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第一章 ④

段々とこの小説の筋が見えてくる頃かも。

 Ⅸ


 実のところ。

 岩代和査には、心の中で気にかかる事が二つあった。

 一つ目の方は言わずもがな、ラッチと名乗った正体不明の少年、サーレット・デイムライドの事だ。

 和査が昨日の事が未だ気になっている、なんて事にナマケモノあたりが気がつくと、『カズは世話好きお人好しーっ!』とスキップしながらからかう姿が映るだろうから複雑な気持ちになる。

 要はそこが自分の良いとこなのだと言うことを伝えたいのはわかるのだが、まさに世話を焼いているナマケモノに言われると、上から目線の園児から褒められた幼稚園の先生みたいな、何ともいえない微妙な空気になってしまうのだった。

 それに、和査は自分の事をそこまでお人好しなどとは思っていなかった。世話好きはまだ認めるとして。

 敵であるバグズに容赦するつもりもないし、犯罪者に言われた事をはいそうですかと全て聞き入れるつもりでもない。

 現にそのラッチについても、和査はラッチがテロリストの類いである可能性を捨て切れていなかったのだから。

 ラッチがつけていた汚れたポーチの中から出てきた爆弾のようなものは、どうやら自作、しかもあの異様に器用な男が「最高傑作」とか言っていた一品であるらしく、少し爆弾の知識がある工兵の友人に昨夜見てもらった時には目を丸くしていた。

 どうやら粘土のように形や大きさを使い用途に応じて変えられるプラスチック爆薬らしいのだが、和査はその辺りから記憶は薄れていた。

 これが最悪タダのおもちゃだったら良かったのだがなあとこぼして、座りこんだところでスイッチが切れたらしい。思っていた以上に疲れていたのだろう。

 そのラッチの爆弾が異様なものである事が知れ、またラッチが自らの事をまるで話そうともしないものだから、如何せん信用していいのかがわからない。

 あの目は、本当に何か大きな事情を抱えているように見えた。

 逆に言えばそれだけだった。それを除けば、和査から見ればゲラゲラ馬鹿笑いをする、タダの(・・・)馬鹿で済んだのだ。

 それが一体、どうしたものなのだろう。時折懐かしむような、哀しむような、そんな目を見せる。それが気になって仕方がなかった。数日後帰った時には、また何か聞き出せると良いのだが。

 そして二つ目、これは一つ目とは全く違う件で、今行われている探索任務なのだが、ただただ和査には嫌な予感がしてならなかった。

(俺の人生そのものを変えるような……と言ったら大袈裟すぎるか。だけど何だろうかな、この感じは)

 バグズの中でも蜘蛛によく似た〈蜘蛛型〉なんて無骨な名前で呼ばれているものは、パターン化が進んでいる型だ。

 ここまで相手との距離を詰めれば攻撃し、この距離を保てば攻撃してくることは無い、そんな『攻略法』が存在する。そのため、それを熟知している者はたった一人で大勢のバグズに挑み無傷、敵を確実に仕留めてみせることが出来る、というのだ。

 現時点ではほんの数人の「名人」にしか出来ない芸当であり、まだバグズ自体との戦闘経験が日が浅い為にあまり信じられた話ではないが。

 図ったように一人で完璧に打ち倒す事は出来なくとも、何人かが班を作ればこちらに被害が出ることなく殲滅出来る事自体はそこまで難しい話ではない。

(むうー……。考えても仕方ないか)

