第七話・逃げるな!
さっきと同じようにしたのに、何も起こらなかった。
魔法が使えない? 恐怖とトラウマで全く集中できない。
『――っ! 来るぞミレイ!!』
セレナの念話の声が、頭の中で響く。
一瞬動きを止めてしまった私に、二発目の火の玉が飛んできた。
私は必死で避けて、必死で逃げる。
『こら、ミレイ! 逃げるな、攻撃せぬか!』
「無理! 魔法が出ない!!」
『何を言っておるんじゃ!? さっきは出来たではないか!』
「そんなの知らない! さっきはさっき!」
出来ないものは、出来ない。
さっきは結花を助けるために必死だっただけ。
ドラゴンと戦うなんて、聞いてない。
「それより、ここ魔素の外だよ! なんでドラゴンいつまでも生きてんの!? 異世界の生き物はこっちの世界じゃ生きれないんでしょ!!」
『そんなもん妾が知るか! 彼奴等は邪竜じゃ、種族が違えば生態も違うのじゃ!』
「ちょ、ちょっと、二人とも何でもめてるの!?」
こんなことしている場合じゃない。ドラゴンはさっきから怒り心頭って感じでコッチを睨んでいる。
「そもそも邪竜って何? あいつなんなの?」
「邪竜は、邪神の呪いで闇に落ちたドラゴン。邪神教にたぶらかされ、魔王打倒を企む反乱分子の手先じゃ」
呪い? それって……。
『とにかく反撃じゃ。反撃せねば、埒が明かんぞ!』
「だから、魔法が出ないんだってば!」
『いや、使える。魔法は必ず使える! ミレイよ、妾がサポートするゆえ、魔法を声に出して使うのじゃ』
「なんで!? そんなの恥ずかしいじゃん!!」
今でもギリギリなのに、これ以上は耐えられない。
『馬鹿者、言うておる場合か! 主と妾がイメージを共有するためじゃ!』
「ええぇぇ……」
『魔法を行使する主と、サポートする妾のイメージを一致させるじゃ。声に出しタイミングを完璧に合わせることで、アニメ通りの魔法を確実に繰り出せるはずなのじゃ』
言ってることは分かるけど、でもさぁ……。
『アニメと同じようにやるのじゃ! ミレイ、魔法少女になりきれ! さもなくば、街も民も愚竜共に蹂躙されてしまうぞ!』
ドラゴンは今も「やってやるぞ」って感じで、鼻息を荒くしている。
「もうっ! 分かったよ……やればいいんでしょ!」
あんなのが暴れたら、街はめちゃくちゃだ。こうなったらやるしかないじゃないか!
「口上からだよ、美玲ちゃん! イメージを共有するためだからね! それと、エンジェルモードなら『スーパーロセウスシュート』だよ!」
『おお、そうじゃ! 一番最初の映画で、妾も見たぞ。ミレイよ、あれをやるのじゃ!』
……もう何でもいいよ。言われた通りにやるよ。
アニメの中のルミナスをイメージして、ステッキに意識を集中する。セリフはちゃんと覚えているはずだ。
……本当にセリフいる?
「い……いくよ!!
――や、闇を裂いて、希望を照らせ! 光よ貫け、ル、ルミナス・スーパーロセウスシューート!!」
声に出して唱えた瞬間、魔法陣が現れて、そこから光の弾丸が飛び出した。
ピンクと白、二つの光の弾丸が、らせん状に交差しながらドラゴンに迫っていく。
「美玲ちゃんスゴイ! スゴーイ!!」
「バカ、はしゃぐな!」
さっきの三倍増しになった虹色のキラキラが、くるくると回りながら、ドラゴンを囲う魔力の球体にぶつかった。
バチバチと火花を出しながら、魔力と魔力がせめぎ合う。
バチンッ!!
恥ずかしさを我慢してがんばったスーパーロセウスシュートは、弾かれて、二色に分かれて右左に消えていった。
……だめだ、私の魔法なんか通用しない。
セレナの破壊光線だって弾かれたんだ、最初から私の魔法が通用するはずが無いんだよ。やっぱり私がドラゴンと戦うなんて、無理なんだ。
「どうしよう。やっぱり、私じゃ倒せないよ」
『もっと明確に倒すイメージでやらぬか! 殺すつもりでやるのじゃ!』
「え、そんなの無理だよ!」
そんなこと言ったって、倒すとか、殺すとかよく分からない。私には、できそうな気がしない。
「エンジェル・ルミナス・美玲ちゃんのスーパーロセウスシュートが、あんなドラゴンなんかに負ける訳ないのにぃ!!」
結花が悔しそうに声を張り上げる。
あんたに何が分かるの? それと、変な名前で呼ばないで。
『そうじゃ、プリエタは至高なのじゃ!!』
セレナまで何いってるの?
