09 立太子の儀 1
王城での『お披露目の儀』まではまだ数日ほど余裕があった。当日までは王都の公爵邸で過ごすことになる。とはいえ本宅から使用人を連れてきているため特に問題になることはない。フォルシーナは初めてなので楽しそうにしていた。せっかくなので王都の観光も行って、フォルシーナの好感度アップも抜け目なく行った。
そうこうするうちに『立太子の儀』当日となった。
いよいよ原作ゲーム『オーレイアオールドストーリーズ』が始まるわけだ。といっても本当にゲームが始まるのはもっと後、この王都が魔族の侵攻によって陥落してからになるのだが。
公爵たる俺に、今更王城に行くこと自体への緊張はない。ただ今日ばかりは、馬車の中で妙に浮かれるというか、張り詰めた気持ちになるのがわかった。いまさら昔ハマったゲームの画面を見せられても大した感動はないが、それがリアルとなるとやはりそれなりに感じるところはある。しかもこの身は中ボスだし。
見慣れた中世ファンタジー風の王城だが、改めて見るとゲーム画面に映っていたものと同じだとわかる。もっとも目の前のそれははるかに精緻に造られてはいるが。
玄関前で馬車を下りると、俺とフォルシーナは係のものに先導されて応接の間に通される。護衛の騎士たちや使用人は外で待機となるが、彼らには油断をしないように言い含めてある。なにしろゲーム通りであれば、これからとある『イベント』が始まるからだ。
応接の間ではすでに多数の貴族が揃っていて歓談をしていた。俺が入っていくと、ブラウモント公爵家の派閥の貴族たちが挨拶に来る。侯爵2人と伯爵6人。子爵以下はこの場には呼ばれていない。
彼らとは社交辞令を二言三言交わしておく。全員がフォルシーナの美しさを褒めていたが、こちらは社交辞令ではないだろう。近い年齢の令嬢を伴っている者も多いが、申し訳ないがフォルシーナに及ぶ娘はいない。ただそれは彼女たちが劣っているわけではなく、フォルシーナがゲームのメインヒロイン、つまり創造主に愛されたメインキャラクターということである。
俺が一通り挨拶を済ませていると、近づいてくる者がいた。立派な貴族服に身を包んだ、ひと目で上位貴族と分かる老年の男である。
長い白髪をオールバックにした、鷲鼻の脇にあるほくろが目立つ、狡猾かつ陰険そうな目つきの老人だ。身長は俺ほどではないが高く、体格も年齢を感じさせないほどがっちりとしている。
どう見ても悪人なのだが、これでもゲーム内ではどのルートでも最後まで主人公に協力をするキャラクターだった。「コイツが裏切るルートないのおかしくね?」とネットでもさんざん言われてたな。
俺はその老人に一礼をする。
「これはゲントロノフ公、お久しぶりでございます。相変わらずご壮健のようでなによりです」
「ふほほ、ブラウモント公も元気そうでなによりですのう。領主として先代よりも敏腕と噂になっておるようですし、大変結構なことですの」
「ありがとうございます。ゲントロノフ公も色々と国のために動いていらっしゃるようで、その精力的なところには驚くしかありません」
「ほほっ、まあ我ら三大公は国の要であるからのう。領地だけを見ておけばいいというものではない。ブラウモント公も今後わかってくるじゃろうよ」
「そうありたいものです。ところでゲントロノフ公、今日はご令孫をお連れになっていらっしゃるのですか?」
「うむ、今日王太子となられる王子殿下と同い年であるからの。確かブラウモント公の令嬢もそうであったかの。どれ、マリアンロッテ、こちらに来て挨拶をするのじゃ。こちらは三大公が一人、ブラウモント公じゃぞ」
ゲントロノフ公の後ろから一人の少女が現れる。
金色のロングヘアをツーサイドアップにした、紫の瞳を持つ、穏やかそうな顔立ちの美少女である。歳はフォルシーナと同じ14歳だが、身体の発育は多少いいかもしれない。
フォルシーナと同じく、他の少女たちとは隔絶した可愛らしさを持つ少女・マリアンロッテ。言うまでもなく原作ゲーム『オレオ』のメインヒロインの一人であり、ゲーム内では回復魔法を得意とする正統派ヒロインであった。
彼女は俺の前まで来ると、洗練された動作で礼をした。
「初めましてブラウモント公爵様。お会いできて光栄に存じます、マリアンロッテ・ゲントロノフでございます。どうかお見知りおきくださいませ」
「マークスチュアート・ブラウモントだ。ゲントロノフ公には世話になっている。娘ともどもよろしく頼む。フォルシーナもゲントロノフ公へ挨拶を」
俺が言うと、フォルシーナもゲントロノフ公の前に出て一礼をする。
「お初にお目にかかりますゲントロノフ公爵様、マリアンロッテ様。フォルシーナ・ブラウモントと申します。公爵様の御高名は父よりよくお聞きしております。どうぞお見知りおきくださいませ」
フォルシーナの優雅な挨拶を見て、ゲントロノフ公の目が微かに見開かれる。まあ自慢の孫娘に勝るとも劣らない美少女が出てきたら驚くよな。
設定通りなら彼はマリアンロッテをゲームの主人公であるロークス王子に輿入れさせたいと考えているはずで、フォルシーナはそのライバルとなりえる存在だ。ゲントロノフ公が注視するのは当然で、目の前の反応を見る限り明らかに警戒をしている風である。それも設定通りではあるが。
できれば俺にそのつもりはないと教えてやりたいが、どうせ言っても信じないだろう。
「ふむ、ブラウモント公の御息女も素晴らしいのう。これはマリアンロッテといい勝負になりそうじゃの」
勝手に勝負されても困るが、見るとフォルシーナとマリアンロッテも互いをチラチラ見て意識はしているようだ。原作ゲームでは仲良くしている場面もあったと思うが、リアルではどうなるのだろうか。
しかしゲームの裏ではこんなやり取りがあったという感じで、これはこれで面白いな。プレイヤーとしてはこの時点でロークス王子を操作していたはずだが、もちろんこの場所に来られるようにはなっていなかった。
しばらくゲントロノフ公と世間話をしていると、係の者がやって来た。
「皆様、『立太子の儀』の準備が整いましたので、会場へとご案内いたします」
どうやらようやく始まるようだ。『オーレイアオールドストーリーズ』、そのチュートリアルを兼ねたオープニングイベントが。




