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◆1章「エレクトロ・ワールド~勇哉~」--1

◆プロローグ


ヘェロゥ・ヘェルーヤ・ミィールゥ――

(私の声が、聞こえますか?)


ヘェルン・コンセルフト――

(私は、ココにいます)


ユアン・ウェンユ――

(アナタは、ドコにいますか?)


ヘェロゥ・ヘェルア・ミィールゥ――

(私の声が、聞こえますか?)


ヘェロゥ・ヘェルーヤ・ミィース――

(私の声が、聞こえているのなら)


ソレェス・ヒィル・カウイ――

(呼びかけに答えてください)



◆1章「エレクトロ・ワールド~勇哉~」


「ふは…はッ、ハックション!」


 四月下旬、春の陽気な暖かな風が、多くの人間に眠りへと誘う……そんな季節。


 大きなクシャミをした村上勇哉は、鼻を啜りながら上半身を起こし、座ったまま背伸びをした。そして辺りを見回すと、自分と同じ学生服を着た同級生達が話し合っていたり、まだ弁当箱を広げて食事を楽しんでいたりした。


 ここは羽ヶ崎高校。勇哉が通う高校の教室。

 勇哉は、教室の中央付近にある自分の席で机に伏して寝ていたが、さっきのクシャミで起きてしまったのであった。


「自慢にならない自慢だが……オレは、市内でも二番目に良いと言われ、第一希望であった県立高校に学力がギリギリだったにも関わらず、奇跡と運と休み無く塾に通った努力のお陰で、このたび無事入学できた」


 誰に語るべからずな自己紹介をしたとこで、「ふアっ……」と今度は大きなアクビが出る。

 もう一眠りしようかなと思いつつ、教室に設置されている時計に視線を移して時間を確認する。


(昼休みは、あと十分か……)


 中途半端な時間だった。

 今から机に伏して眠りにつこうとしても、眠り心地になった時にはチャイムで叩き起こされてしまう。

 だけど、このまま起きているのも時間を持て余してしまう。寝るか起きて何をするかと悩んでいると、窓から暖かな風がそよいできた。


(ああ、良い風…)


 その心地よい風にもっと吹かれていたいと思い立ち、勇哉は窓の方へと向った。

 窓のサッシに腕を置き、上半身を少し乗り出して風と陽の光を体で感じた。

「良い天気だ」と、年寄り臭い感情に浸りつつ、外の景色――中庭に目を向けると一人の女子が両手を広げ、天へと向かって伸ばしている姿が見えた。


 体操をしているわけではなく、そのポーズをずっと取り続けている。

 その奇怪な行動を行う女子を眺めていると、


「なんだ。電波ちゃん、またやってるのか?」


 唐突に背後からクラスメートの男子が声を掛けてきて、勇哉の隣にやってくる。


(えっ…と、こいつの名前は……。まぁいいか)


 入学してから、既に二週間は経っていたが、勇哉は未だにクラスメート全員の名前を把握してはいなかった。しかし、そんな事を顔に出さずに自然に返答する。


「みたいだな……」


 勇哉達にとっては既に見慣れた光景だった。


 この高校に入学してから、あの女子は昼休みになると毎日中庭にやってきて、両手を天高くへと伸ばしているのだった。なぜ彼女が、あんな事をやっているかは勇哉を始め、隣の名も知らない男子も知らない事であった。


 最初は物珍しそうに見ていたが、学校生活が二週間経過した今となっては、日常の一部となっていた。


 ああやって奇異な事をしているから、あの女子には“電波ちゃん”。または不思議ちゃんとあだ名が付けられている。勇哉は、前者のニックネームを採用していた。

 電波ちゃんは勇哉と同じ一年生であるというのは、風の噂とかで把握していた。


「なんで、あんな事をやっているんだろうな? それなりに可愛いのにな……」

 とクラスメートの男子が、ボソっと勇哉にも聞こえるように呟く。


「だったら、声でも掛けてみたら?」


「はは、止めてくれよ。俺も変な奴だと思われるだろう」


「まぁな……」


 一応、賛同しておく。


(しかし……毎日毎日、なぜにあんな事をやっているんだ?)


