【スマホ版】レベル『0.2』の勇者、魔王討伐をcommitしに行く
▶ 01
かつて世界を窮地に陥れた魔王が
300年の時を経て
復活しようとしていた――
「勇者たちよ、よくぞ集まった!
世界の命運はそなたたちにかかっておる!
魔王討伐を頼んだぞ!」
ストリック城の玉座の間。
国王が、命を発した。
真剣な面持ちでひざまずく
勇者と仲間たち。
その中心で、
勇者ラックはキリリと目を開くと、
力強く言い放った。
「……お断りします!!」
「「何?!」」
「な、な、何と申した勇者?!」
国王が驚きのあまり玉座から滑り落ちる。
ラックは真剣な眼差しで訴えた。
「申し訳ありません、国王。
しかしこの300年、
世界はずっと平和でした。
だからその間、俺の父さんも、じいさんも、
その父さんの、曾々……
中にはばあさんもいたと思いますが、
――とにかく!
誰も『勇者になるための鍛錬』を
してこなかったのです。
もちろん、この俺も!」
「な、なんと?!」
「だから俺――」
ラックは胸を張って言った。
「勇者レベル、『0.2』しか無いんです!」
「「0.2ぃい?!」」
「0.2って……! 勇者、正気か?!」
女戦士リシアが
思わず腰の剣に手をかける。
「『レベル1にも満たぬ』と?!」
魔法使いバルドが
とんがり帽子を落っことしそうになる。
「そんなレベル、聞いたこともありません……!」
賢者エルマーが
眼鏡を掛け直して必死に古文書をめくる。
「だからすみません。俺、無理です。
他の勇者を探してください!」
勇者は、玉座の間を飛び出した。
だがその時、
「お待ちください勇者様!!」
国王の娘である王女が現れた。
「魔王を封印できるのは、
聖なる血を受け継ぐ勇者様だけだという
言い伝えなのです!
どうか、お力をお貸しください……!」
「お、王女様……!」
ラックの手を取り瞳をうるませる王女。
王女は美少女だった。
ラックはその真剣な眼差しに心を動かされた。
「……わかりました、王女様。
この現勇者、
必ずや、魔王を討伐してみせます!」
かくして、
『レベル1にも満たない勇者ラック』の
無謀なる魔王討伐の旅が幕を開けた。
▶ 02
「いやぁ、今にも嵐が来そうだな!
『魔王軍はびこる!』って感じだ!
さぁ行くぞ!」
曇天の下、ラックたち勇者一行は
魔王討伐の旅に出た。
しかしラックが張り切って先頭を行く後ろを、
仲間たちは渋々と歩いていた。
(……明らかに
王女に鼻の下を伸ばしておったよな)
魔法使いバルドは眉間にシワを寄せる。
(こんな情けない奴が勇者だとは……くっ、
許されるなら今すぐこの剣で
ぶった斬ってやりたい……!)
女戦士リシアは剣の柄を握りしめる。
(レベルも0.2だとは……
今のうちに求人を出しておいた方が
いいかもしれませんね……)
賢者エルマーは力なく古文書を閉じた。
ラックの軽薄な態度に
早くもチームワークが乱れ始めていた。
その時!
ティロロローー!
どこからともなく敵遭遇のBGMが流れ、
茂みから魔物が飛び出した!
「むっ!」
ディドディドディドディド!
戦闘中の不穏なBGMが辺りを包む!
「来るぞ!」
リシアは剣を構えた!
「攻撃魔法準備!」
バルドは杖を掲げた!
「援護します!」
エルマーは古文書に手をかざした!
「よし、任せたぞ!」
ラックは仲間たちの陰に隠れた!
魔物の爪が襲いかかる!
「くっ!」
リシアが身を乗り出し防御した!
「ファイアー!」
その隙にバルドが火炎魔法を繰り出す!
魔物に直撃!
ラックたちは魔物を倒した!
ティッティリーン!
