◆4章「Polyrhythm~ソラノコトノハ~」--2
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勇哉達は、ひとまず購買に立ち寄り、勇哉はメロンパンや牛乳などを買ってから、一同は屋上へと向かった。
運良く屋上の隅は空いていたので、そこを陣取り弁当を広げた。その弁当を取り囲むように輪になって腰を落とした。
「それで、お二人が知り合ったキッカケはなんですの?」
ワザとらしい満面のニコニコ笑顔で、志津香が訊ねて来た。
琴葉は、何を答えていいのか解らずにオロオロと戸惑っている。代わりにと、勇哉が先ほどの疑問をぶつけた。
「キッカケって……いや、それよりも志津香。双子ってどういう事だよ。初めて聞いたぞ」
まずは、そっちの方が重大なことだろうと。
「言ったことがないからでしょう。まぁ、言っていないのにアンタがそれを知っていたら、ユウは私のストーカーだという事だけどね」
「双子ぐらい言えよ。何年だ? 五年近くの知り合いなのに、こんな凄いことを今教えられたら、誰だってビックリするわ! というか、なんで今ここでカミングアウトをするんだよ」
「びっくりさせるために、こうやって高校入学まで内緒にしていたのよ」
意地悪な笑顔を浮かべる志津香。
勇哉は横目で穂乃香を見つつ、牛乳パックのストローに口を付けた。
確かに、眼鏡をかけて髪は長いが、見た目は志津香に似ている。ただ、少しだけ目つきが志津香よりも、ほわんと柔らかい感じがした。。
「ところで、どっちが姉で妹なんだ?」
「あ、それはね……」
穂乃香は少し困った顔で志津香に視線を送り、志津香が面倒臭そうに話す。
「ああ。私たち、どっちが姉で妹なのか解らないの。というか、教えて貰っていないのよ。どっちが先に生まれたのかは」
「なんで?」
「それは、実のお母さんの教育方針なんです。たった一分二分早く生れただけで姉、妹と判別するのはおかしいという事で、私たちに教えなかったんです」
穂乃香が補足を加える。
「なんだ、それ。おかしな教育方針だな?」
「私もそう思うわ」
志津香は呆れたように口にし、穂乃香が苦笑する。
「でも、姉とか妹とか知らなくても困ったことは無いですよ。シヅちゃんはシヅちゃんだし、私は私ですから。ただ、毎回こうして説明をするのは困りものですけどね」
穂乃香は志津香と比べて大人しいタイプだと、柔和な感じの口調で判断した。
勇哉は、なんで転校してきたのが穂乃香じゃなくて、志津香なのかと頭の中だけで思うことにした。もし口にしたら、志津香の愛のある拳が飛んでくると長年の経験で学んでいたからだ。
改めて、志津香と穂乃香を見比べ、やっぱり双子なんだなと再認識しているとルーアの声が響いてきた。
『どうしたんですか? コトハと話してないんですか?』
(どうしたも……今、小此木とオレは。オレの知り合いと一緒にメシを食うために囲われているよ。だから、暫くは小此木とは話せないぞ……)
『え、そうなんですか? それは、楽しそうですね』
(楽しそう?)
