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 六月上旬。天気予報によると、来週頃から梅雨が始まり、外は雨続きになるらしい。外というのは屋外のことではなく、佐竹家の外のことだ。

 ここの空はいつも晴れている。雲は流れているが、晴天になったり、曇りになったりということもない。もちろん雨だって降らない。

 机の上に開いている中級魔法書から顔を上げて、正面の窓から空を眺める。相変わらず雲が浮いている空と同じように、僕の状況は一ヶ月以上前から変わっていない。学校は休学扱い。一応、僕の保護者という立場の親戚は、佐竹家の人が話をつけたらしい。どんな会話をしたのかまで訊いていないが、親戚からすれば僕を引き受けてくれるなら誰であろうと大歓迎だろう。

 神山さんとは、結局一度も会えていない。例え学校に通ったとしても、護衛がいる以上、神山さんと二人で話すことなど許されるはずもないため、向こうから来てくれるのを待つしかない。源治さんや佐竹家の人達は相変わらず忙しそうだけど、以前と比べれば家にいることも多くなった。和美さんとは一緒に食事もとっているし、ここのお手伝いさん的ポジションの春日部さんともほぼ毎日顔を合わせていて、手が空いているときには身体面でのトレーニングに付き合ってもらっている。

 やっぱり、こんな状況だと、流石の神山さんも来られないかな。

 せめて、護衛付きでもいいから外に出て、神山さんと顔を合わすことが出来れば、どうにかして話があることを伝えられるかもしれないんだけど……。

「高峰君、起きてる?」

 ノックの音に続いて聞こえてきたのは伶さんの声。

「起きてるよ」

 そう返事をすると、襖が大きく開かれた。

「……おはよう、伶さん」

「こんにちはの時間でしょ」

「そりゃそうだけどさ」

 眠そうに細められた目と、ボサボサの寝癖を一瞥してから苦笑する。どう見ても寝起きだ。また夜更かししていたのだろうか。

 だらしないという言葉が良く似合う伶さんの顔を見ていると、開かれた襖の横からヒョコっと春日部さんが顔を出した。いつもニコニコしているイメージの春日部さんだが、今日は一段と笑顔だ。

「高峰さん、当主がお呼びですよ」

「源治さんが?」

 ここ三日くらい顔を合わせていなかったけれど、珍しく家に帰ってきているようだ。伶さんも呼ばれたということは、また何か大事な話があるということだろうか。このパターンで良い話を聞いた記憶はないけど、春日部さんの様子を見ると今回は悪い話じゃなさそうだ。

 春日部さんは「はい」と頷くと、「それでは、下で待ってますね」と言って階段の方へ歩いて行った。

「何の話だろう?」

 春日部さんを見ていた伶さんに訊くと、「さぁ?」とさほど興味なさそうな言葉が返って来た。

「早く行きましょ。多分、依千も待ってるだろうし」

「あぁ、うん」

 本に栞を挟んでから腰を上げ、伶さんと並んで廊下を歩く。

「伶さん、いつにも増して寝癖がすごいけど気付いてる?」

「え?」

 伶さんは目を点にしてから頭に手をやると、「うわ」と小さく呟いた。

「春日部も教えてくれればいいのに」

 両手で髪を撫でながら口を尖らせる。

「なんかニコニコしてたし、それどころじゃなかったんじゃない? あ、そっちも跳ねてる」

 見慣れている、っていうのもあるだろうけど。

 随分と頑固な寝癖らしく、伶さんの手が離れるとすぐにピョコンと跳ねている。見ている分には面白いけど、伶さんの苛ついた表情を見ると笑おうにも笑えなかった。


「……お姉ちゃんの髪の毛が爆発してる……」

「…………二人とも、そこに座りなさい」

 以上、伶さんの寝癖を見た依千さんと源治さんの反応。呆れ気味の源治さんの隣で、和美さんはどこからか櫛を取り出して、ここに座りなさいというように自分の床を何度か叩いた。

 普段置かれている大きなテーブルはなくなっていて、広い部屋の真ん中に大きめの円を描くように座布団が置かれている。室内には他に二人いて、春日部さんともう一人の女性。それぞれ部屋の隅に座っている。

