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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第1章 悪役公爵マークスチュアート、自分が転生者であることを思い出す

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05 懐柔

不帰かえらずの森』から館に戻り一通り書類仕事を終わらせると、家宰のミルダートが執務室にうやうやしく一礼をしながら入ってきた。


「お館様、昨日ご指示いただいた件、こちらにまとめましてございます」


「ご苦労。ミルダートの仕事の早さ、そして正確さにはいつも助けられているな」


「お誉めにあずかりありがたく存じます」


 ピクッと微妙に眉を動かしつつ、部屋を去っていく老年の紳士。


 当然ながら、ミルダートには俺に対する不信感がまだ残っているようだ。


 彼は先代から仕える有能な人物であり、公爵領の運営には必要不可欠な人材である。彼についてもなんとか信頼関係を取り戻していきたいところだ。


「さて……」


 ミルダートが持ってきた書類に目を通す。


 マークスチュアートが、公爵家の内務、外務、軍務の主要3部署に直接下した命令の一覧だ。もちろん俺の記憶にも残ってはいるのだが、確認のためにまとめさせたのだ。


 前世の世界と同じく重要なのは金関係だ。金の流れを見れば、その組織がなにをやっているのかは一目瞭然である。


 まず目立つのは予算の多くを軍関係に充てる指示を出していることだ。モンスターの跋扈(ばっこ)するこの世界では、軍を維持し領民を守るのが領主のもっとも重要な役割である。が、ここ数年は必要以上に予算をつぎ込んでいる。


 もちろんそれらは人員や装備などを充実させるために使われているのだが、一部魔導カタパルトなど、攻城兵器の購入に使われていたりもする。対外的には(むれ)で拠点を作るモンスターの討伐用としているが、怪しまれることは間違いない。


「足りない金は増税して補填(ほてん)か……」


 その予算をどこから引っ張ってくるかというと、当然ながら増税ということになる。といってもミルダートの必死の進言などもあり、民衆から不満が大きく出るような形にはしていない。ミルダートの有能さが光るが、俺自身中ボスながらこのあたりのバランス感覚はあるようだ。


 軍関係以外では、王家や他領の情報収集をかなり盛んに行わせていることが目に付く。人員の派遣数はここ数年、以前の3倍にもなっている。しかも結構な額の金を伴っているのだから、情報収集だけでなく、他領の一部商人や貴族家などに賄賂を贈ってパイプを太くしているのは明かだ。実際そういう指示を出した記憶はある。 


「要するにゲームシナリオ通りってわけか……」


 これら一連の指示は、もちろんマークスチュアートが将来的に王都に攻めのぼるための準備をさせているのにほかならない。


「まだ実行されてないものは撤回するにしても、以前のものまで一度にすべてをやめたらそれはそれで問題か。多少は仕方ないが、朝令暮改なんて悪評は領主としてはできれば避けたいところだな」


 今のところ、これらの動きについては、俺自身が王位簒奪(さんだつ)の野望を持たなければ別に放っておいても問題はない。むしろゲームシナリオ通りならこれから魔族の侵略が始まるわけだし、軍備増強についてはマストとまで言える。


「しかし公爵はやることが多いな。中ボスムーブのせいで余計なことをしてるのが悪いんだが……とにかく徐々に変えていくしかないな」


 溜息をつきながら、俺は次になにをすべきかについて頭をめぐらせるのだった。




 この世界の元になったロールプレイングゲーム『オーレイアオールドストーリーズ』。


 マルチシナリオ採用ということでヒロインも当然複数用意されていたのだが、その中で一番人気だったのが『氷の令嬢』の二つ名がつけられたクール系ヒロイン、つまり俺の娘であるフォルシーナだった。


 その生い立ちから初めは氷のように冷たい態度をとるのだが、主人公ロークスと共に活動するうちにその氷のような心も徐々に溶けていき、エンディングでは満面の笑みを見せてくれるようにまでなる。


 そんな彼女の心が変化するターニングポイントが、実の父であり中ボスでもあるマークスチュアートとの対決だ。彼女は自らを縛る父を断罪することによって、過去と決別し、新たな人生を歩むことになる。


 などと記憶をたぐりつつ、引き返したくなる気持ちを押さえつけて、俺は娘フォルシーナの部屋に向かっていた。色々考えたが、優先するべきは断罪の中心人物への対処だと思い至ったのだ。


 我が家である公爵邸はとにかく広い。前世の感覚だと完全に城だ。


 熟練工の手による装飾がなされた廊下を歩くこと5分ほど、2階のとある部屋の前で立ち止まる。


 ドアをノックして「私だ」と言うとすぐに扉が開かれた。


 扉を開いたのは、赤い髪をボブカットにした、まだ少女に見えるメイドだった。名はミアール、年齢は16だとメイド長が言っていたな。


 少女メイド・ミアールは俺の顔を見ないように礼をしたまま動かない。彼女がそういう態度に出るのは、実は俺に対する抗議の意があるらしい。


 俺はそれを無視して部屋へと入っていく。


 広い部屋だ。天蓋付きの高級ベッド、ソファやテーブル、そして机と椅子が配置されていてもまだ余りある。


 その部屋の真ん中に、白銀の美しい髪を腰まで流した少女・フォルシーナが立っていた。


 昨日の夕食、今日の朝食に続いて見るのは三度目だが、何度見ても目が覚めるほど美しい少女である。陶磁のように透き通る白い肌、そして青い氷のような瞳、やや釣り上がった目はすでに貴族としての知性を備えている。創造主(ゲームクリエイター)に愛された存在、と言うべきだろうか。