「やったぞ!」
ラック以外は経験値を手に入れた!
仲間たちのレベルが上がった!
ラックは上がらなかった!
「はっ?! なんで俺だけレベルが上がらな――」
――ドゴッ!
「ぐふぉっ?!」
轟音と共に吹っ飛ぶラック!
ラックはリシアの拳を喰らった!
デデデデ……
辺りに瀕死BGMが流れた!
「な、何するんだよリシア……!」
「経験値が入らなくて当たり前だろう!
今更ノコノコ出て来やがって、
貴様、それでも勇者か!!」
――ジャキン!
リシアが剣の切っ先をラックの眼前へ向ける。
「うおっ……!
し、仕方ないだろレベル0.2なんだから……!!
魔王が出て来たら勇者の役割を果たす、
それでいいだろ?!」
「そんな甘い考えで上手くいくか!
――来い、今からでも私が鍛錬してやる!」
「鍛錬?! や、やなこった!……どわっ?!」
ドテッ!
ラックは逃げ出そうとして転んだ!
「し、死ぬ……」
地面に這いつくばるラック。
その命は尽きかけようとしている!
「くっ、どこまでも無様な……!」
「まあまあ、リシア殿」
エルマーは二人の間に割って入ると、
ラックにヒールをかけてやった。
「そのうち勇者殿も
勇者の自覚が出てくるかもしれません。
様子を見てみましょうか」
「……ふん!」
◇
「リシア殿、今です!」
「喰らえーっ!」
ズバッ!
「グオオーッ」
(……ふーっ、ようやく終わったか)
ラックはその後も
戦闘が始まると仲間の陰に隠れた。
そしてリシアはそんなラックを
露骨にさげすんだのだった。
「足手まといめ……!」
(ちくしょう!)
戦闘後、いたたまれなくなったラックは
一行から離れた。
「何なんだよ、あの女戦士……!
俺だって、好きで勇者になった訳じゃ
ないのに……!」
ラックは
ふところから一枚の「板」を取り出した。
手に収まる大きさの縦長の黒い板。
その黒い表面は鏡のように反射していて、
下部には丸いボタンが付いていた。
「父さんから、
『とにかくこれで魔王の死を確定させろ』
って言われたけど……
一体なんのことなんだ?」
出発の際に父から渡された板。
勇者家に伝わる封印の『聖板』だという。
しかし丸ボタンを押してみても、
黒鏡面がわずかに明るくなるだけで
何も起こらなかった。
「こんなもので、どうやったら魔王を――」
だがラックが何気なく親指を滑らせた、
その時!
――ブン。
聖板が震え、
黒鏡面の上部に
光の文字が浮かび上がった。
―――――――――――
rev. 1
―――――――――――
「なんだ?! この文字は……」
はじめはその文字だけだったが、
やがて触れ続けていたラックの指に反応し、
中央に新たな文字が浮かんだ。
『ここまでの世界をcommitしますか?
はい/いいえ』
「世界の……コミット……?」
ラックが『はい』を押すと、
聖板がまたブン、と震えた。
『Revision 2 を commitしました』
中央の文字が変わった。
そして上部に、文字が増えていた。
―――――――――――
rev.2 : ruck――0.2
rev.1
―――――――――――
「なんだこれ……?」
「……おいラック、行くぞ。ノロノロするな」
リシアが、呆れたように剣を肩に乗せ、
近くまで来ていた。
バルドとエルマーもその奥で
ラックを振り返っていた。
その時――
ガサッ!
茂みから一角獣が飛び出した!
慌てて知らせるリシア。
「!! ラック、後ろだ!」
「えっ?!」
――ドゴッ!
だがラックがとっさに避けようとするも、
背中に走る衝撃。
「――ぐはっ!」
ラックは角で背を突き上げられ、
宙に放り投げられていた。
(――は? これほんとに死ん……)
暗転する視界――
死を覚悟した、その時。
――ブン。
ラックの最後に触れていた指が、
宙を舞う聖板を震わせた。
暗転しかけた世界に
瞬く間に光が射していく――
(な、なん……だ……?)
