◆5章「セラミックガール~志津香と穂乃香~」--4
「あの日以来だね」
一言も話さずに別れた日から、こうして穂乃香と話すのは三ヶ月ぶりだった。
まだ喋ると痛みが走る(その痛みが志津香にも伝わる)が、それでも穂乃香は志津香と話したかった。
「そうね……」
「暫くは元気がなかったみたいだね」
「なんで?」
「シヅちゃんと別れてから、なんか心が重たくて、気分が乗らない日が続いたの……。最初はシヅちゃんがいなくなって寂しいなと思っていたんだけど……」
「私は寂しくは……無かったわよ」
志津香の言葉に穂乃香は優しく微笑み返す。
「実は私も……。シヅちゃんと離れ離れになっても、会おうと思えばいくらでも会えるし……双子だからなのかな、離れても寂しいという気持ちはなかったの。でも、あの気持ちは……大切な人と離れてしまうことが嫌だなと思う感じ。もしかしたらこれは、私の気持ちじゃなくて……シヅちゃんの気持ちなんじゃないかって」
ただ黙って、穂乃香が語る内容を聞く。
「暫くは重い気持ちのままだったけど、八月になってからかな。少し心が軽くなったの」
志津香は、その月日に思い当たることが有った。勇哉と出逢った頃だ。
「その頃、何があったの?」
「別に、何も……」
視線を逸らす志津香。そんなささやかな仕草にある事を感じ取る穂乃香。
「そう。良い事があったのね」
「う、うっさいわね。良い事じゃないわよ。同じに団地にユウ……村上勇哉という同級生が住んでいるんだけど、そいつが無理やりに遊びに誘ってくるから仕方なく、遊んであげてるのよ」
「そうなんだ。良い友達が出来て良かったね」
「と、友達って言うのかな……」
「ヒロくんと遊び友達だったんだから、その勇哉くんも友達でしょう」
「まぁ……そう、なるのかな……」
あの頃と同じように話し合っている事に、お互い心地よい安らぎを感じていた。
今だったらと、穂乃香は訊きたかったことを切り出す。
「ね、シヅちゃん。なんでシヅちゃんも残らなかったの? シヅちゃんも養子になれば良かったのに……」
志津香の機嫌が損ねるかと覚悟をしたが、暫しの沈黙の後、
「お……お母さんが泣きそうな顔をしていたからよ……。どっちも静瑠さんの所に残ったら、お母さんが嫌な思いをするでしょう」
お母さん……実の母の方では無く、父の再婚相手の事だと穂乃香は理解した。静瑠さんの事をママと言えなかった志津香の心情の変化を感じとった。
「やっぱり、シヅちゃんは素直なんだね」
「どうかしらね」
「素直過ぎて、園子ちゃん達とかと仲がよろしくなかったけどね」
「うるさい! てか、もう黙ってなさいよ。あんたが喋ると、痛みが走るんだから!」
「はーい」
お互い布団に潜り、寝ようとした時、
「ゴメンね……シヅちゃん……」
それは小さな声だったが、充分志津香に届いていた。
志津香は穂乃香に背を向けたまま、
「なんで謝るのよ」
「ゴメンね……」
志津香は“ゴメン”の理由をなんとなく解かった気がした。
今回の出来事で自分に痛い思いをさせた事。
そして、穂乃香自身の我侭で静瑠さんと離ればなれにして辛い思いをさせた事。
「解かったから……今日はゆっくり寝て、早く怪我を治しなさい」
***
穂乃香の怪我の具合は、毎日カルシウムとビタミンDを摂取すれば、三ヶ月で治るとのことだった。志津香は一週間ほどで痛みが遠のき退院をしたが、穂乃香はしばらく入院生活をすることに。
だけど、穂乃香が入院中は見舞いに行き、志津香が通う南小学校での出来事を話した。一緒にいた頃よりも。
話すことは、なぜ穂乃香の痛みが志津香に伝わったのか。試しに、志津香が自分の手の甲をつねってみたが、その痛みは穂乃香に伝わらなかった。
だけど不思議な体験した身としては、どんな不思議な事が起こってもオカシクないんだな。と、どんな不思議な事でも受け入れるようになった。
宇宙人とか超能力者とか未来人や幽霊の存在とかも、もしかしたら有り得るかも知れないから。
そんな子供じみた話しばかりをしていた。
いや、あの頃は子供だったから良かったのだが……まさか、それから五年後に“もしかしたら有り得るかも知れないこと”が起きるとは思ってみなかった。
***
そして現在、北校舎四階の調理室の前。勇哉の呼びかけに集まった三人は、そっと勇哉の肩から手を離した。
「そういう事なの……」
ルーアの話しを一通り聞いた所で、志津香は大まかな事情を把握することが出来た。
普通だったら困惑する情況だが、あの“過去の体験”があるお陰で、いたって落ち着いて受け入れられた。
「そういう事だったのね。小此木さんが勇哉くんと話していた理由って」
それは穂乃香も同様だった。
あまりにも志津香と穂乃香の冷静さに、勇哉は、
「お、驚かないのか?」
率直な感想を求めてみた。現に本宮宏は唖然と困惑している。
