蘇った死者
『あなたがたにとっての死者を――蘇らせましょう』
かのお嬢様、舞月綾無はそう手紙に綴っていた。
彼女は生を受けたときから、王族のようにふるまうことが許されていた存在。
金の力で全てを掌握し、権力で望むがままに都合よく事実を書き換えて虚偽を真実としてしまう。
国家が定めた法律も彼女の前では無力。
非合法と合法の境界線もない。
彼女の匙加減一つで、人生は狂い、人生は死に、人生は生き返る。
人の生死がかかったゲームを行って死者が出ようと、殺人犯が出ようとも警察組織が関与してくることはない。
法治国家の治外に暮らし、日々彼女は享楽に生きる。
それが舞月綾無だ。
◆
加賀と沫雪を迎えに、終夜が出て、俺は斉賀が用意した建物で待機しているとき、そのお嬢様の護衛である双子の朱里と朱奈が現れた。
タイミングが良すぎて、監視されていたのではないかと疑いたくなる。実際、監視まではいかなくとも行動を把握はされているのだろう。
朱里と朱奈は以前、参加者に紛れていた時は区別できるように髪型を変えていたが、それは意図的であり本来は個性を使い分けながらもその本質は同一であることを望んでいるかのような双子で、今は服装から髪型まで全て同じで揃えられている。
一卵性双生児がそっくりであることを望めば、赤の他人である俺に区別をつけられるわけもない。
彼女たちはお久しぶり、と言葉をかけることもなく無言で一通の手紙を手渡してきた。受け取るまで帰らないと頑固な瞳が主張しており、仕方なく受け取る。
用事を終えた彼女たちは幻のように去っていった。
「……お嬢様、今度は何を、望んでいる?」
手紙は紙でしかないはずなのに、やたらと重くずっしりと手にのしかかっていた。
心が重たい。心臓の音が早い。
この手紙は開くべきではないと心は主張しているのに、意思はそれに反して勝手に動いてしまう。
悪魔のささやきに勝てない。
『あなたがたにとっての死者を――蘇らせましょう』
冷や汗が流れる。
表紙がそれならば、折りたたまれている中身はどんな地獄と希望が続くのだろうか。
喉が唾を飲み込む音がやけに響いてうるさい。俺は緊張しながら開く。
『緤さん。お久しぶりですわね。わたくしはあなたがたに再びゲームに参加して頂きたく筆を執りました。以前とは違った方法で、招待いたします。わたくし、あなたたちが何をしたら喜んでくれるのか考えましたの。そして、あなたがたが望む生きる者を景品として用意しましたわ。是非、お友達同士三人での参加をお待ちしておりますわね』
一枚の写真が同封されていた。
その写真を見て涙が零れそうになる――零れないけど。
胸が熱くなって冷たくなって鼓動が早くなって、わけのわからない感情で支配されそうになったが、終夜はともかく、沫雪や加賀に不安と希望が入り混じった表情を見せるわけにはいかないと戻ってくるまで抑えた。
終夜は戻ってきて、沫雪が加賀を連れて帰っていった。静かな空間で、俺は終夜に手紙を渡す。写真はまだこの手に残ったままだ。
渡した時の俺は果たして平然と出来ていただろうか。
手紙を読んだ終夜は驚愕の言葉が似合うほどに顔を歪めて、それからなるほどと頷いた。
「緤。この死者は――あいつのことなのか?」
「……そうだ。舞月綾無が景品として用意していたのならば、死体が見つからなかった事実にも納得がいく」
探しても探しても見つからなかったのは川の底に沈んでいたからではなく――舞月に捉えられていたから。
そう考えると、納得の文字が胸に広がるのと同時に笑いがこみあげてくる。
「はっ――ざぁまぁ!」
「どうした壊れたか?」
「誰が壊れるか……」
悪態をつきながら俺はまだ見せていなかった写真を手渡す。
「あいつが大嫌いな状況を覆すことができないんだと思うと、ざまーみろとしか思わないだろ。なんて最高な状態なんだ! バッドエンドばっか愛しているからこうなるんだよ! ……だが、問題はある。舞月の手紙にあるお友達同士三人って言葉だ。この言葉はどう考えたって……」
「折亞のことだな」
「そうだろうな。お嬢様のゲームに何て金輪際関わりたくもなかった。だが、それでも行くしかない。それでも折亞は……折亞は、どうするべきだ? 例えどれほど万全を期したところで警戒したところで、人が死ぬ場面を見てしまう可能性は排除できない」
サクラの言葉が蘇る。『なら――例え斉賀の犯罪コンダクターとしての実力が完璧だったとしても、不確定事項が全くないとは限らない。決定された未来なんてないのだから。ならば、皆が笑ってない未来があるかもしれない、その時最後に伝えるってことは悲しみを増やすということだよ』
そう。犯罪コンダクターのプランでさえその可能性はあったのだ。確率としてゼロはない。
普段無視しているだけで隕石が落ちてきて死ぬ確率だってゼロじゃないんだ。車に引かれて突然死ぬ可能性は隕石以上に高く、存在している。
「でも、三人と人数が指定されている以上連れて行かない場合は」
「あいつが――ナギがもう一度死ぬな」
終夜に渡した写真には憎たらしいほど死にたいという顔をした寝癖眼鏡と、嬉しそうにピースをしている舞月綾無のツーショットが映っていたのだ。
どうしようもないほどに生存を証明する証拠だ。ご丁寧に新聞の日付まで画面に映っている。どこのアリバイトリックだよ。
ナギ。本名は直に出てこない。何だっけ。
ナギはバッドエンドを愛して、ハッピーエンドが受け入れられない我儘なやつ。
