快楽殺人鬼の対処
鳴輝の目的は組織の壊滅であって、抹殺ではない。
どのような経緯、手段を用いようとも最終的に組織が組織として機能しなくなればそれで鳴輝の目的は達成される。
その為に鳴輝がとる手段は、組織を復興出来るだろう主力人物たちの排除。
そして組織内部に保存されているデータを外部に流出させるというものだった。勿論、南鳴輝に関するデータを全て抹消した上で。
それだけでいいのか? と俺なんかは思ったが、鳴輝曰く、周辺の別の組織とか個人が勝手に色々やらかしてくれて組織を瓦解してくれるそうだ。
めっちゃ他力本願だった。
もし、外部がそのデータを無視したらどうするのだと一応質問した俺に対して、その場合は外部が動けるように誘導すると簡単に答えられた。『そもそも、個人経営でもない組織をどうやって一人の力で破壊出来るのさ。そんなことそれこそ円とか犯罪コンダクターの仕事だよ』とか言われた。
鳴輝なら毒殺でもすると思ったんだけど。同時に全員は毒殺出来ないということなのだろうか。
その辺は鳴輝と同じ思考を有していないし、組織に対して殆ど教えてもらえなかったので俺にはわからない。
わからないと言うことは、鳴輝の方法がきっと一番いいのだろう――あいつが嘘をついてない限りは。
鳴輝が目的とする場所は、建物六階にあるそうだ。もう、鳴輝達の侵入がばれているらしく内部は慌ただしい。終夜や桔梗も建物内部に侵入して手際よく相手している。
鳴輝が主力を排除してくれたおかげでそんなに強い相手がいない。元々鳴輝の組織は武力行使に特化しているわけではなく、スパイや情報活動に力を入れているところだそうだから、それの影響もあるのだろう。
『私は先に上の階言って邪魔者排除しておくね』
桔梗が非常階段をかける。
『鳴輝。泪、お前らも早く先に進め。此処は俺がやっておく』
『わかったよ』
建物内部で一度鳴輝達と合流した終夜は、泪の姿をその目で見て、それでも驚かないように努めていた。むしろ終夜は鳴輝の複雑な表情に驚いている節がある。
一階の敵を終夜に任せて鳴輝と泪は上へ進む。エレベーターと階段があるが、階段を選択した。二階は桔梗が倒してくれているので、三階に進む。
可能な限り、泪に銃を撃たせたくない鳴輝が率先して進み、泪に打たせる暇を与えずに倒していく。
だが――その時、殺していないことの不幸が訪れる。
鳴輝が倒したはずの人物が痛みで苦悶の表情を浮かべながら、銃で鳴輝を殺そうとしたのだ。前を進んでいた鳴輝が背後を振りかえり反応しようとするが遅い。
「っ――鳴輝、あぶねぇ」
ナイフを投げるより引き金を引かれる方が早い。鳴輝の回避は間に合わない。せめて致命傷には当たらないようにと願うより早く――ナイフでは届かない相手に届く物体が、あった。
弾丸が脳天を直撃し、相手を一撃で死に追いやる。
この場で、鳴輝に味方をする人物は一人しかいない。
終夜は一階で敵を倒しているし、桔梗は二階にいる。
鳴輝の隣にいる人物しか、味方はいない。
『泪……』
鳴輝の声は今にも泣き出しそうだった。
俺は、その様子をただ茫然と眺めることしかできない。今、インカムに応答があっても返事も出来そうにない。
『大丈夫? 鳴輝。行くよ』
人を殺した少女は、あっさりとした態度で、人を殺したことに動転するわけでもなく、喜ぶわけでもなく、ただ鳴輝が無事でよかったと安堵するだけ。
それ以外の感情を見せない――何も感じていない雰囲気で泪は進む。
あっさりと人を殺した少女の背中を見ながら鳴輝は暫くの間動けなかった。
『……ははは……僕は……』
鳴輝の声は酷く重たい。この現実を否定したいかのようだ。
『夢なら……覚めてくれればいいのに』
けれど残酷なことにこれは夢でなく現実。鳴輝を守るため躊躇なく――相手の急所を泪は貫いた。手を血で染めることも厭わない。
友達の為であれば平然と境界線を泪は羽ばたく。
恐れを抱かずに。
「それが、異常だってことに――泪は気づいていないよな。きっと泪は普通だと思っている」
鳴輝を追い詰めるのは、綴ではなく――泪なのかもしれない。そして泪はそれに気付かない。気付かないからこそ、追い詰める。
皮肉なことに、泪の戦力も加わり、何事も問題なく着々と進んでいった。
鳴輝はもうこれ以上人殺しをさせないよう今まで以上に慎重になる。
慎重になった結果――泪が命を奪わない為に、命を奪う行為を選択した。泪の前で人を殺したくないという思いに蓋を閉めて。泪の表情は変わらない。
六階――目的の場所に到着した時、綴がオフィスディスクに座っていた。
此処がある種密室空間だからか、フードで素性を隠す真似はしていない。リンの姿らしきものは何処にもいない。リンはまだ邪魔をしてきていない。
『約一か月ぶりですね』
柔和な声は人に安らぎを与えるアロマセラピーのような効果を持っている。灰色の髪は柔らかく跳ねていて、浮かべる笑みは人懐っこネコのようだ。人に好かれそうな優しさ、人を安心させる笑顔を兼ね揃えていながらも彼の正体は快楽殺人者。
オレンジと黄色の縞模様のマフラーを巻いていて、ゆったりとしたセーターをきていて少々季節外れの格好だ。
是が――綴か。
『そうだね。態々、病院を襲撃してくれなくて助かったよ』
鳴輝が皮肉っぽくいった。ってどういうことだ。襲撃してくれなくて助かった?
