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World's End Online Another -僕がネカマになった訳-  作者: yuki
第一章-まだ、この世界がゲームだった頃-
10/43

僕がネカマになった訳-10-

「それでは待望の聖職者(クレリック)であるカナタちゃんの加入を祝して……乾杯!」

「乾杯!」

 マスターのアキツさんの合図とともにジュースで満たされたグラスを思い思いに打ち鳴らす。テーブルの上には実に様々な料理が所狭しと並べられていた。

 サブクエストで入手できる料理スキルを使えばモンスターの落とす素材を活用して色々な料理が作れるらしい。

 あらかじめ決められた材料と手順で実行すれば誰でも簡単に作れる上、様々な特殊効果を受けられるだけあって、今なお新レシピの発掘に余念がないそうだ。

 それに、ゲームの中でなら何を幾ら食べようとも現実には反映されない。

 特にダイエットで悩んでいる女子からの支持は絶大で、それ目的にこのゲームを始めた人すらいるのだとか。


 試しにこんがりと焼かれたローストチキンへ箸を伸ばす。

 パリっとした皮の触感を楽しむのと同時に香り付けに使われていた炒った山椒の香ばしさが口いっぱいに広がった。

 噛み締める度に溢れ出てくる肉汁は仄かに甘く、鶏肉特有のぱさぱさした感じもなければ脂分のしつこさも全く感じられない。

 唯一の欠点は舌が火傷するほどの熱々感というものが制限されていることだけだった。

「ねぇ、これって何の肉なの?」

 アイテム名がローストチキンである以上、鶏肉の範疇にはあると思うのだけれど、少なくとも鶏じゃなさそうだ。

「あぁ、それな。コカトリスの肉らしいぞ?」

 気になって尋ねたまでは良かったものの、予想外の答えに思わず咽る。

 コカトリスって……。じゃあこれ半分トカゲかヘビ肉ってこと?

 美味しいのは認めるけど、さすがにちょっとゲテモノ趣味なんじゃ……。いやでもゲテモノほど美味しいとも言うか。

 だけどそんな事を気にしているのは僕だけのようで、ギルメンの皆は躊躇う事無く口へ運んでは美味い美味いと騒いでいる。


「ま、確かに最初は驚くかもしれないけど、ぶっちゃけこれゲームだし。実際に食べてるって訳でもないからな」

 ようは気の持ちようだ。どんな敵が落とそうと料理すれば美味しいんだからそれでいいじゃないって事らしい。

 確かにこの世界で衛生観念やら材料を気にするのは野暮か。

 一度そう思い込んでしまった後は不思議な物で、巨大なミミズの肉と言われた分厚いステーキでも割と躊躇わずに食べられた。

 料理された後じゃ元の形なんて分からないし、そもそも現実とは何の関係もないのだから楽しまなければ損だろう。



「ハルトも少しはカナタちゃんを譲るでござるよー! 過保護にも程があるでござる!」

「そうそう。手を出すつもりはないけど、ネトゲ仲間として、ギルメンとして仲良くなるのは良いだろ?」

 サスケさんとアキツさんはそう言うなり、ハルトの両側を挟んだ状態で肩を組みつつ余った手でグラスを掲げる。

「ウェーイ!」

 そのままグラスを突き合わせると一息に飲み欲し、互いにツボったのかケタケタと笑い合う。

 赤い顔でわいわいと騒ぐ姿は酔っ払いそのものだ。確か二人ともまだ未成年だった筈。いや、それ以前に仮想世界で酔う事なんてあるんだろうか?


「第一、ハルトは俺達のマヴダチだから女になんぞくれてやらん!」

「そうでござる! 拙者達はこのギルドで将来を誓い合ったのでござるよ!」

「んなもん誰がいつ誓ったんだ! 過去を捏造すんな!」

 そんな僕の疑問を差し置いて2人はどこまでも自由に盛り上がり、遂には勝手な事を言い出す。

 頭を抱えたハルトの突っ込みは、もはやノリの一つだろう。

 こういう時は積極的に話を合すべきだよね。それでいて、僕とハルトがそういう関係じゃないってより印象付けるには……うん、これしかないな。

「あ、やっぱりそうなんだ。リアルのハルトって私にも興味ないし、時々男の子と手を握ってるからそっちなのは知ってたけど。相手は誰? もしかしてみんな?」

 その瞬間、サスケさんとアキツさんとハルトの表情が確かに固まった。

「ほら、男の子って何か成功したりタイミングがあった時に良く手を合わせるじゃない? あの時にぎゅって握られたことない?」

 これはハルトが相手を驚かそうとするときによく使う手段だ。

 一瞬だけなので普通なら『痛ぇwwwなにしやがるwww』といった感じで変な印象を受けるような余地は微塵もないが、事前に別の印象を植え付ける事によって劇的な化学変化を引き起こす。