「驚いているわよ。ルーア……さんだっけ。その人の声が直接脳に聞こえてくるんだから、てっきりどんな仕掛けがあるのか探したわよ」
「探した余裕はあるのか……」
勇哉が琴葉との仲の真相を知った志津香は、なぜか晴れ晴れとしていた。その理由が何であるのかは、志津香本人は気付いてはなかったが。
志津香は琴葉を見ながら、
「その……小此木さんのオマジナイで話せるようになるなんて。本当、不思議なコトって起きるもんね」
「不思議なコト?」
「こっちのこと。それでルーアさんの事を私達に話して、私達にどうして欲しいの?」
「それは……」
一応、目的は成し遂げたが、それからの事は全く想定していなかった。
確かにルーアの事を伝えて、その後どうするか……。
『どうですか、キョロスケ?』
(意外とすんなり受け入れてくれている感じではあるけど……)
『本当ですか! 地球人の方は、皆さん心が広いんですね』
(広いというか、ちょっと拍子抜けではあるな。もっと……)
「スゴイ……」
勇哉が体験した驚愕と困惑的な感情のことを伝えようとすると、一人だけ仲間外れになっていた本宮は、ようやく状況を把握できたのか言葉を漏らす。
そして、
「スゴイ……スゴイよ! 声が聞こえてくるだけでもスゴイのに。しかもこの声の主は地球外生命体という。スゴイ、スゴイぞ。やっぱり宇宙人はいたんだ! しかも言葉を話せる知的生命体!」
爆発した。
「テレパシーの一種なのかな。というと、テレパシーが可能な生命体なのか。いや、その前に言葉が日本語だった。これは……」
フィーバーは止まらない。
勇哉は、できれば志津香にもこういう反応はあって欲しかったと思いつつも、あれ以上は……というより、あれは異常だ。本宮が普段見せない一面に、勇哉は思わず、
「あれ……。本宮って、こんな奴なの?」
「あ~。ヒロくん、宇宙ものというかSFものが好きだからね」
答えてくれたのは穂乃香。あの興奮っぷりは、余程のSFオタなのだろう。
「なんであれ地球外生命体とのコンタクトを取れるなんて、ヒぃ~ハッー!」
感情の高ぶりは暴走の域に達している。
そんな本宮のハイテンションが煩わしくなったのか、志津香が本宮の頭をバシッと軽く叩き、
「ハッ! ごめん。あまりにもスゴイ事なんで、我を失っていたよ」
本宮の我を取り戻す事に成功する。
静かになった所で、志津香は再び勇哉に語りかける。
「で、さっきの続きなんだけど、そのルーアさんを私達に紹介して、どうするのよ?」
「そ、それは……」
さてどうするかと改めて考えようとした時、
「とりあえず自己紹介をした方が良いんじゃない? あちらも自己紹介をしてきたんだし。私達も自己紹介をするのがスジってものよね。挨拶してから、これからどうしようか、皆で考えましょう」
穂乃香が一案を授けてくれた。
「自己紹介をするって言っても、どうやって? ユウに言って貰うの?」
志津香が口を挟む。
「ん~、そうね。勇哉くんの体に触れれば声が聞こえるのなら……」
勇哉の肩に、そっと自分の手を置く。
「こうやって勇哉くんの体に触れて、言葉を念じれば……」
(もしもし、聞こえますか? 私の声が聞こえますか?)
穂乃香の心の声は、もちろん勇哉には聞こえていない。暫くたってもルーアから何の返答が無い、という事は……。
(おーい、ルーア。穂乃香の声が聞こえたか?)
『え? ごめんなさい。誰か、私に話しかけてくれたんですか?』
その言葉を聞き、勇哉は両腕をクロスさせて×を作り、ダメだった事を示した。
「そう……。それじゃ、私たちの話しは勇哉くんづてで伝えて貰うしかないのかな?」
「いや。小此木も伝えることができるから、小此木経由で伝えてもできるぜ」
三人の視線が琴葉に集まる。
我先と本宮が、勢い良く琴葉の両手を握りしめ、
「それじゃ小此木さん。僕のことをルーアさんに伝えてくれる。ああ、それと質問があるんだけど」
「え、あ、その……」
琴葉の頬は赤らむ。
「小此木さん、私もルーアさんと話したいことがあるの」
穂乃香も一緒になって琴葉に詰め寄り、言葉を投げかける。
琴葉が誰かに積極的に話しかけられているのを初めて見る勇哉は、その光景を冷静に眺める人物に言葉をかける。
「お前はいいのか?」
「まぁ……アンタ達みたいに直接、話せる訳じゃ無いからね。ついでにホノに紹介して貰うわよ」
「そうか……」
なにはともあれ、志津香たちがこちらの世界へ足を踏み入れてくれたお陰で、肩の荷が少し軽くなったような気がした。
しかし、お決まりのポーズで穂乃香たちの言葉をルーアに届けていた琴葉は、どこか寂しそうな顔をしていた。そして穂乃香たちの質問に対する返答で聞こえてくるルーアの声が、なんとなく前の日に比べて小さくなっていたことが少し気になったが……。