているリディアさんに気付いて怪訝な表情を浮かべる。

 今は眼つきも怪しくないけど、やっぱり慣れている人が見ると変質者に見えるんだろうか? なんて失礼な考えが頭を過ぎった。

 いけないいけない。こんなでも今は僕の雇用主なんだからちゃんとフォローしてあげないと。引き剥がされたりでもしたら折角の儲け話がふいになりかねない。

「ついさっきですけど。自作の服を着てくれないかって頼まれたんです。このお二人は友達に入れて貰ったギルドのメンバーで、街を案内して貰ってました」

「あたしはリディア、よろしくね」

 慌てて両者の事情を説明すると、リディアさんも2人に笑顔を向ける。

「いえいえこちらこそでござる」

 ギルドで非モテ同盟なるものを結成しただけあって女性に免疫がないのかサスケさんは過剰に恐縮して頭を下げている。

 その傍ら、アキツさんは自己紹介を聞いた途端に何か思い悩む事でもあったのか難しい顔で考え込み、

「……って、まさか『あの』リディアさんですか!?」

 何か思い当たる節でもあったのか唐突に大声を出したあとのけぞった。


「どういうこと?」

 まさかアキツさんにも名を知られてるくらい重度の変質者なんだろうか。

 もしかして1M受け取ったのってまずかった? 何かのフラグだったりするんです?

 しかし、使い道をあれこれ妄想していただけあって今さら返すのは惜しい。

「まぁ多分それだと思うよ。リディアって言う名前はそんなに多くないと思うから」

 だけどリディアさんの反応はそう悪い物じゃなかった。照れと嬉しさが半々くらいだろうか。

「製造系のトッププレイヤーとして有名な人だよ。プレイヤー製の装備品ってどうしてもボスドロップに劣るからそんなに高く売れないんだ。でもリディアさんの作った服はどれもこれも人気で、2、30Mっていう超高額で売れるんだよ」

 いやいやそんな馬鹿なと思ったが、アキツさんもサスケさんも嘘を言っているようには見えない。


 この世界はモンスターと戦う事が全てじゃない。街中やイベントで、見た目装備として非常に重要なウェイトを占める服装と言うのはとても人気のあるコンテンツなんだそうだ。

 それこそ、旅人の衣装に劣るような紙装甲しかない服であっても見た目さえよければとんでもない値段で売れるらしい。

 こうした装備は育成が難しい製造型のマスタースミスでなければ満足に作れない。

 その上、リディアさんの作る服はボスレアの素材がふんだんに使われており、中級どころか上級狩場でも通用するだけの能力があったりするそうだ。

 ただ、見た目にも能力にも絶対に妥協しない上に自分が作りたいと思った時にしか作らないのがリディアさんの方針らしく、市場には殆ど流通していない。

 能力だけで言えばボスレアに勝てなくとも、ボスレアよりもずっとずっと可愛らしい装備が狩りの間にも着用できるとだけあって、世の女性達や気になる女性にプレゼントしたい廃人達からは絶大な人気を誇っているそうだ。

 要するに、1Mなんて炉辺に転がる石の如くなんでもない程度の金額なんだろう。羨ましい限りである。


「それにしても、どうしてあのリディアさんがカナタちゃんと?」

「あー、うん。ちょっと最近作った服のモデルをして欲しくて、カナタちゃんみたいな子を探してたんだ」

「流石はカナタ殿。拙者達も常日頃から尋常ならざるアバターには一目置いていたでござるが、その道でも有名なリディア殿の心も鷲掴みにするとは!」

 全部ハルのおかげなんだけれども、建前上言えないのがもどかしい。せめてログアウトした時にみんなの反応をすぐにでもメールしてあげよう。

「まだ買い物の途中だったんだよね? なるべく早めに終わらせようか。ここじゃあれだし、ちょっと一緒に来てくれないかな? 出来れば2人にも感想とか聞きたいんだけど付き合ってくれる?」