チラっと琴葉の方に目を向けると、自分の弁当に箸を付けたまま俯いていた。
明らかに、この雰囲気に馴染めていない。
(楽しそうでないヤツがいるけどな……)
ルーアと会話はしているが、その光景はただ黙っている勇哉に、志津香はお返しにと本題に戻す。
「まぁ、そんなことよりも。なんでアンタと小此木さんが付き合うにようになったキッカケはなんなのよ?」
双子という衝撃的な事は志津香にとっては軽いものらしく、あまり触れて欲しく無い話題を勇哉に投げかけた。
「付き合うって……。ご期待に沿えられないが、オレと小此木は付き合っていないよ。ただの話し相手だよ」
「ただの話し相手?」
志津香は琴葉の方を向き、確認を取る。
琴葉は、いつもの様に「えっあっ」と戸惑いつつも、志津香の問いに促されるままに頷く。
「な~んだ……。それじゃ、なんで話し相手になったの? やっぱり、小此木さんが毎日昼休みにやっていた儀式が関係あるの?」
一瞬で、場の空気が固まった。
勇哉もとより本宮や穂乃香も口を噤んでいる。
質問した当の本人も「あれ?」と場の変化に気付くも、琴葉はさらに俯いた。
穂乃香が志津香を優しくも鋭い視線で睨みつけ、それとなく琴葉を気遣う。
この重たくなった空気を緩和するために、自分から何か言わないといけないと思い、勇哉は口を開いた。
「いや~キッカケは……。天からの声に誘われたから…」
嘘は言っていない。
それに笑いが取れる発言だったと思ったが、今度は志津香が冷ややかな視線と言葉を、勇哉に投げかける。
「なに、それ? アンタもオカシクなっちゃったの?」
その言葉を耳にした途端、琴葉は弁当箱を持ったまま、さっと立ち上がりその場を去っていった。
穂乃香は「シヅちゃん!」と諌め、琴葉の後を追いかけようとした。
「僕も行くよ」と本宮も立ち上がると、穂乃香は「私だけでいいよ」と言い、本宮は遠ざかる穂乃香の姿を眺めていた。
「あれ? 今の問題発言だった?」
突然の琴葉の行動に、状況が掴めない志津香は呟くと、本宮は少し困った表情で腰を落としながら、受け答えた。
「まぁね。小此木さんは、あの行動の所為で昔からバカにされていたから、中傷するような言葉に敏感になっているんだよ」
志津香は眉をひそめるも、反省を滲ませた顔を浮かべた。
「あれは、ユウに言った事であって……あの子に向けては……」
「あれ、僕の聞き間違いじゃなければ、“も”って言わなかったけ?」
「あれ? 言ったかな? 聞き間違いじゃない」
しれっと答える志津香に対して、本宮は愛想笑いで返す。そして、流れるがままに勇哉に話しかけてきた。
「でも、村上くん。あの小此木さんと、よく話し相手になったね。それで、どんな事を話しているんだ。中学校の時、僕とほのちゃんが話しても、そんなに話が続かなかったのに……」
「どんな事を話してるかって……」
ふと、勇哉は考えた。
本当の事を話しても良いのか?
ポケットから小銭を取り出そうとして、小銭が地面にこぼれ落ちたぐらいの時間で、結論が出た。
本当の事を言っても、さっきの志津香みたいに信じないだろうし、冗談で通じるだろうと。
「宇宙人とか、日本語が公用語になっている国は日本以外にあるとか、ちょっとファンタジーな空想話な事とかな」
「へぇー意外だな。小此木さんが、そういった事に興味があるなんて」
勇哉の予測は外れたみたいだ。本宮は冗談だと思っていないようだった。
そうこう話をしていると、穂乃香が戻ってくると、開口一番に本宮が小此木の様子を伺った。
「どうだった小此木さん?」
「小此木さんなら大丈夫……と思う。いつもの事だからと言って、自分の教室に戻って行ったわ……」
歩乃香は、キッと志津香の方を睨み、
「もう、シヅちゃん。言葉使いに気をつけてよね」
と注意をするが、志津香は「はいはい」と反省の色を疑わせない素振りをし、穂乃香を呆れさせる。
そんな二人を勇哉は物珍しそうに眺めていると、本日の重要議題を思い出した。
「そういや……双子なんだよな?」
「そうよ」と志津香。
「なんで、双子だという事を隠していたんだよ?」
志津香はコーラのペットボトルを一口飲み、勇哉の問いに答える。
「隠してないわよ。さっきも言ったでしょう。ただ聞かれなかったから言わなかっただけよ」
「それじゃ、なんで……えっと、穂乃香さんだっけ」
「穂乃香だけで良いですよ。私もシヅちゃんと同じで下の名前で呼びますから。ねぇ、勇哉くん」
優しく微笑みながら下の名前を呼ばれたことに、勇哉の心臓の鼓動が高鳴った。
「それじゃ、お言葉に甘えて……。穂乃香と一緒に転校して来なかったんだ?」