――バサバサッ!
その時突然、荒々しい羽ばたきの音が空に響いた。
バサバサバサッ! バサバサバサバサッ!
ドラゴンが翼を勢いよく羽ばたかせ、前傾姿勢になっている。
次の瞬間、ドラゴンが猛スピードで突進してきた。
あの大きな角が、私に向かって一直線に向かってくる。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖いぃぃぃぃぃ!!!!!!
牙をむき出し、爪を振りかざしたドラゴンが、私を殺そうと飛び掛かって来た。
とにかく逃げなきゃ。結花は助けたんだから、やっぱりもう私の出る幕じゃない。
全速力をイメージして、一目散に逃げるのみ。
私はとにかく逃げる。逃げまくる。
『逃げるなと、言うておろうが!!』
頭の中でセレナが怒鳴る。
何言ってるの? ドラゴンと戦うなんて、女子中学生の仕事じゃないよ。
ドラゴンが追いかけてくるけど、エンジェルモードの私にはついてこれない。
高速で飛ぶのも怖いけど、ドラゴンと戦うよりはましだ。
このまま学校まで逃げれば、あとはセレナに任せればいい。
真下に商店街が見える。学校まではあと半分だ。
「――ギャオワアアアアアアァァーーーー!!」
後ろの方で突然、ドラゴンが咆哮を上げた。
魔力の気配と、いやな予感がして振り向く。
ドラゴンは、グワッと大きく息を吸い込んだ。
そして炎の息を吐くドラゴン。炎が、塊になって飛んでくる。
あんなに遠くから撃ったって、エンジェルモードの私なら簡単に避けられる。
と、思ったら、炎の塊は私のいる場所から大きくずれて、明後日の方に飛んで行く。
炎の射線の先には、高層マンションがあった。
――なんで? どうしてそんな所を狙うの!?
その時ドラゴンが、ニヤリと笑った気がした。
マンションの窓からは、小さな女の子が、楽しそうに外の様子を眺めている。
アニメを見ている気分なのかもしれない。きっと状況がよく分かっていないんだ。
そりゃそうだよね。日本の空でドラゴンが暴れている状況なんて、私だって意味が分からないもん。
でも、このままじゃヤバいよ。あの子が巻き込まれちゃう。あの子だけじゃない、人がたくさん死んでしまう。
『魔法障壁じゃ!』
セレナが叫んだ。
私は反射的にステッキを強く握る。
そこに魔力が流れていく。
校庭でセレナが守ってくれた『あの時』を思い出して、急いでマジカルステッキにイメージを集中する。
「ま、魔法障壁ぃー!」
ステッキがキラキラと光り出す。
そこから魔力が溢れていくのが分かった。
マンションの真上に魔法陣が現れる。
やがてマンション全体が、魔力の輝きに包まれた。
炎の塊はマンションに迫る。
このままだと、あのマンションは大炎上で大惨事だ。
心臓のドキドキが止まらない。
祈るような気持ちで、成り行きを見守る。
『愚竜め、調子に乗るなよ! この町の平和は、魔法少女が命に懸けて守ってみせるのじゃ!』
頭の中で、セレナが声を張り上げる。なに勝手なこと言ってるの!?
――バァギィィィィィン!
マンションにぶつかる直前、炎の塊は見えない壁ににぶつかった。
そして光の粒になった炎は、横に広がりながら消えていった。
あの女の子は無事、マンションも無事。被害はゼロだ!
窓からは女の子が、ニコニコと一生懸命に手を振っている。
「ほら、美玲ちゃんも手を振り返してあげて!」
「え? どうして?」
「だって、あの子にとって今の美玲ちゃんは、本物の魔法少女なんだよ! 見てよ、ずっと手を振ってるじゃん! 美玲ちゃんは、あんな小さい子の夢を壊してもいいの!?」
ええぇ。そんなこと言われたって知らないよ。
彼女は悲しそうな顔でしょんぼりとしてしまった。あ!? なんか泣きそうになってる。
慌てて手を振り返すと、女の子はピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでくれた。
まぁ……とにかく、あの子が無事でよかった。
「グワアアアアァァァ!!」
ドラゴンが大きな声でまた吠える。
小さく炎を吐き出しながら、恐ろしい目で私たちを睨んでいる。
何!? 何なの!? 何がしたいの!?