――視界が――
――音が――
――身体が――
消えかけた世界のすべてが
急速に再構築されていく。
――やがて森が――
――茂みが――
――風が――
――リシアが――
作られた。
「……おいラック、行くぞ。ノロノロするな」
「え……?」
リシアがさっきと同じ台詞を繰り返した。
ラックも、さっきと同じ場所に立っていた。
「――ハッ!」
「!! ラック、後ろだ!」
ラックはリシアが言うより早く身を翻していた。
襲いかかる一角獣を避け、
その背に剣を振り下ろす!
「グオオーーッ!」
「なっ?!」
「むっ! ファイアー!」
リシアの驚く中、
バルドが倒れ込んだ一角獣に
火炎魔法でトドメを刺す。
ラックたちは一角獣を倒した。
「勇者殿、やるではありませんか!」
「まさかあれをかわしよるとは」
「……」
「はーっ、はーっ……」
(ま、まさか……!)
エルマーとバルドが湧く中、
ラックはふところから聖板を取り出した。
その中央に、
さっきとは別の文字が浮かんでいた。
『Revision 2 にrollbackしました』
(……ロールバック、『巻き戻し』……
まさか、時間を……?)
(これ……時間をやり直せるのか……?)
聖板を握りしめるラックの中で、
何かが動き始めていた。
▶ 03
「リシア、右! 3秒後にそっちに来る!」
「何?!……っく!」
ラックの指示にリシアが身を翻し、
剣で敵を弾き返す!
「バルド氷結魔法だ!
そいつは火炎魔法が効かない!」
「むう?! ブリザド!」
バルドの魔法がクリティカルヒット!
ワーウルフを倒した!
(……よし、順調だ……!)
聖板は、
ゲームのセーブ&ロードのようなことが
できるアイテムだった。
戦闘の前に「コミット」でセーブ。
失敗したら「ロールバック」で時間を戻す。
敵の攻撃パターンを覚え、
「勝利できる道」を引き当てるまで
何度もやり直す。
ラックはその戦法で進軍していった。
(これがあれば、魔王も……!)
「勇者殿、読みが冴えておりますね」
「まあ、俺も勇者の端くれだしな!」
「うむ、さすが頭角を現してきよったのお」
エルマーとバルドは
近頃のラックの活躍ぶりに目を細めた。
ラックも魔王討伐の旅に
自信を持ち始めていた。
「……む、獣の蒼玉か?
珍しいものを持っておったわい」
「なんと。高値で売れますよこれは」
だが3人の傍らで、
リシアは腑に落ちない顔をしていた。
「……なんだよ、リシア」
「いや……」
リシアは言葉を濁しながら剣を下ろすと、
間を置いた後、重い口を開いた。
「……お前、結局戦ってなくないか?」
「……え?」
◇
「確かに指示は的確だが……
後ろで口を出してるだけじゃないか」
(――!)
リシアの言葉にラックはドキリとした。
コミットのボタンを押しかけていた手を止め、
その聖板の文字に視線を落とす。
聖板には、
これまでの「コミット履歴」が
リストで残っていた。
コミットするたび
下から上に向かって新しい履歴が積まれ、
最新のものが一番上に載った。
―――――――――――
rev. 148 : ruck――0.47
rev. 147 : ruck――0.46
rev. 146 : ruck――0.46
rev. 145 : ruck――0.46
…
―――――――――――
だが自分の名前の横にある数字――『0.47』。
それはラックの勇者レベルのようだった。
『rev.1』から使い始めたリビジョンも、
いまはもう『rev.148』まで積み上がっている。
それだけの戦闘を繰り返してきても、
ラックの勇者レベルは依然として
「1.0」にすら届いていなかった。
「……」
ラックは黙ってしまった。
リシアはそんなラックの様子に気づいたのか、
言葉を選びつつ続けた。
「……この先、
頭脳戦ばかりというわけにもいかない。
どうだ、今からでも私と鍛錬しないか?」
「……」
リシアの誘いにラックは揺れた。
このまま行く不安、
リシアから鍛錬を受けたくないという
つまらないプライド、
そして
本当の実力を知られ、
落胆されることの恐怖――
「……。俺は……」
ラックが口を開きかけた、
その時。
――ぐにゃり。
突如、視界が歪んだ。
(――え?)