「そ、それは……」と穂乃香が話しをしようとしたが、志津香が遮る。
「説明するのも面倒なんだけど、簡単に詳しく説明すると父が再婚したの。それで私は父側に引き取られて、穂乃香は父の妹さんの方に養子として残ったの」
豪く簡単に凄い事を話したが、勇哉は良く理解できていなかった。
「まぁ、複雑な事情があるのよ」
志津香は、これ以上は訊かないでよと、嫌そうな顔をしているのに勇哉は気付いた。
長年の付き合いの所為なのか、
「そ、そうか……」
余所様の家庭事情にあまり深く関わらない方が良いかも知れないなと、勇哉は口を閉じる事にした。
とりあえず、その事は置いといて、穂乃香の方へ顔を向ける。
「そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかったけ。オレは……」
「大丈夫ですよ。昔からシヅちゃんに聞いてますから、ある程度は知ってますよ」
委員長の本宮の時と同様に、自分が知らない相手が自分の事を知っている事に、妙に照れてしまう。
「それは、どうも……。そ、それは……その何というか……」
「電話でシヅちゃんと話す時、いつも勇哉くんの事が話しになっ……もがっ」
穂乃香の話しの途中で、瞬時に志津香の手で穂乃香の口を塞ぎ妨害した。
「余計な事を言わないで良いの!」
「む~ん、む~ん」
口を塞がれ、もがく穂乃香。
よほど聞かれてはマズイ話をしていたのかと、勇哉は勘繰りながらも、この話しは終わらせる事にした。
粗暴な志津香。
温和な穂乃香。
勇哉は、その二人を交互に見比べて、その他に異なる部分を探してみる。
髪が長いと短い。しかし眼鏡を掛けているからか、穂乃香の方が賢そうに見える。しかし志津香は、見た目以上に勉強が出来る部類の種族。
志津香は、この間の高校最初の実力テストで、全科目を八十点以上だった事をふと思い返した。ちなみに勇哉は……平均五十点ぐらいだった。
という事は、穂乃香の方も出来るんだろうな~と、勝手に推断した。
「しかし……双子と言うからには、確かに似ているんだけど……微妙に違うな。二卵性か?」
「一卵性よ」
間髪入れずに志津香が答える。
そして、本宮がそれについて補足的に話しを入れた。
「それは僕も久しぶりにシヅちゃんと会った時に思ったよ。でも、小学生の時は本当にそっくりだったよ」
へ~と感心を寄せつつ、再び見比べた。
「それが、なんで……こうなっ、ぶへっ!」
まだ発言の途中で、志津香に軽く速く優雅に右の頬をはたかれた。
これは左の頬も差し出さないといけないのか。
「生活環境が変化したからじゃないの。別々に暮らすまでは、ホノといつも同じ格好していたからね」
志津香はそう言った後は話しの輪に加らず、こちらの様子を伺っている穂乃香に話しを振る。
「でっ。ホノは、何か無いの?」
「え?」
「ユウに何か聞きたい事とか話したいとか。折角、こうやって会っているんだから」
「ん~。でも、大体の事は、シヅちゃんから聞いていたから……特には」
「聞いていた? おい、志津香。何を話した!」
志津香は悪っぽい顔で、
「えー。 中学の時、あんたがクラスの女子と揉めて、怒りの矛先に壁を殴って、拳を骨折したとか」
「ちょ、おまぁぁぁぁぁ! 消し去りたい過去ベストスリーに入る出来事を!」
悪戯っぽく笑う志津香。それにつられて苦笑する穂乃香。そんな事があったのかと、関心を示す本宮。
勇哉は歯痒い顔で、
「他には、どんな事を言ったんだ?」
「えーと……これ以上、あんたの心の傷のカサブタを剥がす様な事したくないから、黙秘権を行使するわ」
「おまえ……」
勇哉がチラっと穂乃香の方に視線を向けると、その視線を逸らすように顔を逸らした。
「本当に何を話した!」
志津香が穂乃香に他に何を吹き込んだのか気になりつつ、購買で買ったメロンパンを口にしようとすると、ルーアの声が響いてきた。
『あ、キョロスケ。ついさっき、コトハから声が聞こえてきて“さっきの事は、気にしないでください”と、ムラカミに伝えておいてくださいと言われました』
(ん、ああ、了解)
気に留める事なく、メロンパンをほお張る。
『気にしないでって……何が有ったの?』
(ちょっと話しの時に、小此木に……対してではないけど、少し小馬鹿にされた事を言われた後、その場を去っていったんだよ)
『小馬鹿って?』
(オレがルーアの声が聞こえるようになって、それが小此木と話すキッカケになったと言ったら、案の定ツッコまれてな……)
『そう……。ねぇ、キョロスケ。今から……じゃなくても良いけど、今日この後、必ずコトハに会ってくださいね』
妙に真剣な口調だった。
(なんで?)
