◆6章「VOICE~声~」--4
勇哉は辺りを注意深く見回しながら琴葉を探すが、人が多く一人一人の顔を見比べていたら人酔いをしてしまった。
「たくっ」と舌打ちをした時に、
『キョロスケ……』
ルーアが呼びかけてきたが、その声はより小さくなっていた。
(ルーアか。おまえ、小此木に何を言ったんだ?)
『やっぱりコトハに、何かあったんですか?』
ルーアに先ほどの出来事を説明しながら琴葉を探す。
『そうですか……。私はありのままを話しました。だけどコトハは、それを拒否したんです』
(それで、なんで逃げ出すんだよ?)
『ここから……そして、ヒロシ達と離れたら声が聞こえるようになるからだと』
(なんで?)
『コトハちゃんは、声が聞こえなくなっている原因は、それだと思ってしまったからだと思います』
(それでアイツ、逃げ出したのか……。で、小此木の声は聞こえてくるのか?)
『はい。小さな声で、微かにです、けど……』
(なんて?)
『また独りだけ、で私に話しかければ、声が聞こえる、ようになると……』
その言葉から、琴葉が中庭で独りぼっちで空に手をかざすシーンが思い浮かんだ。
(あいつ……)
『キョロ、スケ。私の我侭かも、知れませんが……』
(解かってるよ。もうここまで関わってしまったんだ。最後の最期まで面倒を見てやるよ!)
『キョロスケ……ありがとう』
(とにかく、小此木を探すことが先決だな……。ルーア、何か小此木がどこに居るのかのヒントになりそうなことを語ってきたら、直ぐに教えてくれ)
『解かり……。キョロスケ』
(ん?)
『ひんと……とは、どういう、事ですか?』
(そ、それはだな……)
***
ルーアと連絡を取りながら探すものの琴葉を見つけ出すことが出来ず、午後四時近くになろうとしていた。その時、場内アナンスが園内を響き渡った。
「迷子のお呼び出しをします。伊河市からお越しの小此木琴葉さん。お友達がフードスポット内のホットドックハウス・アポロの前にてお待ちしております」
思わず「ブホッ」と噴出してしまう。
「繰り返し、ご連絡致します。伊河市からお越しの小此木琴葉さん。お友達が……」
高校生で迷子アナンスをされるとは……自分だったら恥ずかしくて溜まらないなと思いながら、指定された場所に向うことにした。
そして、待ち合わせの場所―ホットドックハウス・アポロ―に着くと、既に本宮が志津香たちと一緒にいて待っていた。
「ちょっとユウ! 小此木さんが居なくなったってどういう事よ!」
開口一番に志津香が怒鳴り口調で攻めてくる。
「事情は本宮に聞いてくれ」
「聞いたけど、よく解かんないんだけど……。いきなり走って逃げ出したとか」
穂乃香も琴葉の事を案ずるかのように、身を乗り出す。
「勇哉くん。ルーアさんの声が聞こえなくなったことが、小此木さんに関係あるの?」
「後で詳しく話すよ。で、本宮。小此木……の姿が無いという事は……」
「う、うん。残念だけど見つけられなかったよ。それで、最終手段として」
「あのアナンスか……」
「まぁ、私だったら。あんな場内アナンスされたら、恥ずかしくて来れないわよ」
志津香の発言に勇哉も同感だった。
琴葉が来てくれる事を待つ間に、ルーアから聞いたことを志津香たちに説明した。
「私たちの所為で、ルーアさんの声が聞き難くなっているというの。ふ~ん……」
無粋な声色から志津香の機嫌が悪くなっていることが伝わる。
「なに勝手な事を言ってくれて。そもそもユウが居ないと、ルーアさんの声も聞こえなかったというのに」
本宮と穂乃香がなだめるもの、志津香のイライラは臨界点を突破をしそうだった。そのイライラを発散する為の矛先は勇哉に向けられた。
「ねぇ、ユウ。どうして、そんなにあの子の事を構ってあげるのよ。もう、ほっといたら。本人もそれを望んでいるじゃない?」
「まぁ……。まったく関係無いという訳じゃないからな。ルーアの事もあるし。それに……」
目まぐるしく滑走する木製ジェットコースター“ジュピター”から乗客の悲鳴が聞こえる。
「思い出したんだよ。詰まらなさそうな顔で独りぼっちだった女の子を」
その発言に、ある人物だけが反応する。
そして勇哉は、その人物に向って、
「楽しい方が良いだろう?」
「……バカ」
志津香の頬が少し赤くなったが、夕日の日差しに染まっていた為に誰も気がつかなかった。
それから二十分ほど待ったが、琴葉がやって来る気配は無かった。
「と、なると。既に園内には居ないのかな……」
本宮が辺りを見回しつつ、時間を確認をする。
「本当に小此木さん、何処に行ったのかしら……」
「私たちと居たくないのなら、もうここには居ないんじゃないの」
琴葉を案じる穂乃香に、そっけない言葉を返す志津香。
(ルーア、そっちはどうだ?)
