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金木犀の香る頃に

作者: 蜂屋
掲載日:2025/10/17


帰り道、風に紛れて、金木犀の香りがした。


それだけで、歩いていた足が止まる。


季節が変わったことも、今日が何曜日かも、


どうでもよくなるほど、その香りに心を奪われた。


金木犀の香りがすると、君を思い出す。


並んで歩いた放課後の道。


風に揺れる髪。夕陽に透けた横顔。


スカートの裾を指先でそっと摘む仕草が、妙に幼くて。


たった一度の風からでも、守らなきゃって思った。


君は聞き上手だった。


俺の話に頷いて、肩を揺らしながら、


ときどき小さく笑ってくれる。それが、どうしようもなく愛おしかった。


「また明日ね」


いつも通り、そう言って手を振った。


俺も、同じように振り返した。


それが最後になるなんて、思いもしなかった。


特別な約束をしたわけじゃない。


でも、当たり前のように、明日も会えると思っていた。


だから——


最後に見た君の顔が、どうしても思い出せなかった。


悔しくて、何度も夢に出てきた君に「笑って」と頼んだ。


けれど君は、いつも黙ったまま、遠くを見ていた。


あれから、この道を避けてきた。


香りひとつで心をかき乱されるのが怖くて。


忘れたくなかったのに、思い出すのが怖かった。


でも今日は、逃げなかった。


目をそらせなかった。


ゆっくり息を吸い込む。


金木犀の香りが胸を満たして、あの日の景色が浮かぶ。


最後に見た君の顔。


胸が少し痛んで、その奥に、かすかなぬくもりが残った。


涙が出るほど恋しいのに、どこか優しい気持ちだった。


……あぁ、そうだ。


君は、あのときも笑っていたね。


君は今も、どこかで笑っているだろうか。


空の向こうでも、金木犀は咲いているのかな。


季節は巡り、


俺は少しだけ年を取ったけど、


君は今も、思い出の中で笑っている。


今年も咲いたよ。


だから俺は、またここに来た。


君と歩いた、この道に。


風の匂いも、空の色も、あの日とほとんど変わらない。


でも、立っている俺は、ほんの少しだけ違っている。


去年まで、その場所に来ることすらできなかったけど、今日は、足元に落ちたひとひらを拾った。


それをポケットにしまいながら、思う。


来年も、きっとまた、同じ香りがする。


だから俺は、またここに来るよ。


君に会いに——


金木犀の香る頃に。

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