◆4章「Polyrhythm~ソラノコトノハ~」--5
***
『シュベリア……あっ、そっちの言葉ではテストというのですよね。試験のことを』
(まぁな。しかし、試験と言われたら、少々大げさな感じがするけどな)
わずかな電灯の明かりと自転車を置いた場所の記憶を頼りに、自分の自転車を探す。幸い駐輪所には、ほとんど自転車が無く、自分の自転車はいつもより簡単に見つかった。
『前から思っていたけど、そちらの世界の言葉は他の外国語も組み合わせて使っているのね』
(言葉使いの豊富さと柔軟さに関しては、世界一らしいからな、日本語は)
『試験か……』
(そういや、ルーアも学生とか言っていたな。やっぱり、そっちもテストとかあるのか?)
『………』
(ルーア?)
『あ、はい。ありますよ、もちろん』
(そうか、やっぱりあるのか)
どの世界も、どこの惑星も、生徒にとって嫌なものを行うものだなと、ため息を漏らしながら、自転車に掛けていた鍵を解除し、サドルに乗っかる。そして、備え付けている電灯を入れ、準備万端。
「さてと、帰りますか」
独り言を呟き、ペダルを漕ぎ出す。
(で、ルーア。そっちのテストは難しいのか?)
『それなりだと思いますよ。でも、しっかり勉強をしていれば、困ることはありませんね』
(やっぱり勉強は必須なのか……)
何台ものの車に追い越され、テールランプを追いかけるようにペダルを漕いで自転車は進む。
やがて緩やかな坂道を下りにかかると、ペダルを漕ぐ足が止まる。少しばかりの楽々タイムに突入。
(なぁ、ルーア。なんでそこまで小此木に構ってやるんだ。見ず知らず……とは、もう言わないが……他人。ましてや別の星の住人なのに)
『……独りの寂しさを知っているからよ』
(独り?)
『そう。コトハが今まで、どれだけ独りぼっちで過ごしてきたかは、痛いほど伝わったから。今は良いわ。私がいるし、キョロスケもいる。だけど……もし、私の声がキョロスケに届かなくなって、あなたを介してコトハと話せることが出来なくなったら……あの子は、また独りになるでしょう』
(ルーアの声が聞こえなくなったら、か……。個人的には、さっさと声が聞こえなくなって欲しいんだけどな)
『あら、キョロスケ。冷たいのね』
(突然、自分の望まぬ声が聞こえるようになったんだ。そう思うのが普通だろう?)
『望まぬ、ね……。私は望んだけどね』
終わりの部分は、小さい声だった。その為、勇哉はよく聞き取れなかった。だが、勇哉は気にすることなく、下り坂は終わり、上り坂が始まると、再びペダルを漕ぎ出し家を目指した。
***
土曜日、日曜日――休みという日の時間の流れは不思議だ。
平日、学校に行っている時は、あれほど昼になるまでの時間の流れの遅さは一体何だろうか?
それが休みの日は、気が付けば昼が過ぎている事が多い。まぁ、昼まで寝ていたからというのが大きな理由なのだが……。
それでも夜まで、まだ時間はある。まだ慌てるような時間ではないのだ。
そう……その余裕という油断が命取りになる。
ちょっと暇だからと、本屋に立ち読みに行き。家に帰っては、録り溜めていたビデオを見ては、週刊マンガ雑誌を読む。
覚悟を決めて勉強をするかといきり立てば、午後七時になっている事に青ざめる。
慌てて勉強しようと立ち上がるも、腹が減っては戦は出来ぬ状態。そして、タイミング良く夕飯の時間だった。
さぁ、お腹一杯になった所で、食後の休憩。ご飯を食べている時に見ていたテレビが面白く、そのまま居間に居座る。
笑い終えて、時間を確認すると午後十時。
「なん……だと……」
冷や汗たらりとしたたり落ちる。現状のヤバさに気付き、自分の部屋に戻り勉強の開始。
しかし三十分後には、本棚にしまっていた漫画本を取り出し、勉強時間よりも長い休憩時間に突入。
己の愚かさに気付いた時は、土曜日が日曜日に変わろうとしていた。
「あれーーー?」
『なに叫んでいるんですか?』
勇哉の心の声がルーアに届いてたらしく、何事かと訊ねてきた。
(あ、ありのまま話すぜ。俺は勉強しようと思っていたのに、いつのまにか勉強をしていなかった……。幻想とか……)
『思いっきり自業自得ですね。コトハは、しっかり勉強しているのに』
(なんか、言ってたのか?)
『コトハは、自分の様子をよく話してくれます。今、机に向かって勉強しているけど、眠たいとかですね』
(そうですかい)
話しから察するには、琴葉は意外と優秀な子みたいだ。
『そうだ、キョロスケ。なんなら、お勉強のお手伝いをしてあげても良いですよ』
(はぁ? 手伝うって、どうやって?)