 というかハルトの反応までないのは何故なのか。

 ここはさっきみたいにノリで突っ込んでくれないといつまでも『冗談でした☆』って言えないんだけど。

 おかげで完全にタイミングを逃しちゃったし、もう知らないよ?


「……あれは冗談の一種ではなかったと?」

 サスケさんが持ちネタのござる口調すら忘れまじまじとハルトを見つめる。紙袋に隠された表情は見えないはずなのに恐怖で凍り付いているのがよくわかった。

 アキツさんに至っては無言のまま、ハルトの肩に回されていた手が気配を感じさせない丁寧さでゆっくりと抜き取られていく。

「おい待て。まさかお前らカナタの言ってる事を信じてる訳じゃ……」

 顔を引き攣らせたハルトが二人の腕をしっかりと掴んだ、瞬間。

「ほ、ホモォはいやでござるぅぅぅぅぅ! 離すでござる! 拙者はノンケでござるよぉぉぉぉ!」

 絹を裂くような悲鳴がサクケさんの口から漏れた。

 しかしながらこの世界はゲームで、その能力はキャラクターのステータスによって決定される。

 純粋な攻撃力(Str)で言えば手数重視のサスケさんより騎士のハルトの方がずっと高く、しっかりと掴まれた時点で逃げ出すのは不可能だ。

 その上、こうした冗談が飛び交うであろうギルドメンバーの間では、接触によるハラスメントコードもかなり緩和される仕様なのでシステム的な救済も期待できない。

 隣ではアキツさんも必死にハルトの手から逃れようとしているが、狩人(ハンター)のStrは更に低いのでサスケさん以上に絶望的だ。

「おいカナタ!」

 どうにかしろっていう意味なのは目を見ただけですぐに分かった。

 でもなー、帽子屋さんに『指輪交換ですか』ってからかわれた時は人の気も知らないで爆笑してたしなー。

 うん、ここはやっぱり断罪しとこうか。我ながら結構根に持っているらしい。

「で、ハルトはどっちが好みなの?」

「どっちもダメに決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁッ!」

 僕が満面の笑みで尋ねると、遂に堪えきれなくなったのか心の底から絶叫を迸らせた。



「お前な、言ってもいい冗談と言ったらやばい冗談ってものがあるだろ? さっきのがどっちだったのか分かってるのか? 分かってるよな! つか分かれよ!」

 見事な三段活用を展開するハルトに注がれるギルメン達の視線はどこか白々しい。

 一応あの後すぐにさっきのは冗談だとフォローを入れたのだけれど、ハルトがずっとこの調子なので『もしや本当は……』という疑念が芽生え始めているのかもしれない。

 だとしても、別に僕の責任ではないので美味しい料理に舌鼓を打つのに専念する。

「あ、このケーキも凄く美味しいね」

「聞けよ! ケーキの味なんてどうでもいいんだよ! 今後の俺の立場は全然美味しくないんだよ!」

 隣の騒音さえなければもう少し堪能できそうなのになぁと思いながら次の一口を運ぼうとしたところで手を押さえられ、食べかけのケーキを没収されてしまった。

 強引な手管に思わず溜息が零れる。仕方ない、このテンションが続くのも面倒だし助け舟を出してあげるか。

「あのねハルト」

「なんだよ……」

「みんなハルトがホモォだなんて思ってないよ。今までだって仲良くやってきたんでしょ?」

「あぁ、それはまぁな」

「ならハルトは変に騒いだりしないで堂々としてればいいの」

 ハルトは根が真面目というか頑固だから白黒つけないと気がすまないのかもしれないけど、拘りっていうのは興味の上に成り立つものだ。

 自分に本当にその気がないなら堂々としているだけで周りもちゃんと気付いてくれる。

 もし気付いてくれない人がいたとしたら、それは誰かの噂や悪口に乗せられて相手のことをちゃんと見れていない人ってことだ。

 それはもう友達とは呼べないし、呼んじゃいけないんだと思う。


「(´・ω・`)らんらんは最初から気付いてたわ。面白そうだったから黙ってたけど」

「カナタちゃんのえぐい冗談には驚いたけど、今までそういう節もなかったしね」

