07 迎撃戦 5
「降伏したまえ将軍。元より今の王家に正義はない。降伏すれば貴殿も命だけは助からなくもない」
俺の勧告に、レギルは血走った眼で見上げてきた。
「貴方はなんなのですか……? そのようなおかしな魔法を無尽蔵に使えるなど、およそ人間とは思えません……!」
「そうかもしれぬがこれが現実だ。すべてを認めて下ることだ」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、レギルはそこでなにかに気付いたようなそぶりを見せた。
「……なるほど、そういうことですか。貴方は私と同じく『鬼』と契約をしたのですね! そうでなければ説明がつきませんよ!」
おっと、完全な勘違いだが自分からその話をしてくれるのは助かるな。
「なんだと……? その『鬼』とやらの話、詳しく聞かせてもらおうか」
「きゃははっ、その話は私も聞きたいなぁ!」
その時俺の隣にふわりと『叡智の魔導師』エメリウノが舞い降りてきた。ちょっとこの人今空飛んでなかった? さすがに飛行魔法とか中ボスでも使えないんですけど。
「な、なんだお前は……!?」
「私のことはどうでもいいでしょっ。それよりその『鬼』の話、よぉく聞かせてもらわないとねぇっ」
ずいっとレギルに顔を近づけるエメリウノ。口調とは裏腹にその視線は非常に鋭い。
「う、うるさい。『鬼』を知らないなら貴方がたには関係ない話です!」
「関係ないどころか私は当事者中の当事者なんだよねぇ。素直に喋らないならそれなりの手を使わせてもらうけどぉ?」
「そんな脅しに乗るわけがないでしょう! それより降伏するというお話はお断りさせていただきますよ。ラシュアル団長、私を助けなさい!」
とレギルが言ったのは、リンが近くまで歩いて来ていたからだが、当のリンは表情を動かさず、返事の代わりに冷たい声で言った。
「レギル将軍、私だけでなく、私の部下の命までも危険にさらしたのはなぜですか?」
「今はそんな問答をしている時ではありません。すぐにこの男を退けてください」
「いえ、これは重要なことです。なぜ私の部下を将軍の魔法の犠牲にしようとしたのですか?」
むしろ感情を抑えるような淡々としたリンの物言いに、レギルは眉を歪めて吐き捨てた。
「それが国王陛下の命令だからに決まっているでしょう。誰を犠牲にしてでもブラウモント公を討てとの仰せですからね。さあ、貴方の役立たずという評価を改めるチャンスですよ。さっさとその2人を追い払ってください」
傍で聞いていてレギルがなぜそこまで自信満々なのかよく分からなかったが、これは俺が王であるロークスになんの権威も感じていないからだろう。この世界の貴族階級にあれば、王の命令と言われたら逆らえないのが普通である。
ただリンがここでもその常識に従うかと言えば、そうはなりそうもなかった。彼女は首を横に振ってはっきりと答えた。
「お断りします将軍。私はすでにブラウモント公に負けた身。これ以上公と戦っても勝つことはおろか、足止めすらできないでしょう。それより今の状況で軍をこれ以上進ませることは不可能です。この河の向こうにあの巨大なゴーレムを並べられた時点で我らに勝ち目はありません。将軍の魔法も破られた今、我らは降伏するしかないのです」
「バカな。戦いもせずに降伏など……!」
「もう十分戦いました。王国軍の双璧たる我らが揃って手も足も出ない相手なのです。この先兵がいくらいようが状況は変わりません。同じ王国民同士で血を流し合う必要はないのです」
「なにを……。ああそうですか、やはり貴方はもとからブラウモント公に寝返っていたというわけですね。なるほど、貴方もブラウモント公もそこまで狡猾だったとは、さすがの私も勝てないはずだ」
レギルは勝手に話を進めていくが、話の真偽はともかく、ただの負け犬の遠吠えでしかない。
「だが国王陛下のもとには古代兵器がある。それにあの剣も……。ローテローザ公の後は貴方たちです。2人ともに陛下に裁かれるがいいでしょう!」
などと決め台詞風負け台詞を吐いたところで、半ば呆れ顔、半ば真剣な面持ちのエメリウノが割って入った。
「なんだかよくわからないけど、ここの戦はこれで終わりってことでいいかなぁ? だったらアナタには聞かせてもらうよ、『鬼』の話をねぇ」
エメリウノはレギルの胸元を掴み、片手で持ち上げる。ちなみに彼女の身体は魔導人形だが、その身体能力はAランク冒険者に迫るほどである。
「なにをするっ! 私は捕虜として正当な扱いを要求しますよ!」
「うるさいなぁ。大人しくなる魔法をかけてあげるねぇ」
と言って、エメリウノは『睡眠』の魔法を発動した。
その瞬間、レギルの左胸、心臓のあたりから、いきなり膨大な魔力がほとばしった。
「えっ、なにこれぇ……!?」
エメリウノは一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐにその現象の正体に気づいてレギルを地面に下ろした。
「公爵様っ!」
「うむ。『ディスペルオール』!」
黒い波動がレギルの身体を通り抜ける。しかし魔力の暴走は止まることがなかった。
地面に膝をついていたレギルが急に立ち上がった。その目は焦点が定まっておらず、ただその口だけがいびつに歪んで笑みの形をとって動いた。
『ルルルルルゥ……、見ツケタゾ我ガ仇敵……叡智ノ魔導師エメリウノ……』
「その声はぁ……まさか『鬼』なのぉ……!?」
『然リ……。我ヲ長ラク封ジタソノ罪、オ前ノ死ヲモッテ贖エ……ルルルルゥ……』
レギルがゆっくりとエメリウノの方へと歩き始める。
「まずいよ公爵様、こいつ『ソウルバーストボム』をかけられてるよぉ。しかも『ディスペルオール』対策までしてるみたい」
「そのようだな」
と冷静を装うが、レギル自身が『鬼』によってそんな術を掛けられていたとは驚きである。流れからするとエメリウノの魔力を感知することがトリガーになっていたようだが……それは今考えることじゃないな。
「とにかく逃げなきゃ。公爵様、なんとかならない……っ!?」
「……うむ、任せるがいい」
普通に転移魔法で逃げてもいいが、レギルほどの魔導師が『ソウルバーストボム』で爆発したらどれだけの威力になるか想像もつかない。俺たちが逃げられてもここにいる兵士たちや、少し離れたところにいるフォルシーナたちも無事では済まないだろう。
とすれば方法は一つしかない。
俺はレギルに近づき、『転移魔法』を発動した。