◇
視界が、音が、身体が歪む。
世界が一度崩れ、
そして再び
急速に再構築されていく――
「――ハッ!」
気づけば、
ワーウルフの鋭利な爪が
リシアの背後に迫っていた!
「――リシア!」
ラックは叫ぶと同時に
リシアを抱え込むようにして横へ跳んだ。
「フシュルルー!」
――ビシィッ!
「ぐっ!」
ワーウルフの爪がラックの腕をえぐる!
ドサッ!
「ぐうっ!」
「ぐはっ!……バルドッ、氷結魔法だ!」
ラックはリシアと共に倒れ込むと、
激痛に耐えながら叫んだ。
「ぬぅっ! ブリザド!」
バルドの氷結魔法!
ワーウルフは死滅した。
「っつ……」
「いやはや、致命傷にならずよかったです」
戦闘後、ラックはエルマーのヒールを受けた。
「……すまない、助かった」
リシアはその様子を見守りながら
申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや……俺がいつも助けてもらってるし」
その3人の集まる向こう。
「む? こりゃ獣の蒼玉か。
珍しいものを持っておったわい」
バルドがワーウルフからの戦利品を
拾い上げると言った。
「……え?
また同じ、レアアイテムだったのか?」
引っかかり、聞き返すラック。
しかしバルドは、
ラックのその問いに首を傾げた。
「また?
はて、このアイテムの入手は初めてじゃが」
「……なんだって?」
◇
その夜、皆が寝しずまるテントの前。
ラックは一人で火の番をする中、
神妙な面持ちで聖板を見つめた。
―――――――――――
rev.149 : ruck――0.47
rev.148 : x――238.16
rev.147 : ruck――0.46
…
―――――――――――
(『rev.148 : x』――これは、俺じゃない……)
聖板に、
何者かのコミット履歴が残っていた。
だが本来、
そこには『rev.148 : ruck』の履歴が
あるはずだった。
(あの時、
俺はロールバックをしていないのに、
時間が戻った)
(俺は、時間を戻されたのか?)
(この『x』に――)
またこれまで見落としていたが、
以前にも『x』が残した履歴があることに
ラックは気づいた。
いままで自分だけが時間を戻せるのだと
思い込んでいた。
自分が、時間を戻される側に回るなど、
考えもせず。
(幸い、その後もコミットはできたけれど……)
ラックの額を冷たい汗が伝った。
魔王がどんな強敵であろうと、
何度もやり直せばいつかは倒せると思っていた。
その楽観は否定されてしまったのかもしれない。
そしてラックの中の、もう一つの気懸かり。
『0.47』の数字――
……ザリ。
「――!」
背後でした足音に、ラックは振り返った。
「……リシア」
後ろにリシアが立っていた。
「……。まだ交代の時間には早いだろ」
ラックが聞く。
リシアはラックの腕の包帯を見つめた。
「……腕は、大丈夫なのか?」
「……ああ、エルマーのヒールが効いてるよ」
「そうか……」
リシアはほっとした顔をすると、
ラックの向かいの丸太に腰を下ろした。
二人の間でぱちぱちと火の粉が舞う。
リシアはゆっくりと口を開いた。
「……ラック、撤回させてくれ。
前に『足手まとい』だなんて言ったこと……。
あれは……私の間違いだった。
お前にはお前なりの戦い方が……
あるのかもしれない」
「……」
焚き火の向こう。
火の明かりに照らされたリシアは、
いつもより柔らかい眼差しをしていた。
ラックにはその瞳が痛かった。
ラックはかわすように聖板に視線を落とした。