 ピグさんもギルバートさんも当事者じゃなかったし、話してみると随分落ち着いた印象を受けたので実年齢はそれなりに高いのかもしれない。

 少なくとも、あの程度の冗談にコロリと騙されるような人達じゃなさそうだ。

「そうそう、一瞬驚いたってだけだしさ!」

「そ、そうでござるよ。拙者はその場のノリで演技をしたに過ぎぬ。カナタちゃんを悪く言うのはやめるでござる。それは自分に自信のない表れでござろう」

 それに対し、当事者であるアキツさんとサスケさんは未だ若干腰が引けている気がしなくもない。

 信じていないと言うより、信じたくないといったところか。まだまだ精神的な修行が甘いとみた。


「みんな……。そうだよな、あんな冗談に拘ってた俺が馬鹿だったよ」

 ハルトはギルメン達の温かい言葉に何度も頷く。ようやく己の愚かさに気付き吹っ切れたようだ。

 早速あらぶるハルトを再現して笑い合っている一団は、最近出会ったばかりとは思えないくらい打ち解けている。

 これで男垢だったら何の躊躇いもなく渦中に飛び込んでいけるのになぁって思うとちょっと羨ましい。

 今の僕はネカマで、立ち振る舞いに女の子らしさとやらが要求されている。

 どうすれば女の子らしいのかは目下のところ模索中で練習中だけれど、ハルトからアドバイスや指摘をWisで貰う事も多い。

 流石に長年ハルと一緒に暮らしてきただけあって、そっちの方面に関する知識には僕よりずっと明るかった。


 たかだか椅子に座るだけでもスカートが皺にならないように手で払わないとダメだとか、足をちゃんと閉じてないとダメだとか、意識しなければならない項目が多すぎて目が回りそうになる。

 何かを話そうと思っても、それが女の子として話して良い内容なのかを逐一逡巡しなければならないせいでコミュニケーションにも僅かなラグが生じるのだ。

 普通ならこの世界のアバターは自分そのものだけど、僕にとっては『人形』に近いのかもしれない。

 会話に中継地点を挟んで、それを窓口にしてしか話せない伝言ゲームのようなもどかさは如何ともしがたかった。

 まるで僕と彼らの間に透明な壁があって、楽しそうに笑う彼らを冷めた目線で眺めているような感じがする。

「いいなぁ、そういうの」

 不意にそんな心の思いが勝手に口から漏れていた。瞬間、みんなが僕の顔を一斉に見る。


「なに言ってるでござるか」

 サスケさんが紙袋の上からでも分かるくらい不思議そうに首を捻っている。

「カナタさんも今日からギルドメンバーなんですから、好きに混ざればいいんですよ」

 歩く回復庫さんも何を言っているんだとばかりに優しく微笑んだ。

「そうそう。始めは勝手が分からないかもしれないけどさ、3、4日もすりゃ俺らのテンションにも慣れるって」

 マスターのアキツさんは『ただしさっきみたいな冗談は程々にしてほしい』と付け足してから苦笑する。

「(´・ω・`)らんらん♪ っていえばみんなもう仲間よー! おほー!」

 豚の言うことはよく分からなかったけど、そういうものなんだろう。

「そうさ。現実の年齢も性別も立場も関係ない。それがオンラインゲームのいいところなんだからさ。遠慮は要らないよ」

「そうだな。カナタも、もっと堂々とすればいいんだよ。大丈夫だって」

 ギルバートさんの言葉にハルトも頷く。『気にしすぎると逆に不自然になるぞ』とWisが飛んできた。

 ネカマがばれる展開なんてそうそう起こらないし、仮に疑われたとしても直接聞かれる事はないとハルトも言っていた。

 なら、もう少しくらい考えなしにはっちゃけてみようかなと心に決めて、まずはやれる事からやってみる。

「そうだね! ハルトも友達の振りをして堂々とあれこれしようって言ってたもんね!」

「またそれかよ! いい加減にしろと! お前には反省ってもんがないのか! アキツとサスケも引いてんじゃねぇ! 誤解だっつってんだろうが! あぁくそ、分かったよそういうことか! 指輪のあれ、まだ根に持ってんだろ!? 悪かったよ、だからそういうのは勘弁してくれ……」