『あれは警告じゃ。これ以上逃げるなら、街を焼き払うと言うておるのじゃ』
セレナが恐ろしいことを言う。
「え!? 何で!?」
『いつまでも妾が追って来ぬ故、こちらに事情をなにかしら勘づきよったのかもしれん。そしてミレイ、主を警戒しておるのじゃ』
「私を? どうして??」
「美玲ちゃんが魔法少女だからだよ」
結花が話に割って入る。あんたはそればっかりだね。
だけど私は魔法少女でも、正義の味方でもない。
だからドラゴンから街を守るなんて、無理!
「グラアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」
人の気も知らないで、ドラゴンが今までで一番大きな声で咆えた。
その声は空気を震わせて街中に響きわたる
そして大きく息を吸い込んで炎を吐くモーションに入る。
街はすっかり大騒ぎ、大パニックだ。
ドラゴンの声に驚いた人たちは、逃げる暇もなく悲鳴を上げたり、茫然と空を見上げたりしている。
さっきの女の子は……相変わらず元気いっぱいに手を振っている。
怖くないの? お母さんは? お留守番かな?
あの子が一番、度胸が据わっているのかもしれない。
とにかく、また関係ない人が狙われたら大変だ。
「止まれぇーーっ!」
私は一か八か、ステッキに意識を集中すると、イメージを込めて叫ぶ。
すると声に応えるように、ドラゴンの頭の上に魔法陣が現れた。
「――!! グギ……ギギギ……」
魔法陣から魔力が溢れて、ドラゴンの動きがピタッと止まった。
苦しそうにもがいて、怒り狂ったバッキバキの目だけが、ずっとこっちを向いている。
……怖いからそっと距離を取る。
「ねえ、これも魔法? 美玲ちゃんがやってるの!?」
ドラゴンから離れられて、少しホッとしたところで、結花が言った。
「へ? えっと……たぶん」
校庭上空での戦いで、セレナがドラゴンの動きを止めた時のイメージだ。
咄嗟にあの時を思い出しただけで、私自身は魔法を使った実感はないけどね。
『やはり主の魔法力は、ただ魔力を得ただけの『初心者』の域を、はるかに超えておるぞ』
え? なにソレ? 全然うれしくない。
「で、でも、どうやったのか自分でもよく分からないし、セレナがサポートしてくれているだけだし……」
『妾は魔力の安定を助けておるだけ、あくまでもサポートじゃ。
ふむ。こちらの世界の人間の特性か、あるいはあの『穴』の影響か。理屈は分からんが、主の魔法の才は、妾の常識には収まらんようじゃ』
セレナの言葉が不穏すぎる。そんなの、もう普通の人間じゃ無いどころか、異世界人の基準でも異常って事じゃ……。
『うむ、ひょっとすると、ミレイは魔法の天才なのかもしれぬの』
「――魔法の天才!!」
セレナの追い討ちに、結花が反応する。
そのキラキラした目が、なんだかいたたまれない。
「そ、そんなコトより、ドラゴンはどうするの、いつまでもこのままには出来ないよ?」
とりあえず誤魔化す。ドラゴンを何とかしないといけないのは、事実だし。
『ぬ? うむ、そうじゃったのぉ。これは、どうしたものかの……』
魔法陣の光に照らされて、ドラゴンは今も身動きが取れずにもがいている。
グギグギ言いながら、血走った目で私を睨む。やっぱり怖い。
でも私じゃ倒せないし、セレナはここまで来られない。これじゃいつまでも埒が明かない。
動きを止めたまま、セレナの所まで引っ張っていけないか、試してみたけど無理みたいだった。
どうしよう。このまま待っていたら、自衛隊の戦闘機とかが来てくれるだろうか?
ミサイルとかなら、倒せるかもしれないし。無理かな?
「――必殺技だよ、美玲ちゃん!」
結花が突然、声を張り上げた。
……何て?
「第八話・必殺技は三人で」に続く。