『コトハの、声は聞こえて、くるのですけど……。段々、小さくなって、聞き取り、難くて……』
そういうルーアの声も小さく、聞き取り難かった。
『だけど、“あの場所、なら”という、言葉だけは何とか聴き、取れました』
「あの場所?」
これまでの琴葉やルーアの会話内容を出来る限り思い返す。
声が聞こえるようになった場所……その場所に勇哉は思い当たる所があった。
「もしかしたら、あいつ……。みんな悪い、俺帰るわ」
立ち去ろうとする勇哉に、志津香が呼び止める。
「ちょっと、ユウ! どこに行くのよ?」
「小此木がいる場所!」
そういって出口へと走っていくと、
「ま、待って村上くん。僕も行くよ」
本宮も後を追いかける。
「あ、ヒロ!」
取り残された志津香と穂乃香。
「シヅちゃん……どうする?」
「な、何で私に訊くのよ?」
「ゴールデンウィークスペシャルで夜から花火が打ち上げられるの。それを一緒に見ようと楽しみにしていたんだけど……。でも、勇哉くんと小此木さん……」
「むぅ~……。たくっ。行くわよ、ホノ。花火なんていつでも見に行ってあげるわよ!」
志津香は穂乃香の手を取り、既に豆粒ぐらいの大きさになるまで遠ざかった勇哉たちの後を追いかけた。
***
ここは羽ヶ崎高校。勇哉たちが通う高校。勇哉たちは寄り道をせずに真っ直ぐ、ここにやってきたのだ。
時刻は午後七時を過ぎ、休日ということもあり学校には人の気配は無かった。
当然、校門は閉ざされており、門を飛び越えて侵入しようとしたが校門前の道路は車通りは活発であるので、目撃されると怪しまれてしまう。その為、勇哉たちは門の前で右往左往していた。
勇哉がふと、第一グランドの端にある裏口……南口には門が設置されていない事を思い出す。そこにへと足早に向い、無事高校への侵入に成功した。
昨今の高校などの公共の場所には、不審人物の不法侵入を警戒するために監視カメラやセンサーなどが設置されていると本宮は注意を促す。
「それじゃ、勝手に入るとダメなんじゃ?」
「といっても、大抵は校舎内に設置されているから、校舎にさえ近づかなければ多分大丈夫だと思うよ。それに見つかっても、ここの生徒だから怒られるだけだよ」
志津香の質問に本宮が答える。
しかし、今はその事よりも、小此木琴葉がいつも昼休みに、謎の儀式を行っていた場所……中庭に辿り着く。
そして、その場所でいつも通りに、星が瞬く空へと向かって手をかざして立っている人物がいた。辺りに明かりが無く、暗闇で顔はよく見えなかったが、勇哉は確信を持ってその人物の名を呼んだ。
「小此木!」
琴葉はビクッと身体を震わせ、勇哉たちの方向に顔を向ける。
(いたぞ、ルーア。やっぱり学校にいた)
『そう、ですか……』
まだルーアの声は聞こえるが、その声は遊園地に居た頃よりも小さくなっていた。
つまり場所によって交信が弱くなったのではないと証明されたのである。ルーアの声が聞こえ難くなっているのは別の原因だということになる。
『キョロスケ……コトハと、お話しが、したいです……』
(解かってるよ)
一歩ずつゆっくりと琴葉の方へと近づく勇哉。琴葉は、そこから一歩も動かない。
昔の小此木なら逃げ出したのにな、と琴葉とのファーストコンタトクトのことが一瞬脳裏を過ぎった。
「む、村上くん……。ルーアさんに、私の声が届いて、いますか?」
その声は小さく震えていた。そして琴葉の瞳から涙がこぼれる。
あれからずっと泣いていたのだろうか。
「小此木……。ルーアも話したいことがあるみたいだぞ」
勇哉は琴葉の方に背を向けた。まるで背中で語るかのように。琴葉は向けられた背中にそっと右手を置いた。
その様子を志津香たちは勇哉たちから離れて眺めていた。
(良いぞ。ルーア……)
『聞こえ、ますか、コトハ?』
「聞こえます……。けど……声が、小さ過ぎて、よく聞こえな、い……です」
頭の中で思っている言葉が、無意識に口から出ていた。