『氷の令嬢』らしく、表情を微塵も動かすことなく礼をするフォルシーナ。


「ごきげんようお父様。急にいらっしゃったので驚きました」


「ああ、済まぬ。急にお前の顔を見たくなったのでな」


 そう答えると、フォルシーナは微かに眉を動かした。


「お父様がそのようなことをおっしゃるのは初めてお聞きした気がします。もしやなにかあったのでございましょうか」


「王子殿下の『立太子の儀』まであとひと月ゆえ、確認したいことがあってな」


「……っ!」


 そこでフォルシーナの、というより部屋の雰囲気が少しばかり変わった気がした。


 お茶の用意をし始めたメイドのミアールまでが、今の俺の言葉に反応をしてこちらを睨んでくる。


「座らせてもらうぞ。短い話でもない」


 俺が勝手に椅子に座ると、フォルシーナもその対面に静かに腰を下ろした。その所作は非常に洗練されていて驚くほどだ。確かに王妃となるべく厳しくしつけられているのがわかる。


「さてフォルシーナよ、昨日お前は、自分がなにをなすべきか、なぜ育てられたか、それを理解していると言っていたな?」


「……はい。お父様が私をここまで育てて下さったのは、私をロークス殿下に輿(こし)入れさせるためです。公爵家の娘としての私の使命は、将来の王妃となって公爵家に利をもたらすこと。常に心に留めております」


 淡々と答えるフォルシーナと、茶をテーブルに並べながら、その姿をじっと見つめるメイドのミアール。


「ふむ。たしかにその通りだ。私は今までお前にそう言い聞かせてきたし、そのように育ててきた」


 これに関しては言い訳のしようがない。実はゲームのシナリオに沿ってやらされていただけです、なんて言うわけにもいかないし。


 しかしこの状況、俺にとって非常によろしくない。なにしろフォルシーナがひと月後の『立太子の儀』でロークス王子に見初められでもしたら、そのまま俺の断罪ルート一直線だからだ。


 となれば、やはり最優先で修正しなければならない部分である。


「実はなフォルシーナ、私は今、お前を王家に輿入れされる考えを改めようかと考えている」


「……えっ?」


 俺の言葉があまりに意外だったのだろう。フォルシーナだけでなくメイドのミアールまでが固まった。


「……その、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「理由は二つ。一つは我が公爵家に後継の男子が生まれなかったこと。もっともこれは、私が新たに妻を迎えなかったのも悪かったのだがな」


「それは……お父様がお母様を愛していらっしゃったからなのではありませんか?」


「言い訳にはならぬ。ともかくそうである以上、お前には公爵家の跡継ぎを生んでもらわねばならん。意味はわかるな?」


「はい、わかります」


「二つ目は月並みだが、お前を外に出したくなくなった。お前は私が予想していたより美しく、聡明に育った。王室に差し出すには惜しい。そう思ったのだ」


「……っ!?」


 それまで無表情だったフォルシーナの顔が、小さくはあったが、初めて驚きという感情のゆらぎを見せた。


 記憶によると俺はフォルシーナには父親としての情のかけらも見せてこなかったらしいからなあ。いきなりこんな普通の父親みたいなことを言われたら、それは『氷の令嬢』も多少は心を動かすだろう。ただ問題は、それが彼女の心証を良くするほうに作用するかどうかということなのだが。


「……惜しい、と思ってくださるのですか?」


「感情的にもお前を手放したくないと感じている。私も人の親だったということだ。今さら気付くというのも愚かしい話だがな」


「いえそんな……お父様にそう思っていただいて、私は嬉しく思います」


「嬉しいと、そう感じてくれるのか? 私は今まで、お前に父らしいことをなにもしてやらなかった。それは自覚しているところなのだが」


「そのようなことは……。なに不自由なく生活させていただきましたし、お父様はお忙しい身、その上でお父様になにかを望むなど贅沢とわきまえております」


「フォルシーナのその言いようは立派だと思う。しかし私としても、やはりお前とはもっとともにいるべきだったといまさらながらに後悔しているのだ。それはわかって欲しい」


「お父様……。はい、そのお言葉、お心、本当に嬉しく思います。今まで生きてきて、一番と感じるほどに……」


 その時、フォルシーナが表情を大きく崩し、硬いつぼみが急に花開いたかのように、にっこりと微笑んだ。


 フォルシーナのエンディングシーンを思い出させるようなその笑顔に、俺は少なからず驚いてしまった。


「ふふ……すみませんお父様、あまりに嬉しくて……。私、これからもお父様のために精進いたします。お父様に必要とされるように、ずっと手元に置いていただけるように」


「お前はたった一人の娘だ。なにがあっても必要ないなどということは決してない」


「はいお父様。はい……」


 う~ん、今度は微笑みながら涙を流し始めたんだが……これってどういう感情なんだ?


 いままで辛く当たってきた父親が急にデレたから混乱してるとかそんな感じだろうか。いい方に取ってくれたならありがたいんだが。


「今後は私の仕事を手伝ってもらうこともあろう。ゆえに研鑽(けんさん)だけは(おこた)らぬようにせよ」


「はいお父様。より一層精進いたします……」


 本格的に泣き始めてしまったフォルシーナを、メイドのミアールが抱きしめるようにして落ち着かせている。ミアールも文句のない美少女なので、どうにもアニメかなにかの感動の1シーン感がある。これが『尊い』という奴だろうか、なるほど。


 ともあれずっと眺めているのも気まずいので、俺は「ではな」と言って部屋を出た。


 扉を閉めて溜息をつく。泣きだしたのは予想外だったが、あの感じならフォルシーナがゲーム通りになる可能性は結構減ったのではないだろうか。まだ油断はまったくできないが。

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