 しばらく頭を捻らせていたものの、そうも簡単に答えが出るものじゃなし、気のせいと放っておくことにした。

「おーい。かーずさ。なにしとるん? 遅れちまうで」

「……せめてそこは遅れてまうでって言った方が良いんじゃないかダンボール製関西弁」

「ひっでー……ダンボール製は酷くないかなぁ。つか、冗談なんて言うヤツだったっけ?」

「知るかよ。さっさと行こう、そろそろポイントだったはず」

 麦谷を適当にあしらって、他の兵士のようにぞろぞろ歩く。和査と麦谷の少し前方ではナマケモノが怠けているであろう軍用車両が揺れていた。

 乗り物に乗った指揮官が前後を徒歩の兵に囲まれながら進む、その様は戦国時代の大名行列のようであった。最も指揮官は、

「ぐっぐえっぶごごえあうごお!? あぎぇあ!」

 人が抱えた籠よりも断然乗り心地の悪いじゃじゃ馬に乗っていたが。

「ポイントに着いたら車両でアンテナはっときつつ、ボクらが班に分かれて探索開始する。でええよね?」

「まだ緊張してんのか? 麦谷。初めてならまだしも、四回はやったことじゃないかよ。慣れろ」

「その四回は半年以上前の事やし、それにやっぱ慣れへんなあ、あれはー」

 一班は八人から十数人まで様々だ。和査と麦谷は同じ班に属していて、しょっちゅう一緒にいるため仲が良い訳だ。

 和査は辺りを支配しつつある厚い雲が太陽を覆い隠したところで辺りを見渡し、顔を曇らせた。

「それにしても、ちょっと歩いただけでずーっと森、山。日本の都市にいたら想像もつかねぇ……」

「それこそ慣れんよな。挙句荒れ放題やし」

 よそ見して隊列から外れていることに二人の班長から咎められて、慌てて戻り責任の押し付け合いなんてしていると、前で暴れていた車両群が止まり始めた。

「ん。もう拠点ポイント着いたんか。てことは探索開始やんけ、うげー」

 今回の任務では、いわゆる中継地点を作り、そこを中心として班ごとに分かれ、周囲を探索していく形になる。中継地点で各班と連絡をとり、状況に応じていくということだった。

 前方の車両群がナマケモノの乗っている車両を中心として停車していく。兵士達がそれに続いて集まっていくのを眺めつつ、和査は持参した水筒の中身を一口含んだ。隣で麦谷が無駄に自分の装備でガチャガチャと音を鳴らして、落ち着かない気分をその体でもって表していた。

 周りの兵士達に麦谷ほど気持ちの落ち込んだ者はいないように和査は内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、麦谷の肩をばしばし叩き早く歩くよう促した。

 といっても、はやりもう半年も前の話なのだ。慣れろと言った当の本人である和査であっても、簡単にこの空気にさっぱりと馴染められてはいない。麦谷だけでなく、自分にも言い聞かせた言葉なのだ。

「そんなわけでー、だ。今からいよいよ班ごと分かれ、この地域の探索を行ってもらう。バグズとの遭遇だの捕獲だのあったら連絡するように。これだけ言ってるともう林の中で小学生が遠足で虫取りするのとそう違わないように思えるが気を引き締めろ、奴等にとっての僻地だろうと我々にとっては十分な戦地だからな」

 ナマケモノの言葉にAPSCの兵士が薄く笑った。少数ながら参加しているロシアの兵士も、先日から続くナマケモノの妙な態度に慣れてきたのかそれとも状況に適応しきれていないのか、苦笑を浮かべるに留まる者が大半だ。

 そんな大事で危険な作戦の直前、和査は一人目を見開いて重要な死活問題を思い出した。

「……ハッ!! ラッチにもう五つぐらいは手錠をかけて鎖と布で簀巻きにして目隠しして口にガムテープはっつけとくべきだったか!!」

「和査はんそれは監禁というか死んじゃう」

 そんな密航者の存在よりも密航者のせいで思考が暴走している和査が心配になる麦谷を置いて、ナマケモノが手を二回叩く。

 本格的な蟲取り作戦開始だ。


 Ⅹ


「あのね、カズサね、ここまでしたら流石に酷いというか、そこまで痛い目にはあわないよとのたまっていた昨日のカズサの発言を疑わざるを得ないわけでね」

 倉庫兼密航者用独房の部屋で、ラッチはそうごちながら今まで縛られに縛られていた手首の調子を確かめ立ち上がった。

「流石に手首二つ足首一つは無理くせーて。まあもう解いたけど」

 最後に残った足首の手錠を外し、大きくのび(・・)のしたりストレッチをして硬くなった体をほぐしていく。

 当然のように独房の扉(施錠済み)を開け、昨日とは打って変わって人気の少なくなった船内をぶらぶら歩き、自分の荷物を回収した。

 ラッチ自作のプラスチック爆薬がなぜかバラバラになっていたが、あまり気にすることじゃないよな、と適当に納得して船を後にする。

 基地は昨日と比べると人が少なくなっており、それが原因なのかどこからか声が聞こえてくる、なんてのも減って穏やかな様子だ。和査は昨日、明日は俺はここにいないとか、人が少ないからってまた遊ぼうとすんなとかまるで相手が小学生みたいな事を言っていたような気がするが、それも何か関係性があるのだろう。

