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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~  作者: 次佐 駆人
第10章 国王マークスチュアート、エルフの里を探訪す

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09 ゼファラとの交渉

 靴を脱いで上がった里長の館だが、ログハウス風の見た目に反して中は壁などしっかりとした化粧板で覆われており、下手な人族の家よりも手の込んだ作りであった。


 俺たちが案内されたのは30人くらいが入れる部屋で、床の間に長テーブルが二列置かれ、そのテーブルの左右に草で編んだと思われる座布団が並べられていた。


 実はエルフは、この世界には珍しく床に座る習慣がある種族なのだ。なので俺たちも今は靴を脱いで裸足になっている。


 ゼファラは部屋の奥に設えられた一段高くなっている座に腰を下ろした。


 武闘派な雰囲気のある彼女だが、胡坐はかかず正座である。


 俺は胡坐をかかせてもらったが、フォルシーナたちはゼファラに(なら)って正座をした。クーラリアだけは胡坐で座ろうとしてミアールに注意されていたが。


 遅れてアルファラが入ってきてゼファラの隣に座った。並ぶと確かに顔のパーツに共通点があって親子なのだとわかる。


 すぐにメイド姿のエルフがやってきてお茶とお菓子らしきものを出してくれた。ちなみに茶はまさかの緑茶で俺は秘かに一人驚いていた。


 メイドが出ていくと、ゼファラが俺に鋭い眼光を向けてきた。


「さて、では話し合いの続きといこうか。まずそちらはワイバーン50匹を相手にする戦力が欲しいということでいいのか?」


「うむ。それ以外を望むつもりはない」


「しかし我らが人族の前に姿を表せば、また人族が我らに干渉してくる可能性は高い。我らはそれを望んではおらぬ」


「その意向はこちらも尊重するつもりだ。無論王としてエルフ族との接触を禁じる法を制定することもできる。だが人族は一枚岩ではない。己の欲のためにエルフ族と接触を試みるものも出てこよう。その中に不心得者がいないとは私も言い切れぬ」


「お前は正直者だな。とすれば、その多少の面倒を抱えてでも得たいと思える対価が必要だ。一つはアルファラも言っていた薬だな。アルファラは効果があると力んでおったが、果たしてどれほどのものか」


「それは試してもらわねばわからぬ。そちらも『鑑定』スキルの所持者がいよう。『鑑定』させた後試せばよい。効果はすぐに現れる」


 俺はそう言って、マジックバッグから薬を一ビン取り出してテーブルの上に置いた。


 なおゼファラの隣でアルファラが強くうなずいているのが面白い。


「その通りか。ミュゼ!」


「はい里長」


 ゼファラの呼び出しに応じて、新たに女エルフが部屋に入ってきた。すぐ外に控えていたようなので側近の一人なのだろう。金の髪をオールバックにした、切れ者っぽい雰囲気の成人女性である。


「この薬を鑑定してみろ」


「はい」


 ミュゼと呼ばれた女エルフは、ビンを手に取ってしばらく睨んでいたが、ふうと息をついてゼファラに顔を向けた。


「『便通の薬』で間違いありません。毒性、後遺症や副作用も一切ないとのことです」


「うむ。ミュゼ、試してみたいか?」


「はい、ぜひ」


 ミュゼさんちょっとお腹痛そうな顔してるからね。『鑑定』した瞬間めちゃくちゃ動揺していたのも腹黒国王にはバレバレです。


「飲んでみよ」


「はっ」


 ミュゼは薬を一錠飲み込んで、そして1分ほど。


「里長、少々失礼いたします」


「うむ」


 しずしずと去っていくミュゼだが、人間というものは人前で()()()()()、逆にゆっくりな動作になるんですよね、よくわかります。


 10分くらいしてミュゼが戻ってきた。


 切れ者っぽい雰囲気が少し薄らいで、微妙に恥ずかしそうな顔をしているのが微笑ましい。実際俺より年上なんだけどね彼女。


「はればれした顔してんな」


「静かにクーラリア」


 という会話に吹き出しそうになる。


 ミュゼが横に座ってゼファラに何かを耳打ちした。


 ゼファラは「そうか。下がってよい」と口にして、俺の方に再び鋭い目を向けてきた。


「なるほど確かに効果はあるようだ。この薬については認めよう。して、これはどのくらいもらえるのか」


「とりあえず一万錠。こちらは対価としてすぐにでもそのまま渡せる。あとはこちらとの取引次第ということになる」


「製法は教えぬと?」


 ゼファラが表情を厳しくしたのは、結局この薬の流通を人族に握られたら、エルフ族によってよからぬことになると危惧しているからだろう。


 正直なところ、『便通の薬』一つでエルフに言うことを聞かせるのも不可能なことではない。むしろ俺の中のマークスチュアート面に従うのならその通りにしただろう。


 ただ幸いなことに……と言っていいのかどうかは分からないが、俺の中のもう半分の現代日本人的な感覚と、ゲーム知識がそれをさせなかった。


「錬金術のレシピについては、助力いただくことに加えて、例えばエルフ族の技術の供与など別のものがあれば対価としてお教えしよう。私はその薬でエルフ族の首を押さえつけるような真似をするつもりはない」