(俺は、皆に隠し続けている)
(自分の本当の実力を――)
――『今からでも私と鍛錬しないか?』
時間の巻き戻しと共に消し飛ばされてしまった
リシアの言葉。
ラックはゆらめく炎の前、
その言葉を頭の中で反芻しながら、
聖板をふところにしまった。
▶ 04
それからもラックは聖板を使って進軍した。
森を抜け、
荒野を越え、
魔王軍の砦をいくつも突破した。
だが魔王城に近づくにつれ
『異変』は増えていった。
「くっ、この村も間に合わなかったか……」
(……昨日、魔王軍を撃退したはずなのに)
聖板が
ラックの意図せぬところで
度々不気味に震え、
時間が巻き戻された。
まるで『x』がラックの侵入を拒み、
世界を「より凄惨な結末」へ導こうと、
引き戻しているかのように。
「急がねばなりませんね」
「……うむ」
だが、
それでもラックは引き返すことができず――
一行はついに、魔王城へとたどり着いた。
◇
「……なぜだ、あまり魔物がいない」
魔王城は不気味なほど静かだった。
強大な邪悪の気配だけは漂うものの、
魔物の姿はほとんど無い。
ラックたちは邪悪な気配に誘われるように
奥へと進んでいき、
やがて、巨大な石扉の前に出た。
――この先に魔王がいる。
そう直感したラックたちは、
リシアを先頭に
その重い扉を押し開けた。
「うっ……!」
獣の血の臭いが鼻を突く。
食い散らかされたような魔物の死骸。
その奥の玉座で、
漆黒の鎧をまとった魔王が鎮座していた。
魔王は
まるでりんごでもかじっているかのように
もぎ取った魔物の頭を弄んでいた。
「な、なぜ仲間を……」
「仲間……?
ふ。目覚めたばかりで腹が減っている、
それだけのことだ」
魔王は復活直後の飢えを満たすためだけに、
自らの配下を啜っていた。
圧倒的な捕食者の気配。
ラックの心臓が早鐘を打つ。
「――行くぞ!」
ラックは
恐怖を振り払うように手を振った。
それを合図に
リシアが剣を構え、
バルドとエルマーが足下に魔法陣を描く。
「勇者殿、この魔法陣は
魔法を増幅・反射させる諸刃の剣です。
忘れないでください……!」
(やるしかない……!)
震える手で聖板を握るラック。
魔王が――玉座から立ち上がる!
「――来るぞ!」
リシアが叫んだ瞬間――
大剣が振り下ろされ、衝撃波が走った。
「ぐおっ……!」
「バルド!」
バルドが倒れた。
ラックは即座に聖板を操作した。
『Revision 238 にrollbackしますか?
はい/いいえ』
世界に光が射していく。
◇
――視界が――
――音が――
――身体が消えていき――
消えかけた世界のすべてが
急速に再構築され――
――魔王が、玉座から立ち上がった。
「――来るぞ!」
リシアが叫ぶと同時に、
再び魔王が大剣を振り下ろす。
「バルド、左だ!」
「ぬうっ!」
ラックが一早く指示を出し、
バルドは身をかわした。
「ふん」
だがすかさず魔王が軌道を変える。
「ぐあっ……っ!」
「エルマー!」
魔王はエルマーの腕を斬り落とした。
(ダメだ、もう一度……!)
ラックは再びロールバックした。
世界が消え――
再構築される。
「む」
3度目の試行。
そこで初めて、
ラックたちは魔王の一振りをかわした。
「いまだっ!」
リシアが石床を蹴った。
「援護します!」
エルマーが防御魔法で
リシアをサポートする。
バルドが追撃に備え
攻撃魔法の充填を始める中、
リシアが魔王の背に回り込み、
剣を振りかざす――
「リシア、そこだ!」
「喰らえ!」
だがリシアの剣先が
魔王の首に届きかけた、
その時!