 ふと疑問に思っているとチャイムが鳴り響き、“電波ちゃん”は挙げていた手を下ろすと、同時に肩も落としたように見えた。その様子から、何やら落ち込んでいるみたいだった。そして、そそくさとその場を立ち去っていく。


 電波ちゃんが去ることを確認したのち、名も知らぬクラスメートも自分の席へと戻り、勇哉も自分の席へと向かった。

「変なヤツだな」と、勇哉は現時点での電波ちゃんの感想を一言で述べた。


   ***


 勇哉は思う。自分は、いたって普通の高校生だと。

 あの電波ちゃんみたいに昼休みに中庭で手を上げたり、今流行りの学級崩壊をする問題児のような授業中に突然立ち上がって、奇声をあげたりなんかしない。


 ごくごく普通の高校生であり、人間だと。変な趣味があるとしたら……いや、それは今ここで公言する事ではないな。幽霊やUFOなどの超異常現象など、お目にかかれていない。存在は信じてはいるが――


「ふわっ……」と、 勇哉は大きな欠伸をかいた。


 先ほどの昼休みに少し寝足りなかったからなのか、古典の授業だからなのか、眠気を催していた。


 古典の先生は定年間近のお年寄り先生なので、だらけた態度を取っていても、あまり注意してこない。授業が始まったら、ほとんど黒板に向いたままで、授業が行われるためだ。その為、古典の時間は、ほうじ茶のようなゆる~い空気が漂っている。

 それに加え、春の温暖の気候により睡魔が活発に行動しているらしく、勇哉は授業中なのにうたた寝をし始めた時だった。


『聞……ますか… 聞こ…ま…か あなた…だ…です…。聞こ…たら…返事……くださ…』


 不思議な声が聞こえてきた。

 勇哉は思わず飛び起き、慌てて教科書を手にし、「はい!」と慌てふためきながら発言した。

 突然立ち上がった勇哉に対して、先生とクラス中の生徒たちが勇哉に視線を向ける。


「あ、あ……あれ?」と勇哉は異様な雰囲気を感じ取り、戸惑っていると古典の先生が声をかけた。


「なんじゃ?」


「え、あれ? 先生、オレを呼びませんでしたか?」


「うんや。なに寝ぼけたこと言っとる。さっさと座らんかい」


「あ、はい……」


 勇哉が首をかしげつつ静かに座ると、クラス全体から笑い声が噴出す。

(うわ~ヘタこいたな……)と、笑われている事に、恥ずかしさに苛まれ自己嫌悪に陥っていると。


『聞こえますか? 聞こえてますか?』


 また聞こえてきた。それも、さっきよりもハッキリと。


 勇哉は後ろを振り返ると、そこにいる女子が「なによ?」という表情をするもので、すぐさま前を向き直した。


 どうやら、後ろの女子からの声では無い。

 それじゃ、あの声は何処からと考えている時にも、また聞こえてくる。聞こえてくるというより、勇哉の頭の中からダイレクトに響いてくるといった感じだった。


『わたしに呼びかけているのは、誰ですか?』


 勇哉は何処からともなく聞こえてくる声に困惑するしかなかった。


―――なんだ、この声は?

―――俺にしか、聞こえていないのか?

―――幻聴?


『聞こえてますか? 私の声が聞こえてますか?』


 困惑する最中でも声が聞こえてくる。

 そんな不思議な声を無視しようにも、聞こえてくるから気になって仕方ない。

 ここまで聞こえているとなると、「きっと、これは夢なんだ」と思い、机に伏せて静かに目蓋を閉じた。


『聞こえてます、よね?』


 それでも声が聞こえる。


『聞こえたら、返事してください!』


 その声の口調は、段々と真剣になっていた。だけど勇哉は無視を続ける。すると、ポカッン!と頭を叩かれた。

 バッと顔上げると、古典の先生が立ちはだかっていた。


「何、やっとるか。授業中に堂々と寝るな! 寝るんなら、気付かれない努力をせんか」


 そう言うと、先生は教壇に戻っていく。教室には笑いが響き、勇哉の頭には叩かれた痛みが響いている。ありきたりの現実確認方法だったが、どうやら起きているようだ。

 本日のクラスの主役になってしまった勇哉が顔を赤くしている時にも。


『聞こえますか……』


 不思議な声が聞こえる。

 勇哉は半分諦めつつ、不思議な声に呼びかけるように頭の中で念じてみた。


(あー、聞こえますよ。それが何か?)