 満面の笑みで告げる僕の前でハルトが頭を掻き毟った。うん、これはこれでいいポジションが確保できそうな気がする。



 それから暫く騒ぎ続けていると誰かのウィンドウからアラーム音が響いた。

「あ、やべ。そろそろ飯の時間だわ」

 アキツさんの声にふとシステムウィンドウの時計を見ると既に19時を過ぎている。

 早めのお昼を食べてすぐ始めたからもう7時間近くも繋ぎっぱなしだったらしい。時間が経つのを忘れるくらい楽しんでいたようだ。

「なら拙者も夕飯にするでござるよ」

 サスケさんが続くと僕もらんらんもとみんなで声を揃える。

 ゲーム世界での飲食は現実になんら影響を及ぼさないし、中枢神経を操作しているので空腹感が癒されることもない。

 本当にただ味を感じられるだけで、食べようと思えば幾らでも食べられるという、贅沢の極致を体現した空間なのだ。

 現実の身体が訴える空腹感を抑える為に夕飯は必要不可欠で、ひとまず歓迎会を切り上げて食事をしてこようという、なんとも不思議な運びとなった。


「カナタもパーティー狩がどんなものか見ときたいだろ?」

「うん。見られるなら見たいかな」

 まだゲームを始めて初日。自分一人じゃ何もしていないのに、職業レベルをあと2つ上げれば司祭(プリースト)への転職が控えている状況だ。

 まだ支援の役目は全う出来ないだろうけど、雰囲気を知るだけでも大きな経験になると思って頷いておく。

「なら2時間後くらいを目処に戻ってきた面子で狩に行くか」

「おぉ、良いでござるな」

「じゃあそれくらいまでに戻ってきますね」

 ハルトの提案に他のメンバー達も快く頷いてひとまずログアウトすることになった。




 40分後。

 見せてもらう側が遅れてなるものかと早めに夕食を終えて繋いだつもりだったのだが、既にアキツさんとサスケさんはギルドホームで食後(?)のお茶を飲んで待っていた。

「あれ、もう戻って来たんだ。思ったより早かったな」

「おかえりでござる」

「ただいまです。麺類だったので手軽だったんですけど、お二人とももう済んだんですか?」

 僕の出現に2人が手を上げて迎えてくれる。うどんだったしこれでも結構急いで食べたつもりだったんだけど。

「拙者は昼の残り物をチンして食べただけでござる。20分もあれば十分でござるよ」

「俺も今日は親が出掛けてるからカップ麺で済ましたんだよね。料理とかからきしでさ。そういえばカナタちゃんは料理とかするの?」

「一通りは。難しいのは無理ですけど」

 僕の両親が割と放任主義なのは共働きで忙しいからというのもある。

 幸い、僕には小さな時から話し相手になってくれたお爺ちゃんと、毎日騒動を運んでくれるハルトが居てくれたから寂しいと感じたことはなかったけれど、夕飯くらいは自分でも作れるようになろうと教わっていた。