『きっと、コトハは私に、色んな事を話し、かけてくれた、よね。でも……声が小さくて上手く聞き取れ、なかったの……ごめんなさい。でも、コトハの、想いは充分、伝わっている、から安心して……』
勇哉は背中に触られている琴葉の手が、ふるふると震えているのを感じとっていた。だから勇哉は、背中を真っ直ぐに立たせることを心掛けた。そうすれば、ルーアの声がよく聞こえるようになると思ったからだ。
『コトハの、声が聞こえな、くなってしまう前、に私の声が、届いている内に、ちゃんと言っておくわ……。ありがとう、コトハ。あなたの声が聞こえ、たお陰で、私は楽しく、過ごせたわ……幸せな時間だった。ありがとう』
「やめてください……。そんなことを言わないでくださいよ。まだルーアさんと話したいのに……。どうしたら……いいんですか? ルーアさんと話せなくなったら、どうすればいいんですか? 私はルーアさんとしか話せないんですよ!」
段々と琴葉の声が大きくなっていく。それだけ必死さの表れだった。
『それは違うわコトハ……。ねぇ……今、コトハの、目の前にいる、のは誰?』
顔を見上げると、そこには勇哉の背中があった。
『そう……。そこに、私はいない……いるのは、キョロスケ。そして、シヅカたちがい、るでしょう。あの頃……あなたの声が初めて聞こえた、頃とは違う、でしょう。キョロスケに話しか、けてみて……』
琴葉は、ルーアに言われるがままに、
「……む、村上、くん」
「なんだ?」
勇哉も先ほど語るルーアの声は聞こえている。だが、今はルーアの声よりもハッキリを聞こえる琴葉の声で呼びかけに答えた。
『きっと、キョロスケは答えて、くれる。そして……』
話しの途中でルーアの声が途切れた。
「ル、ルーアさん……。ルーアさん!」
うろたえる琴葉に、ルーアが語りたかった言葉の続きを勇哉が代弁した。
「なぁ、小此木……。あいつらにも話しかけてみろよ。話しかけてくれば、オレみたいにみたいに答えてくれるよ。オマエが当てずっぽうで、誰かに言葉を投げかけるよりは確実に答えてくれる奴がここに四人もいる。ルーアの声が聞こえなくても、オマエの声が聞こえるやつは沢山いるんだ。きっと、ルーアは……そう言いたかったと……思う」
勇哉は琴葉に話しながら、ルーアにも語りかけていた。
『コトハ……。私の声が、聞こえ、てくれている、か分から、ないけど……』
「聞こえているよ。まだ聞こえているよ!」
『私には、もう、コトハの声が、聞こえないの……』
「そんな……ルーアさん……。村上くん! お願い、ルーアさんに呼びかけて、私の言葉を伝えて!」
琴葉の嘆願をよそに、ルーアは言葉を続ける。
『だから……私の名前、を呼ぶよりも……あなたの周りに、いる人たちの名前を、呼んであげて……』
何かを言わないといけないのに、何かを言わないといけないと琴葉の心は焦るほど、上手く言葉が生まれなかった。
「小此木。志津香たちの名前を呼んであげてくれ。それをルーアに伝えるから」
そう言うと勇哉は琴葉の背後に移動し、琴葉の背中をそっと押す。
「ほら、呼んでやれよ……」
暗闇で辺りが良く見えないが人影は解かる。そこに向かって、自分が持てる小さな勇気を全て絞り出すように、
「本宮くん……。只野さん……。只野さん……」
名前を呼んだ。
「本宮くん…。只野さん…。只野さん…」
もう一度、さっきよりも大きな声で。
最初に動いたのは志津香だった。その後を本宮、穂乃香と続く。静かな足取りで志津香たちが近づいてくる。
志津香が琴葉の前に立ち、浅く息を吐くと開口一番に、
「帰るなら、一言ぐらい言って帰りなさいよ。おかげで、わざわざ探すハメになったんだからね」
キッと鋭い志津香の視線を外すために、琴葉は地面の方……下を向いた。すると、志津香は自分の両手で、
「だから、何か言いなさいよ!」
琴葉の両頬をつねった。
「ひぃたたたっ!」
