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◆3章「wonder2~琴葉~」--1

 ハロー、ハロー……聞こえますか?


 私は、ココに居ます。


 アナタは、どこに居ますか?


 ハロー、ハロー……


 私の名前は、小此木琴葉と言います。


 聞こえますか?


 もし……私の声が聞こえたのなら……


 “ソラノコトノハ”と答え返してください。


     ***


 私の名前は、小此木琴葉。


 私がソラに言葉を発するようになったのは、私が小学三年生の時。


 仲の良かった唯一の友達が遠くへ転校してしまい、私は独りぼっちになり、酷く寂しい時間が増えた……そんな頃。


 ある日インターネットをしていた時に、何気なく観覧していた掲示板に記載されていたオマジナイを知った時だった。


『両手をソラに掲げ、下記の言葉を念じて呼びかけると、その声は、遠く離れた人に届き、その人と語らう事ができる』


 このオマジナイは“ソラノコトノハ”というらしく、当時の私は……今でも私は、その記載をされていた事を信じた。


 最初は転校して、遠くにいった友達に呼びかけた。

 その時、一度だけ。たった一度だけだが、誰かの声が一声聞こえた。

 今思えば、ただの空耳だったかも知れない。だけど、そんな事でオマジナイ―ソラノコトノハ―が、本当だという事を信じてしまった。それから隣の県にいる親戚、北海道にいる誰か、そして外国へと、呼びかける距離をどんどん広げていった。

 だけど、いくら私が呼びかけても、誰からも返事は返ってこなかった。

 それは、どうしてかと考えた。

 きっと、この世界には私の声が聞こえる人はいないんだと思った。

 だから、この地球の居る人たちには私の声は聞こえないんだと……。

 だから……だから私は、空に、宇宙に、煌く星に向けて、“ソラノコトノハ”を発した。

 この宇宙の何処かに、あの煌く星の何処かに、私の声が聞こえる人がいる。

 その人の為に、私は言葉を発し続けた。

 私の名前。

 私の好きな食べ物、嫌いな食べ物。

 好きな人の名前、嫌いな人の名前。

 今日の出来事。明日の望む事。

 面白かった事、つまらない事。

 色んな事を“ソラノコトノハ”で、呼びかけ続けた。

 小学校、中学校と、私はソラノコトノハを続けることは、独りぼっちの時が続いているとい事……。

 だけど、ソラに言葉を発している時は、私は孤独から解放されている気持ちになれたから。

 私は、一人じゃない。独りぼっちじゃないと……。

 学校の昼休みの時に、ソラに言葉を発しているのは、もし私の声を聞こえる人が夜で眠っていたらといけないからと、昼の時間に呼びかけている。

 時に、私に話しかけくれる人がいた。時に、私の行動に対して訊いてくる人がいた。

 その人たちは、私を珍しい動物を見るかのような目で見ていたのが嫌だった。だけど、そんな風に見ないでくれた人は二人いた。


     ***


 琴葉は高校生となり、春の暖かな風が吹く中、いつもの様に中庭でソラに言葉を発していた。

 四月の半ばにもなれば、他のクラスの窓から琴葉を見る見物人は最初に比べ減っている。

 最初の内は、なんだなんだと大勢の生徒が琴葉の様子を覗っていた。

 だけど琴葉自身は、そういった事に最初から気にしていなかった……というより、『慣れた』と言っても良い。

 自分が誰にどう見られようと思われようと、自分に直接的な害が無ければ、どういう事でもないからだ。

 琴葉は言葉を発し終え、教室に戻っていると、髪がセミロングで眼鏡を掛けた女子が、気軽に呼びかけてきた。

「小此木さん、またしていたの?」

 彼女の名前は只野穂乃香。琴葉の事を普通に見てくれる二人の内の一人。

 穂乃香は眼鏡の奥にある優しげな瞳で琴葉を見つめた。その視線だけでも琴葉に安らぎを与えてくれていた。

「う、うん……」

 中学の時に穂乃香と同じクラスになり、よく琴葉に話しかけてくれた。穂乃香が転校した仲の良かった子にどこか似ていたからもあってか、琴葉にとって穂乃香は、他の人よりも話し易かった。

