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◆1章「エレクトロ・ワールド~勇哉~」--3

 そして、放課後。

 帰りのHRホームルームが終わると同時に、勇哉は教室を飛び出し、一年の教室を順番にチラ見しつつ、中庭で見かけた女子――電波ちゃんこと小此木琴葉を探し回っていた。


 他のクラスも帰りのHRが終わり出し、廊下は部活に向かう生徒、帰ろうとする生徒でごった返した。


 電波ちゃんのクラスを委員長から聞いとけば良かったと今になって思ったが、一分でも早く電波ちゃんに会って、不思議の声をどうにかしたかった。


 きっと電波ちゃんに会えば、この不思議な声……ルーアから解消されると、勇哉は勝手ながらそう思っていた。


 電波ちゃんが行っていたのは呪いの儀式の一種だったのでは無いだろうかと……その儀式が失敗して、


『どうですか。“オコノギ・コトハ”という人は、見つかりましたか?』


 こうして、自分の頭の中に不思議の声が響くようになったのではと、妄想が膨らんでいた。


(まだ。今、探している)


 呪いから解放されたい一心で、すれ違う生徒や教室に残っている生徒達を探し見る勇哉。傍から見れば、通報されてもおかしくは無かった。


 その時、「お、村上じゃないか。どうした?」と呼びかけられた。

 呼びかけてきたのは、身体に特徴的なものが一切無い中学時代の友人の一人、山根―愛称はヤマ―だった。


「ヤマか。ちょっと人探しを」

「人探し? 誰を?」

「電波ちゃん」

「電波? ああ、あいつか。小此木の事だろう」


 電波ちゃんだけで誰かが分かるなんとは、流石は有名人。


「そうそう。その電波ちゃんのクラスとか知っているか?」

 ヤマの頭の上に疑問府が思い浮かんだような表情を浮かべつつも答えた。


「小此木なら、同じクラスだけど……」


 思いがけない手がかりに、「おっ」と驚きの声をあげ、


「マジで! ヤマ、何組だったけ?」

「七組だけど」

「七組か。オッケー」


 勇哉はすぐさまに七組の教室へ向けて、足早に駆けていこうとした。


「なんだ。小此木に用事でもあるのか?」


 走り去ろうとする勇哉に対して、ヤマは疑問を投げかけたが、勇哉の足は止まることなく、


「ちょいっとな!」


 ヤマに背を向けて返答した。

 ヤマは「なんだ、あいつ?」的な表情をしていたが、勇哉はそれに気が付く事はなく、電波ちゃんがいるであろう東校舎三階の一番隅にある一年七組の教室へと向かった。


   ***


 勇哉は息を切らしながら七組の教室に辿り着くと、息を落ち着かせること無く、直ぐに教室の中を覗いた。


 教室には数人の生徒が残っていた。


 放課後のお喋りタイムを満喫している生徒達から離れた席に、何をすることもなく、ボーと窓の方を向いている電波ちゃんこと、毎回遠目で眺めていた小此木琴葉が座っているのを見つけた。


(いた!)


 勇哉が、ふと頭の中でそう思うと、すかさずルーアが声をあげる。


『本当ですか!』


 その声に勇哉は返答すること無く、これからどうするかを考えた。


(だけど、どうする? どうするオレ?)


『なにやっているんですか。いるのなら、声をかければ良いじゃないんですか?』


(こっちにも都合というものがあるんだよ)


――学校で一番……可笑しな奴に声を掛ける事は、自分自身も可笑しな奴だと思われてしまう恐れがある。かといって、このまま教室の前をウロチョロしていると、可笑しい奴では無く怪しい奴だと思われてしまう。

 ここは、あのお喋りしている生徒達が帰るのを待つか、電波ちゃんが帰るのを待った方が――


 と考えていると、お喋りグループの生徒達が帰り支度をし始めた。

 そのグループの一人が、電波ちゃんに向かって話しかけた。


「小此木さん。それじゃ、戸締りをよろしくね」


 そう言われた小此木琴葉は、返事することなく、静かに頷いた。

 グループが教室を出ようとすると、勇哉は慌てて身を隠そうとしたが、隠れる場所は無かった。


 しかたなく、窓の外の景色を見るように背を向けて、グループが去っていくまで息を潜めた。


(ハタから見れば、充分怪しい人物だよな……)と、自分で自分にツッコミを入れているると、


『キョロスケ、なに怪しい事をしているんですか?』


 ルーアが訊いてくる。


(いや……別に……)と、答える言葉に詰まっている間に、グループが遠くへ去っていくのを確認した。


(よし、行ったな。さてと……)