「良いのでござるか!?」

「新作ですよね!? それをカナタちゃんが着るなんて、断られても付いて行きますよ!」

 正直なところ余計なことしやがってと思わなくもないが、雇い主である以上文句も言えず押し黙るしかない。

 僕等はリディアさん先導の元、人でごった返していた露店広場を後にした。



 城塞都市アセリアが首都と呼ばれようとも、あらゆる場所が人で溢れている訳ではない。

 街の規模が現実に比べて大分縮小されているように、イベントに関係のないNPCの数だってサーバーに負担が掛からない人数まで減らされている。

 徒歩数分で辿りつく街外れにはプレイヤーもNPCもいない寂寥感溢れるだけの公園があった。存在を知っている人の方が少ないかもしれない。

「この辺りなら迷惑にならないかな。とりあえずテントを出すね」

 リディアさんはインベントリを操作してテントと言うには大きな、それこそ天幕と表現すべき居住区を召還する。

 フィールドやダンジョンのキャンプエリアで使用できる回復拠点の一種らしい。この中で休憩するとHP、MPの回復速度が2倍になるんだそうな。

 使用者の他には許可されたメンバーしか入れないので簡易的な個人スペースとしても便利だとのこと。

 プレイヤーの中には街で宿を取らず、フィールドでテントを張りアウトドア気分で夜を明かす人も多いらしい。


「それじゃ、中でカナタちゃんのサイズを測らせて」

「サイズ、ですか?」

「うん。RPGとかで主人公のお下がりを他のキャラに着せたことってない? あれって不思議じゃない? だって、主人公と同じ体型じゃないのに鎧とかまで使いまわせるんだよ?」

「お約束だと思ってましたけど、確かにそう言われるとそうですね……」

 当然のことながら、人にも鎧や服といった装備品にも様々な大きさがある。

 NPCの販売品や敵のドロップ品は自動的に取得者のアバターの体型と合うよう調整されるけれど、露店やプレイヤー製のアイテムは既にサイズが決まっている。

 幸運にも自分の体型と同じならそのまま装備できるけれど、そうじゃない場合は専用のNPCにお金を払うか、マスタースミスの持つ【仕立て直し】というスキルを使わなければならなかった。


 やけに現実的なシステムだが蓋を開ければなんてことはない。

 ユーザー間の取引だけではゲーム内のお金の総額が変動しないから、運営はゲーム内にお金が溢れすぎないよう、システム(NPC)がお金を回収できるコンテンツを多数用意しているに過ぎないのだ。

 他にも装備品の大多数は未鑑定状態でドロップするので、専用のNPCに鑑定費を払わないと売れも使えもしなかったりする。

 錬金術師に未鑑定品の鑑定を代行できる【鑑定】というスキルを用意したから、マスタースミスにもそれっぽい【仕立て直し】というスキルが用意されたに過ぎないんだろう。

 もっとも手軽に取れる【鑑定】と違って、【仕立て直し】を取るには製造系のスキルをマスターする必要があり実際に持っている人は数少ない。

 かといってNPCに頼むとレア度に応じてぼったくられる仕様らしく、一部では製造系の居場所を作らんとする運営の悪知恵ではないかと囁かれているんだそうだ。


「それじゃお邪魔しま……って、なにこれ広い」

 アキツさんとサスケさんはテントの外で待ってもらうようだ。申し訳ない気もするけれど、採寸の時に服を脱ぐ必要があるとすれば仕方ない。

 2人もそれを分かっているのか、特に何かを言われる事もなく見送られた。

 言われるがままに足を踏み入れると、外観からは想像もできないというか、時空の歪みを感じずにはいられない広々とした空間が広がっていた。

 資材には大理石が用いられているらしく壁や天井は完全に平坦で、外観に使われていた天幕の面影は窓にかかったカーテンくらいしか残されていなかった。ほら、一応布だし?