 おかげでハルトから両親が留守の時に空腹で死にそうだから助けてくれとせがまれた事もある。


「そうだ。多分みんなが戻ってくるまでまだ時間あるからさ、良かったら街を見て回らないか? まだ何が何処にあるのかも覚束ないだろ?」

「良いんですか?」

 このゲームの街は大都市という名目であっても必要最低限の機能まで縮小されている。

 当然といえば当然だ。街から出るまでに数時間も歩かなきゃいけないようなゲームがあったら声を揃えてクソゲーだと罵倒されるだろう。

 とはいえ、1ダンジョン程度の広さくらいは持ち合わせているのも事実。

 縮小されている分を挽回すべくかなり複雑に作り込まれているので、初心者からすれば感覚を掴むまでは迷路のように感じるのだ。

 まだ誰も来ていなかったら近くを探検してみようと思っていただけに、アキツさんの申し出は非常にありがたい。

「勿論。じゃあそういう訳だからサスケは留守番な。皆が来たら教えてくれ」

 アキツさんはそう言って立ち上がりかけたけれど、視認が困難なほどの速度で回り込んだサスケさんによって席へ押し戻された。

「幾ら親友とはいえ、それは聞き捨てならないでござるな。 二人きりで街を練り歩き己の虚栄心を満たしたいなど浅ましいことを!」

「いや、俺は別にそんなやましい気持ちがあるわけじゃなくてだな……」

 サスケさんの指摘にアキツさんはばつの悪そうな顔で言葉を濁す。誰がどう見てもやましい気持ちがあったとしか思えない。

 当然、そんな分かりやすい隙を見逃すほどサスケさんも甘くないようだ。

「なんだそうでござったか。いや、疑って悪かったでござる。では拙者が変わりにその役を担っても問題ないでござるな? アキツはここで留守番がお似合いでござる」

 そのやり取りを上手く利用した切り返しに、アキツさんの顔からバつの悪さが消えた。どうやら開き直ることにしたらしい。


「おま、人のこと浅ましいとか言っといてそれかよ!」

「そっちこそ! ギルド情報で誰がログインしてるか見える時点で留守番など不要でござろうが!」


 付き合いが長いだけあってお互いの考えなどお見通しのようだ。

 顔がくっ付きそうな距離で言い合いを始めているが、会話の節々に過去のエピソードやらが含まれているので聞いているだけでも面白い。

 それだけ色々な出来事があってもずっと一緒に居るくらい互いに気の合う間柄なんだろう。

 とはいえこのまま続けられると折角の観光がふいになってしまうので、当初の目的からどんどん離れ、もはやどうして言い合いをしているのかも分からなくなりつつある状況に水を差す。

 とりあえず笑顔で、相手の顔を下から覗き込むように首の角度を少しだけ傾けて、最後に胸の前で手なんか組んでみたりして、魔法の呪文を囁いてみる。

「私は3人で行きたいです」

 効果は絶大だった。

 2人は言い争うのも忘れて僕の顔をじぃっと見入ってから、目だけで停戦協定を交わすと急ぎ足でドアに手を伸ばす。

「ささ、皆が帰ってくる前に急ぐでござるよ!」

「そんなに時間は取れないだろうし回れるとしても一ヶ所だな。とりあえず装備を見に行こうか。女の子ならどんな服があるかとか気になるだろ?」

「えっ……あ、はい」

 突然に話を振られたから反射的に頷いてしまったが、正直なところ全く興味はない。

 見たかったのは剣とか弓とか斧とかを初めとした男の子のハートを鷲づかみにして離さない武器の類だったのだけれど、今更否定するのもなんとなくはばかれて仕方なく飲み込んだ。


「いつまでも初期服じゃ可愛そうだもんな。良かったら何か見繕おうか?」

「いえ、まだ買うかどうかも決めてないですし」

「代金の事なら拙者とアキツが持つから気にしなくとも良いでござるよ?」

「今更言うのもあれですがもう充分色々して頂きましたし、ハルトからも資金を貰っているので、これ以上は自分でやりくりできる範囲に留めるって決めてるんです」

 流石に貢がれるのは心苦しい以前に男として大切な何かを捨て去るのと等しいので何とか言い訳を捻り出す。

 第一、もし服を選んでもらったりなんかしたらどんな恥ずかしいデザインでも暫くは着続けないと失礼に当たってしまうではないか。

 初期装備である旅人の衣服は膝の少し上辺りのスカートだけど、マントや厚手の上着があるおかげで工夫次第では足元まで覆えるからこそどうにか我慢できるレベルに収まっているのだ。

 けれど彼らは僕の事情なんて知る由もないわけで。

 可愛いからとか人気があるからとかの理由で露出が多かったり装飾過多だったり短いスカートの服を渡されでもしたら目も当てられない結果になる。

 まさか女の子に贈り物をする時、服だけは避けた方がいい理由を自らの身で実感する日が来るとは。

 男なんかよりずっと種類が豊富なので本人の好みをきちんと把握していないと、貰っても微妙な顔をせざるを得なくなるのだ。

 僕の場合は女の子らしい服装は全部NGが入るのでそれこそ選択の幅がない。

 その代わり、もし仮にジャージとかズボンを見繕ってくれる人が居たらついうっかり惚れかねないけど。


 そうした超個人的な理由で固辞を申し出たのに、アキツさんとサスケさんの2人は違う印象を与えてしまったらしい。

「いや、ハルトの知り合いだけあってしっかりしてるわ」

「甘えるだけでなく、自分で何とかしようという気概は素晴らしいでござるよ。でも何かあったら拙者達も頼って欲しいでござる!」

 中には奢られるのが当然だと言ってはばからない女性プレイヤーもいるが、そこまで極端ではないにせよ、奢るという提案を二つ返事で了承する人は多い。

 勿論、勝手に言い出したのだから二つ返事で了承することになんら問題はないのだが、遠慮されると男共は奥ゆかしさや何かを感じてテンションが上がるようだ。迷惑な話である。