 ラッチの目的は昨日と同じく基地内の散歩、そして今日は、

「アマナシにでも会いにいっかなー……っと。あの倉庫にいきゃあ会えっかな?」

 なんて用も追加されていた。お遣いついでに近所の飼い犬に会いに行くみたいな気軽さだ。

 といってもアマナシがいつも昨日会った倉庫にいるとは限らないのだからと、しばしの間はどうやってアマナシに会いに行くかわざとらしく首を傾げてうんうん悩んでいたが、結局何の答えも出さずに大地に足をつけて懲りずに散歩を開始した。昨日さんざ身体が固定されていたせいであまり寝ることが出来ず、ラッチは隠そうともせずに大口を開けてあくびをする。

 昨日と同じように、いや昨日よりも人が少なくなった分スムーズに人の合間を縫って調子にのっていたのか、途中でまたかっぱらった不味いレーションなぞを口に含んで腹を押さえてうずくまった。

「……なんだーこれー……」

 口元を手で押さえるふりをしながら再び歩き出す。やはり基地は昨日よりか静かで、和査の姿も見えない。

 あからさまに顔をしかめていると、遠くにアマナシの姿が一瞬ちらりと見えた、まさにその時だった。

 それ(・・)は基地のラッチとは真逆の方向から現れた。

 爆発音とつんざくそれ(・・)の鳴き声と共に響いてきた。

 それはすなわち、怪物バグズが基地に侵入してきたことを、意味するものだった。


 ⅩⅠ


 〈蜘蛛型〉とは、その名の通り蜘蛛の形をしたバグズの一種の事だ。

 四対の脚、全身に体毛の生えた姿はタランチュラ、すなわちオオツチグモのような姿である。通常の種と大きく異なるのは三つ。

 一つ、その大きさである。体長は五、六メートルといったところ。脚を広げれば九、大きいもので十メートルを超す。

 二つに、糸の吐き方。蜘蛛型は通常の蜘蛛同様繭や罠としても糸を使うが、他にも用途が存在する。

 それは、敵、人間への攻撃手段としてだ。

 蜘蛛型の糸はある程度先端の形を変えることが出来ると考えられており、針のように糸を尖らせ敵に向かって瞬時に『撃つ』のだ。糸の太さは二センチにも及ぶ。

 そして三つ。それは蜘蛛型に限らずバグズ全種に言える事で、眼が紅いのである。

 これらの異様な特徴から、バグズが何者かによって生み出されたのではないか、といった疑問が生まれ何度も死骸を用いた実験がされたがそれらしき結果は出ておらず、何より当時の人類側にその余裕がなかったことがその原因ともされている。

「でも、なんで今になってボクら駆り出してバグズのサンプル採取やーなんて言いだしたんやろか?」

「余裕が出来たんだろ。俺たちがヨーロッパとかで警備についてないでアメリカに来てること自体がその証拠になってる」

 あたりを警戒しつつ、和査と麦田はそう会話をしていた。ここは基地のある海岸沿いの町ではないまた別の街の、イマイチ変わり映えのしない風景をした住宅街を和査の所属する「APSC日本支部第三隊九班」は捜索していたのだ。

 街並みはそう単純に破壊されている訳ではなかったが、人気は無く人の手を離れたことによる荒廃、腐敗が進み、無造作に伸びた草木が家々を侵食している様はねっとりとした恐怖を人間に与えてくる。こういった景色も、いつまで経っても慣れるようなものではなかった。

 その後もしばらく無音の環境が続く。自然と班員達の鼓動が速くなってきた時、遠くからよく響く音が聞こえてきた。他の班の銃声だ。

「こっちにも来たみたいだぞ、気を引き締めろよ!」

 大柄の班長がよく通る声を負けじと響かせて、班員達をまとめ上げる。

 小さな民家なら軽く押し潰すだろうかという程の巨体が、ばぎゃりばぎりと音をたて街を破壊してくる。複数の脚が地面を揺らし、紅い眼が和査を睨んでいる。まだ百メートルは距離があるというのに、一瞬押しつぶされるかと思うほどの存在感と威圧感を放っている。