 俺の言葉に、ゼファラは表情を幾分か緩めたようだ。


 背後では、フォルシーナたちがうんうんとうなずいているのが感じられた。


「なるほど、取引次第というわけか。よかろう、製法を教えるつもりがあるというその言葉は信じよう。だが……」


 ゼファラは再度表情を厳しくすると、今度は探るような目つきを向けてくる。


「お前が口にした、エルフ族の秘宝という言葉。どのような意味があるのか、それも聞かねばならぬ」


「『破邪の弓』であったか。地の裂け目に飲み込まれて行方がわからぬのであろう?」


 俺が腹黒国王感を演出し丸眼鏡をキラッと光らせて言うと、ゼファラは目を丸くし、顔色を変えてわずかに腰を浮かせた。ちなみに本当に眼鏡が光ったかどうかは不明である。


 ゼファラを止めようとしたのか、アルファラもまた半ばまで立ち上がろうとする。


 後ろではフォルシーナたちも動こうとしたようだが、なぜかその場で崩れ落ちていた。慣れない正座で足がしびれてしまったようだ。


 もちろん腹黒国王たる俺はみじんも体勢を崩すことなく、意味深に「ふっ」とか笑うだけである。ただのゲーム知識なのにね。




 その後ゼファラの要望で、彼女の執務室で1対1で話をすることになった。


『エルフ族の秘宝』については向こうもナーバスになる案件なのでこれは仕方ない。


 ただ俺がそれを承諾した時にフォルシーナたちがジトッとした目を向けてきたのは気になった。まあ普通ならエルフ美女と密室で二人きりなんて怪しいシチュエーションだからなあ。


 ただこれはそれぞれの集団の長同士の話しあいなのだから、そんな邪推とは無縁である。


 彼女の執務室は人族のそれに近いしつらえの部屋で、机と椅子があるほか、テーブルとソファなども置かれていた。


 そのソファに、ゼファラと向かい合って座る。


「さて、なぜお前は秘宝のことを知っているのだ? 我が娘、アルファラすら知らぬ秘事なのだが」


「ふむ……。ゼファラ殿はイグリシスというエルフをご存じか?」


「む……」


 そこでゼファラは渋い顔をした。


「イグリシス」というのは、原作ゲームに名前だけ出てくるエルフである。


 エルフの里に縛られるのを嫌い、人族の町に単身出てきて、そして人族の娘と恋に落ちて結婚し、最後はその娘と共に盗賊に殺されるという悲劇の人物だ。ただその子孫が生き残っていて、その子供に話を聞くことがエルフの里にたどり着くためのフラグになっていたりした。


 逆にエルフの里からすると、イグリシスはエルフの里の情報が漏らす恐れがある唯一の危険人物なのである。しかもイグリシスは秘宝の番人をしていたエルフでもあった。要するに、その名を出せばゼファラは俺がイグリシスから情報を得たと理解するしかないわけだ。


 なお言うまでもないが、マークスチュアートとしての俺は、イグリシスの子孫に会うことすらしていない。


 まあともかく、俺が出したその名にゼファラは渋々とうなずくしかなかった。


「……そういうことか。ところでイグリシスは存命か?」


「いや、だいぶ前に賊にな」


「そうか……」


 切れ長の目を閉じて、背もたれに上体を預けるゼファラ。イグリシスは彼女の親戚筋という設定だったはずだ。


 しばらく動かなかったゼファラだが、再び姿勢を正すと、鋭い目を向けてきた。


「お前が我らの事情に詳しい理由はわかった。だがそれをお前はどうしようというのだ?」


「エルフ族の助力を得る対価として、我らがその秘宝を取り戻してこよう」


「我らがそれを試みなかったと思うのか?」


「エルフ族の戦士を侮るわけではないが、我らは貴殿が考えているよりもはるかに強い。娘御から聞いてはいないのか?」


「あの厄介な亀を剣一本で倒したという話は聞いている。アルファラが嘘をつくとは思えんが、しかしこの目で見なければ納得はできぬ。当然里の者もだ」


「ならば力試しでもしてみるかね?」


 腹黒国王っぽく煽ってみると、ゼファラはピクッとこめかみのあたりを動かした。


 彼女は族長であり、エルフ族最強の戦士でもあったりする。腹のシックスパックは伊達ではないのだ。まあ将来的には娘のアルファラが抜くわけだが、今はまだゼファラの方が上だろう。


 ゼファラはふうっと息を吐きだすと、俺を正面から見据えてきた。う~ん、やっぱりゲームのグラフィック通り美人だね。


 しかしその整った顔が、一瞬だけひきつった。ああ、これはアレだな。


 俺はマジックバックから薬のビンを取り出してテーブルに置いた。


「無理をせず薬を飲むといい。貴殿が万全の状態でなければ力試しをしても意味がない。私は先ほどの部屋に戻っている。準備ができたら呼んでくれたまえ」


 恐らくは俺を睨みつけているであろうゼファラを置いて、俺は執務室を後にした。

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