確かにここなら大丈夫だよとは言っていが――まさか居場所を知っていて襲わない意味だとは思わない。
秘密の隠れ家的で存在が相手に知られていない所なのだと勘違いしていた。
『へぇ。気づいていたんですか』
綴が拍手をした。余裕たっぷりなのがむかつくな。
『まぁね。本当に知らない可能性も十パーセントくらいはあると思っていたよ。けど、綴程の腕前なら僕が何処にいるか調べ上げることも不可能じゃないだろうからね。闇医者のあそこが住宅に見えて病院であることは知っている人間がいれば、知っていることだ』
だが、だとしたら何故襲撃してこなかった。
鳴輝を――裏切り者を始末する依頼を受けているのならば、弱っている鳴輝を殺す絶好のチャンスだ。
それとも終夜や桔梗が交代で見張っていたから手が出せなかったのか? 三対一(一応頭数として俺も人数に含めておく)で逃げたように、確実に仕留める時を狙ったのか――いや、違う。綴だから、綴が快楽殺人鬼の人助けマンだからこそ、襲撃してこなかったんだ。
『そうだね。けど、だからこそ僕は何もしなかったんですよ』
『だろね。あそこ病院だ。君は命を助ける場所で、無用な乱闘を起こしたくなかった』
答えは酷く簡単で、あそこが病院だったからだ。
綴の襲撃を避けるためには、病院にいることが一番安全だった。
もし、終夜の家とかに避難していたら綴は襲撃してきただろう、依頼を果たして人を助けるための報酬を得るために。
『えぇ。だって僕のために殺される人を生かしてくれる場所です。だったら、極力――必要がない限り病院を手にかけるのは後回しにしたい。それこそ僕の周りに病院関係者以外全てが死んだ時くらいまではとっておきたいじゃないでか』
丁寧な言葉で紡ぎだされるそれは酷く身勝手で、バカバカしい理由だけれども、その理由ならば綴が鳴輝の居所を知っていても手だししなかったことに納得がいく。
だから鳴輝は、リンが襲撃してきた場合の事の身を危惧していた。
俺が病院の一室で映像を見ているのも、此処が安全なのも全ては要因だから。
リンや他の要素は防げなかったとしても綴襲撃という要素は避けられる。
綴が避けられるだけ、此処以上に安全な場所はない。
全く持って。鳴輝にとって予想外だったのは泪のことくらいだったんだろうな。違う。予想外であってほしかったのは泪のことだけだったんだ。
『――さて、どいてもらうよ綴。僕の目的は組織の壊滅だ』
『それは困りますよ。組織がなくなったら、僕は報酬が得られないじゃないですか』
『いいや。綴はどいてくれる。一度君に負けた僕が、武力で君を説得すると思うかい?』
『どういう意味ですかね』
『君が何もしなければ、僕は君に報酬を渡そう』
てっきり武力行使だと思っていた俺は予想外の言葉に唖然とした。
『成程、そうきましたか』
だが綴は面白そうに笑った。
『そうだ。組織が君にいくら支払ったのか大体予想はつく。僕個人では払えない金額だろう。だが、問題はない』
『つまり』
『これから僕は組織を壊滅させる。その方法は組織に関するデータを流すことだ。その前に、僕はお金になる部分だけを組織のデータが欲しい奴に売ろう。そしてそのお金を丸ごと君に渡す。どうだ、そうしたら組織が君を雇った金額よりも遥かに高い報酬が得られるはずだ』
『確かに。けれど、それは先に僕と契約をした組織を裏切ることになると思わないのですか、背信行為をしたくはないと僕が言い出すとは考えないのですか?』
愉悦。心底楽しいとばかりに綴は笑っている。
『考えないね。せっかくなら、此処にいる人間を君が殺してしまっても構わない』
『悪魔みたいなことを言い出すんですね』
『君と此処で刃を交えるよりも交渉によって穏便に解決する方が僕としては重要だ』
重要。その言葉に理解した。
鳴輝は綴の対策を考えていると言ったから、最初から武力ではなく交渉を――綴の性格を理解した上で対策していた。
けれど、綴が百%鳴輝の思惑に乗ってくれるかわからないはずだ、だから状況によっては刃を交えることもやむなしと判断していただろう。
泪に――出会う前では。
泪に出会ってしまった以上、綴との戦闘は必ず避けなければいけないものとなった。
穏便に解決するのが何より重要なのだ。
何故ならば、鳴輝は、泪を負けさせないようにしなければいけない。負けた泪が死を選ぶことを避けなければならない。
