チェックメイト
チェックメイトはいつでも訪れるものだ。ステ―ルメイトの状況はない。
お嬢様が提示した犯人を見つけ出すことは出来た。
そして回答するための手法も出来た。
これが成功すれば、明確な正当になる。
これはお嬢様だけが真実を話し、他の皆が嘘つきだらけだったゲーム。
目の前に迫ってくる刃。避けようとして足を踏み外し無残に地面にぶつかる影。鈍い音がする。
身体を刻もうとする二撃目が銀色に輝くが、鮮血をまき散らす前に、右手首を横から掴む乱入者が現れる。
青い眼が殺人者を睨む。後ろに下がろうとしたが手首を掴まれていて離せない。ならば、と腕を回しその力で手首を離させる。腕が回らなくなる前に外さないといけないから、殺人者は後方に下がる。
地面に座り込んだ被害者となるはずだった男の前に終夜は立つ。
「チェックメイト」
俺はそう言いながら廊下の端――正確には個室の扉を少し開け様子を伺っていた――から出てきて告げる。
「もう、終わりですよ。綾宮姉妹」
犯人の名前を呼ぶ。
「よくわかったわね? 私たちが犯人と」
「えぇ。回答を見つけ出しましたから」
「どんなのかしら」
双子の片割れが俺の前に凶器を振りかざす。距離が近すぎて身体が反応できない。終夜はもう片方――恐らく朱奈の横にいて手が出せない。
俺の身体、動けっと叱責していると間に地面に座り込んでいた五津が割り込んできた。
血が滴る。
五津が両手でナイフを握りしめていた。
「五津!」
腕力では勝ち目がないと判断した恐らく朱里はナイフを離して後方へ跳躍する。
朱里は舌打ちしながら、袖口から新たなナイフを取り出し、俺と同じように廊下に姿を見せた十環を殺そうと走り出した。十環は身体が強張って動けない。五津が手を伸ばすが、届かない。だが、朱里が十環を殺す前に扉が勢いよく開いた。朱里は扉に手を強打する。
「くっ」
朱里は顔を歪めながらも落とさなかったナイフで、扉を蹴飛ばした鳴輝に向って凶器を振りかざすが、金属がぶつかりあう音が響く。
鳴輝の手にもナイフが握られていた。そして、ナイフを隠していたと思しき卒業証書入れが転がっている。
思い出とはいったいなんだろうか。
「無駄な悪あがきはやめてください。私たちの勝ちです」
「……」
「お嬢様なら、当然もう勝負がついていることを認めますよね? 無駄な悪あがきなんて、面白くもない」
「えぇ。そうですわ」
かつん、かつんとヒールの音が廊下から響くその音は、わざと存在を主張するために鳴らしているのだ。
音が次第に大きくなるが、まだ舞月の姿は見えない。
朱里が諦め悪く俺を襲ってきた。油断しきっているところだったが、距離があったため俺でも辛うじて対応ができた。朱里を背負い投げの形で投げ飛ばす。
とはいえ、朱里の熟練した動きは受け身を取りすぐさま追撃する構えをとった。
けれど背負い投げされた時間のロスは致命的だ。俺の前は終夜が立ちはだかってくれる。
「朱里、朱奈」
舞月が二人の名前を呼ぶと、ピタリと静止して主を待つ使用人の顔になった。
鮮血のドレスを身にまとい、桜色のピアスをした舞月綾無が悠然と姿を見せる。
頬を赤く染めた姿は、ゲームを心底楽しんでいた風情だ。
両隣には料理人来栖來士と、メイド岩瀬加奈が並び、後方には執事凉森さんが直立不動で立っている。
恐らくこの館にはあらゆるところに監視カメラが仕込まれていて、舞月はそれを眺めてゲームを楽しんでいたのだ。
だからいつだって、都合よく調節することが出来る。
「よくわかりましたね。二人がこのゲームの犯人だと」
「えぇ、もちろん」
「回答をお聞かせ願いますか?」
「いいですよ。でも、その解答に一部間違いがあったとしても問題はないですね」
「あら、どういうことですか?」