 なにより窓の外に見える景色が高層ビルもかくやという絶景なのだから笑えない。

 テント系アイテムの内装は別売りの資材アイテムを使った改築が可能で、凝り性の人には大層人気なのだそうだ。

 特に他にすることもなくなった廃人達は箱庭感覚で目の眩むような大金を湯水の如く投入し、世界一のマイルームを作っては競い合っているという。

 昔の人達はきっとそういう人達の事を貴族と呼んだんだろうなぁ。


「カナタちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」

 見るからに高そうなインテリア、特に遥か頭上を飾る硝子製のシャンデリアの迫力に息を呑んでいるとリディアさんの声が掛かる。

「そういえばサイズを測るって具体的には何をするんですか?」

 僕にオーダーメイドの服を買った経験なんてあるはずもない。

 お店に買いに行くとしても試着して合うサイズを探すくらいだし、高校の制服もSMLのサイズ指定でズボンの裾を調節してもらったくらいだ。

 中学の時に家庭科の授業で採寸の方法とか種類を習った気もするけど、正直言ってあんまり覚えていなかった。

「流石にゲームだし厳密な採寸が必要って訳じゃないの。スキルを使った時に細かい指定も出来るんだけど、目の前に対象が居るなら自動設定も選べるからね」

 じゃあ本当に立ってるだけで終わるのかと納得しかけた瞬間。

「さ、それじゃまず始めに着てる服を脱ごうか!」

 リディアさんは物凄く目を輝かせながら僕の両肩に手を掛け、先程の会話と少しもかみ合わない矛盾だらけの言葉(がんぼう)を口にした。


「え?」

 服も装備の一種なので当然ながら脱げるし、その場合は最低限の下着(インナー)だけが表示される仕組みになっている。一応全年齢だから真っ裸にはなれない。

 中には酔狂な人も居て、下着(インナー)だけで練り歩いている姿を見かけることもあるのだとか。

 ただ、アバターと中の人の性別が一致するこの世界では女性が最低限の下着(インナー)姿を晒すなんて生理的嫌悪感が先立ってまずしないだろう。

「あの、自動設定もできるんですよね?」

「出来るよ?」

 何を言ってるんだとばかりに聞き返したつもりなのに、リディアさんも同じような調子で何を当たり前なことをと聞き返された。

 あれ、これは僕が何かおかしいのかと思って疑問を重ねる。

「なら服を脱ぐ必要なんてないですよね?」

「ないわけないよ! あのね、自動設定はキャラクターの身体データを元に数学的な計算で算出されちゃうの。確かに装備するだけなら問題ないよ? でも、そんなのはただ着ただけだってあたしは断言する!」

 言っている意味はよく分からないが、全身から滾る熱意だけは握られた両肩を通して伝わってきた。地味に痛いけど目が本気(マジ)過ぎて下手に口を挟めない。

「同じ身長、体重の子でも髪型とか化粧とかで雰囲気は変わるよね? それと同じでスカートの丈とか裾の長さも人によって適切なサイズがあるの。それは機械なんかじゃ絶対に測れないものなんだよ!」


 苦労ばかりで見返りの少ない製造を目指す人が居るのは何故か。そうしてまで生み出したい『何か』を持っているからだ。

 彼らの持つ拘りはありとあらゆる合理的な理屈や常識的な価値観を跳ね退ける。

 他人からすればどうでもいいと切り捨てられるような些細な事柄でさえ気でも狂ったが如く執着するほどの信念。

 そのせいで製造の道に進んだ人達は総じてどこかオカシイなんてWikiにも書かれていた。

 だけどそこにあるのはただの嫌悪感じゃない。何かを成し遂げようと努力する人はどんな形であれ、他人に畏敬の念を感じさせるものだから。

 リディアさんの妥協を許さない拘りは全部とはいかないまでも理解できる気がした。

 そうまで言うのなら仕方ない。ちょっと恥ずかしい気もするけれど、ここは文字通り一肌脱いで……あげるわけにいくか!

「言いたいことはなんとなく分かるんですけど、雰囲気は別に脱がなくても分かりますよね? そもそも僕に話しかけたのだって雰囲気が似てるからだって言ってましたし」

 いや、自動測定だと微細なズレが生じるとかだったらまだ理解できたんだけど、その辺りはアバターデータから正確に測定できるみたいだし。

 化粧とか髪型とかの雰囲気を大事にしたいって言う拘りは理解できるけど、でもそれって別に脱ぐ必要性と繋がらなくない?


 当然とも思える指摘にリディアさんは笑顔のまま固まっていた。『馬鹿な、反論が思い浮かばないだと!?』と顔に書いてある辺り素直な人である。

 だけど、完全なる論破にある種の満足感を覚えていた僕は大切なことを失念していた。

 要するに僕を脱がせたかったのはリディアさんの単純な趣味ってことで、そんな危険な趣味を持つ彼女に雇われたから今ここに居るのだ。

「1M」

 たったそれだけの短い言葉が、しかし弾丸と化して僕の胸に突き刺さる。

「それに、確かめなきゃいけないことは他にも色々あるから」

 取ってつけたような補足に内心で嘘だ!と叫ぶ。

 具体的に何を確かめる必要があるのか、とことん問い質してやりたい気持ちもあったが、顔を見ただけで無駄な足掻きに終わると理解させられた。

 やっぱりダメだこの人、何としてでも僕を脱がせる気でいやがる。

 結論ありきの行動を諭したところで聞く耳なんて持ってる筈がないのだ。


 僕とリディアさんの視線がそれぞれの思惑をぶつけるかのように交差する。

 下着姿を披露したところでここはゲームの世界だ。実質的な害はないし、それだけで1Mもの大金を手にできると考えればお得な取引なのだろう。

「……やっぱりやめておきます。お金は返しますね」

 リディアさんは僕の言葉が信じられないとでも言うように目を丸くしていたけど、どうしても頷くわけにはいかなかったのだ。だってそれって、身体を売るのと変わらないじゃない?