 僕の左側に依千さんが座っていて、正面には源治さん。もう片方の隣は伶さんということになるが、今は和美さんの前に座って髪を解かしてもらっている。

「勉強中に突然呼び出して済まないね、高峰君」

「いえ。ちょうど休憩しようとしていたところだったので」

 僕がそう答えたとき、伶さんが不満そうな顔で隣の源治さんを見た。

「私は寝てるところ起こされたんだけど」

「不規則な生活をしているからだろう」

 全くもってその通りだけど、伶さんはつまらなそうに口を尖らせて顔を背けた。和美さんは苦笑しながら、そんな伶さんの髪をゆっくりと梳かす。

「それじゃあ早速本題に入らせてもらうよ。なに、悪い話じゃない。むしろ良い話だから、安心して聞いてほしい」

 そう言いながら姿勢を正す源治さんにつられて、僕と依千さんの背筋が少し伸びた。

「梅津家と友好協定を結ぶことになった」

 そう言った源治さんの口元には珍しく笑みが見えた。ということは、佐竹家としてかなり良い事なのだろう。だけど、それに笑って答えるのは少し難しかった。

「あぁ、高峰君と依千はピンとこないかもしれないね」

 僕の顔を見た源治さんはいつもより明るい口調で言う。

「三年前、神山鈴が起こした事件は知っているかい?」

「一応、話は聞いてます」

 隣で依千さんも頷く。

「そうか。あれ以来、佐竹家と梅津家が昔から結んでいた友好協定が有耶無耶になっていたんだ。一時は争いにまで発展しかけたくらいだから、当然といえば当然なのだが。しかし、話し合いの末、ようやく関係改善に至ったんだ。松戸家と並ぶほどの力を持つ梅津家とそういう関係になれたのは大きい。これで、高峰君や伶、状況によっては依千も、学校生活に戻れるんじゃないかと考えているよ」

 源治さんの言葉に、依千さんは大きく目を見開き、膝の上に置かれた手には少し力がこもったように見えた。学校に行ってみたいのだろうか。あそこには、自分の知らない自分を知っているクラスメートがいるのだけど。

「三日後に、梅津家で両家代表同士の顔合わせがあるんだ。そこに、依千と伶、そして高峰君も同席して欲しい」

「は、はい」

「別にいいけど」

「……僕もですか?」

 依千さんと伶さんが肯定したのを聞いてから質問する。

「あぁ。高峰君は既に佐竹家の代表と言うべき存在だ。それに、もう家族のようなものだろう。依千や伶とも仲良くしているようだし」

 そう言いながら源治さんが二人を順番に見ると、依千さんは照れながら俯き、伶さんは思い切り顔をしかめた。

「……分かりました。そういうことなら、ご一緒させていただきます」

 源治さんは微笑むと、ゆっくりと大きく頷いた。


 客間を出て、小さく息を吐く。やっぱり、源治さんといるとなんとなく緊張してしまう。和美さんや春日部さんと比べるとまだ慣れていないからとか、居候の身だからとか理由は幾らでもあるけど、やっぱり松戸家の資料を見たことも大きいだろう。話をしていると、言葉の裏ばっかり見ようとしてしまっている自分がいる。

 梅津家、か。

 階段を上がりながら、先ほどの会話を思い出す。

 梅津家とは元々友好的な関係だった。神山鈴の暴走によって、そのヒビが入った。その関係を修復することが出来た。

 あの後、珍しく家族全員に春日部さん、もう一人の女性(春日部さんの婚約者さんらしい)と昼食をとった時に聞いたのだが、梅津家の力は相当なものらしく、どちらかというと研究に力を入れていた松戸家と違い、梅津家は魔法による戦闘に長けている者が多いらしい。争いになれば、長期化は避けられなかっただろうと源治さんは言っていた。

 そこだけ訊くと、やはり良いことなのだろう。

 でも、どうしても気になるのが、神山さんが梅津家当主を殺害した理由だ。本人にしか分からないことなので、未だ不明。神山家を襲撃したのは梅津家で、その報復ではないか。などの憶測はあるらしいが、どれも決定的な証拠はないらしく、一般的には源治さんがいったように、暴走、自分の力を誇示するための行動だと言われている。

