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◆3章「wonder2~琴葉~」--2

 五時間目の数学の授業、六時間目の倫理の授業と琴葉は手につかず、その代わりにとルーズリーフには、ルーアへの質問事を書き溜めていた。

 早く時間が流れ過ぎれと、心に願いながら。

 しかし、そう願えば願うほど、残酷なことに時計の針が動くスピードは、いつもよりも遅く感じるものだった。

 それでも、ゆっくりと感じながらも確実に時は流れ去って行く。

 そして、念願のホームルームが終わると同時に、琴葉は珍しく教室をいの一番に飛び出した。

 廊下を駆けて行く途中で、只野穂乃香が琴葉の姿を目撃する。

「小此木さん?」

 琴葉が、廊下を駆ける姿なんて今まで見たことが無かった。その分、驚きと困惑が混ざりて、いったい何処へ行くのかと気になり、琴葉の後ろ姿を眺めた。

 すると琴葉の足が、ピタっと止まった。

 それは琴葉が、あの男子の教室を知らなかったからだ。それに、あの男子の名前も知らなかった。男子が語るルーアの声の方ばっかりに夢中になっていたのが、今ここで躓くことになる。

 琴葉は、どうしようと辺りをウロウロしつつ、とりあえず一階の階段辺りで、暫く待機することにした。まだホームルームが終わっていない教室が有ったからだ。

 遠目でそんな琴葉の様子を覗っていた穂乃香は、

「何しているのかしら、小此木さん……」

 と、気になったが、

「只野さん。何をしているの? 早く教室に行こう」

「あっ、うん……」

 穂乃香は後ろ髪を引かれながらも、隣にいたクラスメートに呼ばれ自分の教室へと戻っていた。


     ***


 「さぁて部活だ、部活」

 「ねぇ、明鈴堂に寄って行こうよ」

 やがて、他のクラスもホームルームが終わったらしく各教室から、これからの話しをしながら生徒が出て行く。そして琴葉は、あの男子を捜すために各教室をチラ見していった。

 それはまるで昨日の男子のようだなと、ふと思い出しながら。そして、三組の教室であの男子を見つけると、琴葉はそそくさと教室の出入り口に近寄る。

 しかし、入り口まで来たものの、そこで立ち止まってしまった。

 声を掛ければ良いのだが、琴葉は男子の名前を知らない。だから、呼ぶことが出来ないのだ。教室の中に入って、直接声を掛ければ良いのだが……。

 人見知りの琴葉にとって、今までそんな事をした事が無かったために、出入り口で右往左往するしかなかった。次々と教室から出て行く生徒にぶつからないように、静かに目立つこと無く避けつつ。