 と、答えてみる。


 何やってるんだかと、自分自身に呆れようとした時――


『聞こえているんですか! 私の声が!』


 声が上ずって返事が返ってきた。

 お互いに驚いた感じだった。不思議な声は、驚き混じりに話しかけてくる。


『やっぱり聞こえているんですね。そんな……こんな事が……』


(オレも驚いているよ。なんで、オレにしかこの声が聞こえてないんだと。いや、なんで声が聞こえるんだと。一体何だ? 幽霊か? ただ単に幻聴か?)


『幽霊? まだ私は死んでいないですよ』


(幽霊は、そうやって死んでいる事に気付かないから、幽霊になっているって、ネットで見たぜ)


『ねっと? 何を言っているのか解りませんけど、私はまだ生きていることは真実ですよ』


(まぁ、あんたも何を言ってるのか解らないんだけどな。てかっ、あんた何者だ? なんで、声が聞こえるんだ? 幽霊なら、さっさと成仏してくれ)


『だから、私は幽霊じゃないですよ……』


 不思議な声との会話に割ってはいるかのように、

「そんじゃ、ここからは……おい、寝ていた村上」

 と、勇哉の苗字が呼ばれた。


「……あ、はい!」


「教科書の十ページから十五ページまで読みなさい」


「ちょっと、待ってください。え~と…」


 勇哉は教科書を開き、言われたページ先を探す最中でも、遠慮なく不思議な声が声をかけてくる。


『それに最初に呼びかけて来たのは、あなたじゃないのですか?』


(ちょっと静かにしてくれ。今、授業中なんだ。せめて授業が終わった後に話しかけてくれないか?)


『授業? あなた、学生さんなんですか?』


「そうだよ。霊感も無い、ただの普通の高校生だ」


 思わず言葉を口に出してしまい、


「何、言っとるか。村上は?」


 勇哉が不思議の声に対しての発言を、古典の先生に向けられたと勘違いされてしまった。


「あ、いえ。何でもないです」


『それじゃ…』


「どうした、村上? 十ページからだぞ」


 自分の中では不思議の声が、外では古典の先生の声が、同時に攻めてくる。きっと、これに対応できるのは聖徳太子やグラサンをかけた司会者ぐらいなものだろう。


「あ、はい。十ページですね……」


 外の声の人に対応しつつ、


(とりあえず、暫くしてから話しかけてくれ。今、取り込み中なんだ)


『そ、そうですか……。解りました。暫くしてから、また話しかけてみます』


 それから不思議な声が聞こえてくる事は無くなった。勇哉は無事に……とは言えなかったが、竹取物語を読み上げる事ができた。


 着席したあと、勇哉は当然のようにあの声が気になっていた。


(何だったんだ、あの声……)


 誰かにこの事を話したとしても、笑い話になるだけで自慢にもならないし、きっとこういった不思議な体験は二度と起こることはないだろうと、


(まぁ、良いか……)


 勝手に締め括った。

 しかし、古典の授業が終わり、次の授業の準備をしていると、


『あ、あの……聞こえますか?』


 不思議な声が聞こえてきたのだった。


(幻聴じゃなかったのか……)


 勇哉は、この若い身空でオカシクなってしまったのだろうかと頭を抱えた。


『幻聴じゃないですよ。私はまだ、ちゃんと存在しています』


(それで、なんでオレは、この……あんたの声が聞こえるんだ?)


『それは、私にも解りません。私を呼びかけられたから、呼び返したのです。呼びかけたのは、あなたじゃないのですか?』


「はぁ?」


 誰もいない方向を向きながら、思わず言葉が漏れてしまう。


 その奇怪な発言に周辺にいたクラスメート達の視線が、先ほどの古典の授業と同様に勇哉に集まる。

 勇哉は、何事も無くそれらの視線をかわすように無視をする。


 これ以上、変な行動をしていると、本当に変な人だと認定されてしまう。いや、もうされているかも知れないが……と、勇哉は諦めかけていた。


『聞こえてますか?』


 再び呼びかけてくる。


(ああ。そうだ……。って、呼びかけたって、オレが? 残念ながら呼びかけてはいないぜ。そんな、イタコみたいに幽霊を召喚させるような、技法や秘術は行っていないし……)