 勇哉は電波ちゃんしかいない教室に入ろうとした時、一歩手前で足を止めた。


(声を掛ける? なんと言って? 実はオレ、不思議の声が聞こえるようになったんだ。君は、何か知らない? とか言ったら、間違いなくオレは電波ちゃんよりも可笑しい奴じゃないのか?)


 土壇場になって、今の状況に対して自問自答をしてしまう。

 そして小此木琴葉は、そんな躊躇している勇哉に気付き、勇哉と琴葉の目と目が合ってしまう。


(ヤバイ!)


 何がどうヤバイのか分からないが、勇哉はヤバイと直感した。

 混乱している勇哉に不思議な声が語りかけてくる。


『普通に、この事を言えば良いと思いますよ。嘘じゃないですし』


 嘘ではないが、嘘のような出来事なのだがと内心思ったが、その言葉に背中を押されたのか、勇哉は覚悟を決めて電波ちゃんに声を掛けることにした。

(ええい! なんとかなるだろう!)

「よ、よお!」


 勇哉の気さくな一言で、電波ちゃんは一瞬ビクッと体を震わせた。


「え、あ~と……小此木、琴葉さんだよな?」


 電波ちゃんこと小此木琴葉は、うんともすんとも、頷きもしない。


(あれ?オレ、本当に怪しい人?)とその場に漂う異様な空気を感じとる勇哉。


『ですから、本当のことを言えばいいんですって』


 ルーアが助言を述べてくれるが、どれだけこの声が小此木琴葉に直接聴こえてくればと、勇哉は気を落としてしまう。


「あ、あのさぁ……君に聞きたい事があって。ほら昼休みに、その中庭でさぁ……」


 琴葉は“中庭”という言葉に反応し、怪訝な表情を浮かべる。すると聞かれたくない話題なのか、琴葉は急いで身支度を整え始める。そして、カバンを手に持ち席を立った。


「え、ちょっ!」


 帰る準備が整った琴葉に対して驚きの声をあげてしまった。


(帰られる!)

『帰られるって! どうしてですか?』

(怪しい人物だと思われたんだろう)

『怪しい事をしていたんですか?』

「してないわ!」


 思わず言葉が口に出てしまい、それがより琴葉の立ち去ろうとする足の速さを加速させる。


『と、とにかく。よ、呼び止めてください!』

(呼び止めろって、どうやって?)


 琴葉は静かで無駄の無い早歩きで、勇哉の横を通り過ぎる。

 徐々に勇哉からの距離は拡がっていく。

 その時、ルーアが“ある言葉”を勇哉に呟いた。


(なんだそれ?)

『いいですから、それを言ってください。早く!』


 勇哉がそれに問い訊かす間も無く、その言葉を発言しろと命令する。

 勇哉は遠ざかっていく琴葉に聞こえるように大声で、


「ソラノコトノハ!」


 ルーアに言われた通りに、その言葉を意味も分からずに叫んだ。


 廊下にいた数人の生徒が勇哉を見ている。

 そして琴葉は足を止めて、恐る恐るこちらを振り返った。

 効果は絶大だ。


(一体、何の言葉だ? さっきの……ソラノ、コトノハだっけ?)

『秘密の言葉です』

(秘密の言葉?)