――ぐにゃり。
世界が歪んだ。
◇
(――ハッ……!)
(な、なんで……!)
気づけば、
ラックは初めにいた
『石扉の前』へと引き戻されていた。
――魔王が玉座から立ち上がる。
――ブン。
手元の聖板が震えた。
『Revision 238 にrollbackされました』
聖板に文字が浮かぶ。
ラックは青ざめた。
「……ロールバック? なんで、まさか……!」
「――残念だったな、『ruck』」
「――ハッ!」
名を呼ばれたラックは
ハッとして魔王を見上げた。
黒い瘴気のようなものを
まとったその手の中には、
見覚えのある板が握られていた。
「『神』は一人でいい。
私が貴様を屠り、
その死をこの世界で『確定』してやろう」
「お、お前が……!」
聖板の履歴に浮かぶ『x』――。
ラックはすべてを悟った。
◇
(ダメだ、戻せ……!)
――時間を戻す。石扉の前へ。
『Revision 238 にrollbackしました』
だが何度繰り返しても
同じだった。
天井が崩落し
瓦礫と魔物の死骸が転がる中を
逃げまどうばかり。
魔王との力の差は歴然で、
やがて策の尽きたラックの
聖板を動かす手が止まった。
「勇者殿、どうしますか……!」
「どうした、ラック……ぐうっ!」
「サンダー――!! ぐはっ」
「リシア! バルド!」
「――来ます!」
魔王の大剣が振り下ろされる。
ラックたちは散り散りに避けた。
「ぐあっ!」
「ハッ! エルマー!」
魔法陣を外れ出たエルマーが
魔王の漆黒魔法の餌食となった。
――ブン。
ラックの聖板が震える。
『Revision 239 が commitされました』
エルマーの死が確定された。
「……ぐふっ!」
バルドの腹が
魔王の大剣に切り裂かれた。
――ブン。
『Revision 240 が commitされました』
バルドの死も確定された。
「……そんな……!」
魔王はラックの仲間を屠るたび、
その「歴史」を確定した。
そのたびラックの聖板は震え、
ラックは追い詰められていった。
「ラック、前を見ろ!
――っうっ……!!」
「ぐはっ!」
リシアに突き飛ばされ、
ラックは石床を転がった。
「――ハッ! リシア……!」
顔を上げるラック。
そこには胸を貫かれたリシアが立っていた。
彼女は血を吐きながら無理やりに笑うと、
最期の声を振り絞った。
「ふ……やはり……甘かったか?……
もっと、鍛錬…………」
「リ、リシア……!」
すぐにでも時間を戻したかった。
だがラックは突き飛ばされた拍子に
聖板を放り飛ばしてしまっていた。
「ふん……!」
魔王がリシアの身体ごと大剣を振り払う。
――ベチン、どしゃ。
剣から抜けたリシアの身体は
無惨な音を立てて壁に打ち付けられ、
瓦礫と魔物の死骸の上に崩れ落ちた。
「魔王、貴様……!」
「ふ」
怒りに打ち震えるラックの前で、
魔王は嘲るように己の板を操作した。
――ブン。
瓦礫の下に入り込んだラックの聖板が振動した。
その絶望の音。
ラックは打ちひしがれた。
――だが直後、
その音の聞こえた場所を思い出し、
ラックは目を見開く。
ラックの目に、
消えかけていた光が
再び灯っていく――!
「……そこか。
不愉快なガラクタだ、消えろ」
魔王が聖板へ向けて掌をかざした。
(――来い!)
ラックはその瞬間を、
剣を握りしめて待ち構えた!
賭けだった。
この先の未来を見ていなくとも、
魔王がラックの聖板を破壊しようと
することは予想できた。
――自分と聖板、どちらを先に破壊するか。
そして、
瓦礫に埋もれた魔法陣を忘れて、
魔法を放つかどうか……!
