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◆7章「GLITTER~初めての夜~」--1

 地球から二百六十光年離れた場所に惑星アフィスは存在する。

 奇しくもスピカからおよそ五億kmキロメートル離れたところに、その惑星は漂っているのだった。アフィスは地球のような球体な惑星ではなく、外殻は歪つにデコボコしており、いわゆる岩石型惑星である。

 この惑星の成り立ちは、おそらく宇宙空間に彷徨う隕石だっただろう。それがスピカの引力に引かれ、そのまま惑星……正しくはスピカの衛星のように存在するようになった。

 なぜ、この隕石だった惑星に生命が誕生したのかは謎だが。おそらく二つの太陽のおかげで気候が生まれ天候が発生し、そこから生命が誕生する種が育ったのではと推測されている。

 二つの太陽があるため、常に太陽がアフィスを照らし、アフィスは夜が無い惑星だった。

 その為か、ルゥアを始めとするアフィスの人々は闇―夜―は死と同義で、真の闇―夜―を見ることができるのは死んでからと言い伝えられていた。

 アフィス人の見た目は、地球人のような姿をしている。ただ違う所があるとしたら、体全身が白いのである。

 あそらくこれは、二つの太陽の日光を弱らせるために、そういった進化をしたのだろうと考えられる。そして、アフィス人が住む家もまた真っ白に作られていた。

 文明は、太陽エネルギーで動く乗り物が登場し始めたが、建築技術は五階立てがやっとだった。

 そんなアフィスに一つの流れ星―隕石―が落ちたことにより、この星の運命を決めた。

 その隕石の落下衝撃インパクトは大したことは無かったが、その隕石には謎の病原体ウィルスが含まれていたのである。

 未知の病原体はあっという間に世界に拡がり、感染してしまったアフィス人は約二週間ほどで死んでいった。

 死因は老衰だった。

 未知のウィルスは人体を急激に衰えさせ、そして老衰を招いたのだ。

 ウィルスは人以外の生命体にも猛威を振るい、いつしかアフィスは生命の灯火が消えかかろうとしていた。

 人々は躍起になって治療をしようとしたが、有効な治療薬は作れずに、僅か半年で世界の半数の人々がその病原体により死んでしまった。

 幸いなことに、この病気に感染した者はどの病気よりも苦しまず死ねるという事だった。

 ルゥアの友達も親も次々と感染していき、死んでいった。

 そしてルゥアは、独りぼっちになった。


     ***


 母の葬儀が終わった頃だろうか、ルゥアも感染したことが判明した。

 食欲は無くなり、体を動かすことが億劫になった。気力というものが根こそぎ奪われているような感じだった。

 身体は若いままなのに年老いていくことを実感した。

 やがて寝台の上で、ただ寝るだけとなった。

 誰も見舞いにくることは無く、家の外では人の気配はまったく無い。まるで、この街で、この世界で唯一の生存者だと思えるほどに辺りは静かだった。

 どう足掻いても泣き叫んでも、自分は助からないと諦めるように覚悟した。

 既に様々な公共機関は麻痺しており、情報など入ってこない。どれだけの人が感染し、どれだけの人が亡くなったのかすら、もう分からない。

 分かっていることは、今この場にいるのは自分だけだということ。独りだという事だった。

 もう、いつ命が尽きても構わない。このまま眠りに着き、そのまま永久の眠りに着こうと何度も思った。だけど、死ぬことを覚悟しても、孤独の中で死ぬという事が恐怖で泣いた。

 母の名前を呼んだ。

 父の名前を呼んだ。

 友の名前を呼んだ。

 しかし、誰も何も答えてはくれなかった。

 考える事を止めて、閉じた瞼をこのまま開かないと決めた時、声が聞こえてきた。


―――ハロー、ハロー……聞こえますか?

―――私は、ココに居ます。

―――アナタは、どこに居ますか?

―――ハロー、ハロー……。

―――私の声が聞こえているのなら……

―――“ソラノコトノハ”と……。


 声が初めて聞こえた時は死ぬ間際の幻聴だと思ったが、何度も聞こえ、そして段々と声がハッキリと聞こえるようになった。

 聞こえてくる声から女性のようだった。

「この声は誰の声? 誰かいるの?」

 しかしルゥアの部屋には自分しかいない。他の人がいる気配すらしない。

 いつも決まった時間に謎の声が聞こえてきた。

 よくよく聞こえてくる声を意識して聞いてみると、なにやら自己紹介をしているようだった。

「はろー? オコノギ、コトハ? ソラノゥコトノハ?」

 語られる言葉が一体どんな意味なのかは分からなかった。しかし声を聞く中、もしかしたら自分も、同じようなことをすれば、この声の主と話すことができるのでは考え、実行した。