三週間で泪は見違えるほど強くなったのだろう。天才だろうと化け物だろうと綴に二対一で勝てる保証はどこにもない。
確実に勝てる保証はされていない。
ならばこそ、強者との戦いは避けるべきものだ。負ける可能性が半分でもあるのならば回避するべきものだ。
泪を生かすために。自分ではなく、泪に生きてもらうために。
鳴輝と綴の会話を、泪は黙って見守っている。
『重要、ね。まぁその意味は僕としてはどうでもいいことですし、不要な体力を使わずに報酬を得られるのならばそれに越したことはない』
綴がふと後を振り向く。そこには、綴の身体が死角になってわからなかったが一台のノートパソコンがあった。
それは、俺が画面を映しているようにいくつもの防犯カメラの映像が映っていた。
『是は終夜君と桔梗ちゃんだよね。こんな風にこられちゃ、僕だって四人纏めて相手にするのは骨が折れる作業だし、僕が無事でいられる保証もない。元々此処の組織はスパイ活動が主流だから、生粋の戦闘人を育成しているわけでもなかったからね、荒事に長けた人間に対してはあまり強くない人たちばかりだ。主力に関しては君が毒殺や不意打ち、狙撃で殺しているわけだし。止めにとばかりに終夜君と桔梗ちゃんまで利用しはじめたと』
『そもそも君は生粋の快楽殺人鬼だ。組織に雇われたからってその組織に恩義を感じるわけでもないだろ。彼らだって殺した対象でしかないのだから。裏切りだって容易でしょ?』
『まぁね……この、組織が壊滅する敗因は、鳴輝君が裏切ったことでもなく僕を雇ったからかな?』
『そうでしょ。僕の居所を唯一知っていた君が、組織に教えなかったのも問題だし、そもそも根本的な原因は、快楽殺人鬼を雇った組織の人選ミスだ。報酬目当ての殺人は報酬だけで簡単に裏切る』
『そうですねぇ……けど、僕だって裏切りを繰り返してきたら、評判が落ちて仕事がこなくなるのは困りますよ?』
『大丈夫だ。僕が組織を壊滅させるのだから』
『はははっ。愉快ですね』
『僕を殺したいだけなら、素直に円でも雇っておけばよかったものを尻ごみをして雇わないからこうなる。自業自得だよ』
『円は雇えないでしょ。確かに円であれば、みーんなみんーな殺してくれるでしょうけど、もろ刃の剣。気軽に使うには危険すぎる刃だよ。ドジを踏むと組織が円の手で解体されてしまう。まぁそれでも円に依頼する人間は後を絶たないみたいですけど』
『リスクを犯してでも成果が欲しい人間だっているのさ。そして僕らの組織は慎重になりすぎた結果綴を雇って失敗したというわけだ。僕としてありがたいよ。相手が円だったらどう撤退してもらうのが最適か、皆目見当もつかない』
抹茶パフェじゃ無理だろうしと小声で呟いたのが聞こえた。
抹茶パフェで撤退する円とか気色悪くて嫌だわ。
円って、誰からも同じような評価を受けている人物なんだな。
十人が十人ある人について質問すりゃ、一人や二人は違う答えが出てくるものだろうけど円にいたっては全員が全員同じ返答をする。
『そして、君はめでたく僕を懐柔することに成功したといわけだね、おめでとうとでもいっておくべきですかね』
『有難うと返すよ。約束通り君への報酬は払う。データを相手にうっぱらって、ネット銀行経由でいいかな』
『もちろん。最初から僕の名義で渡してくれると嬉しいね』
『じゃあ後で綴も手伝ってよ』
『手伝いますとも。僕としても報酬は大きければ大きいほどありがたいですからね。是でまた一人、僕が殺す前に死ぬ人を助けることができます』
幸せそうな顔をしている綴だけど、引くわ。
殺す前に死ぬ人を助けることが出来ますって真顔で言うなし。
綴を見事裏切らせた以上、最早組織に助かる術はない。本当に円でも雇っていたのならば結果は違ったのだろうけどな――その場合終夜は海外逃亡していそうだし、桔梗も手伝うとは言わなかっただろう。
「あーでもその場合はきっと、鳴輝は斉賀でも引き入れたのかな」
どうでもいいことを思った。
程なくして終夜と桔梗が合流を果たした。かすり傷はいくらか負っているものの、問題はなさそうだ。
鳴輝と綴は手際よく組織の情報を売買していたのを、俺は一人モニターから眺める。
この日、鳴輝の所属していた組織は壊滅する。
リンは結局何も妨害してこなかった。
無理だと判断して尻尾を巻いて逃げてくれたならそれはそれでありがたいな。