「だって綾宮姉妹は実際に五津さんを殺害しようとした現行犯です。ゲーム犯人としての証拠は提示しているのですよ」
「――ふふ。いいですわよ」
舞月は恍惚としている。
「まず、一つ目の疑問。貴方は嘘をつかないと証言していました。その証言は全て事実であるととらえます。貴方はミステリーではない、謎解きではないといった。これはゲームだと」
「えぇ、言いましたわ」
「と、なると疑問が一つ。ミステリーではないといったのに、何故舞月綾無はアリバイを尋ねたのか。アリバイを尋ねるだけが……貴方がアリバイを尋ねないと他の方々も答えにくいだから貴方がかわりにやった。それはヒントだとは思えません。ならば、アリバイを答えさせることがヒントであったと考えます。前提条件として、私は犯人ではない、故に私の行動は除外します。終夜は私が連れてきた相棒であり、終夜の証言を私は全面的に信頼しているので、終夜も犯人ではないと知っています。終夜と私を除いた人たちの中で、六時半ごろ何をしていたのかで怪しかった人物は四名」
此処で一息つく。
ふう、と深呼吸してから言葉を繋げる。
「一人で同行者がいなく、当然自由に行動ができる南鳴輝さん。ずっと寝ていたと五津さんが証明したけれど起きている姿ではない十環さん。一人ずつ五津さんの部屋を訪れた朱里さんと朱奈さん。朱里さんに至っては一度手洗いに席を外しています。五津さんは、部屋を訪れた朱里さん、朱奈さんと会話をしていたので除外します」
十環と一緒にいただけならば五津も怪しい人物に含める必要があるが、同行人ではない朱里と朱奈が尋ねてくることは五津には予想できないことだ。ならば、五津は犯人から外される。
「ここで、さらに一人除外できる人物がいます。単独行動で最も自由に動ける鳴輝さんですが、鳴輝さんは咲さんが殺害された時刻に終夜と一緒にいて一人になれる時間が全くなかった。即ち、鳴輝さんに第二の犯行が不可能である以上、鳴輝さんに殺害は不可能です」
終夜を信頼しているからこのイコールは成り立つ。
終夜は犯人ではない前提条件は揺らがないのだから。
そして終夜の目を盗んで鳴輝が単独行動をとることは不可能である。
「そして、もう一人ある理由から除外することができます」
「ある理由?」
多分朱里だろう。眉を顰めながら尋ねてきた。殺意が零れているのが若干怖い。
「えぇ。その理由は後程お話しますが、十環さんはこの殺人事件の犯人として除外できるのですよ。残りは朱里さんと朱奈さん。最初は二人のどちらかが犯人だと考えましたが、共犯でなければ、咲さん殺害は難しくなります。即ち共犯。それに舞月綾無は言っていません。犯人は一人だとは」
複数とも単独とも舞月は言わなかった。嘘はついていない。
「ちなみに、凜乃茜、穂積瑞穂、志賀咲を殺したのはどっちがどっちの犯行だと思っているの?」
朱奈が可憐な笑みで尋ねた。あぁ、これは舞月とは別の種類だが、確実に人の死を何とも思っていない歪んだ笑みだ。
「さぁ――そんなことは知りませんよ」
「何故?」
「知る方法も俺たちにはありません。一卵性双生児の見分けなんてつかないんですから。今話しているのも暫定的に朱里さん、朱奈さんと分けてはいますけれども、実際のところわかりません。だってそうでしょう? 四日間毎日着替えて違う服をお揃いで着ていたのは、すぐに入れ替わることが可能とするため。後ろで一つ縛りにした髪型は直にいじれますけれども、区別のために別々の服を着ていたら洋服は簡単には着替えることが出来ませんからね。区別つくようにしてくれるっていうのでしたら、初日はともかく二日目からは別々の服を着てくれた方がありがたいに決まっているじゃないですか! それができないということは、できない理由があったのです」
「そうよ、服を替えたらすぐに入れ替われないじゃない」