 しかし、神山さんが意味のない行動をするだろうか。もしかしたら、するかもしれない。僕は最近の神山さんしか知らないのだから。

 でも、もし何か意味があって――依千さんのためにやったことだと仮定すると、この話は喜ばしいものじゃないのかもしれない。

 二階の廊下で足を止め、伶さんの部屋の襖を見る。さっさと昼食を終えて客間を出て行った伶さんが中にいるはずだ。

 あの資料を見た伶さんも、同じように考えているだろうか。

 誰かと話をして情報を整理したい気持ちはあったけど、僕はそのまま自室へ戻った。

 松戸家の資料に加えて、梅津家のこと。神山さんに聞きたいことが増えていく度、会いたい気持ちは膨らんでいく。出来れば三日後、梅津家に行く前に、話をしたい。

 そこの窓から、あるいは襖を開けて姿を見せてくれないだろうか。そんなことを考えながら椅子に座り、襖に目を向けた時、ノックの音がした。

「は、はい」

 もしかして、と思ったせいで少しどもりながらも返事をすると、襖が開いて依千さんが姿を見せた。

「高峰君、あのね、……? どうかした?」

「あ、ううん。なんでも」

 そりゃ、神山さんなわけがないか。人の部屋に入る時、神山さんがノックするとは思えないし。

 依千さんは不思議そうな顔をしてから、要件を思い出したのか少し顔を上げた。

「あの、学校のこと、訊いてもいい?」

 久しぶりに依千さんの『あの』を聞いた気がする。

「うん」と頷くと、依千さんは部屋の隅にある座布団を取り、椅子の傍に敷くと、その上にちょこんと正座した。

「でも、僕の知ってることはもう全部話しちゃったよ? 正直、僕もクラスに馴染む前に休学になっちゃったし」

「そうなの? 高峰君、私と違って、すぐに人と仲良くなれそうなのに」

「そうかな」と苦笑しながら答える。僕と初めて会った時の依千さんなら、きっとこんなことはお世辞くらいでしか言えなかっただろう。この依千さんは、依千さんに慣れてる僕しか知らない。どもったり、慌てたり、言葉に詰まったりしていた僕を知らない。それは決して格好良い思い出ではないけど、やっぱり少し寂しく思う。人見知りが激しいのは、僕と依千さんの共通点だと思うから。

「クラスの人達ってどんな話するのかな」

「人それぞれ、というかグループごとに少し違うだろうけど、まぁドラマとか音楽とか漫画とかじゃないかな。って言っても大半が何気ない話だから、そんなに考えて話をする必要もないと思うけど」

「高峰君と話す感じで大丈夫かな?」

「大丈夫だと思うよ。魔法とか言わなきゃ」

「う、うん。頑張る」

 心配だ。うっかり口を滑らせたりしたら、よくて天然。悪ければ痛い子扱いになってしまう。転入初日の子供を見送る一般的な親はこんな気持ちなのかもしれない。

「緊張するなぁ。友達出来るかなぁ」

 正座しながら身体を左右に揺らして落ち着かない様子の依千さんだけど、その表情には笑みが見える。不安だが楽しみが勝っている、といった心境らしい。

「まぁ、伶さんも僕も同じクラスだから孤立することはないし、焦らずにゆっくり友達を作ればいいよ」

 むしろ、依千さんに友達が出来たら僕が孤立してしまいそうだ。なんか僕まで不安になってきた。伶さんみたいに学校用の自分を持てたらいいのに……。

「と、そういえば、依千さん知ってる? 学校にいるときの伶さんはいつもキリッとしていて真面目なキャラになるんだよ?」

「え?」

 思わずといった具合に素っ頓狂な声を上げた数秒後、依千さんは可笑しそうに笑った。

「あはは。そんなわけないでしょー。もう」

「……そうだね」

 依千さんの中で伶さんはとてもだらしなくて不真面目な姉というイメージが定着しているらしい。先程のことを考えると、間違いではないからどうしようもない。

 あの伶さんを見た依千さんがどんな反応をするか楽しみにしようと心に決めてから、まだ可笑しそうに笑っている依千さんを見る。

 ずっと、こんな風に笑っていて欲しい。

 ふと浮かんだ気障な言葉が恥ずかしくて、誤魔化すように一緒に笑った。



 数日振りに外へ出て、用意されていた乗用車に乗り一時間ほど経った。

 青々とした葉っぱをつけている街路樹。ハンカチで頬の汗を拭きながら信号を渡るスーツ姿の男性。それらの光景はアスファルトに反射する熱気によりぼやけている。佐竹家では感じられない夏の熱気が車の外には広がっていた。

 松戸家へ向かう途中は景色にまで頭が回らなかったらしく、今が夏なのだと改めて思う。あの時も留守番をしていた二人、僕の両隣に座っている依千さんと伶さんにとっては本当に久し振りの外だ。いや、この依千さんからすれば、初めての外か。