 ああ、そんな事を言ってたなと思い返していると、電波ちゃんこと琴葉が、ゆっくりとそして警戒するかのように、勇哉の元へと近づいてきた。


 そして、しどろみどろの口調で訊ねてきた。


「な、なぜ、その言葉を……あなたが、し、知っているんですか?」


 その声は、琴葉の見た目通りの、か弱い声だった。


 そんな事より琴葉の問いにどう答えるかと悩んでいた。“不思議な声のルーアさん”に教えて貰ったと正直に言うべきか……いや、言うべきだと、すぐに結論に至った。

 今の選択肢は、それしかなかったからだ。


「なぜって……。それは……不思議な声に教えて貰ったからで……」

「不思議な声?」


 キョトンとする琴葉。


「あ、信じるか信じないかは置いといて聞いてくれ。ある日……と言っても、今日の五時間目の授業の時に、突然聞こえたんだよ。不思議な声が……。その声の話しを聞く限り、あんたと関係があるようなんだよ……」


 言えば言うほど、嘘のような話しをしているなと、勇哉自身が実感してしまう。だが、


「その声は、何て?」


 電波ちゃんの瞳に輝きが溢れ、一歩踏み出し、勇哉に近づいてきた。


「何て……えっと、小此木琴葉……。あんたの名前とか呼びかけられたとか、さっき言った“ソラノ、コトノハ”だっけ? そんな事……」


「わ、私の声を……聞いて、くれる……人がいた……」


 輝き溢れていた小此木の瞳に、今度は涙が溢れていた。

 そんな突然の涙に勇哉は慌てふためくしかない。


「ちょ、何泣いてるんだよ。なんか、オレが泣かしているみたいじゃないか!」

「嬉しくて……」

「嬉しい?」

「ずっと、ずっと、私が呼びかけていた声を、聞こえる人がいてくれたから……」


 琴葉は右手の人差し指で自分の涙をふき取りながら見せた笑顔に、勇哉は不意にドキッとしてしまった。


『ねぇ、キョロスケさん。どうでしたか? どうしたの?』


 そして、唐突にルーアの声に呼びかけられて、またドキッとしまった。


(ある意味、ちょっと付いていけてないんだが……。あんたの事を話したら、ちょっと泣かれている)

『泣かれている?』

(多分……よほど嬉しかったんだろうよ。それで、オレはこの後、どうすれば良いんだ?)

『そうですね。え~と……』


 ルーアが質問内容を考えていると、小此木琴葉の方から質問を投げ掛けられた。


「あ、あなたが、私の……私の声を聞いてくれたんですか?」

「ああ…そうだけど。いや、正確には別の……」

「そう、なんで……っ!」


 会話の途中で、琴葉は何かを思い出したのか、顔を一気にボッと燃えるように真っ赤にして、さっきよりも速いスピードで立ち去ってしまった。


「お、おい!」


 勇哉が呼び止める間も無く、琴葉は廊下の角を曲がり、その姿は見えなくなった。


「な、なんだ?」


 突然逃げられてしまったことに呆然していると、ルーアが呼びかけてきた。


『そうだ、キョロスケさん。私の名前を、そのオコノギさんという方に……』

(なんか、逃げた)

『逃げた! どうしてですか?』

(オレが訊きたいよ…)


 これから、どうするべきかと考える前に、ひとまず周りからのヒソヒソ声から逃げるように勇哉もその場から立ち去った。


   ***


 勇哉も帰る支度を終え、駐輪場に向かう中、本日の出来事をまとめ直していた。

 不思議な声の主、ルーアなんとか。

 突然、その声が聞こえてしまった勇哉。


 そして、声が聞こえてくる事に何かしら関与しているであろう電波ちゃんこと小此木琴葉。


「一体、何なんだ? それともオレは、知らぬ間にオカシナな世界に入り込んでしまっただろうか?」


 勇哉が思い悩んでいると、ルーアが話かけてくる。


『オコノギさん……どうして逃げたのでしょうか?』

(オレが知りたい……)


 その後勇哉は、今日は疲れたし、考え事をしたいから、明日まで話かけないでくれると助かると言うと、ルーアは『そうですか……それは、残念ですが……わかりました』


 名残惜しそうに承知してくれた。それっきり声が聞こえる事はなかった。

 意外と物分りが良い様だ。


 とりあえず、今日は早く寝よう。

 ああ、そうだ。

 きっとこれは夢の出来事なんだ。

 今日は、早く寝よう。そして、早く起きよう。

 そうすれば声も聞こえなくなり、普通の高校生として、普通の日常に戻っているに違いない。


 強引に自分が納得いく答えを出しながら、知らずに迷い込んでしまった電子の世界から脱出するように、勇哉は自転車を力一杯こいで家路を急いだ。


 続く―――

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