「小此木さん……こういうのもアレなんだけど。もう高校生なんだから、あれは控えた方が……といっても、止めないんでしょうけど……」

 琴葉は、返事を返さなかった。この手の話しは、中学の時に沢山話したからだ。それが解っている穂乃香は、別の話題を振った。

「そうだ。小此木さんは、もう高校生活には慣れた?」

 無言のまま、コクッと頷く。

「そう……」

 会話が途切れる。

 琴葉は少し視線が泳いだ。

 きっとこの後、自分の方から何か言わないといけないのだろうと頭の中では解っていた。だけど、何を言えば、何を話せば良いのか分からず、言葉は浮かばない。

 琴葉は申し訳なさそうな顔で、穂乃香の横顔をチラリと覗いた。

 穂乃香は、琴葉の応対に気にすることなく、琴葉の横を肩を並べて歩く。

 その後、お互い言葉を発する事はなく、琴葉達は自分達の教室へと向い、別れた。


     ***


 その日の放課後。

 クラスメート達が部活や帰宅へと、ゾロゾロと教室へ出て行く中、琴葉は何をする事もなく席に座っていた。

 帰りのHRホームルームが終わってすぐは、廊下や帰り道に他の生徒達がひしめいている。琴葉は、その人ごみの中を通って帰るのが好きではなかった。だから、こうして帰る時間をわざとずらしているのだった。

 教室には、琴葉の他に数名が残っていて談笑をしていたが、琴葉は教室の隅っこにある自分の席に座り、誰と話す事はなく、特に意味も無く窓の景色を眺めていると、穂乃香に言われた言葉が頭の中でリフレインしていた。

(もう高校生なんだから……)

 小学三年から、延べ六年間。両手を空に掲げ、ソラに言葉を発している。

 その間、琴葉の呼びかけに応えてくれる声はなかった。

 いつまで、続けるのか……。

 それは、もちろん声が聞こえるまで。例え、声が聞こえなくても、それはそれで構わない。

 琴葉自身、半ば諦めかけていたが長年やっていた事もあり、もはや習慣にもなっていたので、ふんぎりがつかないのだ。

 そして、手を空にかざして言葉を念じることは、自分が自分であることの存在証明でもあった。

 自分の行動を思い返しつつ自問自答していると、談笑していた生徒が帰り始めた。

 琴葉も、そろそろ帰ろうと席を立ち上がると、教室の入り口に誰かにいる気配を感じ、ふと視線を向けた。そこに見ず知らずの男子が立っていた。

(誰?)

 と思った矢先、その男子が琴葉に声を掛けてきた。

 しかも琴葉の名前を呼んだ事に 琴葉は思わず身構えてしまった。

 どうして、この人は自分の名前を知っているのかが、不安で不穏だったからだ。

 見ず知らずの男子が言葉を続ける。

「あのさぁ。君に聞きたい事があって。 ほら、昼休みに、その中庭でさぁ……」

 中庭……。

 琴葉は、この男子の意図を察知した。

 きっと、中庭での事を聞きに来たのだろうと。

 今まで……。小学、中学、そして高校に入学したての頃も、アレは何をしているのかと訊いてくる人がいたが、真意を知らぬ人達の質問ほど、琴葉を不快に感じさせることはなく、何を答えようとしても琴葉の想いは伝わらなかった。

 大抵の人達は、琴葉の事を馬鹿にした目で見て、琴葉の事を嘲笑った。

 そんな苦い経験が積み重なり、いつしか琴葉は、そんな人達とは関わっていけないと学んだ。

 琴葉は咄嗟に鞄を手にして立ち上がり、教室を飛び出した。駆け足で、まっすぐ。一階の靴箱へと向かって。

 その時。

「ソラノコトノハ!」

 背後から思いも寄らぬ言葉が聞こえ、思わず琴葉は足を止めて、戸惑いながら後ろを振り返った。

 そこには、先ほど琴葉に声をかけてきた男子がいた。

(あの人が言ったの?)