「私たちは朱里であり朱奈であるのよ」
朱里朱奈の言葉。この二人は常に入れ代わりをして、二人で一つとして行動しているということが伝わってきた。だから、お互いがなり済ますことには一切の抵抗がない。それが日常であるように、当たり前に振舞えるのだ。
「でも、瑞穂さん殺害の時は、私は咲さんと、朱里は貴方とお手洗いにいっていたんじゃありませんか?」
「えぇ。でも、お手洗いに抜け道があれば別ですよ。化粧ポーチを持っていたから朱里さんが化粧直しに時間がかかることは予め予想がついていた。だから、多少戻ってくるのが遅くても気にはならない。その間に掃除用具入れの抜け道を使って、廊下中央にある掃除用具入れに出ればいいんです。そうしたら簡易的なアリバイを作れます」
仮に掃除用具入れに抜け道があるのが発見されたからと言って皆手洗いは使うのだから、朱里がその間にアリバイ工作をした証明にはならない。
「何故、部屋にシャワーがあって手洗いがないのか、最初は部屋にこもることを禁止するためのものだと思っていました。シャワーはなくても人間困りませんけれども、手洗いを我慢し続けるわけにはいきませんからね」
そして不自然な手洗いの場所に疑問を持ち、抜け道を発見できるかどうか抜け道が発見できれば犯行が可能な人間が増えてくる。
これはゲーム。
抜け道があったってアンフェアだったって、ミステリーじゃないから構わないのだ。双子は最初から登場してくれていたけどな。
「ちなみに、一原五津さんが犯人ではないのは、朱里さんと朱奈さんが証明してくれている他にも、理由があります。凜乃茜さんの遺留品に眼鏡があったんです。それは五津さんの持ち物ですよね? 茜さんはコンタクトレンズをしていなかった。となると、五津さんか十環さんの持ち物である可能性が高くなります。そう考えると、至る場面で目を細めていた五津さんは、目つきが悪いのではなく、睨んでいるわけでもなく――目が悪くて見えなかったんだと納得しました。目が悪いのに眼鏡をかけていない。なのに、シンメトリーに傷を負わせられるとは思いません」
「あぁ。その通り。茜に取られてしまってな……けど、茜が死んだあとも眼鏡を付ける気にはならなかったんだ。コンタクトは持ち歩いていなかったからな。けど……」
五津は内側の胸ポケットにしまっていた眼鏡を取り出してかけた。
「もう。犯人がわかったからいい」
「眼鏡をかけていなかったばかりに十環さんを守れなかったらどうするつもりだったんです?」
朱奈が興味本位で意地の悪い笑顔を見せながら言った。
「目が見えないわけじゃない。悪いだけだ、それに――それでも十環を守り切ると誓った。茜のことがあったから眼鏡をかける気にはなれなかった……それだけだ」
複雑な心境を、茜と十環のことを思った言葉を紡ぎながらも凛として答える五津が再びスーツの内側へ手を入れるとともに取り出したのは拳銃だった。
「本当は茜を殺したお前らを殺してやりたいよ。けど、俺は同類にはなりたくない。だから殺さない」
拳銃を五津はしまった。拳銃持っているなんて聞いていないんだけど。
あと、涼森さん。パソコン没収する前に没収すれよ、拳銃!
「視力の良しあしだけでは証拠としては弱いですが、朱里さん朱奈さんが訪れたことによって五津さんは除外できますし、さらにもう一つの理由があれば、犯人ではないと証明したも同然にできるんです」
不敵に微笑んだ俺に朱里と朱奈は三つ目の理由を探しているようだったがやがて思いつかなかったのか先を促した。
「五津さんは、十環さん、茜さんと三人でこの屋敷へきたからです。尤も私は二つの段階で五津さんは犯人ではないと除外したので、三つ目の理由は朱里さんと朱奈さんが犯人だと検討を付けた後に知ったことなんですけどね」