『キョロスケが、さぼっていると思ったら、注意してあげますよ。勉強しろ~、勉強しろ~ってね』
“勉強しろ~”の部分だけ、おどろおどろしい声色だった。
(やめい! 恐いわ! そんな事をしなくても、俺はやる時はやる男なんだぜ。だてに、市内で二番目に良い高校に受かった訳じゃない!)
そう自分を奮い立たせ、中学生時代から愛用しているシャーペンを手に取り、教科書とノートに向き合った。
三十分後――
『キョロスケ。ちゃんと勉強していますか?』
ルーアの呼びかけに、高校合格祝いとして買ってもらったノートパソコンでインターネットラジオに没頭していた勇哉は我を取り戻す。
「お……お、オレは何をしていたんだ……」
勇哉の心の声の震えにルーアは察した。
『勉強をしていなかったんですね……』
グゥの音も出ない。
『良いんですか? 試験で悪い点を取っちゃいますよ』
(ぐぬぬぬ……)
今度こそと教科書を手に取り、マーカーを引いている箇所を読み始めた。その最中にルーアは語りかける。
『そうだ、キョロスケ。今、暗記しようとしている文章などを私に伝えてください』
(なんで?)
『それを私がキョロスケに、語りあげてあげますよ。復唱学習ですね』
(復唱学習?)
『覚えたいことを常に聞く勉強方法です。自分が勉強している時に、隣で友達に覚えておきたいとか覚えにくい単語とかを、ずっと喋って貰うの』
(なんだ、そのイジメみたいな勉強方法は?)
『私の世界では、普通の勉強方法ですよ。もっとも、とても仲が良い友達とかでしかできませんが……』
(そうだろうな。てかっ、ボイスレコーダーとかで、声を録れば良いんじゃねぇのか?)
『ぼいす、れこーだー?』
(声を録音できる機械みたいなもんだよ。MP3プレイヤーとかに備え付けられている機能にでもあるけどな)
勇哉は、手持ちぶさたな左手で、机の隅に置いていた自分のMP3プレイヤーを取り出す。
『確か、音楽を聴いたりする機械のことでしたね。すごいですね。そういう機能もあるんですか。私の世界では、そういったものは無いですからね』
(音楽を録音ができる機械とか装置は無かったんだっけ?)
『有ることは有りますけど……私たち庶民では、とても手に入りませんよ』
(そうか……)
話を聞く限りでは、ルーアの世界は地球と比べて、かなり発展が遅れていると判断できる。
(って、なに勉強をそっちのけで話しをしているんだ、オレは)
『あ、ごめんなさい。なんか邪魔したみたいで』
まったくだ、と体勢を整えて勉強を再開しようとしたが、次の試練として眠気が襲いかかり「ふぁ~あ」と、大きな欠伸が出る。
勇哉の睡眠我慢レベルは、限界に達していた。
今日は、これぐらいにして眠ろう。まだ、明日(日曜日)があるからと、ノートと教科書を閉じた。
(ルーア。今日は、もう寝る)
『あれ、勉強はよろしいんですか?』
(人間は眠気に勝てないんだよ。そういうルーアは、眠くないのか?)
『ええ、大丈夫です。しっかりと寝てますから』
(それは羨ましいことで……。それじゃ、オレはもう寝るからな)
『ちょ、ちょっとキョロスケ。勉強は?』
(明日から本気を出す!)
宣言した所でベッドへ倒れ込み、そのまま眠り込んだ。歯を磨かず、風呂に入らず、電気は点けっぱなしで。
たった一日、歯を磨かなくても死にはしないという、若気の油断が虫歯という悪魔が人間の玄関口に住み込むという事を招くのだが……それは、別の話し。
『キョロスケ……キョロスケ……』
あっという間に勇哉は眠りつについたらしく、返答は無かった。
しかし、ルーアは気にせず、
『寝ましたか……私は、あなたと話す以外には、寝ることしかないから……寂しいんですよ……』
その言葉は、勇哉の頭の中で響いただけで誰に届くことは無かった。
そして、普段よりもルーアの声の大きさが少し小さくなっていた事も―――
***
そして、実力テストとルーアの事を志津香たちに教える日が訪れた。
ひとまずテストの方を最優先。それはルーアも同意してくれた。
日曜日、ルーアにテスト勉強に付き添ってもらったお陰で、それなりにテストに自信があった。そんな勇哉よりもルーアの方が勉強内容を良く覚えていたのだった。
そこで、ここは保険としてルーアにカンニングの協力を求めたが、なんなり拒否られた以外は何事も無く、無事に全教科を終えた。ただ苦手の英語は無事ではないが……。
チャイムが鳴ると同時に生徒達は安堵を洩らし、テストの手応えについて語り合った。
しかし勇哉はその中に加わる訳にはいかなかった。
それは、もう一つの課題が残っていたからだ。そう、ルーアの事を志津香たちに話さなければならないからだ。
そうこう考えていると、掃除の時間が始まった。
他の学生と共に掃除を始める志津香。
まずは。