「ハロー、ハロー……聞こえますか? あなたは誰ですか?」

 自分でもおかしいことをしているなと思いつつ、頭の中で言葉を浮かべて呼びかけた。

 それが、ルゥアにとって残された時間の中で、幸せなひと時を過ごす扉を叩くことになった。


     ***


 キョロスケとコトハとの会話は楽しかった。

 誰かの声を聞けるだけでも、自分が独りじゃないと感じることができた。

 病原体に感染して自分が死ぬことよりも、独りだったことが恐かった。

 それがキョロスケと話すだけで恐怖が和らいだ。

 もっと声を聞いていたい、もっと話しをしていたい。それが生きる活力をなっていた。

 キョロスケと話している間は体調が良くなるようで、寝台からも起きて歩けるほどまでになった。

 もしかして、こうして話すことによって、あの病原体に抵抗にできるのではと思ったが、衰えの進行は止まらなかった。

 そして、身体以外に異変が起き始める。

 キョロスケとコトハの声が小さく聞こえるようになったのだ。

 その原因は、おそらく自分自身の命が尽きようとしているのでは考えた。

 声が聞こえなくなってしまったら自分の命が尽きると……。だけど誰かの声を聞きながら死ねるなら寂しくは無いと、それだけでもルゥアにとって救いだった。

 しかし、心残りができた。

 コトハの事だ。

 自分が味わっている孤独をコトハは味わっていると知った。

 もし自分が死んでしまったら、またコトハは自分と同じ孤独になることを案じた。ルゥアはせめての礼と贈り物として、出来る限りコトハが孤独ならないようにと。その為にキョロスケにも協力を仰いだ。

 コトハを理解して話し相手になる人を探して貰い、そしてルゥアはコトハに諭した。

 そして、シヅカ、ホノカ、モトミヤ。キョロスケ以外に話す相手が増えたことに、羨ましくもあり寂しくもあった。

 それからだ、キョロスケたちの声がより小さく聞こえてくるようになった。

 聞こえ難くなっているのは、自分の寿命が尽きようとしているからだと考えた。

 キョロスケに呼びかけても返答が無いことも多くなった。

 もう自分の命は長くはない、いつ尽きてもおかしくないとルゥアは覚悟をした。


     ***


 キョロスケたちが「ユウエンチ」というところに遊びに行くことになった。

 自分も何処かに行きたい衝動に駆られたが、寝台から一歩すら動けないほどに身体が弱まりきっていた。

「顔も身体も若いままなのにね……」

 鏡に映る自分自身の姿を見て、滑稽に思えてしまった。

 だけど、最後に自分が好きな景色を見たかった。

 家の近くにある白い草が生い茂った草原へ。幼い頃に家族と一緒に出かけて遊んだ思い出の地へ。

 ルゥアは気力を振り絞り、寝台から起き上がった。そして、一歩ずつ一歩ずつ休みながら歩き、家を出た。

 久しぶりの外の景色は世界の終わりを現していた。

 目をそむけることが不要になるほど、そこら中には生き物たちの亡骸があちらこちらに横たわり、辺りからは何も音がしない。それがより不気味さを増していた。

 しかし、ルーアは進んだ。聞こえてくるキョロスケやコトハの声を支えにして。

 緩やかな坂が、まるで垂直な崖を上っているようだった。心臓の心拍が激しく打ち、息をするのも吐くのも苦しかった。

 それでも歩むことは止めず、ゆっくりでも確実に進んだ。

 途中で、コトハの声が聞こえなくなり、その事についてキョロスケに訊ねても返答は遅かった。

「きっと……悲しんで、るのかな……コトハ……」

 自分の体調のことより、コトハを心配していた。

 そして、目的の場所へ辿り着くと、そこは白い草原が広がっていた。

 ここだけは、あの頃と何も変わらない。

「あれは……」

 幼い自分の幻が草原を駆けていく。

 一ヶ月前の自分も、あの様に駆けていられたのに……。

 ルゥアは地に腰を落とした。もう一歩も歩けない。空を眺めると、大地と同じように白い空が広がっていた。

 東の空に一つめの太陽が沈み、西の空にもう一つの太陽が昇ろうとしていた。

 そんな中、コトハがいなくなったという事を聞いた。

 コトハの行動は理解できた。もし自分がコトハだったら、同じ行動をしたと思うからだ。だけど、自分には未来が無い。この残された時間にもう一度、コトハと話しをして別れをしたかった。もうコトハは独りじゃないと気付かせてあげたかった。

 声が聞こえる内に、伝えられる内に。それまで自分の命が続くように。強く願い……祈る。

 そして、その願いは叶えられた。

 コトハ達との最後の別れを済ました。その後は、普段と同じように話した。

 キョロスケたちは星空を眺めながら話しているという。しかし夜が訪れないアフィスでは星を見ることができないので、ぴんと来なかったが……。

 やがてルゥアの意識が遠のいていき、そっと目蓋を閉じた。微かだが、まだキョロスケの声が聞こえる。

 自分の命が尽きようとしても、不思議と寂しくも恐くも感じなかった。誰かに声をかけて貰えるだけで恐怖心が和らいでいるのだ。

 父や母を看取っていた時、ルゥアは最後まで呼びかけていた。きっと母たちも、安らかに眠りについてくれたのだろうか。

 そう思うと、ルゥアは安心した。

 するとアフィスに初めての夜が訪れた。暗闇の中に幾つものの光が瞬く。

 それは美しく、ルゥアが初めて見る光景だった。

 これが、キョロスケたちが言っていた夜空に輝く星なのだろうと感慨深かった。

「そうだ……最後、くらい、名前を呼んであげよう……えっと…キョロスケの名前は……たしか……」

 最後の一言を呟く前に、ルゥアは最後の眠りについた。

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