「えっと、本当にそういうんじゃないんですって」

「何を何を。過ぎた謙遜は嫌味になってしまうでござるよ」

 僕の場合は何からなにまで事情が異なるのだけれど、こればかりは正直に話せるものではないのでますます感心される悪循環に陥ってしまった。

 なるほど、だからネカマは女性プレイヤーより可愛いなんて言われたりするのか。


「そう言えば、装備とかってどう揃えるのが良いんでしょうか?」

 自分にとって都合の悪い流れになった時はさっさと話題を流してしまうのが一番良い。

 他愛もない無駄話も好きだけど、まだ始めたばかりだし実用的な話の一つでも聞いておいた方が良いだろう。

「そうでござるなぁ……。序盤は『店売り』でも問題ないでござるが、カナタ殿は既にそれなりのレベルに上がっている故、ドロップ品から効果と値段のバランスが良い物を選ぶのがお勧めでござる」

 装備品にはNPCが取り扱っている『店売り』とマスタースミスのスキルで作られた『製造品』とモンスターが落とす『ドロップ品』の3つに区別できる。

 店売り品は始めたばかりの初心者向けにNPCが定価で販売しており、価格が安い代わりに効果も弱く特殊効果の類は一切ついていない。

 ある程度レベルが上がってしまうと性能が追い付かなくなるので、今の僕のレベルを考えると力不足感が否めないそうだ。

 ドロップ品は様々な効果がついているが、モンスターやクエストでしか手に入らないのでレア度によっては目の飛び出るような価格が付いている。

 例えば司祭(プリースト)系列の最強装備と名高い【プリンセスローブ】は詠唱とディレイの削減、最大MP、回復魔法の効果増加などの効果が山ほどついているせいでお値段が1着40M以上もするらしい。

 ちなみに女性専用装備なので男性の司祭(プリースト)は圧倒的に劣る装備を強いられるそうだ。きっとレディースデーみたいなものなんだろう。運営は女性に支援をやって欲しいのか。

 無論、こんな馬鹿げた値段の装備なんて買えるわけないから、手持ちの資金で収まる範囲を目処に効果を見繕う事になる。

「ネトゲではたった1%でも効果の高い装備が出ると既存の下位互換装備は暴落するでござる。そういう型落ち品を選ぶのが基本でござるな。最前線の装備は自分が最前線に立てるようになってからで十分でござるよ」

「攻略Wikiとかは知ってる? コストパフォーマンスの良い装備の組み合わせとかが細かく掲載されてるから一度見てみると良いかもね」

 物によっては決められた組み合わせを装備した際に発揮されるセット効果というものもあり、安価で揃えたい場合には有効だそうだ。


 何を買うにしてもギルドホームのある『テネシャ』より、プレイヤーが大量に集まる『城塞都市アセリア』の方が品揃えは良い。

 それならギルドホームも『城塞都市アセリア』に構えれば良いと思うかもしれないが、購入希望者の数によって賃貸料が大幅に変わってしまう仕様なので大手ギルドでもないと足が出るらしい。