 頬杖をついて眠そうに窓の外を眺めている伶さんと、緊張してきたのか先程からソワソワし始めた依千さん。助手席にいる源治さんはいつものことだけど、今日は僕も和装姿だ。紋付き袴を着た事なんて今までなく、和美さんには似合っていると言われたが、和装を着慣れている源治さんを見ていると、どうも僕は服に着られている感が拭えないような気がする。伶さんや依千さんも振袖がよく似合っているから尚更だ。二人とも髪を上げて結んでいるけれど、元々の髪の長さが違うので判別はつく。例え髪型が一緒でも、態度や挙動で一目瞭然だけども。

 車を運転している春日部さんは、珍しくスーツを着ている。いつもの甚平に見慣れているせいか、見る度に違和感がある。

 そんな五人が乗っている車は周囲の注目を集めるには十分らしく、今のように信号待ちで停車している時は、歩行者や並んで停まっている車からの視線を受けることになる。先程まで山道を通っていたためそういうことも少なかったが、街に出てからは特にだ。

 左隣で伶さんが微妙に動いたのが視界の隅で見えた。そちらに顔を向けると、隣の車から四、五歳くらいの男の子が手を振っていて、伶さんは頬杖をつきながらもそれに手を振り返していた。

「伶さん、子供苦手かと思ってた」

 車が走り出してから言うと、伶さんは不満そうな顔をこちらに少しだけ向けた。

「なんでよ」

「いや、なんとなく」

「……依千は?」

「子供好き」

 即答すると、隣から「わぁ、正解」と感心する声が聞こえた。

「同じ双子なんだから、私が子供好きだっておかしくはないでしょ」

「子供、好きなんだ」

「まぁね。面倒臭いけど面倒臭くないし」

 その言い方がまた面倒臭い気がしたけど、そんなことを言っても睨まれるだけなので黙っておく。

「高峰君は? 意外と嫌いとか?」

「僕? ……どうだろう。考えたことなかった」

「ふぅん。高峰君、将来親バカになるタイプだと思ってたけど」

「そう? 自分じゃあ想像出来ないけど……」

 反対隣を見ると、依千さんが「うんうん」と大きく頷いている。そんなことを言われたのは初めてだけど、悪い気はしなかった。親が親なだけに、そうなる自信があるかと言われたら『ない』と答えるしかないけれど。

 梅津家に――正確に言うなら、梅津家の入り口がある場所に着いたのは、それから十分も経たないうちのことだった。

 佐竹家の入り口は、県営住宅がある近くの人口池。その他にも入り口は数ヶ所あるらしいけど、僕はそこしか知らない。

 それに対して梅津家の入り口は、踏み切りの中央部分にあるという。決して人通りが少ない場所ではない。空間を移動する時、一般人にはある程度フィルターがかかるという話は聞いたことがあるが、それにしたってなんでこんなところに作ったのか聞きたくなる。

 それは伶さんも同じなのか、呆れたような顔をして踏み切りの先を見ている。

「……まぁ場所は昔の人が決めたんだし、しょうがないですよ」

 そんな伶さんの表情を読んだ春日部さんが苦笑しながら言った言葉に、内心納得する。そう言われてみればそうだ。

「それにしても、迎えの一人くらいはいるかと思ってましたが……」

 春日部さんにつられて周りを見回すが、それらしき姿の人はいない。そもそも車がたまに通るくらいで、歩行者すら見えない。

「向こうも忙しいのかもしれない。鍵はもらっているのだし、私達だけで向かおう」

 源治さんはそう言うと、僕達三人に視線を向けた。

 異空間への鍵の形状はなんでもいいらしく、梅津家から事前に受け取った鍵は指輪だった。

 それぞれ指輪を填めた手を胸の辺りまで上げて確認する。依千さんの右手には指輪が二つはめられているが、出発前、伶さんに『不良か成金みたい』と言われてショックを受けていたので言及しないことにする。