都合の良さが受け入れられなくて現実の出来事までハッピーエンドを排除しようとした、俺と折亞の同級生。大学で知り合って友人になった男。
眼鏡が世界の全てで、ないと何も見えなくて、寝癖が酷くてどれだけ寝癖直しやワックスを付けてもぴょんと治らない。
ハッピーエンドが受け入れられないあまり川に身を投げて――俺が殺してしまったと思った友達。
ナギが、生きていた。
ナギは、死んでいなかった。
こみあげてくる感情に整理はつかない。
ナギが生きているなんて思ってもいなかった。
死体は見つからなかったから、死んだ証明は出来なかったけれども、死ぬのに失敗したとしても、都合よく生きる展開なんてナギが好まないから、運悪く生きていたとしても自ら命を絶つ。ナギはそういう男だ。
死を選んでのうのうと生き延びていることに我慢が出来ない。
だから死んだと死を認めたのに、飲み込んだのに、第三者の手によって生きていたなんて予想外だ。
鳴輝のように、ナギを殺そうとするものはいても途切れかけた命を無理やり繋ぐなんて思わなかった。
そして、そんな都合がいいことができるのは――舞月綾無しかいない。
「折亞に話さず秘密裏に俺らだけが行ったとして、ナギが死ななかったとして、それでもゲームに参加する資格すらあのお嬢様は与えず門限払いをする。それで終わりだろうな」
「そうだよな……」
「折亞に直接話すしかないだろ」
「あぁ。そうだな……桜卯のことも告げないとな」
俺は折亞へ電話をかける。
爆弾騒ぎの影響で、猟犬のように冴塚が匂いをかぎつけてくることもまだないだろう。
折亞へ伝えたくない出来事ばかりが蓄積されていく。あぁ。嫌になる。
何コール目かで折亞は出た。
『もしもし……可憐さんのどうなったの』
折亞が恐る恐るといった声で尋ねてきたので、俺は正直に答えた。嘘偽りなく、起きた出来事を道順立てて。折亞は途中口を挟まなかった。
泣くのが嫌いな少女は泣いているのかなと不安になった。
「以上だ」
『ん。……ありがとう、緤』
「悪いな」
『全然、全て教えてくれて、ありがとう』
「折亞。もう一つ伝えないといけないことがある」
『なに』
息を飲んだ折亞に、覚悟を決める。
手紙の招待状には、ゲームの開催日も明記してあった。
だから、ぎりぎり――例えば当日に伝えるなんて姑息な手段も使えるが、それはやめた。
「折亞。物騒な出来事に付き合ってほしい」
選択を委ねるのではなく俺が求める覚悟だ。
『どういうこと、私は……』
「正直、危ない橋すぎる。危険で物騒でよくない場所だ。でも、俺はそこに、俺と終夜と共に折亞に来てほしい。お願いしたいと思っている」
『……伝えないといけないことと、お願いは、全然違うよ。緤』
「ナギが、生きている」
『――え?』
折亞が思考する前に俺は畳みかけるように続ける。
「舞月綾無。あのお嬢様の存在は……物騒事が嫌いな折亞でも少しは知らざるを得なかったよな。以前、未樛霧のパーティーにいたあのお嬢様だ。人の生死をゲームとして扱う、生まれてこの方、罪を罪として認識することができないようなお嬢様の元に、ナギはいる。生かされている。あの天下のお嬢様は死者を生き返らせた」
折亞から言葉の返事がない。泣くのを懸命にこらえているかのような空気が伝わってくる。
「死んだと見せかけて実は生きているなんて、ナギが聞いたら卒倒しよそうな大嫌いな展開をナギは味わっている。舞月はナギがリンであることを承知で、俺らの友人であることも全て知っていて、だからこそ娯楽に浸るための餌にした。舞月綾無が開催するゲームへ参加させるためにな。あのお嬢様とは関わるべきじゃない。関わらない方がいい。それでも折亞。一緒に来てくれないか。俺たちと危ない橋を渡ってほしい」
『行くよ』
折亞の返事は珍しいほどに間がなかった。
『だって、ナギは生きているんでしょ? なら、行くしかないじゃない。友達だもの』
「……そうだな。生きている。生きて囚われのお姫様を演じている。なら可愛くないお姫様に絶望を味合わせてやらないといけないよな。助かってしまって生き延びて、裏切ったはずの友達が助けにくる。ナギが大嫌いなオンパレードをやってやろうぜ、最高だろ?」
『うん、そうだね』
「……悪いな折亞」
『悪くないよ。緤は優しいよ。でもね、私は……足手まといにしかならない、なにも、何にも……私にはできないよ。それでも、いい?』
「別に足手まとい何て思わねぇよバーカ。友達は、そこにいてくれるだけで嬉しいもんだぜ。それを嬉しくないっていうような不届き者をぶん殴りに、行こう」
危険なことに誘ってごめん。
『うん』
「折亞のことは何がなんでも終夜が守ってくれるから。俺についてこい」
『そこは緤が守るって嘘でも言ってよ』
「馬鹿、俺が守ったら危ないだろ。こんなか弱い俺に誰かを守れるほどの実力はねぇよ」
『ふふふ』
折亞が笑ってくれたので、俺も電話越しで微笑む。
『いつなの?』
「一週間後の土曜日、だ」
祝日にするとは、大学生である俺らの講義でも気を使ってくれたのだろうか。
『……そう』
「暫くの間、終夜の家に下宿でもするか?」
『ううん。大丈夫だよ、ありがとう心配してくれて』
「早く寝癖と眼鏡を採取しないといけないな! 土に埋めよう!」
『うん』
「有難う、折亞」
『しつこいよ、緤……私は、大丈夫だよ。だって、ナギは、友達だもの』
待ってろよ。寝癖眼鏡、お前の本体を割ってやる。