 都市間転移のおかげで移動も手間じゃないし、多少のお金が掛かるとはいえ、アセリアで部屋を借りるのとは比べ物にならない差だ。

 なので皆が作ったギルド『春風』は景観と値段が丁度良いバランスだったここ『テネシャ』を選んだ。

 ちなみに一番人気がないのは砂漠地方の殆どスラムに近い街らしい。なんでも、通行人に扮したNPCにぶつかられるとお金を小額盗まれるのだとか。



 早速アセリアにやってきた僕は2人の案内の元、プレイヤーが集まって露店を開いている広場へとやってきた。

 商人達は溢れんばかりの商品をさほど広くはない自分のスペースに並べられるだけ並べ、中でもイチオシの商品を叫ぶように宣伝している。

「凄い人の数ですね……」

 見た目は途方もない面積を持つフリーマーケットといった所か。

 元からプレイヤーの交流スペースに設定されているらしく、街の中としてはかなりの面積が確保されているようだ。

 それでもなお、詰めかける大勢のプレイヤーを収容するのには無理があるようで窮屈感は否めない。

 街の外で開く方がスペースを確保できるのだが、モンスターに襲われる可能性もゼロではないので現状はここ以外に場所がないそうだ。

 とはいえ商人達も流石に限界を感じてはいるらしく、何処か別の場所を第二の市場として定着させようと話し合いも行われているらしい。


「ここって商品の検索とかはできないんですか?」

 これだけの数の露店を自分の足だけで見て回ったりなんかしたら1週間あっても足りない気がする。

 konozama通販みたいに、プレイヤーの露店を全検索できるシステムがあれば目的の商品を探しやすいはずだ。

 ユーザビリティを重視する運営なら当然用意しているだろうと思ったのだけれど、サスケさんはゆるゆると首を横に振った。

「残念ながらこの世界にそんな便利なシステムはないでござるよ」

「運営は街で生活する雰囲気とやらを大事にしたいんだと」

 全商品の検索ができてしまうと相場の変動を正確に把握できるので、財力のあるプレイヤーが価格操作を行う可能性もあるらしい。

 時にゲームバランスにも大きな影響を与えてしまう為、運営としてはそういう可能性を未然に防ぎたい考えのようだ。

 気ままに眺めてまわるのは楽しそうだけど、欲しいアイテムを探すのには苦労するんだろうなぁ……。


「一応主力商品の系統で大まかな場所の区別がされてるから、欲しい物がある時はチャットで叫びながら探すのが一般的かな。売主が離席中じゃなきゃログ見てWis飛ばしてくれるからさ」

「完全にアナログ式なんですね」

 とりあえず今日は服を見に来たので、はぐれないよう2人に前後を挟まれる形で目的地に向かう。

 途中に並んでいる露店をちらりと覗いてみたが、小瓶に入った薬から古臭い巻物、宝石に布切れと枚挙に暇がない。

 人気があるのかところどころ人でごった返しているお店を避けながら進み続けると、ようやく広場の西端、衣服関連の装備が主軸に売られているエリアに到着した。

「あの、ここ全部ですか……?」

「そうでござる」

「服は盾とか靴より種類が多いからさ」

 目の前には学校に備え付けられた1週200メートルもある広めの校庭が10個は敷き詰められそうな空間と、それを埋め尽くす人影で溢れかえっていた。

 これじゃ大まかに区別されていても探すのは大変そうだ。どう頑張っても集合時間までに調べ尽くすのは不可能だろう。

「今日の所はぐるっと見てまわるだけにしようか。俺達は手分けして掘り出し物がないかだけ調べてくるから、カナタちゃんは雰囲気に慣れておくといいよ」

「それが良さそうでござるな。もし気になった服があれば教えて欲しいでござるよ。もしかしたら拙者達で狩れる敵のドロップやもしれぬ。自分で出した装備というのは格別でござるからな」

「そっか。何も買うだけが入手手段じゃないんですね」

 支援は後方に立ち敵からの攻撃に晒されないケースが多いので、最初は服や盾といった防御向きの装備より杖や補助効果のあるアクセサリー類の方が良いのかもしれない。


 並んでいる商品は大部分が7桁を超える高級品ばかりで、初心者向けのお手頃装備を取り扱っている露店は端の方に数軒あるだけだった。

 初心者向けの商品はどうしても利益率が低いので主軸に扱う人は少なく、余ったスペースについでとして出す人の方が多いらしい。

 中には採算度外視の捨て値で出してくれている人もいるらしいのだけれど、この広大な広場全体から自分の足で文字通り発掘する気力は湧かなかった。

 ざっと品揃えを確認してみると、厚手のシャツとロングスカートだったり、地味なワンピースが多いので内心ほっとする。どうやら外装の派手さは強さと比例するらしい。

 この場合に女装と言う表現が的確なのかどうかはともかくとして、慣らす期間が取れそうなのはありがたい。

 というか、もう既にスカートでいる事に疑問を感じなくなってきている自分の適応力に驚きだ。それもこれもハルトの無茶に振り回された過去の経験のおかげだろう。

 うだうだ言ってもどうせやらされるんだから人間は諦めが肝心なのだと幼い頃に悟ったのだ。

 うん、何をどう言い繕っても全然感謝する気になれないや。


「いらっしゃいませー! 始めたばかりならこの辺りがお勧めですよー」

 一人でお店を見てまわっていると、僕の装備が初期装備のままだったからか、どんな物でも珍しそうに見ていたからか、店番をしていた商人さんがにこやかな笑みで話しかけてくれた。