 琴葉は警戒しつつゆっくりと、その男子の元へ近づいていき、訊ねた。

「な、なぜ、その言葉を、あなたが、し、知っているんですか?」

 自分にしか知らないはずの“言葉”を発言した男子が、どこでその言葉を知っているのかが気になった。琴葉自身、その言葉を誰にも言ったことはない。勿論、あの二人にも。

 言葉を知っている当の本人も戸惑っているようだったが、しどろみどろに答えただした。

「なぜって……。それは……不思議な声に教えて貰ったからで……」

「不思議な声?」

「あ、信じるか信じないかは置いといて聞いてくれ。ある日……と言っても、今日の五時間目の授業の時に、突然聞こえたんだよ。不思議な声が……。その声の話しを聞く限り、あんたと関係があるようなんだよ……」

「その声は、何て?」

 琴葉は一歩踏み出し、男子に近づいた。

「何て……えっと、小此木琴葉……。あんたの名前とか、ハローハローとかの呼びかけとか、さっき言った“ソラノ、コトノハ”だっけ? そんな事……」

 男子の語る内容に、感情がざわめき出し、琴葉の頬に一滴の涙が伝った。

 叶わないと思っていた願いが叶ったから。自分の声が届いた人が、今目の前にいるから。

 今まで積み重ねていた想いが報われたことに対しての、涙だった。

 しかし突然、泣き出した琴葉に対して、男子は慌てふためくしかなかった。

「ちょ、何泣いてるんだよ。なんか、オレが泣かしているみたいじゃないか!」

「嬉しくて……」

「嬉しい?」

「ずっと、ずっと、私が呼びかけていた声を、聞こえる人がいてくれたから……」

 琴葉は溢れる涙を人差し指で拭きながらも、自然と笑みを浮かべていた。今まで流した涙とは違う種類の涙。ずっとずっと、自分が待ち望んでいた事が叶ったのだから。

(今、私の目の前にいる人が、私の声が聞こえる人……)

 琴葉は“ソラノコトノハ”で語った事を思い返していた。自分が、どんな言葉を言っていたのか。

 と、その時、ある事に気付いた。

(それじゃ、私はこの人に……私が好きな人の名前とか、色んな事を……)

 顔どころか身体が凄く熱くなっていくのを感じる。どうしよう、どうしようと混乱し始める頭の中。

 嬉しさのドキドキが、恥ずかしさのドキドキに変わってしまい、思わず逃げ出してしまった。


     ***


 琴葉が冷静になったのは、家に帰り着いてから。とはいっても、いまだ身体の火照りは冷めてはいなかった。

 自分の言葉が聞けた人に会えたこと。

 その人が男子だったこと。

 長年の願望が叶ったことによる興奮が身体を沸騰させていたが、包み隠さず語った秘め事ことが、あの男子に伝わっていたという事によるジレンマが、琴葉をより悶えさせていた。

 とりあえず、今日はこれから何も考えないでいようと、早めに布団に潜り込んだ。

 しかし、何も考えないと思えば思うほど、何かを考えてしまう。


 明日……明日、あの人に話してみよう。

 でも、普通に話しかけないで、ソラノコトノハで呼びかけてみよう。

 もしかしたら、嘘かも知れない。偶然なのかも知れない。偶然、私が知らない内に口にしていたのを聞いていたかもしれない。

 もし、あの人が本当に声が聞こえているのなら大丈夫だろう。

 だけど、自分の秘密を全て知っている人に、また会わないといけないと思うと、琴葉の顔の熱が増していった。

 忘れよう。何も考えないように。今日の出来事を自分の記憶から抹消しようと、出来る限り頭を真っ白にして瞼をギュッと閉じた。

 そして、今日出された宿題すらも忘れて、眠りについたのだった。


     ***


 そして、次の日の昼休み。

 琴葉は中庭ではなく、学校の“南口”でソラノコトノハを発することにした。

 その理由は、南口は人通りが無く、人目が着かない場所だから。中庭だと、周りが校舎に取り囲まれ、人目がつき易い。ましてや、琴葉が中庭でお呪いをするのが丸見えになる。

 そこで、人目が着かない南口でソラノコトノハを行い、彼が来るのかを確かめたかった。本当に声が聞こえるのなら、この場所に来てくれると。

 そして琴葉が南口に着くと、いつものように中庭でやっているのと同じように両手を天高くかざし、念じた。


(ハロー、ハロー、聞こえますか? 私は南口にいます。私の声が聞こえているのなら、南口に来てください)