志津香的に軽くつねったのだが、琴葉には痛みに悶えるほどだった。穂乃香が止めに入ろうとした瞬間、手を離す。
「小此木さん。あんたの気持ちは分からない訳でもないわ……。あなたみたいな経験……独りだった事が私にもあったから……」
離した両手を、そのまま志津香がつねって少し赤くなった琴葉の頬を優しく包むように擦る。
「だけど、私は運が良かったかも知れない。引っ越した先にユウがいて、ユウが話しかけてくれたことで、私は独りの時間が短くすんだ……もしユウがいなければ、私はあなたみたいになっていたかも知れない……だからね!」
志津香は琴葉の目をしっかりと据え、
「私もあなたの声を聞いてあげるわよ」
「只野さん……」
その言葉が琴葉の心に響き、今まで遠く感じていた二人の距離が短くなった気がした。
「だから……ユウばっかりに話しかけないでよ」
耳元でボソリと呟く。
「そうだよ。中学の時と違って、もう小此木さんの秘密を知ったから、ありのままを語っても大丈夫よ」
穂乃香が前出る。そして本宮も。
「うん。気軽に僕たちのクラスに来て呼んでくれても良いよ。ルーアさんの代わりになるとは思えないけど」
琴葉を取り囲むかのように人の輪が出来ていた。
琴葉の胸の奥が熱くなる。今まで感じたことが無い温かみ……それが、琴葉の瞳から溢れ出すように涙がこぼれる。
「ほら、小此木さ……うんん。琴葉ちゃん」
志津香はショルダーカバンからピンクのハンカチを取り出し、優しく涙を拭う。
「これからは私のことを穂乃香と呼んで。苗字だと、私とシヅちゃんで紛らわしいでしょう」
勇哉はそっと琴葉の肩に触れると、ルーアの声が伝わる。
『コトハと話す、ことが出来なく、ても、あなたの声が、聞こえなくても……私は、コトハのことを忘れ、ない……ありがとう。コトハ』
「ルーア、さん……」
また涙がこぼれ、
「ほら泣かないの。高校生なんでしょう!」
「あらあら」
またかと志津香と穂乃香が琴葉を慰める。
『キョロ、スケ』
(うん?)
『私の言葉は、コトハ、に伝わって、いますか?』
聞こえてくるルーアの声は、か細く消え去るようだった。
(ああ……。なんとかな)
『そう、ですか……。これで思い、残すことはあ、りません』
(そうか……)
『キョロ、スケ……』
(うん?)
『ありがとう』
その一言に、勇哉は思わず泣きそうになったが、人前で涙を見せられない男子としての意地なのか、グッと堪えてしまった。そんな勇哉の気持ちを露知らず、本宮が話しかけてきた。
「ところで村上くん。ルーアさんとまだチャネリングは出来ている?」
「あっ、ああ……ギリギリな」
「それじゃ、声が聞こえなくなるまで出来る限り話そう。僕もルーアさんに別れの挨拶をしたいし。シヅちゃんもホノちゃんも、挨拶をしたいだろうし」
本宮、穂乃香、志津香、そして琴葉。この場にいる全員が、勇哉の背中に手を置き、思い思いに言葉をルーアへと語りかけた。
***
五月といえど夜の寒さは身を震わせるほどだった。だが、もうルーアとは話せないと思えば、寒さなんてと耐えた。
星空を眺め、あの星のどこかにルーアの星があるのかなと志津香が言ったりするもんだから、似合わないと勇哉は鼻で笑ってしまう。
志津香に後頭部をぶっ叩かれる勇哉をよそに、本宮が一際に大きく白く淡い星を指す。
「もしかして、あの星の周辺にルーアさんの惑星があるかもね」
琴葉と穂乃香が同時に「どうして」と訊ねる。
「あの星はスピカって言ってね。一つの星に見えるけど連星という星なんだ」
「連星?」
「連星というのは“二つの星”が回転している星の事を言うんだよ。で、いつかルーアさんが言っていただろう。ルーアさんの惑星アフィスには二つの太陽があるって。だから、あの辺りにあるのかなと」
一同、「へ~」と納得の声をあげる。
その事をルーアに伝えたが何も返答は無く、それ以降ルーアの声が完全に聞こえてこなくなった。時刻は午後九時頃だった。




