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 魔力操作が出来るようになったところで、僕に魔法は使えないし、身体強化をしたところでたかがしれているし、持続時間だって大したことはないだろう。

 つまり、僕が特訓の成果を発揮するのは依千さんから魔力を譲渡された時で、それはイコールで依千さんが記憶を失った時ということになる。

 代償が依千さんの記憶だと知ってもなお、あの力に焦がれる気持ちは怖いくらい薄れない。自分が自分でなくなったような高揚。あれは多分、中毒性の薄い麻薬みたいなものなのだろう。副作用が自分にこない分、性質が悪い。

 しかし、気持ちが薄れないからといって、前までと同じ気持ちで魔力譲渡を受け入れられるかというとそうではない。

 確かに抵抗はある。それでも、あの力が欲しい。

 奇跡は他の犠牲があるからこそ奇跡になる。

 そんなことはとっくに分かっているのに、僕はまた無償の奇跡を望んでいる。

「高峰君?」

 依千さんの呼び掛けに、ハッと目を開ける。

 先ず、目に入ったのは、テーブルを挟んで向かいのベンチに座っている依千さん。その次は、夕陽に染められた公園だった。

「あ、ごめんね。せっかく集中してたのに……」

「ううん。何時の間にか全く別の考え事してた」

 依千さんも、なんとなくそれが分かったから声を掛けたのだろう。

「集中力切れてきたかな……。って、伶さんは?」

「護衛の人と話してくる、って、少し前に」

「そっか」

 昼食や買い物の後、微妙に余ってしまった時間を潰すために僕達がこの公園へ来てから三十分ほどが経った。

 屋根とテーブル付きという好条件のくつろぎスポットを見つけたが、元々、あまり口数の多い三人ではないため、伶さんは携帯電話をかまって、依千さんは本屋で買った小説を読んで、僕は魔力感知を黙々と試みていたわけだが、知らない間に集中が途切れ、自分が何をしているかも忘れて考えに没頭していた。

 依千さんの手には薄茶色のブックカバーがしてある文庫本、横には紙袋が置かれている。先程まで伶さんが座っていた場所にも同じ紙袋があり、中身は今日買った衣服だ。

 テーブルの上には公園の入り口にあった自動販売機で買ったペットボトルのお茶が三本ある。自分のペットボトルを手に取り、残り少なかったお茶を全て飲む。そろそろ、佐竹家に帰ってもいい時間だろう。もしかしたら伶さんもその事を確認しに行ったのかもしれない。

「あの、高峰君、本当に服買わなくてよかったの?」

「うん。成長期も過ぎたみたいだし、毎年服を変えるほど気を使ってもないし」

 それに、これから外出する機会なんてそうそうないんじゃないかと思ったから。

「そうなんだ」と依千さんは笑みを浮かべる。

「……あのさ、依千さん。少し無神経かもしれない質問してもいい?」

「……? うん」

 目を少しだけ大きくして、首を傾げる依千さんに、訊いていいものか迷っていた質問を投げ掛ける。

「封印のこととか、記憶のこととか初めて聞いた時、どう思った?」

 依千さんは「んー」と本を閉じながら斜め向かいの空間を見ながら思案顔をしてから、こちらに向き直って苦笑した。

「嫌だなぁ、とか、なんで私が、とか、思わなかったわけじゃないけど……、でも、詳しい話を聞いたら、私でよかったなぁ、って」

「よかった?」

 思わず訊き返すと、依千さんは頷いてからばつが悪そうな笑みを浮かべた。

「あの、お姉さんには言わないでくださいね?」

「伶さんに? うん、分かった」

「あの、ですね。例えばですけど、私が死んだ場合、呪いはどうなるか、知ってますか?」

 正直、それは僕も気になっていた。しかし、そんな例え話を出来るはずもなく、誰にも訊けずにいた。

 僕が首を横に振ると、依千さんは小さく頷く。

「呪いは、一番親しい人に引き継がれます。私の立場で言えば、次に呪いの対象になるのは十中八九お姉さんです。

 お姉さんはやっぱり少し怖いですし、思い出もないですけど、でも双子の姉妹ですから」

 姉妹だから。理由はそれだけ。

 家族というものにあまり思い入れがない僕には、そこまで自分を犠牲に出来る気持ちは分からない。

それに、昨晩。現状に納得しているというのなら、あの涙は何の感情が溢れた結果なのだろうか。

 でも、ここで『本当に?』と再度訊く資格が僕にはないような気がして、「そっか」と短く返した。

「……伶さん遅いね」

 なんとなく口にした言葉に、伶さんは頷いてから辺りを見回し、「あ」と小さく口を開いた。

 伶さんが戻ってきたのかと、顔を向けると、公園の入り口にいたのはスーツを着た三十代ほどの男性だった。しかし、仕事帰りというわけではないのは、そのボロボロになった服を見れば分かった。