『コトハに、言っておきたい……うんん、伝えたい事があるから』
ルーアの声は寂しくも、何かが込もっていた。
『所で、キョロスケ』
(ん?)
『ムラカミって、誰の事ですか?』
(ああ、俺の本名……)
『本名? 貴方はキョロスケという名では無いのですか?』
(あっ……)
ルーアに言われて気付いた。勇哉はキョロスケという名前でルーアに伝えていたことを。
『あっ! て、何ですか? もしかして、キョロスケという名前は嘘だったのですか?』
(あ、いや、その……まぁ何というか……)
勇哉の歯切れの悪い言葉が、ルーアは確信する。
『ひどい……偽名を使っていたなんて……』
(普通の思考の持ち主だったら、謎の声の正体は悪魔で。名前を教えたら命を奪われるんじゃないかと考えるだろう!)
逆ギレになりながら言い訳をする勇哉。
『神様とかの声だったと思わないんですか?』
(無宗教だからな)
『なんという人……。なぜ、貴方みたいな人に私の声が聞こえているのかしら……』
(俺が知りたいわ!)
ルーアと論争する中、
「てか、ユウ。なにさっきから黙っているのよ?」
志津香が、黙々とメロンパンを咥えたままの勇哉に声を掛けた。
思わず勇哉は、ビクっと体を震わせる。
「え、あっ、その……」
頭の中では会話しているので、黙っているという意識は無かった。志津香に何か言おうとするが、頭の中で、
『聞いてますか、キョロスケ? 良いですか、人に名前を訊ねられたら……』
ルーアが喋り続けているので、志津香の方に集中出来ないでいた。このまま頭の中で騒ぎ立てられては、志津香と話しが出来ない。そこで、
(あ~~。ルーアさん。大変申し訳ないが、この件に関しては後でじっくり、話しませんか? ちょっと、こちらの今の様子を気遣ってくれません?)
『む~~。ふぅ……。解かりました。後で、じっくり話し合いましょう。だけど、絶対忘れませんからね。偽名を使ったことを。これからずっと、私が死ぬまで“キョロスケ”って言いますからね』
ああ、それぐらいなら構わないと、半分聞き流すかのように、いい加減に返した。
別にキョロスケと言われても、自分には何も痛い思いをする訳ではないので。
『それじゃ……、それはひとまず置いといて……。コトハの事、よろしくお願いしますね』
(ああ、放課後にでも会いに行ってくるよ)
「ユウ?」
押し黙る勇哉に、再度志津香が声をかける。
ルーアとの話しがひと段落したので、志津香に何かを言おうとすると、昼休みの終了を報せるチャイムが鳴り響いた。
「あれ、もう終わり?」
話の方を優先していた為に、全員弁当を食べ終わってはいなかった。
「ここに来るのが、少し遅かったからね」
そう言う本宮は残っていたご飯やオカズを急いで口の中に掻き込んだ。勇哉も大きく口を開けて、三口でメロンパンを消し去った所為で、ほっぺが冬眠にそなえるリスのように膨らんでいた。
志津香と穂乃香は全て食べ終えていなかったが、弁当箱の蓋を閉じ、その場を片付け始めた。
来た時よりも美しく、ゴミを残さずに。
「あ、これは……」
そして穂乃香は、その場に残された弁当袋を手に取った。おそらく琴葉のものだろう。
「これは私が届けておくわ」
あらかた片付けが終わり、他の生徒と共に勇哉達も、自分達の教室へと目指した。