「おい、志津香」
「なに?」
なぜか言葉に棘があった。
「なにか用なの?」
どうやら機嫌がよろしくないようで、志津香の表情がそれを示していた。
「あ、いや……その。話しがあるからさ、放課後、空いているか?」
「なによ。今、話せば良いじゃないの」
「今、話せないから、放課後に会って話しがしたいという事なんだよ」
「そ、それって……」
志津香の心臓が一瞬高鳴った。
「と、本宮も良いか? 放課後、ちょっと話しがあるから」
偶然、隣をすれ違った本宮に声をかける。
てっきり二人きりで、話し合うと思っていた志津香は思わず声を上げる。
「なんでよ?」
「だから、話しがあるって言っているだろう。で、本宮は良いか?」
「う、うん。自分は構わないけど」
「それじゃ、放課後に……と。ああ、そうそう志津香。それと穂乃香も呼んでくれないか」
「ホノも?」
「ああ。大切な話しだからな。それじゃ!」
伝えたい事を伝え、勇哉は自分に定められた掃除場所へと向かった。
その場に残された志津香と本宮は、
「な、なんなのよ」
「さぁ? でも、わざわざ呼んでまで話すんだから、重要な事なんじゃないの?」
「重要って、何よ?」
本宮は、手の平を空にかざし、
「さぁ」
おどけながら、自分も志津香と同じ思いである事を示した。
『どうでしたか?』
(ひとまず、話しがあると言っておいたよ。後は野となれ山となれ、だな)
琴葉の方には、放課後にルーアの事を志津香たちに話すと昼休みの時に伝えている。
あとはルーアの事を志津香たちが、すんなり受け入れてくれれば良いのだが……。
『そうですか……。ところで、キョロスケ』
(うん?)
『さっきの、ノとなれ、ヤマとなれって、どういう意味ですか?』
(え! それは……)
などと話し合いながら勇哉とルーアは、その時が来るのを待った。
帰りのHRが終わり、勇哉は志津香と本宮を連れて、北校舎四階の調理室へ。
相変わらず人気が無い場所だったが、今回は調理室の入り口前に二つの人影があった。
琴葉と穂乃香だ。
意外な人物――琴葉がいる事に、志津香と本宮。特に志津香は驚きの顔を隠せなかった。
「ちょっと、ユウ。なんで、あの子もいるのよ?」
「あいつもゲストの一人なんだよ。もっとも、一番関わりがあるからでもある」
「どういう事よ?」
勇哉の返答に理解を得れない志津香の頭に『?マーク』が浮かぶ。
「で、話しはなんなの?」
志津香の言葉に威圧が増している感じがした。よほどイライラが溜まっているのだろう。
勇哉は琴葉を伺いながら、さっそくと口を開いた。
「えー、お集まりの皆様方。これからオレが語る云々は冗談では無いので、真面目に聞いて欲しい。出来れば、笑わないで聞いてくれ」
まずは防衛線を張っておくことに越したことはない。
すぅと息を吸い、吐く。
「実は……オレ。宇宙人の声が聞こえるんだよ」
勇哉の生涯最大級の告白に、
「はぁ?」
呆れた声を上げる志津香。
ポカーンとする穂乃香と本宮。
一般人として、当然としての普通の反応を返してくれた。
それは想定内だが、志津香の表情が段々と強張っていくのを目撃する。
何か言われる前に、何かを言わなければと、
「何を言いたいかは、よく解かる。馬鹿じゃないのかとか、オカシクなったのか。だけど!」
クルっと、志津香たちに背を向ける。
「百聞は一見にしかず、だ! 騙されたと思って、俺の肩とかどこかに手を当ててくれ。そうすれば、ルーアという宇宙人の声が聞こえるから」
志津香たちはお互いに顔を見合わせ、折角ここまで来たんだから、この馬鹿げた茶番劇に付き合ってあげるのも一興かと、言われるがままに勇哉の肩とかに触れた。
琴葉は、それをただ眺めているだけだった。
(ルーア。という訳で、準備は整ったぞ。好きなように挨拶するんだな)
『あ、はい』
そうルーアの一言を呟くと、三人は「えっ」と驚く。
穂乃香は思わず、勇哉の肩に触れていた右手を離し、辺りを見回した。
自分たち以外には、誰もいない。
さっきの声は琴葉のものだと思ったが、琴葉の声色とは違っていた。穂乃香は心を落ち着かせ、再び勇哉の肩に手を置いた。
そんな光景はルーアは知る由も無かった。そしてルーアは、琴葉がいつも唱えていた言葉で語りかけた。
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ハロー、ハロー。聞こえますか?
私は、ココに居ます。
アナタは、どこに居ますか?
ハロー、ハロー……。
私の名前は、ルゥア・ルミネル・ルヘンと言います。
聞こえますか?
もし……私の声が聞こえたのなら……
“ソラノコトノハ”と答えてください。
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