 やはりバグズ、〈蜘蛛型〉である。わさわさと体毛が蠢き、余計に気持ち悪さが倍増している。あまりの気色悪さに麦谷は口の端を引きつらせた。

 数はおよそ十。なおも静まり返っていた街を破壊しつつこちらに向かうそれらの蟲に対し、九班は班員を弧を作るようにして三つに分かれる。正面からバグズの眼を狙う役、左右から正面担当の援護をする役に分かれることで、バグズの火力を散らすだけでなく、一つ一つのグループに小回りの良さを持たせ蜘蛛型の糸が当たらないようにするためだ。

 和査は戦争前なら考えられない程反動の大きい銃を抱えながら、右側担当のグループと共に走り、正面担当から一ブロック離れた場所にあるすっかり緑色に侵食された民家の裏に隠れる。ロウソクを吹き消すように息を一度大きく吐いて気持ちを整えると、班長が無線を使い一斉射撃の合図を送ってくるのを待った。

 端に逸れていった和査たちを気にも留めないのか、バグズが正面のグループに向かって走って来る。それが左右のグループを追い越した、その瞬間。

ぇッ!」

 無線が震えるのと同時、和査は民家の陰から体を出し、なおも正面へ進軍を続ける蜘蛛型の横腹に鉛を浴びせようと銃を向けるが、いつこちらの潜伏場所に気がついたのか蜘蛛型の一体がこちらに向けて腹を出していた。

「んなっ……ッ!? ここで糸撃たれたら……!」

 一気に汗が噴き出した和査が慌てて民家から離れるのと同時、蜘蛛の腹から『撃たれた』糸が民家を貫き後ろの地面に刺さった。

 糸は散弾銃のように分離しており、出るだけ出ると切り離されぼとりとその場に落ちた。

 和査は体を捻って背中から地面に落ち、そのままの体勢から蜘蛛型の眼に照準を合わせ一気に引き金を引き続けた。蜘蛛型の身体に無数の穴が空き、眼の色とは真逆の青い血を噴いて巨体が倒れ伏した。

 顔についた返り血を拭いながら体を起こし状況を把握する。すぐ近くで別の蜘蛛型が応戦している。和査は地面に落としていた銃を拾いながらそちらへと走る、あえて障害物を介さずに体を晒しながら。

 いきなり別方向からの援護に戸惑いのような逡巡を見せた時には二方向からの射撃を受け、すぐに横倒しになり動かなくなった。

 ひとしきり銃声のやんだあたりを見る限り、どうやら蜘蛛型に先に反応されていたのは自分ぐらいらしく、他の蜘蛛型は大方掃討されていた。無線機では班員の無事を確認する班長の声が響いており、大きな被害が出なかったこと、戦闘を中継ポイントに伝え、蜘蛛型の死骸は別の班に回収して貰うため自分たちはこのまま探索することなどが伝えられていった。相変わらずせっかちな人だ、と和査は一瞬心の中で呟くが、これより心に引っかかっている今の戦闘に対して頭の中を巡らせる。

(蜘蛛型は……ここまで反応が早かったか? 本当に気のせいで済むことなのか、今の……? 居場所がばれていた? いや、それでもあんな速いタイミングで糸は出さない。なんでこの一体だけ違うんだ……?)

 やはり偶然だったか。そんな和査の思考などお構いなしに、班員が再び集まり、班長が無線を開いてナマケモノの補佐へと連絡をいれようとした時、逆に向こうから連絡が来た。まだ探索が始まってから間が経っていない。何かおかしい、と班員たちが顔を見合わせる。

 無線からの連絡はこうだった。

「全班直ちにポイントへ帰投して下さい! 緊急自体です、蜘蛛型の大群がいきなり前線基地へと現れました! 基地に残っていた者が既に応戦していますが、かなり切迫しています。直ちにポイントへ帰投!」

 ぞわりと背筋が凍る。今までの嫌な予感が全て当たった。そして何より、

「雨梨……ラッチ……あいつらはどうなってんだ!?」

 とにかく今は急がなければと、邪魔な蜘蛛型の脚を蹴り飛ばし、九班はポイントへと急いだ。

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