『そ、そうなんですか? それじゃ……一体誰なんですか? 私に呼びかけてくれたのは?』


(いや、オレに訊かれても解かんないし……。ついさっき、あんたの声が聞こえてくるようになったんだよ)


『そうですか……。私の方も、ある日から何処からともなく声が聞こえてきたんです。最初は、私も幻聴かと思ったんですけど……その声は段々大きくなって、つい最近、ハッキリと聞こえるようになったんですよ』


(今のオレと同じようにか……)


『そうなのかも知れません。それで、冗談半分で私も聞こえてくる声に呼びかけてみたんです。そうしたら……』


(こんな風に、オレが声を聞こえるようになったのか……。話しは戻るけど、声の主はオレじゃないし。心当たりは無いぞ)


『あっ! 心当たりになるかどうか分からないですけど。私に聞こえてきた声で“コトハ、オコノギ”というのをよく言っていました』


(コトハ、オコノギ? なんだ、それは?)


『私にも解らないんです。だから、お訊ねしたんです』


 “コトハ、オコノギ”


 勇哉は、その言葉をよくよく思い返してみたが、脳内検索にヒットすることは無かった。


(残念だが知らないな)


『そ、そうですか……』


(所で。オレはどうすれば良いんだ)


『え? 何がです?』


(こんな風にあんたの声が聞こえて。それで、どうすればあんたの声が聞こえなくなるんだ?)


『それは……私にも解りません。だ、だけど、私はこうやって、あなたと話せているだけでも凄く嬉しいんですけど……』


(嬉しいって……)


 怪しさ満点の謎の声に、そんな事を言われてもと、勇哉は訝しげな反応を顔を示したが、当然不思議の声に伝わる由もない。


(それはともかく。他に何か解っていることは無いのか? こんな風に声が聞こえるようになった原因とか? 気になる事とか?)


『そうですね。さっきも言った通りですけど、私も突然、声が聞こえるようになったので……。あっ! 気になると言えば、私に呼びかけてくれた声が、凄く寂しくて、凄く誰かの助けみたいなものを求めている感じだったのです……』


(助けを? どういうことだ?)


『なんて言えば良いのか……。困っているようで、何か悲しんでいるような、そんな声でよく呼びかけてきたので……』


(ふーん……。ん、という事は、あんたに呼びかけてくれている人がいるって事だな)


『そうなりますかね。私の聞き間違いではなければ、聞こえてきた声は、アナタの声とハッキリと別の声の人ですね』


(だったら、その呼びかけた人に語れば良いじゃないか。オレじゃなくて……)


『そ、そんなことを言われても、私は呼びかけられたから、返事を返しただけなんですよ』


(それが、なんでオレに聞こえてくるんだよ?)


『それは私にも解りません』


 声が聞こえる原因を掴めないまま、話しの途中で予鈴のチャイム音が鳴り響いた。


(おっと、これから次の授業なんだ。また、後にしてくれ)


『今度は、どのくらい経ってから話かければいいんですか?』


(話しかけてくるのかよ……)


『いけませんか? 先ほど、後にしてくれと……』


(ああ、解ったよ)


 勇哉は折角の機会だからと、不思議の声の正体を究明してみるかと思いを固め。


(そうだな……)


 極端な時間を言おうとしたが、せっかく待ってくれていると思うと気を遣い、正直に答えることにした。


(五十分後くらいで)


『解りました。時間になったら呼びかけますので、よろしくお願いします』


 そう言われた後、勇哉は少し息を吐いた。

 おかしな出来事を自分は経験しているのだなと実感する中、感動めいた想いがあった。


 だが、なんで不思議な声が聞こえているのだろうと?

 そして、あの不思議の声の正体は何だろうと?

 その不思議の声に話かけた不思議の不思議な声の誰なのかと?


 グルグルと疑問が勇哉の頭の中を駆け巡った所為で、“不思議”が不思議とバラバラになって、不思議という字がこんな字だったのかと不思議にこんがらかってしまうゲシュタルト崩壊を起こし、六時間目の授業内容がまったく頭に入らなかった。


 続く―――


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