「護衛の人だよ。確か、八城さん」

 敵か、と身体が固くなった僕に気付いたのか、依千さんが立ち上がりながら言う。

 護衛の男性――八城さんは僕達を見つけると、どこか怪我をしているのか、少しぎこちない動きで走り寄ってくる。

 僕達が駆け寄ると、八城さんは力が抜けたように地面に膝を着いた。その顔は苦痛に耐えるように歪んでいて、息も切れているし、尋常ではない量の汗を流している。

「な、何か」あったんですか?

「に、逃げてください。二人とも、今すぐに」

 言い切る前に、八城さんが振り絞るような声で言った。

「敵です。おそらく、松戸家の……」

 松戸家。佐竹家とは冷戦状態と言われていて、伶さんが要注意するべきと言っていた組織だ。

 ようやく、現状に頭が追い付いてきた。

 そして最初に思ったのは、ただヤバいということだけ。

 逃げよう、そう言おうと隣の依千さんを見る。

「あの、お姉さんは……」

 依千さんの小さな問いに、八城さんの荒い呼吸がヒュッという音を最後に途切れた。しかし、八城さんは問いに答えることなく、

「今は、逃げてください」

 と繰り返した。

「お姉さんは、死んじゃったんですか?」

 何の感情もなく、ただ口から零れたような言葉に、八城さんは勢いよく顔を上げる。

「いえ! そんなことは……! ……ただ、敵に捕らわれました。おそらく、敵の目的は伶お嬢さんだったのでしょう。しかし、敵はこちらにも向かってきています! 今すぐお逃げくださ……」

 言い切る前に、依千さんの身体から、服を靡かせるほどの風が発せられた。

 この感じは二度目だ。忘れる筈がない。

 敵は何人いるのかとか、伶さんを拉致する理由とか、護衛は全滅したのかとか、そんな疑問は全て消えた。

 ただ、風の中心で目を閉じている依千さんを見る。

「……高峰君」

 依千さんはそっと目を開けて、僕に向かって手を伸ばした。

 依千さんはいいの? なんて確認するのはおこがましい気がした。そんなの、依千さんだって分かってる。怖くない筈はない。

 でも、握った手は震えていない。

 依千さんは笑みを浮かべる。

「ありがとう。ごめんね」

 握った手から、力が流れ込んできた。久し振りに感じる、奇跡の力。でも、これと一緒に依千さんの記憶がどこかへ消えていくのだと思うと、前のような高揚感はなかった。

 この四日間、僕らは何をしたっけ。

 気を失ってフラついた依千さんの背中に手を回しながら、そんな事を思った。



 依千さんと八城さんを休憩所のベンチに寝かせた時には、既に公園は魔術師達に囲まれていた。

 魔術師達は、全員、背の高い垣根の向こうにいて、姿を見せている者はいない。それでも、そう確信を持ったのは、魔力を感じている――いや、ここまでいくと見えていると言った方がいいかもしれない。伶さん曰わく、目に見えない場所にある魔力を察知する魔法などはない。じゃあ、なんでこんな事が出来るのかと言うと、桁外れの魔力による強化のおかげだろう。

 魔力量が多いものほど、人の魔力に敏感になる。おそらくこれは、ただそれだけのこと。桁外れの魔力というのは、それだけで魔法みたいなものなのだ。

 敵は何人だろう。あまりに多くて数える気にもならない。

 周りを見回していると、僕達を囲む魔力の中の一つに異なるものを見つけた。周りの、燃え盛るような真っ赤な魔力と違い、青く静かに揺れている魔力。

「伶さん……?」

 まさか、せっかく捕らえた目標を連れ回すようなことはしないだろうと思っていたが、もしそうだとすれば、話は早い。

 伶さんを取り戻して、あとは最低でも応援が来るまで依千さんと伶さん、八城さんの三人を守る。

 周りの魔術師達は、魔力譲渡直後にやってきたため、こちらの状況は知らない筈だ。すぐに攻めてこないのは、一斉奇襲の準備か、それとも罠や待ち伏せを警戒しているのか。

 とりあえず、仕掛けてこないのなら、こちらとしては好都合だ。伶さんを早く取り戻したい気持ちはあるが――、

『魔力譲渡をした時、一番気をつけるべきは、依千が狙われること』

 人差し指を立てて説明する伶さんの言葉を思い出す。

 依千さんが気絶しても『解呪』が発動し続けているのは、依千さんが付けている指輪のおかげ。指輪を壊されると、当然、呪いが発動し、僕の魔力は元通りのほぼすっからかんになる。つまり、依千さんが捕まれば、ほぼ百パーセント僕も捕まる。