 空は気持ちよく晴れていた。そんな青空に浮かぶ雲を眺めながら、植樹されている木にもたれながら待つことにした。

 琴葉はお昼ご飯を食べていないことに気付いたが、それよりも緊張で空腹感はなかった。

 ボーと空を眺めて十五分後……あの男子がやって来た。

 本当に来てくれた事に驚きつつも。間違いない、偶然なんかじゃない。本当に、私の声が聞こえているんだ、と確信めいたとのと同時に、“あの事”を思い出す。

 そう、琴葉がソラノコトノハで語った秘密の事々を知っていると思うと、自然と体に熱が灯り、それが顔に出始める。

 琴葉はただ黙って男子を見つつ、それは男子も一緒だった。

 そして、先に言葉を発したのは、琴葉だった。

「あ、あの。ここに、来てという事は、やっぱり、私の声が聞こえて、いるんですね?」

「ああ、そうだけど……。あ、いや、正確には……」

 話しの途中だったが、自分の声が聞こえたという事が本当だと確信できたことにより、ホッとしたのもあり、感極まって、また涙が瞳に溢れだす。

「本当、なんですね……」

「だ、だから、なんで泣く!」

「だ、だって……。ずっと、ずっと…小学生の時から、呼びかけて、いたから。それが……叶ったから……」

 琴葉は涙を浮かべつつ昨日の事を。昨日、話せなかったことを話すと、男子は妙に納得した顔を浮かべた。そして、本題へ。

「あのさぁ。たしかに声が聞こえたけど、それは多分、君の声じゃないと思う。オレが聞こえたのは、別の誰かのもので……」

 男子が話してくれる内容は、琴葉が考えていたものとは違っていた。


―――要は、私の声が彼に届いているのではなく、“ルーア”という人に届いているとの事だった。

 つまり、私の声はまず“ルーア”という人に届き、その“ルーア”の声が彼に届き、そして彼が私に伝えてくれているのだった。

 なぜ?

 と、そんなややこしい仕組みになっているのかと疑問に思ったが、それは当の彼も同じで解らないみたいだった。

 ただ、彼は嘘を言っている様子は無かった。

 なぜなら、一番懸念していた私しか知らない事々(私の好物がカツサンド)を、彼は見事に言い当てたから。

 私の声が聞こえているのが、彼では無い。だけど、確かに私の声が聞こえる“ルーア”という人がいる。それが、何よりも嬉しかった―――



 もっと話しを聞きたかったが、昼休みの終了を報せるチャイムが鳴り響いた。男子とまた会う約束をすると、校舎から遠く離れていた場所に居るため、男子が足早に校舎へ向かっていった。

「あ、そうだ、名前……」と、琴葉はボソッと声を掛けたが、その小さな声では走り去っていく男子には、琴葉の声は届いてないらしく、男子は足を止める事なく駆けていく。

 そこで琴葉は、そっと両手を空に掲げ、いつも以上に言葉を強く念じた。

(こ、これからも、よろしく!)

 すると男子は足を止め、振り向き様に、

「小此木! “これからも、よろしく!”な」

 既にかなり離れている琴葉に、充分聴こえるほど大きな声だった。

 琴葉の顔に嬉しさが溢れていた。

 “やっぱり、聞こえているんだ”と感得した。

 すぐにでも“よろしく”と言いたかったが、既に遠くにいる男子には、もう自分の声が届かないと思い、再び言葉を念じた。


“こちらこそ……よろしく”


 その声は、再び走り出していた男子に伝わったらしく、琴葉の方へ顔だけ振り返って見せた。だが男子は、そのまま足を止めず、自分の教室へと向かっていった。

 琴葉は、その立ち去っていく男子の後ろ姿をじっと眺め……。


―――ドキドキしている。

―――ワクワクしている。

―――いつ以来だろうか。

―――こんなにも心がワクワクしているのは。


 琴葉は二歩ほどスキップしてから、自分の教室へと傍目では走っているとは思えないスピードで向かっていった。

 そして、教室に辿り着くと同時に教師に怒られ、いつもとは違う理由でクラスの注目の的となったが、恥ずかしさよりも次の放課後を待ち望む気持ちで一杯だった。

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