 すると、あの男子が琴葉の方に気付いたらしく、慌てて身支度を整えて教室を飛び出して来ると、男子がすれ違い様に「オレの後に付いて来てくれ」と囁いてきた。

 何事だろうと戸惑うも、男子は琴葉を置いてスタスタと先へと向かって進んでいく。琴葉は考えるまでも無く、男子の後を追いかけた。


     ***


 そして、北校舎四階の調理室の前までやって来た。

 なんで此処に来たのかは解らなかったが、ひとまずここで話すことになった。

 琴葉は、五時間目と六時間目に質問内容を書きまとめて四つ折にしたルーズリーフを鞄から取り出し、書いている質問は男子を仲介して、ルーアに質問を行った。

 名前は? 年齢は? 何処に住んでいるのか? などなど……。

 それらの質問の答えが、男子を介して返ってくる。返ってくる度に、琴葉は驚きを越えて呆然してしまう。

 男子の口を借りて話されるルーアの返答内容は、琴葉そして男子も今まで聞いたことが内容だったからである。

 そこは何処なのかと訊ねてみても、帰ってくる答えは、やっぱり聞いたことも無い地名。

 ルーアが語る内容は、嘘のようで、まるで夢のようで、空想めいた内容ばかりだった。あの男子は呆れていたけど、琴葉の胸は逆に高まっていた。

 そんなルーアとのやり取り中で、琴葉達はルーアが地球とは別の惑星の人……宇宙人だという事を信じないといけない雰囲気になっていた。

 しかし、むしろ琴葉にとっては、“それは”望んだことだった。


     ***


「アフィスって……どこのゲームの世界なんだよ」

 ルーアがアフィスという惑星に住んでいるといっても、いまだ信じられない男子は途方に暮れつつも、もはや淡々としていた。

「わ、私。す、すごく嬉しいです」

 溢れる想いが、琴葉の口から漏れる。

「嬉しい? 何で?」

 男子が不思議そうに訊く。

「そ、それは……。地球の人以外の人達に向けて、発していた言葉を……と聴いてくれる人が、本当にいたから……」

「そのお陰というか、その所為でオレの頭の中に、多分宇宙人であろう人物からの声が聞こえるという訳か……」

 男子が疲れた溜め息を吐くのを見て、琴葉は自分だけが喜んでいるのだと感じた。

「す、すみません。だけど、羨ましいです。そのルーアさんの声が、直接聞けて……」

「羨ましいって…。だったら、変わってあげられるのなら、変わってやりたいよ」

「えっ……あ……ご、ごめんなさい…」

 自分が望んだことは、全ては叶っていない。なぜなら……。

「ところで、何でルーアの声がオレに届いて、アンタに届かないだ? 元はアンタがキッカケなのに」

「わ、私に、聞かれても、解りません……ごめんなさい……」

 そう。なぜ、ルーアの声が直接自分に聴こえていないのだろう。

 琴葉は、それだけが引っかかっていた。

 そして、ルーアの声がこの人に届いているのだろう、この男子が……。

 そんな琴葉の悩みも露知らず、男子は力無くつぶやき、

「そうだよな……。試しにルーアに訊いてみるか……」

 ルーアに同じ質問を投げかけたようだが、すぐに「そうだよな……」と、また力無く言葉を漏らした。

 どうやら、返ってきた答えは自分と同じものだと、琴葉は感じ取った。

 それと同時にチャイムが鳴り響き、二人は不意を付かれたのか、思わずビクッと身体を震わせた。

 窓から見える校舎に設置されている時計の針は、午後六時を刺していた。そして、下校の時刻になった事を報せる音楽と生徒達に下校を促すアナンスが流れる。

 時の経つ事も忘れて、すっかり話し込んでいた。こんなにも誰かと話していたのは、琴葉にとって初めてだった。

 自分にはルーアの声が直接聴こえなくても、男子と介してでも、もっと話していたかったが……。

「とりあえず、一度ここらでお開きにしますか……。突拍子も無く理解不能の事ばかりだったから、脳みそが疲れたよ」

 男子は、そうではなかったようだ。

「そ、そうですか……」

 名残惜しそうに、呟く。

―――これで終わり?―――

 琴葉は心に不安がよぎった。

 このまま終わったら、もしかして二度とこうやって話すことは無いのかも知れない。

 今日限りの対談になるかも知れない。

 そう考えると、より一層の不安が心に圧し掛かる。

―――また独りぼっちになる―――

 孤独の恐怖が蝕んでいく気持ちを振り切るかのように、自分の小さな勇気を振り絞った。

「あ、あの……。よければ、明日も、昼休みとかで、話し……に、付き合って、くれますか?」

 小さな勇気に見合った小さな声だった。

 その小さな勇気は―――

「ああ、いいよ」

 彼に届いた。

 男子は、その一言のみを発して、その場を立ち去って行く。

 あまりにも素っ気無く、さり気無い返答だったために、琴葉は安堵するよりも呆気に取られてしまった。

 そして用が済んだと、さっさと立ち去っていく男子。

 琴葉が呆然と男子の後ろ姿を見つめていると、もう一つ大切な事に気付き、慌てながら。

「あ、あの……待って、ください!」

 ついさっきよりも大きな声で呼び止めた。

「もう一つ……もう一つ、訊いても良いですか?」

「なんだ、ルーアにか?」

 琴葉は静かに首を横に振り、口を開いた。

 ルーアではなく、名も知らぬ男子に対して知りたかった事を訊ねた。

「あ、貴方の……名前は?」


     ***


「村上……勇哉、くんか……」

 いつもよりも夕闇が広がる帰り道。電信柱に備え付けられている街路灯が暗い道を照らし出していた。

 琴葉は、先ほど知ったことを復唱していた。

 自分から他人の名前を訊いたのは久しぶりだった。その所為なのだろうか、何となく慣れないザラつく感覚が、琴葉の心を覆っていた。

 そして、“ルーア”という宇宙人であろう人物のことを思えば思うほど、いつに無くテンションが高くなっている事に気付いていた。

 今まで感じていた寂しい思いは、心の何処にも無い。

 自分が望んだ素晴らしい世界が始まったような気がした。

 そして琴葉は、歩きながら手をかざし、いつもの言葉をいつもより楽しく念じた。


 ハロー、ハロー……聞こえますか?

 ルーアさん。村上勇哉くん。

 私は、ココに居ます。

 アナタ達は、どこに居ますか?

 ハロー、ハロー……

 私の名前は、小此木琴葉と言います。

 聞こえますか?

 私の声が聞こえているのなら……。


 “ソラノコトノハ”と―――

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