 八城さんは戦うどころかまともに動くことも難しそうだ。やっぱり、僕が二人を守るしかない。

 右手を顔の前まで上げて、一度握って、また開く。魔力量が跳ね上がったおかげで、魔力感知はもちろん、魔力操作もなんなく出来る。依千さんや伶さんから見れば、まだまだ雑なのかも知れないが、もともと有り余るほどの魔力だ。わざわざ操作せずとも体中に溢れているので、強化する分には何の問題もないだろう。

 八城さん曰わく、応援は既に要請済み。それまでに、相手が動かなければいいけど……。

 公園を囲んでいた魔力が、飛び上がった。垣根を飛び越え、ほぼ全員の魔術師が公園内に足を着けた。

 やっぱり、こうなるか。相手も馬鹿じゃないから、当然と言えば当然だけど。

 僕が視界に入ったことによって現状を理解したらしく、一部の魔術師は顔をひきつらせたり、歪めたりと反応を見せたが、想定はしていたのか、顔色を変えない魔術師がほとんどだった。

 戦いが始まれば、彼等の何人かは殺してしまうかもしれない。この状態での力加減は、よく分かっていないのだ。前に、魔力操作も魔力強化もまともに出来ない状態でも佐竹家の屋根を越すほどの力が出た。あの脚力で人を蹴ればどうなるかなんて、考えるまでもない。だからと言って、加減しすぎて防がれてしまうと、危険になるのはこちら側だ。

このまま相手が動かずにいる筈がないし、むしろ伶さん奪還を考えるのなら、動くべきは僕の方だ。

 僕から見て右側、五人ほどの魔術師が壁になるように立っている向こう側に、伶さんはいた。気を失っているらしく、地上一メートルほどの場所で仰向けの状態で浮いたまま目を閉じている。見た感じ、怪我をしている様子はなく、内心、少しだけ安堵した。

 このまま悠長に頭だけを動かしていて、伶さんを連れて行かれてしまった場合、依千さんと八城さんが後ろにいる僕はすぐに追い掛けることが出来ない。それで敵を見失ってしまっては、何のために依千さんが犠牲になったのか分からなくなる。

 しかし、急いで伶さんを取り戻そうとして、あの五人に足止めを食らったら、その間に依千さんを狙われるだろう。

 神山さんのように、敵全員、とまではいかずとも、数人でも一斉に倒す魔法があればよかったんだけど、僕が出来るのは身体強化だけ。いくら魔力があろうと、身体一つでこの人数を相手にするのは……。

「高峰さん……」

 小さな声に振り返ると、ベンチに寝かせていた八城さんが苦しそうに身体を起こしていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 思わず駆け寄ろうとすると、八城さんは手のひらを僕に向けた。

「すいません。あまり近付かれると、高峰さんの魔力で意識が飛びそうなんです」

 苦笑しながら言ってから、

「高峰さん、伶お嬢さんをお願いして良いですか?」

「それは、もちろん。でも、この人数相手だと……」

「魔力強化は、出来ますか?」

「え? はい」

「両足に出来る限りの魔力を集めて、あとは走るだけでいいです。今の高峰さんなら、それだけで伶お嬢さんを取り戻せます」

「両足に魔力を?」

 言われた通りにした瞬間、後ろでざわめきが起こった。

 振り返ると、伶さんの前に立っていた五人が、伶さんを囲むような陣形を取っていた。

「気にしないでください。あの程度なら、問題になりません」

 八城さんの言葉に頷き、真っ直ぐ、伶さんを見る。

 魔力を出来る限り溜めた両足は、暖かいを通り越して熱くも感じられる。

 その熱気を振り切るように、勢いよく地面を蹴った。

 瞬間、時間が止まった、ような感覚を覚えた。

 止まった世界で動いているのは僕だけで、他の誰も表情一つ変わらない。伶さんを囲んでいる五人でさえ、僕が目の前に来ても、遥か後方のベンチ付近を睨み続けている。

 そのうちの二人の肩を、横に押し、出来た隙間から伶さんに手を伸ばした。伶さんを宙に浮かしていた魔法は誰かが触れると解除される仕組みになっていたのか、ゆっくりと地面に落ちそうになった伶さんを、両腕を伸ばしてそっと受け止める。

