01 再始動
「マークスチュアート公爵閣下、此度の戦、大勝利まことにおめでとうございます」
「マルダンフ侯爵、私の頼みを聞きいれてもらい感謝する。貴公の辣腕、再びこの国、民のために振るってほしい」
「ははっ。閣下の王業を全力を持ってお支えいたします」
国王執務室で、俺は元宰相であったマルダンフ侯爵と握手を交わした。
侯爵は、茶の混じる金髪を丁寧に整えた、口髭の似合う老年の紳士である。
ロークスとその父王に仕えていた有能な名宰相であり、俺の要請に応えて新しい王家、すなわちブラウモント家のもとでも宰相を務めてくれることになった。
もちろん彼と同時にロークスのもとを離れた大臣たちも戻って来てくれたので、これで新王国は問題なくスタートできるだろう。
「しかし閣下、此度の戦いはこの大陸の歴史にも前例がないほどに見事な勝利をされたと聞いております。こちらに参りましたが、魔族襲来の爪痕こそ残るものの、それ以上の被害は一切なかったように見受けられます。どのような戦いだったのでしょうか」
「ラシュアル騎士団長はじめ、王家の軍がほぼすべてこちらに下ったのが大きかったのだ。どちらかといえば、先王が自らの放蕩と悪行によって首を絞めたというところが大きい」
「しかしゲントロノフ公の軍が王都を守っていたと聞いておりますが」
「私は三大公であるからな。王城へ直接乗り込む手段はいくつも考えられるということだ」
と、あの作戦については表向きはそういうことにしてあった。
俺としては、あまりにヤバすぎる『転移魔法』の存在を公式に認めるつもりはない。もっとも一部兵士たちも体験してしまった以上、口止めしても噂としては広まるだろうが、『転移魔法』などという神話伝承上の存在を本気で信じる人間はまずいないだろう。人とはえてして自分の常識に縛られるものだ。
「なるほど。確かに閣下は王都王城についても知悉しておられますからな。して、ロークス元王とゲントロノフ公の処遇はどのようになさるおつもりですか」
「『真偽の鏡』の裁判にかけるつもりだったのだがな。二人ともに先王を弑したこと、魔族の侵攻を知りながら大森林開拓を進めたことなどを公に全て認めた。刑に処するしかないが、その方法は少し悩んでいるところだ」
「そうでございますか……。閣下としては、旧王家の血族や、ゲントロノフ家に関しては存続を認めるおつもりですか?」
「うむ。旧王家の血族は全員が継承権を放棄する旨を正式に申し出てきた。ゲントロノフ家については今回の件については完全に公爵が一人で進めたことのようだ。事実孫娘であるマリアンロッテ嬢自身が、私の元に公爵の悪事をしらせに来たくらいだからな」
「なるほど……」
マルダンフ侯爵はそこで手をあごにあてて考えるそぶりを見せ、すぐに答えた。
「では、まずは閣下が王におなりになってから、二人に直接死を賜るという形になさいませ。方法としては、彼らが自ら毒を仰ぐという形とし、それをもって彼らが自らを断罪したとみなし、一族郎党には罪が及ばぬということにするとよいでしょう」
「形として、彼らが自らの命と引き換えに一族の安堵を願ったということにするわけだな」
「左様でございます。ただし罪人とはいえ貴人であったことは確か、古来よりの貴人の自死には作法がありますゆえ、そちらに則り執行されるのがよろしいかと」
「酒宴での合わせ毒か。ではそのようにしよう」
「ははっ。しかしその前にまずは閣下の即位の儀ですな。そちらの準備にとりかかりましょう」
「よろしく頼む」
俺は一礼をして執務室を去っていくマルダンフ侯爵の後姿を見送りながら、深いため息をついた。
王都攻略からすでに1週間が経っている。
俺はミルダートほか何人もの有能な役人をブラウモント領からこちらに呼び寄せ、もともと王城に勤めていた官吏たちをまとめさせて、なんとか行政府として再始動できるようにさせた。
ゲントロノフ家から派遣されていた役人も多数いたわけだが、一部ゲントロノフの闇の部分と関わっていた者をのぞいて引き続き役人を続けさせた。関わったものについては相応の罰を下すしかないが、俺の即位を名目に罪を減じるつもりではある。
即位戴冠の儀については形式的に済ませるつもりだったのだが、ヴァミリオラやミルダートらに強く言われ、大々的にやることになった。ただこれは国内の貴族を呼んで行うべきものなのですぐには実施できない。本来なら諸外国の代表者も呼ぶところだが、この国は現在魔族の侵攻を受けているゆえ、あえて呼ばない旨を周辺諸国に連絡している。
ともかく今は国内、特に王都を急ぎ復興し魔族や周辺国の動きに備えなければならないので、そちらを早急に進めているところである。
さて、俺は公にはまだ公爵ではあるが、執務についてはすで王城の国王執務室を使用している。
執務室はロークスとその父王の趣味か美術品が多く並んでいたのだが、すべて商人に売って金に換えた。
内装や机などの豪華さはどうにもならないが、ともかく俺は今、純白の派手な執務机を前に、様々な書類と格闘をしているところである。
もちろん傍らには別の机についているフォルシーナがいて、俺の隣には古代アンドロイド少女のツクヨミがいる。
書類と格闘とは言ったが、実際はツクヨミが超優秀な事務処理チートを持っているので、フォルシーナの補助とあわせて書類の処理自体はかなり楽ができている。
各部署から上がってきた報告書などをすべてツクヨミに見せると、一瞬で最適に近い方策を打ち出してくるのだ。工事などでは50体以上に増えたゴーレムが休みなしで働いていることもあり王都復興はすさまじい勢いで進んでいて、そのせいで俺が早くも名君扱いされているらしい。
今日の書類整理については終わりが見えてきたので、俺はいったん筆を置くことにした。
「少し休憩を取ることとしよう。フォルシーナもそれが終わったら休むがいい。ミアール、紅茶を頼む。ツクヨミも楽にしてよい」
「はいお父様」
「はいお館様」
「はいマスター」
俺は椅子から立ち上がり、窓際に立って外を見る。
王城から見下ろす王都は、まだ魔族に破壊された跡が至る所に目に付く。ただ通りの人通りは多く、活気を取り戻しつつあるのは明確に見て取れた。練兵場では大勢の兵士が訓練をしている。街のところどころにゴーレムが立っていて、建物の補修などを手伝っている様子もうかがえる。それを少し離れたところから子どもたちが見守っているのも微笑ましい。
フォルシーナが俺の隣に並び、同じく窓の外に目を向ける。
「復興は順調に進んでいますねお父様。町の人々の表情も明るくなったように思えます」
「そうだな。願わくばこのまま元の街並みに戻し、経済活動も以前と同程度まで盛んにしたいものだ」
「お父様が治められるのです。以前と同じなどということにはなりません。きっと倍、いえ、何十何百と上の繁栄がもたらされることになると思います」
「ふっ、確かにそれくらいは目指さねば、元にすら戻せぬかもしれんな」
「もう、そういう意味ではなく、言葉通りの意味です。お父様の謙虚なところは素敵だとは思いますけれど、あまり謙遜なさっては逆に臣下が苦しみますわ」
「なるほど、それは一理あるかもしれんな、気を付けよう」
頬を膨らませたフォルシーナの頭を撫でていると、紅茶のいい香りが漂ってきた。