 このゲームの装備は性別や職業での絶対的な制限のほかにも、一定以上のステータスを要求される事がある。

 強力な装備ほど要求値も鰻登りに上昇し、神器と呼ばれる最高位の装備には浪漫と言われている上限値の120が設定されているらしい。

 ただ、僕みたいな1次職向けの装備は要求値がないに等しいので選択の幅は多岐に渡る。

 並んでいる装備の詳細を一つ一つ丹念に眺めてみたけれど、いまいち要領が掴めなかった。

 防御力の高低くらいは分かるけど、どれくらい必要なのかがさっぱりわからないので比較のしようがないのだ。

「ねぇ君、もしかして服を探してるのかな?」

 だから突然隣から声を掛けられた時はお店の人が気を利かせてくれたのかなと思い、慌てて声をした方を振り向いた。

「えっと……」

 ざっくりと事情を説明するべく口を開いたのだけれど、そんな考えは声を掛けてくれた女性を見た瞬間に吹き飛んでしまった。


 まず目に飛び込んできたのは頭の上に付けられた猫の耳を模したと思われるふわふわの髪飾り。

 凄まじい勢いでぴこぴこと忙しなく動いていて、感情のあらぶりがダイレクトに伝わってくる。

 しかし、あらぶっているのは何も耳だけではなかった。

 目線をやや下げれば、短いスカートの下から生えた尻尾が釣り針に刺されそうになっているミミズの如くばたばたと蠢き、かなり際どい位置までめくれているのに、女性は少しも気にする様子がない。

 それだけならまぁ理解できなくもないけれど、一番やばいのは女性の目というか、表情である。

 幸せそうに緩みきった頬のだらしなさとは正反対の猛禽類を思わせる目が、先程から僕の顔と胸と剥き出しになっている膝を高速で行き来している。

 誰がどう控えめに解釈しても『変質者』の3文字しか頭を過ぎらない。

 第一印象だけで『あ、この人絶対普通じゃない』と分かる振る舞いにどう接していいか分からず、ただただ声を失っていた。

「あ、大丈夫大丈夫。あたしは別に怪しい者じゃないから!」

 思わず『え?』と疑問の声を投げかけそうになったのを必死になって飲み込む。

 大量の装備を前に頭を悩ませていた僕へ声を掛けてくれたのは事実なのだから、第一印象が手の施しようがないくらい末期だったとしても話くらい聞くべきだ。

 幸いなことにこの世界はゲームなんだし、僕の中身からしてそこまでひどいトラウマ展開にはなるまい。

 ……そう思って様子を見たのがそもそもの間違いだった。


「あたしの名前はリディア。職業(クラス)はマスタースミスで、服系装備に特化した製造型なの」

 リディアと名乗った女性はそう告げるなり自然な挙動で手を差し出す。反射的に握り返すと満面の笑みで撫でまわされた。

 背筋を這い上る悪寒に思わず手を引っ込めると、実に名残惜しそうな視線を寄越してくる。

 なにこれ怖い。外見上は同じ女性の筈なのに、まるで獰猛な獣を前にしたかのような緊張感がひしひしと伝わってくる。これは油断したら食われるタイプだ。

「えっと、何となく見てただけなので、それではっ!」

 本能的にこれ以上の長居は危険だと判断するなり返事を待たずして反転。颯爽と逃げ出すべく足に力を入れた直後、ふわりと身体が浮いた。

「待って待って! さっきのは謝るから話だけでも聞いて!? お願い、どうしても君じゃないとダメなの!」

 背後から僕を抱き上げたリディアさんは抜け出そうと我武者羅にもがく僕をどうにかとりなしながら必死に頭を下げる。

 画面の端に浮かび上がった強引な接触によるハラスメントコードを実行しても良かったのだけど、それにしては頼み方があまりにも切羽詰まっている気がして、仕方なく×ボタンに手をかざした。

「……分かりました。話くらいは聞きます。でも降ろしてください、じゃないとハラスメントコードが発動しそうです」

「ホントに!? ありがとうっ! ちょっと強引だったかもしれないけど、頼んでみて正解だったよ!」

 これのどこがちょっとだと突っ込みたくなったけれど、ややこしくなるような気しかしないので黙っておく。

 その代わり、視線の温度は若干下げておいた。

「それで、私に何の用ですか?」

「怒ってる顔も可愛いね……あ、うん。冗談って訳じゃないんだけど、本題に入るね?」

 再び背を向けようとした僕を慌てた様子で押し留めてから、リディアさんはようやく事の顛末を話しだした。

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