 そこでようやく、他の三人がゆっくりと動き出した。動きは三人とも同じで、顔をこちらに向けようとしている。

 そして、彼らが顔を合わせるのを、僕はベンチから見ていた。

 動きを止めて、ようやく時間が戻ってくると、二つの叫び声が上がった。発生源は、僕が肩を押した二人。肩を押さえながら転げ回っている。

 そんなに強く押したつもりはなかったが、ただ単に押し退けるという行為でも、普通の時間で考えると物凄い衝撃になるのかも知れないし、無意識に魔力を込めてしまったのかもしれない。

 一気に魔術師達がざわついたせいか、それとも悲鳴のせいか、伶さんが目を覚ましたらしくモゾモゾと小さく動き始めた。

「んあー?」

 そんな女の子らしくない声を出しながら目を開けた伶さんは、僕を見て固まった。多分それは、お姫様抱っこをされているからとか、そんな理由ではなくて、僕の魔力に気付いたからだろう。

「おはよう、伶さん」

「……依千は?」

「そこ」

 伶さんは僕の腕から飛び降りると、素早く依千さんに駆け寄った。赤く光っている指輪をじっと見てから胸に手を当てる。何かの魔法を使っている、というのは何となく分かった。

「……八城、今、どのくらい?」

「大丈夫です。五分も経っていません」

 おそらく、普段なら聞こえないくらい小さな声だった。しかし、全身に魔力が溢れているおかげか、僕の耳はそんな会話もキャッチした。

 それにおそらく気付いていない伶さんは、依千さんから離れて、僕の隣に戻ってきた。

「……あれ、高峰君がやったの?」

 指さす先には、肩を押さえたまま地面に突っ伏している二人。叫び声こそ上げていないが、痛みは続いているらしく立ち上がれそうな感じはない。

「まぁ、一応。あそこまでやるつもりはなかったんだけど……」

「その魔力で攻撃されて生きてるだけラッキーじゃない? もう動けないみたいだし」

 伶さんは、そんなことはどうでもいいと言うように、「で」と話を続ける。

「他の奴ら、全員倒せそう?」

 その言葉に、心臓が跳ね上がるのを感じた。

「魔力をケチらなければある程度の攻撃なら私の魔法で耐えられるし、後ろはほとんど気にしなくてもいいわ」

 様子を窺うように、伶さんは僕を見る。

 視界の外で、魔力が僅かに動くのを感じて、僕は頷いた。

「やるよ」

 伶さんが首を縦に振ろうとしたのを見てから、再び地面を蹴った。

 魔力の動きの発生源は三十代ほどの小太りな男性だった。僕が距離を詰めるまで、この人は何センチ、何ミリ動いただろうか。

 先程の感じを思い出しながら、その人の脇腹を押す。その際、少しブレーキがかかるのはどうしようもないことで、他の魔術師達も僕の動きに気付き、大体半数がこちらへ、残りの半数は伶さんが守る休憩所へ向かった。

 大抵の攻撃なら防げるとは言っていたが、流石にあの数は辛い。ブレーキを掛けながら戦っていたら、時間が掛かりすぎる。

 じゃあブレーキを掛けずに攻撃することは出来ないのか。多分、いや、間違いなく出来る。むしろ、緩急を付けないでいい分、動きやすいだろう。

 ただ、相手の命の保証は出来なくなる。

 そう考えると、この魔力、速度のまま、手足を振りぬくことに躊躇いを覚えてしまう。

 こうなるかもしれないってことは、覚悟していたつもりだった。誰も傷つけないで目的を果たす神山さんのような余裕なんて僕にはない。そのくせ、力だけはあるから、僕は傷付けることでしか守ることが出来ない

 敵だって人だ。家族もいるし、友人もいるだろう。本当はこんなことしたくなかったって人もいるかもしれない。

 だけど、ごめん。僕は、守るって約束してしまったから。

 人を殺す理由にしてしまったことは、伶さんに後で謝ろう。

 依千さんにも後で謝ろう。詳しくは言わずに、ただ『ごめん』って。


『初めまして』が終わった、その後にでも。




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