魔王が破壊魔法を放った刹那!
漆黒の雷撃が何倍にも増幅して跳ね返り、
魔王自身を貫いた。
「なっ……がああああっ!?」
――ズザンッ!
無防備にひざをついた魔王のその首を、
ラックは斬り落とした。
「……がはっ……貴様ごときが…………!」
ラックの足元で魔王は絶命した。
「はーっ、はーっ、……くっ……!」
嵐が去ったような静寂が残った。
ラックは石扉の前によろよろと歩み寄ると、
瓦礫の下から聖板を拾い上げた。
『Revision 242 を commitしました』
ラックは魔王の死を確定し、
魔王討伐の任務を完遂させた。
履歴の一番上に積まれる『ruck』の文字。
――だがその下には、
3人の仲間たちの犠牲が
痛々しく刻まれていた。
―――――――――――
rev.242 : ruck――0.102
rev.241 : x――239.32
rev.240 : x――239.32
rev.239 : x――239.32
rev.238 : ruck――0.78
…
―――――――――――
ラックは皆の亡骸の前で崩れ落ちた。
泣いた。
泣き叫んだ。
「あああ……っ!」
(いいのか? これで……)
(なんで、みんな死んだ……?)
(俺が、強くなろうと、しなかったからだ……!)
ラックは聖板を握りしめた。
履歴を、一番下までスクロールする。
「……やり直すんだ……!」
「今度は、俺が……」
「皆を……守り抜く――!」
――ブン。
聖板が震える。
世界が白い光に包まれた。
◇ ◇ ◇
世界が光に包まれる。
――視界が――
――音が――
――身体が――
消えかけた世界のすべてが
瞬く間に再構築されていく。
――やがて森が――
――茂みが――
――風が作られ――
「……リシア……!」
森の中、
ラックの目の前に、
在りし日のリシアが立っていた。
「……おいラック、行くぞ。ノロノロするな」
呆れたように剣を肩に乗せ、声をかける彼女。
その奥にはバルドとエルマー。
あの日と同じ光景。
あの日と同じ声。
あの日と同じ風。
(また戻ってきたんだ……ここに……!)
(――ハッ!)
「!! ラック、後ろだ!」
リシアが叫んだ。
ラックは間一髪、身を翻していた。
襲いかかる一角獣を避け、
剣を振り下ろす!
その一太刀は、以前よりも鋭く。
ラックは一角獣の首を両断していた。
「なっ……?!」
「なんと……! こりゃ見事じゃ!」
「勇者殿、やるではありませんか!」
「はーっ、はーっ……くっ……!」
ラックは目元を拭った。
汗ではなかった。
顔を上げて、みんなに笑ってみせる。
「当たり前だろ、俺は勇者だぜ?
……でも、いまはまだ……弱いんだ。
だから……!」
ラックは剣を握りしめた。
真剣な面持ちをリシアに向け、叫ぶ。
「リシア頼む、俺を鍛えてくれ……!」
「……」
みんな、黙った。
だが、誰も、
茶化しはしなかった。
エルマーは眼鏡の奥で優しく微笑んだ。
バルドはとんがり帽子の下で頬をゆるめた。
リシアは剣を下ろした。
手首を回し、その剣をぐるりと一回転させる。
――ジャキ。
リシアは剣先をラックに向けると、
ニヤリと笑って構えた。
「……いいだろう、一人前の勇者にしてやる。
――覚悟しろよ、ラック!」
その姿に目を細め、
ラックは自分も剣を構える。
(……ああ。今度こそ……!)
二人の打ち鳴らす剣の音が、
懐かしき薫風に乗り、高く舞い上がる。
ようやく一歩を踏み出した
ラックのふところで、勇者の証が小さく震えた。
―――――――――――
rev.3 : ruck――1.0
rev.2 : ruck――0.2
rev.1
―――――――――――
END
お読みくださりありがとうございました。