 僕はあくまで仕方なくネカマをしているだけで、誰かを積極的に騙すつもりも、女性である事を利用するつもりもないし、したくもない。

 この身体を今みたいな目的に使って金銭を受け取ればアカウントを提供してくれたハルトだって怒るだろう。

 元から得られる筈のない大金だったのだ。残念ではあるけれど、そもそもこんな話にほいほいと乗った自分が悪い。

「珍しい身持ちの堅さだね……」

 開かれた取引ウィンドウにきっちり百万cltの金額が入力されたのを見てリディアさんは呆れた様子だった。

「これはあたしの負けかなぁ」

 だけど次の瞬間、取引要請が不受理となりキャンセルされてしまう。

 思わず怪訝な表情を浮かべると、その先でリディアさんが宝物を発見した子供のように嬉しそうな顔で笑っていた。

「だけど残念でした。商人が一度取り交わしてお金を渡した以上、取引は反故にできないの」

 このゲームはアイテムを地面に捨てる事は出来ても、お金を地面に捨てる事は出来ない。

 つまり、一度でもお金を受け取った場合は取引要請を承認してくれない限り返却出来ないのだ。

 まさか……。

「もしかして『受け取らない限り取引は有効だから強引に迫られるんじゃないか』とか考えてる?」

「え、あ、違うんですか?」

 頭に思い浮かんだ展開を一字一句違わず言い当てられてしまい、間抜けな声が漏れる。

 リディアさんは小さな声で『やっぱり……』と漏らしてから肩を落とし分かりやすく項垂れて見せた。

「あたしだってそこまで見下げた根性してないよ……。プレゼントしたい人が居て、君と雰囲気が似てるっていうのは本当なの。さっきのはごめん、あたしの悪い癖って言うか、もう病気みたいなものだから気にしないで? 嫌がる相手に無理強いするつもりはないの」

 病気って……自覚があった事にまず驚く。とりあえず言ってみて拒否されなければ行けるところまで行ってしまえってことなんだろう。

 拒否できそうもない会話の雰囲気からして詐欺みたいな手口だ。いや、もう詐欺と言って良い気がする。

「でもアバターの身体データだけじゃ一部不足があるって言うのも事実だから、そこだけは服の上から測らせてくれないかな?」

「う……」

 これは卑怯じゃないか。無理に強要されるなら反骨心も湧くけれど、女の子にこうも低姿勢で頼まれては男として無下にできない。

 さっきみたいな理不尽さはなくなっているし、きっと本当に必要な作業なんだろう。

「まぁ、脱がなくていいのなら」

「ありがとう! 」

 結局は流されるようにして頷いてしまったが、満面の笑みを浮かべるリディアさんを見て仕方ない、とりあえずやってみるとかと思わされた。

 ……そう、思わされたのだ。結論から言って、リディアさんには懲りると言う概念がなく、自らの欲望にどこまでも忠実でした。


「【仕立て直し】の自動設定は最低限必要な箇所しか調節されないの。例えば萌え袖って知ってる? 上着の袖の長さを調節して手の甲までとか指先までとかを隠しちゃうの。着られてる感を出すのに有効で、周りの人達に保護欲とか庇護欲を感じさせたり、可愛らしさを引き立てる効果があるんだよ。だけどこのシステムはそういうの全ッ然考えないで数学的に丈を算出するわけ。ホントなんにも分かってないでしょ? カナタちゃんは指先がちょっとだけ出るくらいが一番可愛いかな。ちょっと腕を伸ばしてくれる?」