 その依千さんは緊張を思い出してしまったらしく、伶さんの袖を掴もうとしては避けられ、掴もうとしては避けられるという緊張感のないやり取りを繰り返している。

「では行こうか」

「はい」

 僕が返事をすると、他の二人も頷いて答えた。二人の勝負は、結局伶さんが根負けしたようだ。

「いってらっしゃいませー」

 ヒラヒラと手を振る春日部さんに軽く頭を下げてから、源治さんに続いて踏切に入る。

 後ろを振り返り、依千さんと伶さんの二人が付いてきていることを確かめ、前に向き直ると、目の前数センチのところに源治さんの背中があった。

「――っと」

 反射的に動きが止まり、すぐに一歩後ずさると、源治さんがこちらを振り返った。その視線は、僕達三人を通り過ぎて、春日部さんに向けられている。

 春日部さんは不審感を表情に出すと、そっと口を開いた。

「……鍵が反応してませんね」

「鍵が?」

 自然と口から出た問いに、源治さんが「ああ」と答える。

「今までなら、私がいる場所、線路上に立てば、梅津家の門前に出ていたんだが……」

 そう説明しながら踏切を往復する源治さんに付いていくが、誰一人として転送されない。

 この時点で考え得る可能性は二つ。

 梅津家に手違いがあり、鍵が変更された。しかし、これならば何かしらの連絡がある筈。となると、やはり疑うべきは罠の可能性。そして、状況を考えれば、梅津家が無関係だとは言えない。

「お父さん、一回家に帰った方がいいんじゃない?」

 伶さんも同じように考えたらしく、少し早口でそう言った。だが、源治さんは首を横に振る。

「いや、もう少し待とう。何か手違いがあったのだとすれば、すぐに迎えが来るはずだ」

「……罠じゃないか、って言ってるんだけど」

「裏切るなら梅津家に着いてからの方が有利だろう」

 さらっと答えた源治さんだったが、即答したところを見ると、その可能性は考慮したようだ。

「とりあえず、いつまでも踏切の中で立っているわけにはいかないな。車の中で待つとしよう」

 源治さんの言葉に従って、踏切に背中を向けた瞬間だった。

「半分正解」

 誰もいなかったはずの背後から小さな声が聞こえた。振り返る間もなく、後ろ襟を思い切り引っ張られる。

 自分の意志とは無関係に勢いよく動き出した視界の隅に、小さな手と大胆不敵な笑みが見えた。

「かみや――――」

 おそらく彼女のフルネームを叫んだ伶さんの声は中途半端なところで途切れ、僕はいつの間にか地面に尻餅をついていた。

「梅津家へようこそ」

 頭上から聞こえてきた声に顔を上げると、目を細めて微笑んでいる神山さんがいた。黒い膝丈ワンピース姿。神山さんは明るい色が似合いそうなイメージだったけど、意外と様になっていた。

 僕の襟から手を離し、そのまま差し伸べてくる。

「ありがとう……ってのもおかしいかな」

「転ばせたの私だしね」

 あはは、と笑う神山さんの手を取り、その場に立ち上がる。

 松戸家もそうだったが、梅津家も佐竹家と同じ外観だった。屋内は広さやら何やら色々いじることが出来るらしく、全く一緒ということはないらしいが。

 ふと、隣から視線を感じて顔を向けると、不満そうな神山さんの顔がそこにあった。

「依千ちゃんが近くにいるのに、気を抜いたら駄目だよ」

 神山さんの言うとおりだ。完全に油断していた。僕は――いや、おそらく僕達は全員、一瞬だけ気を抜いた。見知らぬ人に会いに、見知らぬ場所に行く。そのことによる緊張が、誰にも少なからずあったのだろう。その緊張が緩んだ瞬間を、神山さんが見逃してくれるわけがない。

「ごめん……ってのもおかしくないかな」

「おかしくない」

「はい」

 僕を拉致した人に怒られてしまった。

「高峰君、紋付き袴似合わないね」

「自覚してるよ。それで、久し振りだけど、今回はどうしたの? というか、梅津家の人達は?」

「あぁ、うん。殺しちゃった」

 普通の状態で時が止まる感覚を覚えたのは初めてだった。

 言葉が出て来ないどころか頭すら働かない僕に、神山さんは笑みを見せる。

「高峰君も、殺す予定」

「……それは、なんで?」

「それって、どっちのこと? ま、どっちにしても理由は変わらないか。梅津家の人を殺したのも、高峰君を殺すのも、調子に乗りすぎたから。高峰君の場合は調子に乗らせ過ぎたっていう方が正しいかも」

 でも、と神山さんは門をくぐりながら言う。

「ただの高峰君を殺しても意味ないから、フルパワー状態の高峰君と私で殺し合いをしましょう」

「……相変わらず、神山さんの話にはなかなかついていけないよ」

 正直に言うと、神山さんはこちらを振り返った。

「えへへ。ご安心あれ。これからしばらくは、質問タイムだから。訊きたいこと、たくさんあるでしょ?」

 なんでも見透かしたような態度も相変わらずだ。そんなことを考えて苦笑しながら頷いた。

「心残りがないようにね」

「ここで死んでもいいように?」

「悪者の私を遠慮なく殺せるように」



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