 言われるがまま直立不動の体勢でメジャーを当てられる僕に、リディアさんは次から次へと専門的に過ぎる説明をしてくれたけど、ぶっちゃけ1割も理解できなかったと思う。

 事あるごとに自動設定がいかに無能かを力説してくるのだけれど、そりゃここまで凄まじく偏った拘りをシステム側で想定しろと言う方が酷だ。

 そういう拘りを持っている人の為に自分で詳細な値を設定できるようにしてるんだろうし。

「はいOK、それじゃ次は足の太さを計るね。カナタちゃんは普段どのくらいのスカート丈にしてる?」

「えっと、あんまり拘りとかなくて……。そもそもそんなにスカートは履かないですし」

 しかも時折こんな風にリアルを織り交ぜた質問までしてくるから油断できない。

 こんな適当な答えでネカマを疑われやしないかと先程から気が気ではなかった。

「そっかぁ。でもね、スカート丈って凄く重要なんだよ。昔からある程度の露出は女の子にとって魅力を高める武器だったし、その流れは現代にも受け継がれてる。ただ露出しすぎると下品になっちゃうから、どこまで許容するかが一番重要なの。それに、スカート丈を上げると相手から見える太ももの位置も変わるでしょ? 足を長く綺麗に見せるのも大事だけど、誰でも付け根の方が太いから上げすぎると下半身のシルエットが太く見えちゃう可能性もあるし、自分の体型に合った丈を見繕うのって凄く重要なんだよ」

 幸いリディアさんは身体のあちこちを採寸するのに夢中なのか疑問にさえ思っていない様子だった。

 それどころか、どうしてスカートの丈を気にするのかなんて豆知識の解説までしてくれるので寧ろ勉強になる。

 なんて能天気に考えられたのはこの時までだった。


「じゃあ測るから動いちゃだめだよー?」

 かつてないほど真剣な表情で採寸を続けるリディアさんの姿から製造に懸ける情熱の一端を垣間見た気がした。

 そして思い知らされる。何故彼らが奇人変人の如く呼ばれ、扱われ、あらゆる常識や合理的な理屈を跳ね除けるとまで言わしめられているのか。

 太ももの採寸に移った瞬間にそれは起きた。

 今までのように点と点を押さえて間にあるメジャーの単位を読み取るのではない。

 背後から抱き締めるような形で腕を回してきたリディアさんの手のひらが僕の太もも全体を万遍なく、それもねっとりと揉みしだくように這い出したのだ。

「ひゃぅっ!」

 痛覚の感覚が大幅に緩和されているとはいえ、あまり触れられる機会のない敏感な部位をこれ以上ないくらいしつこく丹念に撫でまわされれば背筋に寒気の一つくらい立ち昇る。

 思わずびくりと身体を震わせてから抗議すべく振り向いたが、その先には少しばかり機嫌の悪そうなリディアさんの顔があった。

「動いちゃだめだって」

「えと、あの、ごめんなさい……」

 気付いた時には何故か謝っていた。思わずそうしなければならないと思ってしまうほど、リディアさんの顔は職人魂に満ち満ちていたからだ。


「いい? スカートの丈を合わせる時は太ももの筋肉量とか脂肪の厚さも凄く重要になるの。引き締まった印象を与えたいのか、女性的な柔らさを伝えたいのか、それによって普段からどんなトレーニングが必要かまで決まっちゃうくらいなんだよ。太ももの太さを機械的に測ったところで何の意味もないの! 大事なのはそんな数値じゃなくて、こうやって触った時の感触なの! カナタちゃんは筋肉量も脂肪量も控えめで華奢なイメージかな。これならスカートの丈も結構あげられるんだけど、清楚な雰囲気が先行するから極端に上げ辛いんだよね。かといって下げ過ぎると折角のスタイルの良さが損なわれちゃうし……これは難しいところだよ」

 言ってる意味が1割も理解できなくなったけど、どこまでも真剣なリディアさんに下心がないって事だけは伝わってくるので咎める訳にもいかない。

 これが、これこそが製造系の人達が持つ他人には理解できない拘りなのだ。

 だけどその間にも休む事無く、絶妙な強弱をつけながら撫でられ揉みしだかれ続ける僕としてはたまったものじゃない。

 感覚機能が制限されているこのゲームではまず感じない筈のくすぐったさを覚える程の無駄な技量に身悶えるが、その度に怖い顔で窘められるので我慢せざるを得ない状況に追いやられる。

 なんでも立っている時の筋力の働き方が重要なのだそうだ。もうどうでもいいから早く終わらせてほしい。

「んっ……くぅ」

 声が漏れそうになるのを必死に我慢すべく右手で二の腕を強く握りしめる。だけど感覚の制限はちゃんと効いており軽い圧迫感を受けるだけで痛みは感じない。

 仕方なく袖を噛んで無理やりに押し殺そうとするも、リディアさんが触れている場所だけは異常なくらい感度が良くて段々と我慢大会の様相を呈してきた。


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